第五話
学校では隠しているけれど、私と志乃ちゃんは、実はただの姉妹ではなく異母姉妹だ。
あの男、つまり私の実の父親は、私が小学四年生のときに私の母と離婚し、それから私と母は祖父母の家で暮らしていた。
あの男は、いっしょに住んでいたときからひどい人間だった。気に入らないことがあると殴る蹴るは当たり前だったし、泥酔するし、外に女のひとの気配もあった。
だから、離れられてラッキーくらいに思っていた。
唯一気になるのは、志乃ちゃんのことだった。私と私の母が出て行ってからは、志乃ちゃんと志乃ちゃんのお母さんが、あの家に住んでいるはずだ。母親どうしの話し合いという深刻な場で、私が小学四年生のときにはじめて存在を知った三つ年上の異母姉と、私は気が合った。互いの母親に内緒でメールアドレスを交換し、それまでだれにも言えなかった家庭の愚痴を、互いに爆発したかのように言い合った。
志乃ちゃんは、早くあの家を出たいとそればかりメールに書いていた。
私が天使にも似た志乃ちゃんに助けてもらったのも、あのころだ――。
中学一年生の一月、母はあの男とふたたびいっしょに住むと言い出した。私は驚き呆れ、開いた口がふさがらなかった。あんな男の、いったいどこがいいというのか。
いっしょに住んでいる祖父母はいちおう反対したらしいが、娘に甘い彼らは、けっきょくのところ折れてしまったらしい。
『お父さんは、お母さんのことがやっぱり大事なのよね』
母は、どこかうっとりとして言った。私はそれを、醒めた気持ちで見ていた。
ああ、汚い。
おとなというのは、なんて汚いのだろう――。
それに、と私は思った。志乃ちゃんとそのお母さんはどうなるのか。
そう訊いたら、母はこともなげに言った。
『追い出すみたいよ』
母は、こうも言った。
『あの子、志乃ちゃんだっけ? いま、あの家ってお父さんと志乃ちゃんしかいないでしょう。飛鳥さんは入院してるからね。志乃ちゃんとふたりだなんて、お父さんもなにかと大変ね。大変な母親を持つと子も不憫ねえ』
お母さんがそれを言うか、と思いつつ。
寒い一月の夜、私はすぐに、志乃ちゃんにメールした。家を追い出されるの? って。そうしたら志乃ちゃんは、こう返してきた。
『世間体がわるいから、やっぱり離れに住まわせるって』
私はすぐに返事を打った。
『志乃ちゃんも、いっしょに住めばいいんだよ』
『そうだね。でも、家を追い出される予定だった。それに比べればまだましかな』
私は、そのメールで。
志乃ちゃんは志乃ちゃんなりに戦って、その結果が離れに住むという妥協案であったことを知った。
『飛鳥さんは?』
『いま、入院中なの』
『どうしたの?』
『ちょっと、疲れちゃったみたい』
志乃ちゃんはお母さんの飛鳥さんについて多くを語らなかったが、とにかくなんらかの病気で入院中であり、いまあの家には志乃ちゃんとあの男のふたりだけだということを私はそのときに知った。
『でも、もっと早く言ってくれればよかった』
返信に、少し間があった。
『言いづらかったの。ごめんね』
私はベッドに倒れこみ、スマホを投げるようにして枕元に置いた。
そんなの、謝ることじゃないのになあ。
そう思いながら私は、あの異母姉が大切である、ということをあらためて知った。
だって、だからこそ。
こんな憤りを、感じるのだし――。
一月の夜。吐いたため息が、白くきれいに凍りついたことをよくおぼえている。