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第三話

 物置みたいに薄暗く、埃っぽいにおいのする学園の講堂が、しかし私は好きだ。幼いころ、物置の隅でひとり縮こまっていたときみたいに、落ち着く。

 今朝も、演劇部の朝練だ。

 もっともいま練習しているところに私の出番はほとんどなく、講堂の上方の席、私はいつものメンバーのなかで、いつも通り笑っていた。そして武もいつも通りで、パックのオレンジジュースを片手にくつろいでいる。そういえば、どうして武はオレンジジュースがそんなに好きなんだろう。訊いてみたことないけれど、今度訊いてみよう。

 私と、武。それに私の姉である高校二年生の志乃ちゃんに、その恋人であり、武のクラスメイトでもある高校三年生の佐藤くん。

 志乃ちゃんと私は、たしかに姉妹だけれども、事情があっていつも登校はべつべつだ。

 志乃ちゃんは高校二年生にしては小柄。そして、とってもかわいらしい。つやつやした長い髪をお下げにして、それがとっても似合っている。笑うと目が細くなるところなんか、私は大好きだ。

「ねえねえ聞いてよ、志乃ちゃん」

「なに?」

「武ったらきのう、ラジオがラジオがーってメールでうるさくってさ」

「ああ、あの音楽番組ですか」

 話に乗って来たのは、佐藤くんだ。佐藤くんは、だれに対しても敬語をつかう。しかし佐藤くんに対してはふしぎと、浮世離れ、という印象はなくって、どちらかと言うと慎重そうな印象がある。

 佐藤くんは、とても背が高い。武より、少し高いんじゃないだろうか。でもかなりの細身で、私はもう少しちゃんと食べたほうがいいといつも佐藤くんに言う。そのたび佐藤くんは銀縁眼鏡の奥のひとみで微笑み、ありがとうございます、と言う。

「あー、佐藤も聴いた? なあ、最高だよな! あれこそロックだよな! な!」

「ですねえ。こう、熱気を感じましたよ」

「佐藤先輩……きのう、ラジオ聴いてたんです?」

 盛り上がる武を放っておいて、志乃ちゃんは、なぜか佐藤くんに恨めしげな視線を向ける。

「ええ、聴いてましたが」

「中野先輩。そのラジオって、何時くらいです?」

 志乃ちゃんは、武に話を振る。

「夜の十二時から二時だよ」

「先輩、電話で上の空だったのは、ラジオ聴いてたからなんですね」

 佐藤くんは、まずい、という顔をした。たしかに。

「い、いえ、違いますよ、なんて言うんですか志乃さんの声がメインで、ラジオはあくまでBGMっていうか志乃さんお願いですから泣きそうな顔しないでください、ラジオか志乃さんかって言ったら断然志乃さんですから! たとえ一生ラジオを奪われたとしても、志乃さんですから!」

「仲よきことは美しきかなー」

 パックのオレンジジュースをこくりと飲み、間の抜けた調子で武は言う。

「なにそれ」

「ん、知らないけど、なんか漫画に書いてあった。元ネタは、むかしのひとが言ったんだって。でもさ、いいよなー、電話。俺もやよちゃんと夜中に電話したい」「そうだね」

 武の家は決まりごとがなかなかに厳しいらしく、夜の十時以降は電話できないのだ。そのことをちょっと不満に思わないって言ったら嘘になるけれど、武を責めることもできないから、仕方ないなあと思うことにしている。

「まあな、いまだけの辛抱だな」

 卒業したら電話できるようになる、という意味だろうか。そう思ったけれども、私はあえてなにも言葉を返さなかった。

 突っ込んでいくのなんか、恐くって――。

「弥生、ちょっと来て」

 舞台から声が飛んできて、私は膝下のスカートを翻し舞台へと駆けて行った。

「佐藤ー、宿題写させて」

 武がなんの罪悪感もない声で佐藤くんに頼んでいるのが、背後に聞こえた。


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