第十一話
それから、三日間が過ぎた。私の手の痛みが、だいぶましになってきたころだ。
秘密の交換、をした私たちだけれど、表面上はなにも変わらずに日々を過ごしていた。演劇部の朝練で会って、食堂で昼ご飯を食べて、放課後は部活に出たあといっしょに帰る。
しかし、土曜日、七月七日。
半日だけの授業を終えて、部活動の時間。夏なのにひんやりとしている講堂、いつもの四人で固まっていると、武はすっくと立ち上がった。
「やよちゃん、おいで」
「え、なに?」
内緒話ですか、と言って静かに笑う佐藤くんと、いってらっしゃいなのです、とやけに朗らかに言う志乃ちゃん、ものわかりのよすぎるふたりの先輩に見送られ、私たちは、講堂を出て地下の階段に移動した。
ばたんと大きな音を立てて、扉が閉まる。その音を背後に、武は階段に腰を下ろす。手振りで、隣に、と促す。
私は、武の左隣にそっと腰を下ろした。講堂の隣にある地下の階段、ここはいろんな部活動の物置みたいになっていて、テニスのラケットや野球のグローブや、はたまた演劇部のパネルなんかごっちゃに置いてある。汗のしょっぱいにおいがする、と思ったけれど、べつに不快ではなかった。
「やよちゃん」
「うん」
「きょうは、お誘いです」
「なに?」
「俺ん家おいで?」
「……なんで、疑問系、なの」
とんちんかんな私の答えは、しかし、衝撃を隠すためだった。
だって、武の家、って。
それって、もう一歩、私たちの関係が進むってことじゃないの――。
「やよちゃんなんかまた赤い」
「だって」
「――あっ! そっか! 俺、なんか誤解させちゃったかもな!」
「え?」
「家って言ってもさ、うちじゃなくって、うちのマンションの屋上。俺、この日のために、わざわざ管理人さんに鍵借りたんだぜ?」
「え、なんで」
「やよちゃん鈍いなー」
「鈍くないよ。武の説明不足」
「きょうは、なんの日?」
少し、考えた。
「……たなばた?」
「ぴんぽーん、正解! はいっ、続いて第二問。たなばたと言えば?」
「織姫と彦星」
「うんうん、だよな。あとは?」
「あと? 短冊、とか?」
「だよな、だよなー。あとは?」
「まだあるの? うーん……流れ星?」
「ってことは?」
「なに?」
「ってことはー?」
「……いいよ、そういうもったいぶるのいいから、早く言ってほしい。気になる」
「えー、雰囲気とか気にしようぜ!」
「いいから」
「連れないやよちゃんだなー。つまり」
武は、私を見ていたずらっぽく笑う。
「星を見よう、ってことだ!」
「ああ、たなばただからね」
「低っ! やよちゃん、テンション低っ! 俺なんか、こんなにわくわくしてるんだぜー」
「……うん」
だって、言えない。
言えるわけ、ないじゃないか。
武が、私のために、たなばたの一夜を用意していてくれたということが。
こんなにも、嬉しいだなんて――。
「まあ、いいや。やよちゃん、きょう部活が終わったら俺と来るんなー」
「うん。……ありがとう」
「んー?」
「なんでもない。そういうことなら、戻ろっか」
私たちは立ち上がり、講堂に戻るため重たい扉を開けた。