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甘い束縛 裏話

甘い束縛 裏話


 優奈の職場に行った。今日は外に出なくてはならず昼の時間がずれると言っていたのを思い出したのだ。手土産を持って、婚約者のふりをした。 

 昼休みの終り頃にスマホがバイブで震えた。相手は優奈だった。無断で職場に行ったことへの電話だと言うのは察しがついた。

「どういうこと?」

 怒りを抑えた声が耳に入る。けれど、俺はそれに気付かない振り。平然と「何が?」を返す。優奈の怒りがまた増した。けれど、そんなことはどうでもよかった。怒る表情でも俺に向けてくれるのならそれでいい。その指に指輪をはめると決めたから。

 別れをもう一度口にしようとする優奈の言葉を遮る。

「愛してるよ」

 甘く囁いた。この声に弱いなんて、お見通し。きっと混乱しているだろう優奈を思い、俺はひとりで笑う。

 もっと悩めばいい。「別れ」なんて口に出せないほど、俺のことを考えればいい。


 その夜、優奈は怒りを浮かべた顔で、けれど、ディナーに来た。一緒に夜景が見える席に座る。俺に対して怒りを抱いているのに、それでも綺麗な夜景の前で表情が緩んだ。だから、やっぱり優奈は甘い。

 俺の会社は世間一般では「一流」と言われる企業だ。給料も名声もいい。けれど、その分、仕事は忙しく、派閥争いにも完全に巻き込まれている。香水のきつい女たちからの誘いを断るのも面倒だ。そう、全て面倒だった。そんなとき、優奈と出会った。

 優奈は今まで俺の周りにいた女性とは違った。ブランド品で飾ることも、媚びてくることもなかった。ありのままで俺に「好き」だと告げたのだ。それがどれだけ新鮮だったか、きっと分からないだろう。そして、優奈の一つ一つが好きになっていった。優奈がつくるおいしい料理も、嬉しそうに笑う顔も、時々俺と比べて落ち込むその顔さえも愛おしかった。優奈は知らない。優奈が思う以上に、俺は優奈を愛していることを。

 だから優奈の口から「別れ」が出た時、苦しかった。どうしようもなく苦しくて、だからどんな手を使ってでも一緒にいようと決めたのだ。優奈を幸せにする自信だけは十分過ぎるほどあった。

 優奈が「家族みたい」と言っていた職場と本当の家族に「婚約者」だと挨拶をした。優しい優奈が周りを悲しませることができないと分かっているから。けれど優奈は「結婚なんてしない」と言い切った。真っ直ぐに俺の目を見て。

「俺の事、嫌いになった?」

 そう言えば、優奈は黙って下を向いた。俺の問いには答えず、「一緒にいられない」とだけ告げる。やっぱり優奈は分かっていない。そこで「嫌い」と言えば、放してあげられたかもしれないのに。

 俺はポケットから小さな箱を取り出し優奈に渡す。給料3か月分をつぎ込んだ婚約指輪。

「これが捨てられないなら俺と結婚するしかない。…ねぇ、優奈にこれが捨てられる?」

 なんて脅しだろう。優しい優奈にそんなことできないと分かっていた。分かっているからこそ、そう言った。それでも、そこまでしても俺は優奈と一緒にいたい。「嫌い」じゃないなら、一緒にいてほしい。優奈の口からその言葉を聞かない限り、俺はどんな手を使ってでも優奈の傍にいたかった。

 俺の事を好きかという3度目の問いに、優奈は小さく首を縦に振った。たったそれだけで、俺を幸せにできるのは優奈しかいない。

 最上階のスイートルームに優奈を連れて行った。シャワーも浴びずベッドに直行する。耳を触るとピクリと肩が動いた。そのしぐさの一つ一つが可愛かった。焦らすようにゆっくりと下に降りていく。キスを贈るたびに小さく跳ねる優奈に自身が反応するのが分かった。

「…ごめんね」

 動きを止め、優奈を見る。優奈の手首には青いアザ。俺が強く握ったためできたものだった。

「大丈夫だから」

 謝る俺に優奈はそう言って小さく笑う。そういう所がたまらなく好きだ。俺の全てを許してくれる所が。

「優奈、大好きだよ」

 そう言って優奈の全身にキスを降らせる。俺のものだと証明したくてキスマークを時より残した。

「…っ…」

 優奈の顔が痛みに歪む。眉間にキスをして、口にキスをした。どこもかしこも細くて、柔らかい。これでやせようなんて思ってたとは驚いてしまう。

「今のままの優奈でいいよ」

「…ん……」

「そのままの優奈が好きだよ」

「…ん…っ…」

「離さないからね」

「…あ…っ…んっ!」

「ずっと一緒にいよう」

 こんな言葉で縛れたら楽なのに。優奈がどこにも行かないよう、俺の隣にいてくれれば。そう思いながら、俺は優奈の身体に何度も何度もキスをした。


「ふあ~」

 大きなあくびが出た。それでも昨日の夜を思い出せば、休日出勤ぐらいどうってことない。本当は今日も優奈の傍にいて、動くのがつらいだろう優奈の世話をやいていたかった。しかし、現在進行中の企画にトラブルが生じたとあったら、出勤しないわけにはいかない。午前中になんとか業者とのすり合わせを済ませ、軌道を戻した。

 仕事が落ち着いたことで同僚の館山と一緒に昼食を食べに行くことになった。

 正直、面倒くさい。ブランドもののスーツに高いヒール。確かに仕事ができる女性ではあるが、きっと一緒にいれば息が詰まるだろう。そうやって、無意識に優奈と比べてしまっている自分がいた。相当重症だな、と自分で笑う。その笑みを勘違いした館山が腕をからんできた。そんなことは慣れていた。どうでもよかったのであえて振り払わなかった。ただ、たかが仕事に来るだけにそんな濃いメイクをすることに意味があるのだろうか、と思っていた。

「…やめて」

 そんな時、聞き覚えがある声が聞こえた。小さい声だったが、俺の耳にはよく届いた。

 振り向けば優奈がいた。

「触らないで」

 俺の腕を取り、館山に告げた。きりっと館山を睨む。そんな表情さえ、可愛く見えた。

「俊介さん、ストーカーか何かですか?警察呼びましょうか?」

 憐れむような顔で館山が優奈を見た。その言葉に優奈の腕から力が抜けていくのが分かる。

「心配には及びませんよ」

 俺は館山の腕を振り払い、自由になった左手で優奈の肩を抱いた。小さく震える優奈をそっと抱きしめる。

「優奈は俺の彼女ですから」

「え?」

「あ、証明しましょうか?」

 そう言って優奈の頬を両手で掴み、優奈の小さな唇に自分のそれを重ね合わせた。昨日何度も繰り返したそれが、けれど新鮮で、幸せだった。空気を欲して開けた隙に舌を入れる。往来でするには濃すぎるそれに、多くの人たちが注目していた。けれどそれでも良かった。優奈が俺のものだと知らしめたかった。

 優奈が俺の胸を叩くので、仕方なく優奈を解放する。肩で息をする優奈を抱きしめながら館山に言った。

「館山さん。今日のお昼はやっぱり、彼女と食べるので、別でお願いします。…あと、もう腕くんだいりしないでくださいね。彼女が嫉妬するので」

「…」

「それじゃあ、俺はもう帰ります」

「…あなたとその子じゃあ、つり合いが取れてないわ」

 吐きだすように館山がいった。その言葉に俺はくすりと笑う。

「それを決めるのは、館山さんでも世間でもない。俺と彼女です」

「…」

「それじゃあ、また月曜日に職場で」

「…そんな見る目のない男、こっちから願い下げよ」

 そんな捨て台詞を残し、館山がカツカツ音を立てて去って行った。けれど俺の興味はもうそこにはない。腕の中にいる優奈を見た。赤くなったり青くなったり表情をコロコロ帰る優奈が愛おしくて俺は優奈のおでこに小さなキスをする。

「優奈」

「…ごめんなさい」

 名前を呼ばれ優奈が謝った。俺は首を傾げる。

「なんで謝るの?」

「仕事の邪魔したよね?それに、ここ俊介の会社前だし、…迷惑でしょう?」

「迷惑じゃないよ。仕事でなんかあっても挽回すればいいだけの話だし。…それよりも、優奈が嫉妬してくれた方が嬉しかった」

 そういって笑うと優奈は小さく頷いた。

「そう言えばどうしてここにいるの?」

「…お弁当をつくってきたの。俊介休日出勤で頑張ってるから、少しでも役に立てればと思って」

 頬を赤く染め、可愛らしいお弁当袋を俺に見せてくれた。

「ありがとう」

「…ごめんね」

「何が?」

「別れたい、なんて言っておいて、こんな風に……嫉妬して。それに…あの人が言うように、私と俊介じゃあつり合い取れてないのに」

 そんなことはない。そう言う前に優奈が言った。

「それでも、…私、俊介と一緒にいたい」

 それは、ずっと聞きたかった言葉だった。待ち望んでいた言葉だった。俺は不覚にも泣きそうになった。

「つり合いが取れてないのはわかってるの。私は美人でもなければ、スタイルもよくない。仕事だって平凡で、なんの取り柄もない。俊介は、格好良くて、家柄だってよくて、完璧で。でも、…それでも他の誰にも俊介を渡したくないの。その人がどんなに俊介とつり合っていても、それでも、私は、俊介を渡せない。今、ようやくそう思ったの。…だから、だから私は、俊介と一緒にいたい」

「優奈…」

「わがままだってわかってるの。それでも、つり合ってなくても、俊介の隣は私がいい」

 優奈はまっすぐ俺の目を見てそう言った。そんな優奈に小さく頷いて見せる。ふと下を見れば、優奈の指に光るのは俺が上げたエンゲージリングだった。

 よく似合っていた。幸せすぎて泣きそうになる。どうしてこんなに愛おしいんだろう。どうしてこんなに好きなんだろう。

 わがままだってなんだって言えばいい。優奈のわがままなんて高が知れている。俺のわがままに比べれば。俺と一緒にいたいなんてわがままでもなんでもない。だって、ずっと言っているのだ。優奈がいいと。優奈でなければだめなのだと。

 俺は優奈の手を取った。小さな手。優しい手だ。

「俺も、優奈と一緒にいたい。…だから結婚してくれますか?」

「はい」

 躊躇わず頷く優奈は、嬉しそうに小さくはにかんだ。それが可愛くて、愛おしくて俺はもう一度優奈を強く抱きしめた。目が合うと優奈が幸せそうに笑う。

「私、束縛しちゃうかもしれない」

 冗談のようにそう言う優奈。

「大丈夫。優奈がするなら、束縛だって甘いに決まっているんだから」

 そういう俺に優奈が笑った。それに優奈は束縛する心配より束縛される心配をしたほうがいい。だって、もう二度と俺は優奈を逃がさないから。結婚して、子どもを産んで。でも、子どもにだって優奈はあげない。

「大好きだよ。俺だけの優奈」

 束縛を受けるのは、きっと優奈の方。でも、大丈夫。束縛はとっても甘いものだから。



読んでいただきありがとうございました。気に入っていただけたら嬉しく思います。


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