11 本物にする方法
建物の取り壊しを阻止するっていうのは、言葉にするとそれは簡単だけど、実際はとても難しい。一人の力でどうにでもなるものではないし、まずお金が絡んでくる。お金さえあれば、僕も小説のキャラクターみたいに札束を渡して黙らせることも出来るだろうけど、そんなのは夢の話だ。
結局のところ、一介の大学生が出来る事なんでたかが知れている。
だからこそ、僕は一人でも神社の取り壊しを阻止する方法を練らなければならない。それが何なのか、一体どうやったらいいのか、全て分からないけれど、諦めるよりはマシだろう。
そんなこんなで僕は歴史学の講義室で一人、ノートを広げて悶々と唸っていた。昼休み真っただ中のおかげで、室内にほとんど人は居ない。僕がこうして百面相していても全く怪しまれないというわけだ。
広げたノートには、でかでかと“天神社取り壊し阻止計画!”と書かれて、だけどそれ以降の文字は見当たらない。全くの無策と言うことだ。やる気だけあってもダメだと実感した。
「天城さんはあの神社が偽物で、持っていても管理費だけ取られるから取り壊すってことだよな……?」
僕はフッと彼の顔を思い浮かべる。いかにも現実主義者な顔をした天城さんは、稼ぎにならない不要なものと判断したんだろう。
なら、それを覆すのはどうだろう。
天神社を本物の神社として活動させる。彼にとっても、管理していて不都合がないようにする。それは根本的な解決方法に思えた。
しかし、だ。
「僕一人でどうこうできるレベルの話じゃない……」
そもそも、僕は神社にはどういったものが必要なのかが分からない。偽物があるなんて初めて知ったくらいだし、本物の神社との違いも分からない。知識も何もない僕では、それに挑むのは至難の業だった。
だけど、案としてはまともだ。僕一人でどうこうしようと思うからいけないんだ。まずはネットで色々調べて、そこから天城さんに掛け合ってみるのもいいかもしれない。
僕はノートに“正式な神社として活動”と書いた。早速家に帰ったら調べてみよう。
そうやって僕が一息ついていると、講義室に新たな訪問者が訪れる。
幸弘と友喜だ。
二人は僕の顔を見るなり、こちらに歩いてきたので僕に用があるのだろう。手を振ってアピールすると、二人も振り返してくれた。
「時也、ここに居たか。今日は随分と早いな」
「なになに、勉強?次のテスト、ヤバいらしいもんね~」
「なんでそれ知ってるの、友喜」
「え、何でだろう」
「チクったんだな、あの先生……」
恍けたふりをする友喜を一睨みすると、彼は素知らぬ顔で口笛を吹いた。あからさまじゃないか、馬鹿野郎!
幸弘はそれを横目で見つつ、僕の目の前に座ると何かを差し出してくる。机に置かれたそれは、透明の袋に入った小さな粒で、細長く黒い。これ、何かの種だろうか。
「……種?」
「ご名答。何の種だと思う?」
「花だとは思うけど……いや、分かんないよ。僕全然こういうの知らないし」
「コスモスだってさ」
友喜の言葉に、僕は目の前に置かれた小さな粒を見つめる。へえ、これがあのコスモスの種。最初はみんなこんなものなんだなあ。
「まあ、お前たち初心者にはこれくらい簡単で有名なものがいいと思ってさ。今度の大学祭、これ育てて展示な。俺は他にも育てるから、そこは任せろ」
「今ナチュラルに俺も育てることにしたよね……。俺部員じゃないのに」
「つべこべ言うな。人が少ないんだ、少しくらい協力しろ」
「はいはい……それくらい育てるけど」
二人の会話を聞きつつ、僕は雨宮さんに花の事を聞いていないことを思い出す。秋の花、何が好きかな。育てたいっていえば、きっと幸弘は喜んで手伝ってくれるだろうし、今度会ったら次こそは絶対に聞かなきゃ。
ぼんやりとコスモスの種を見つめていると、友喜がふと、僕の広げたノートに手を出す。そして、僕よりずっと長い指で書かれた文字を辿ると、首を傾げた。
「天神社取り壊し阻止計画?」
そうだ。この二人に相談するってのもアリかもしれない。僕は二人の顔を見ると、実はさ、と口を開く。この二人ならある程度は雨宮さんとの事を話しているし、僕よりずっと頭もいい。何かいい案を出してくれるかもしれない。
かくかくしかじか、僕はこの二日間で起きた事の顛末をかいつまんで説明すると、二人は真剣な顔してノートを見つめた。そして、しばらく三人一緒に唸る。
「そうだなあ、正直時也の言ってることは無謀だからなあ。神社の必要性をその管理人に掛け合っても難しい気はする」
「ていうか、あの神社が本物じゃなかったってことが驚きだな」
「まあ、あの状態を見れば明らかだけどさ」
三人顔を突き合わせてノートに何やかんやと案を箇条書きにしていく。難しいとかなんとか言いつつ、二人は真剣に何も言わずに、一緒になって考えてくれているということに有難さを感じた。本当に二人には感謝してもしきれない。
「あ、そうだ。ビラ配って署名活動するのはどう?」
友喜の言葉に、僕と幸弘は顔を見合わせる。どういうことだ?
「ほら、テレビとかでよくやってるじゃん、署名活動。この神社がいかに必要かをいろんな人に知らせて、取り壊し阻止の署名貰うんだよ」
「ああ、なるほど!」
「まあ、確かにそれは効果的かもな。署名といえど、万人の名前が集まれば力になるだろうし」
「そしたらこの神社がいかに必要か、その管理人に知らしめるでしょ?ただまあ、署名活動っていうのは根気が居るから、時也の頑張り次第だけど」
友喜の言葉に、僕は頷く。確かに、草食系ヘタレ男子のこの僕には少しばかりきついかもしれない。
ビラを配って、知らない人に名前を書いてもらうっていうのは、簡単そうで意外と難しい。
だけど、せっかくのいい案なのだ。二人が考えてくれた、この方法、無駄には出来ない。
「俺たちも時間があったら手伝うよ。……あの神社、壊したくないんだろ?」
「うん。絶対に」
「そうと決まればビラ作らなきゃな。俺たちで何とかなるのか?」
幸弘は植物にばかり傾倒しているせいか、あまりパソコンに詳しくない。ビラ作りと言えば、パソコンで作ってプリントアウトするのが鉄則だと思うけど、如何せん僕もセンスは皆無だ。どうせなら、理由とか、そう言ったことを上手くまとめられるのがいいんだけど、そういうのは以前やってダメっぷりを見せてしまっている。
すると、僕たちの不安な顔を吹き飛ばすように、友喜がニヤリと笑う。
「大丈夫、ビラ作りについてはあてがある」
あてがあると言った友喜は、廊下に張り出されたバス愛のポップを指した。そして下にある名前を読み上げる。
「ほら、この人」
「恩田?って、あの?」
バス愛の勧誘広告は、恩田さんが作ったらしい。文字の配置や色遣い、全てのセンスに置いて見やすく、友喜は彼女の広告を見て、前々から気に留めていたらしい。
僕たちは早速恩田さんの元へ行くと、彼女は丁度、次の講義のために移動しようとしていたところだった。
僕の問題なので、こればかりは二人には任せていられないと思い、コミュ障をなんとか隠して声をかける。恩田さんは、落ち着いた態度で僕の話を聞いてくれた。
「……なるほど。その神社のビラを作ればいいんですか」
「そ、そう!バス愛の勧誘広告見て、友喜が恩田さんなら……って」
「確かにそういうのは得意ですが……。赤瀬さんは、私の広告見て、どう思ったんですか?」
僕はバス愛の広告を思い出す。今さっき、通りかかったところで友喜の言っていることが納得できるほどに、見栄えは良かった。少しだけ立ち止まって読んだけど、なるほどこれならバス愛に興味を持っても可笑しくない。
バス愛の良い所を書いて、親しみやすい文章とイラストでアピールしていたそれは、確かにセンスの良さを感じた。
僕はそれを伝えると、どうしてか恩田さんは俯いて視線を逸らされた。後ろで僕らを見守っている友喜たちのひそひそする声が聞こえたけど、何を話しているか分からない。え、僕はどうすればいいの。
「わ、分かりました……。出来る限り、頑張って作ってみます」
「ありがとう恩田さん!助かるよ!」
飛び上がらんばかりに喜ぶ僕を他所に、恩田さんは一礼してそそくさと立ち去っていく。こころなしか、耳が微かに赤かった気がするけど、一体どうしてだろう。
振り返って二人の顔を見ると、ニヤついていたのも気になる。僕、何かしたっけ。