第七話
志乃ちゃんはいまや、本宅にはまったく寄り付かない。
私がこの家に住みはじめたころ、つまり私が中学一年生の二月、一回だけ、志乃ちゃんは私の部屋に遊びに来た。そう、一回だけ、その一回だけだったのだ。私の部屋で、お菓子を食べて、漫画を読んで……それだけのこと。仲のいい友達どうしが、ふつうにするようなそんなこと。
それだけの、ことなのに。
仕事から帰って来たあの男は、逆上したのだ。
私の部屋に、ずけずけと入って来て。
『どうしてお前がここにいるんだよ?』
不愉快そうにそう吐き捨てて、壁を脅すように強く叩いた。私と志乃ちゃんはびくりと身を震わせる、私たちはふたりとも、その拳で殴られたことがあるのだ。
そのままかたくなにうつむいてしまった志乃ちゃんの代わりに私は立ち上がり、あの男に向かって行った。
私はこう言った。
『おかしいよ。私だって志乃ちゃんだって、認めたくないけどいちおうあんたの娘じゃん。志乃ちゃんを追い出すなら、私もいっしょに出てってやる』
するとあの男は、呆れたような顔をしてこう言った。
『弥生ちゃん、わかってないなあ。俺だって、べつにお前とそこまで住みたいわけじゃねえよ。でもお前がいないと、富士子が淋しがるんだからしょうがないだろう。お前を養ってあげてんのは俺なの。俺。お父さんね。だから俺の言うことに従う義務ってもんがあるんだよ、お前らは』
『そんなのだれが決めたのっ』
『俺。この家のルールは、俺だから』
『おかしいよ、親として恥ずかしいと思わないの!』
するとあの男は、ため息をついて疲れたように言う。
『……俺だって、好きで親になったわけじゃねえよ』
『そんなの無責任』
『うるせえな』
あの男の拳が飛んで来て――そして私は、またしても要らない傷を増やしたのだった。
志乃ちゃんは私に謝った。自分が遊びに来たせいで弥生が殴られて、と言って声を詰まらせた。
私はこう言った。
志乃ちゃんが、謝ることではない。
憎むべきは、そして戦うべきは、ほかでもないあの男だ。