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第二話

 いつもの電柱が見えた。電柱のふもとには、濃い緑色の雑草。きょうも暑くなるんだろうなあと感じさせる太陽のにおい、いまはたしかに七月なのだ。

 私が中学二年生になってから、もう三ヶ月も経つ。ということは、武とつきあいはじめてから半年近くも経つということだ。

 電柱のそばに立ってスマホをいじっていた武は、私を見るとすぐにスマホを制服のポケットにしまった。明るい茶色に染めた髪に、ちょっとだけ垂れたおどけたパンダのようなひとみ、指には自分で買ったというシルバーの指輪をしている。

なんだかんだで、武は、格好いいと思う。お洒落だし顔立ちもいいし、雑誌に載っていてもおかしくなさそう。

「おはよっ、やよちゃん」

 武は片手を上げ、ひまわりのような笑顔を見せる。

「おはよう。武は朝から元気だね」

「元気が取り柄だかんなー」

 私たちは、並んで歩き出す。のどかな朝の住宅街。私は女の子にしては背が高いほうだけれど、やっぱり並ぶと武のほうが背が高い。

 それは、そうだ。武は高校三年生、私より四つも年上なのだ。中高一貫校の演劇部で出会った私たちには、ずいぶんと歳の差がある。

「やよちゃん、ちゃんと宿題やって来た?」

「やったよ。私、真面目だから」

「あっ、なにそれ、俺が不真面目みたい」

「……やってないの?」

「ラジオが面白くってなー」

知ってる。昨夜も私と武は、夜中の二時近くまでえんえんメールをやり取りしていた。このラジオやばいよ! ちょっとやよちゃんも聴いてみ! なんて、メールの内容はそんなようなことばっかりだった。私はメールをしつつ宿題をやっていて、わからないところを武に訊いたりしていた。もっとも武の返事は半分以上が、俺もわかんないなーごめんなー、という感じなのだけれど。私が質問することで、武にもちょっとは勉強してほしいと、そう思っているのに。

 だいたい、恐くて訊けないけれど。

 武は、進路をどうするつもりなのだろう。

 私との、未来は……。

 なんて考えてしまい、慌てて思考を止めようとする。そんな、それじゃ、なんか、いっしょに住むとか、いろいろ考えてるみたい。まだ私、そんな歳じゃないし。

「んー? やよちゃん、顔が赤いぜ?」

「えっ、そう?」

「なんか変なこと考えてるなー。なになに、俺に教えてよ」

「無理っ」

「えー、なに、俺に隠しごと?」

「べつにいいじゃん、秘密は女の子をきれいにするんだよ」

 すると武は噴き出した。

「やよちゃん、そういうのどこでおぼえてくるの?」

「なんで笑うの?」

「だってさ、おかしくって。あー、朝から笑いをありがとう」

 子犬と子猫のようにじゃれあいながら、しかし私は静かな気持ちで考える。

 武はあと一年近くすれば、この学園を去る。どういう進路を取るにしても、去る。それはたしかに、まぎれもない事実だ。

 そのとき武は、私をいったいどうするのだろう。

 優しい武のことだ、私のことをただ打ち捨てるとか、そういうふうには思えなかった。むしろ私のことを宝ものみたいに大切に扱って、大学や専門学校や職場のひとなんかにも自慢してくれるかもしれない。

 でも。

 武が向かうのは、きっとおとなの世界だ。そこが大学であったとしても専門学校であったとしても職場であったとしても、年上のきれいな女のひとがたくさんいる。武好みの、年上の女のひとたちが。

 武は、そんなひとに惚れてしまうかもしれない。

 そのときに、私は。

 いったい、どういうふうに扱われるのだろう……。

「あっ、やよちゃんまたなんか考えてる」

「べつに、たいしたことじゃないよ」

「ちょっとは俺に話してみろってー」

「無理」

「やよちゃん、冷たいなー」

 言いながらも武は、そんな私の態度を愉しんでいるということがわかる。

 そう、武には、言えない。

 たとえば私が、武といつかいっしょに暮らしたいなあとはぼんやり思っても、結婚したいとは思わないわけとか。

 武には、家庭のことを言えない。

 嫌われたくない。

 面倒だって、思われたくない。

 私たちは、いつだって軽いノリで生きている。重たい本音なんか胸のうちに隠している。薄っぺらい言葉に本音のかけらを乗せ、気づいて欲しいと祈りながら、でもきっとそんなの奇跡だって知っている。

 いいんだよ、私は。

 武が隣にいてくれるだけで、楽しいんだから……。

「やよちゃんってさ」

 武は、かばんを肩から後ろに提げて言った。

「やよちゃんって、底なし沼だよな」

 爽やかな風が吹いた。私の頭のりぼんも、ふわりと揺れる。

 私には、わかる。わかってしまう。

 きっとその言葉には、本音のかけらが乗っている――。

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