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神様の涙2  作者: 美黒
1 2年後の僕たち
10/39

10 守りたい場所がある

 取り壊し阻止作戦第一。まずは情報を集めるべし。 

物事は何をやるにしても、まず最初に、それがなんであるか、どうしたらいいのか、などと情報を集めるに越したことはない。それらを集めたうえで、今後対策を練ることが出来るのだろう。

 なんて、偉そうに言ってみたものの、これは幸弘の受け売りだ。彼は物事の捉え方が僕よりも達観していて、細かいことをよく気にする。だからこそ植物を枯らさず愛し続けることが出来るのかもしれない。

 そんなこんなで、僕は大学の講義をわざわざ、というよりまた休んで、朝の十時から神社で待機していた。僕の大好きな太陽がさんさんと輝いて、境内を照らす中、いつものように賽銭箱の下の階段に座って、日陰で涼む。うだるような暑さの中、空は雲一つもない晴天で、こんな中、長時間いると熱中症にでもなりかねない。あらかじめ用意していたスポーツドリンクとタオルを片手に、僕は鳥居を見つめる。

 今日は、きっとまた取り壊し調査に訪れるであろう管理人、天城さんを待ち伏せして、彼から可能な限り、情報を引き出さなければならない。

 いつ頃取り壊しが始まるのか、本当に取り壊さなければいけないのか、そもそもこの神社の歴史は?昨日言っていた正式な神社ではないというのはどういうことなのか。

 聞きたいことは、山ほどあるのに、昨日はあまりにも動揺していて何も聞けなかった。だから、今日は意地でも聞いてやる。

 そして、取り壊しを阻止してやる。

 意気込んだ僕は、きっとそばに居てくれているであろう雨宮さんに語り掛ける。彼女には、力を使ってもらうのも申し訳ないので、姿を現さず、僕の様子を見守ってもらうことにした。

 「見ていてくださいね、雨宮さん。絶対に、あの人をぎゃふんと言わせてやります」

 何だか主旨が変わっているような気もしたが、きっと気のせいだ。それより、ぎゃふんという言葉は昭和のような気がする。平成生まれの僕なのに、なんとジジ臭いことだろう。

 そんなこんなで悶々と暑さに耐えながら鳥居を睨んでいると、やがて十二時を過ぎた頃、複数の人影が現れた。五人ほどの男性がつなぎを着て、暑苦しい見た目を醸し出しながらぞろぞろと歩いてくる中、最後にやって来た天城さんはワイシャツにネクタイなしという、クールビズを採用していた。ちょっとつなぎの人たちがかわいそうだなと思ったのは仕方ないだろう。あの人だけいやに涼しそうだし。

 つなぎの男性たちは、メモを片手に神社の方々に散らばると、仕事を始めた。取り壊すための段取りを組むためのものだろうか。僕の存在など見えていないかのように熱心に仕事をする様は、正直むかつく。僕たちの大事な場所を壊さないでくれ。

 僕は立ち上がって、その長身に近づく。彼は、手水舎を熱心に見つめていた。きらきらと光る水に映り込んだ鷹の目と、目が合う。

 彼はゆったりとした動作で僕を振り返ると、獲物を狩るような目つきで僕を見据えた。そして、不敵に笑う。

 「君、またここに来たのですか。今日は、あの女性を連れていないのですね」

 「雨の日に会う約束なので」

 「ほう」

 天城さんは息を吐くと、鳥居の奥に見える、神社の看板を見やった。そして、何か思案したのち、首を振った。何だなんだ、一体どうしたというんだ。ザ・マイペース。僕が話したそうに視線を送っているのに、全く気付かないふりをして無視し続けている。それに加えて深いため息。ちょっとむかついたので強引に話題を振ってやる。

 「取り壊しは、いつ始まるんですか」

 「おや、言っていませんでしたか。今月の後半には始めますよ。そろそろ看板も立てなければいけませんね。……どうせ、見る人なんて居ないでしょうけど」

 まさかの取り壊しが目の前だということに僕は冷や汗をかいた。今日は七月四日。取り壊しまであと二週間ほどといったところか。少しだけ厳しい状況に、僕は唇を噛み締めた。まさか僕が取り壊しを阻止しようなんて考えているとは知らない天城さんは、能天気に笑って、看板を何処に立てようかなんて一人でべらべらと喋っている。壊す方は、いいよな。思い出なんて、何もないまま、ただの無機物として扱えるのだから。

 でも、僕は違う。

 この神社は、大切な場所で、雨宮さん自身だ。それを、みすみす壊されてたまるか。

 「昨日、正式な神社ではないって言っていましたけど。それって、どういうことですか」

 「ああ、そのことですか。ええ、調べれば分かると思うんですけど、ここは正式な手続きを受けた神社ではないんですよ。だから、地図にも神社のマークはありません」

 「……え?」

 「祖先の天城家が趣味で作った場所です。だから神主も居ないし、神社としても全く機能していない。当然、参拝者も来ない。だから、君には残念でしたね。随分熱心に参拝をしていたようですから」

 「そんな」

 そんなことって、あるのか。この天神社は、この天城さんの祖先が作った、趣味の場所?どうして趣味でこんな偽物を作ったんだ。道理で何のご利益があるか、どういう神様がいるのか書いてないわけだ。いや、もちろんこの神社には雨宮さんという神様が住んでいる。ご利益は雨だろう。

 だけど、本物の神様が住んでいるのに、この神社は偽物で、全く機能していない。それじゃあ、雨宮さんの力も衰えるわけだ。人の願う力で、彼女は力をつけるのだから。

 でも、それだとどうして雨宮さんはこの神社から離れることが出来ないんだろう。偽物なら、この神社は雨宮さんにとって、それほど重要な場所になり得ないんじゃないか。

 謎が謎を呼んで、僕の頭は混乱した。まさかここに来て、雨宮さんの隠されたものに触れるとは。もちろん、彼女の事なら何でも知りたい。けど、今はそうじゃない。

 「この神社は、僕が数年前から通っていた場所です。その時から人は全然いなかった。なのに、どうして今更取り壊しを?」

 「管理人が私に代わったからですよ。前は祖父が務めていたのですが、代替わりで私がやることに。せっかくなので無駄な所は省いて新しいものを始めようと思いました」

 意外にも天城さんは聞くとポンポン答えてくれた。隠すつもりはないのか、それとも僕に話しても何の障害もないと悟ったのか。それだと舐められていることになるから、遠慮したい。何はともあれ、情報は色々引き出せた。

 「それはそうと、私にこれだけ話をさせてどうしたいのですか」

 しかしそう簡単にいかせてくれないらしい。やっぱりこの人は一筋縄ではいかないと悟った僕は、正直に話すことにした。変に隠して勘ぐりを入れられても気分が悪いだけだし、正々堂々、真正面から話した方がいい。

 「単刀直入に言います。神社の取り壊し、やめてください」

 「まさか。あなた一人のためにそんなことしませんよ。こちらはお金がかかっていますから」

 「もちろん、それは承知の上です。荒唐無稽な事を言っているのも分かってます。でも、やめてほしいんです」

 「戯言を。私たちは取り壊しの調査に来ているので、貴方は邪魔になります。帰りなさい」

 「帰りません」

 「仕事の邪魔だと言っているでしょう」

 「絶対に、帰りません」

 僕はそういうと、賽銭箱の下の階段にドカッと座った。それを見た天城さんは、渋い顔をするものの、それ以上は何も言わずに仕事を再開した。

 男性に囲まれた神社で、僕は一人、彼らの行動を見守る。うららかな風が吹いて、僕は思わずつぶやいた。

 「見ていてください、雨宮さん。僕は、頑張りますから」

 結局、彼らが帰るまで僕は、その場から動かなかった。夕日が差し込んだころ、雨宮さんの笑顔を思い出して、再び決意する。

 絶対に、この場所を守る。


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