表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/40

8.部屋が綺麗になってきた(上)

※視点の切り替えは「/」で行っています。


「んんーっ、いい朝じゃー!」


 この狐っ子は帰る為のエネルギーも溜めないといけないらしく、そのついでにここに留まって鈴音の面倒を見てくれるようだった。


 鈴音はいらないから出て行けと言っても『小さきわらべに野宿せよと申すか、世知辛い世で育てば人も鬼になるようじゃ……』とわざとらしく言うし、

『もし警察に保護されたら、ここの者に虐待されてて外にやられたと言ってやるからの』と脅してまできたせいだ。

 鈴音がそれでもつまみ出そうとしたが、最後は半泣きで頼み込んできたので仕方なく家に置いておく事となった。ここペット禁止なんだけどな……。


 代わりと言っては何だが、この狐娘は鈴音の時代とこっちの時代を頻繁に往復しており、現代の生活にも慣れているので、しばらく鈴音の世話をしてくれるようだ――見た目的には逆なのに。

 赤い着物から伸びた尻尾を振り、耳をピクピク動かしているのが何とも可愛らしい。


「それより、お前の尻尾どうにかならないのか? 寝てるとき鼻がモシャモシャして何度も起こされたぞ……」

「なら稼ぎを増やして広い部屋に移るしかないのう、にひひっ」

「むぅ……別に構わぬのだが、何ゆえかくも腹立たしいのであろう……」


 鈴音はにび(そう呼ぶことにした)の存在が気に食わないらしく、厄介になると決まった時から少々機嫌が悪い。

『鈴音の所は嫌じゃ』と俺の布団に潜り込んで来た時は更に機嫌が悪くなった。


「はぁ……この様子じゃ本当に先が長そうじゃ――少しでも自覚してくれればいいのじゃがの。

 それに、童はここに留まると言ってもそなたが最低限の暮らしを覚えるまでじゃ。

 それからはまた弘嗣と、誰も邪魔されぬ"二人っきり"の生活になるのじゃから安心せい」

「なっ――わ、私はかのような事言っておらぬではないかっ!」

「それともあれか、弘嗣と寝た童が羨ましくてたまらぬ~~か? んん?」

「……狐の毛皮は高値が付くと聞くがどうなのであろうな。私は新たな槍が欲しいのだ」

「ふぎゃあああああっ!? や、やめるのじゃ、冗談じゃっ!?

 じゃから童の尻尾を切ろうとするでない! その小太刀をしまえっ、しまうのじゃっ!?」


 鈴音が作ってくれた味噌汁を飲みながら、二人が台所で何やら賑やかにしているのを聞いていた。

 何の話をしているのかまでは分からなかったけど、仲よく出来そうで心配事も杞憂で済みそうだ。

 今日は鈴音との生活が始まって初の月曜日――出勤してから帰るまでは鈴音一人でいなければならないのだが、にびが面倒を見てくれるのは非常に心強い。

 いきなりやって来た者に任せると言うのはどうかとも思うが、これなら安心して任せられるだろう。


「それじゃあ行ってくるぞ?」

「うむ、留守は任せておけ」

「鈴音の子守りは任せておくのじゃ」


 ……それでも不安だけど。

 だが『戦国時代からやってきた女の子の面倒見なきゃいけないので会社休みます』なんて言ったら、会社から有難い長い長い休暇を頂きかねないので、ここは大丈夫だと言う鈴音とにびを信じるしかない……。

 鈴音には必要最低限の事は全部教えたはずだし、念のため炊飯器等の家電の使い方のメモも残してある。

 いくら気丈に振舞っていても全く勝手が違う現代の生活、いい大人相手にどうかとも思うが、初めてのお留守番は大丈夫なのだろうか……?


「何度も言わせるな、ここに居るだけなら大丈夫だと言うておろうが。

 昼過ぎまで眠って、にびと"てれび"でも見ておればすぐであろう?

 外を自由に出歩けぬのは窮屈ではあるが、贅沢は言えぬしそこは我慢しよう」

「十分贅沢な生活ですねっ!?」


 心配なさそうだった。畜生……。


 /


「ん……」


 春眠暁を覚えず――どれくらい眠っていたのだろうか

 まだ許されるのであれば眠っていたいところであるが、嗚呼この時期の眠りとは何とも心地よいものぞ……。

 であるが、あまり遅くまで眠っておるとまた母上に小言を聞かされる羽目になってしまうな……。

 ただでさえもう陽が高く――


「ここは……?」


 何処ぞ――あぁ、そうであったな……。

 目の前には白き天井、その真ん中には大きな珠の灯り――夜でも昼間のように眩く光る不思議なものだ。

 私のおる屋敷の主、弘嗣が勤めておる問屋でかのような物を扱っておると申しておったな……。

 その主は勤めに出かけ、私の面倒を見ると申した狐も『しばし出かける』と外に出たので、少しばかり”べっど”で眠ろうかと……。

 私が悪いのではない、今の暖かき季節が悪いのだ。


 うむ、やはりこの"べっど"とか言う寝床はなんとも心地よいものだ。

 硬すぎぬ寝床、それを覆う厚手の布――これに包まれた暖かさは言い表せぬ程の心地よさを与えてくれる。

 私の知る世には存在し得ぬ物に、もしかすると私はどこかで討たれ、極楽浄土に招かれたのはないか――と錯覚さえしてしまう。

 であるが私は武士(もののふ)の身、戦では致し方ないとは言え人を殺めておるし、極楽浄土とは縁遠いであろうが……。


 武士……か、この世にはもうおらぬと申しておったな。

 なれば、この世の私は一体何者であるのだろう――。


「であるが……誰にも小言を言われぬ、遠方で一人で過ごすのはかくも快適だとはな」


 いや正しくは一人ではあらぬが、好きな時に眠り、好きな時に好きな飯を食うても誰にも咎められぬは良い。

 何にも縛られず、己の意思で過ごせる日々――私が最も望んでおった暮らしかもしれぬな……。

 弘嗣に言ったら『お前は一人暮らしを始めたばかりの大学生か』と訳の分からぬ事を言われてしまったが、"だいがくせい"とは何ぞ――?


「――して、この短い針が一周しここ"八"まで来たらあ奴は戻ってくると申しておったな」


 目覚めたのは確かこの"四"の所、あ奴が出かけたのはこの"七"の所、確かそのすぐ後に"べっど"に入り――今は"十"か。

 残りはひぃふぅみぃ……予定通りであれば残り八つか、短くもあり長くもあるな……

 一人でも大丈夫だと啖呵を切ったが、いざこうなると――不安ぞ。

 いや、見知らぬ土地で孤独であってもかのような事では動揺なぞせぬぞ、日ごろの鍛錬の賜物を見せてやるわ!!




「――ま、まだこれだけしか進んでおらぬのか!?」


 さっき見た所から次までの半分しか進んでおらぬだとっ!?

 確かこの長い針が一回転すれば短い針が次へと進むので……これは結構――いっいや、じっとしておるのは苦手だがこれも修行だと思えば。

 されど外は出歩けぬし、この狭い中で一日……。


「……よくこんな所で生きておられるな」


 狭いのは一向に構わぬ、とにかく汚さが目に余る。

 乱雑に積み上げられた書物(如きもの)、太い線が床を這い、よく見ればあちこち埃だらけ。着ておった衣類も放りっぱなし、と人が住むにはあまり良しとは思えぬ部屋であった。

 あ奴はネズミか何かか?


 うーむ……その家には家の掟や決まりがあるもの、いくら小さくとも汚くともこの家の主は弘嗣だ。

 昨日今日やって来た余所者ごときが勝手に片しては曲がりなりにも男であるアイツを貶めてしまう。

 うむ、帰ってきてからそれとなく諫言することに致そう、そして綺麗にさせよう。

 故に我慢、我慢だ――。


「…………」


 気にしてはならぬ、気にしては――――。

 忍耐力がないのが私の悪い所だと父上が申しておったではないか。

 散らばった書や埃なども風流だと思わば……こう積もる埃が雪の如きと……


「なるかぁッ! もう我慢ならぬッ、あ奴の名など落ちてしまえ!」


 忍耐力? 何だそれは?


 確か燃える物と燃えぬ物を分け、この透けた袋に入れねばならぬのであったな。

 書はこの袋に入れられぬ故、一まとめにしておくとして……まずは着物の洗濯からであるな。

 うぅむ、やはり男くさい……であるが――


「そなたはなーにをしておるのじゃ……」

「はッ!? 私は何を!?」

「まー別に、誰がどんな物に興奮してくれても構わぬのじゃがな」

「ちちっ違うっ、ここっこれは嗅いだ事のあらぬものあったからでっ!?」


 突然帰って来た狐にあらぬ姿を見られてしもうた……。

 男の臭いは不快な物が多かったが、これは何と言い表すべきか癖になりそうな――いいっ、いや別にあ奴の臭いが気になるとかではなく、不快な獣臭さがせぬのが気になっただけであってだな。うむ、やはり……。


「……他人の性癖を見させられる者の気持ちを考えた事はあるか?」

「はっ!?」

「はぁ……まぁよい、童も一息ついたら汚部屋(おへや)の片付けを手伝ってやろう」

「む、そうであるな……私も一息つこうかと思うておったし、茶でも煎れようぞ」


 確か茶は……む、何ぞこの紙は――わざわざ手順を描かずとも茶の煎れ方ぐらい分かっておるわ!!

 "てふぁーる"と言ったか、水を入れればすぐに湯が出来上がる容器に張り紙がついておった。

 かのようなものは慣れておらぬだけで、一度聞いて理解できぬほど馬鹿ではないわ!!



「なになに……次はここを押せば良いのだな?」

「馬鹿であったようじゃの」


 私は馬鹿ではない、複雑な"かでん"と言う物に溢れているこの世が悪いのだ!!

 それにしても、これらの道具から始まって机や台やらと多いな――人の居場所より物の場所の方が大きいのではあるまいか?

 父上のガラクタを押し込めている蔵も大概であるが、あれらの方がまだ広い。

 あ奴はこの中で一体どんな生活しておるのだ……。


「起きて飯食って勤めに出る、戻れば飯食って寝る……」


 ――あ奴は生きていて楽しいのであろうか

 全て私の想像で勝手に哀れんでしまっておるが、帰ってきたら労いの言葉でもかけてやるか……。


「しかし、茶も様変わりしたものぞ」

「うむ、童はあの茶の湯の様な仰々しい茶は嫌いじゃ」


 茶の湯の静寂で厳かな場も悪くないが、私もあのじっと座して待つのが苦手であった。

 特にそこで見合いをした時なぞ今思い出すだけでも腹が立つ……親はやれこの茶器はどうだのとつまらぬ自慢話ばかり。

 当人の子と顔を合わせれば『思惑が外れた』と顔をし、嫌味を述べてきおったが……乗り気では無かっただけに尚の事腹が立つ。

 確か――半年後に親子とも戦で討死しておったな。人の死を喜ぶなぞ人の道に反するが清々する。


 見合い……か。女だてらに武士の真似事をし戦場を駆ける者はいらぬと申され、器量がなしとも言われた挙句『敵兵の頭を握り潰した』などと言う根も葉もない噂まで立っておった――

 握りつぶしてなぞおらず、僅かに鈍い音が鳴っただけだと言うのに……。

 噂とは尾ひれが付くものだとつくづく思い知らされる。


「顔の形まで変えておいて良く言える……あのような所業、鬼以外に見た事無いのじゃ。そのせいで十年は婚期が延びておるぞ……」

「あ、あれは、僅かに……そう、鈍く変な音がしただけぞっ!

 確かにあれが無ければ、私も今頃結婚できていたかもしれぬが……」

「あの渋ちん親父の知り合いの息子とか? あれは碌でもないボンクラじゃぞ。

 放蕩三昧の金食い虫、その親が厄介払いしたいが為に紹介されただけじゃし」

「な、なんだとっ!?」


 確か父上の知り合いの子で、(いくさ)の陣中で紹介され中々良いかもと思うて、その者の前で張り切りすぎてついやってしもうたのだが……。

 いや、今思うと初めて会うた時もあまり良い顔をしておらなかった気もする。


「まぁ、それが無くとも結婚は無いがの。

 それからすぐに跡目争いでそ奴の弟にぶった斬られてお陀仏じゃし」

「た、確かにそうであるが……」

「そもそも女だてらに武士をやっておる時点で『結婚諦めてます』って言うておるものじゃろ。

 結婚したけりゃ、普通の姫君みたいに女子っぽい事をして子を成すだけの立場におれば良いものを……そうすれば童も楽で良かったのじゃ」

「うっ……わ、私はかのような扱いが嫌なのだっ」


 確かに、女子は子を成す為だけの存在である……道具の如く、(はかりごと)や人質なぞ碌な扱いを受けぬ。

 武士となって真に良かった――望まぬ婚儀をするぐらいならば独り身で死んだ方がマシぞ。


「であるが……んっ?」


 "べっど"の下に何か葛籠のようなものがあった。まだ片しておらぬ所があったか。

 何か怪しげで気にもなったが、踏み込まれたくない物かもしれぬ……このままにしておかねばな。

 だが気になる――


「裸の女の絵ばかり――春画ではないか!!」

「どれだけ我慢がないのじゃお主は……」


 我ながら何と我慢のないことか情けなくも思ったが、これを見てそう思った己が情けないと思ってしまった。

 確かあ奴が読んでいた書物についていたのにも――確か"しゃしん"と申すものだったか。

 こちらは絵図であるが、うぅむ、かのようなのが――って違う!!


「恥ずかしげもなくこのような姿、これは子供ではないのか!?

 どれもこれもかのような書物ばかりではないか! む、こっちは"しゃしん"とやらか……葬儀中かこれは?」

「未亡人物じゃな。他人の趣味趣向を知ると言うのは、これほどまでいたたまれない気持ちになるとは思わなかったのじゃ……」


 私よりまだ年のいった女子だろうか……状況的に夫を亡くしておるような、その様な女子が葬儀の場で破廉恥な……。

 別に何を見てどれだけ使い込んであろうが私には知ったことはないが、何故か非常に腹立たしいので処分する事にした、ふんッ!!

 これは紙であるから燃える物であるな、この奥にもあるな――女子の人形か?


「燃える……ものであるのか?」

「萌える物じゃな」

「軽いが紙ではないし硬いが、燃えぬ物ではないのか?」

「処分的にはそうじゃ」

「ん、んん……?」


 であるが、この世も一長一短であるな、捨てる物も燃えるか燃えぬか分けねばならぬとは……。

 全く、この下も埃だらけではないか……もうかくなる上は徹底して掃除にしてやる。

 何ゆえ私がかのような事をせねばならぬのだと恨み言も出たが、やり始めたら止まらぬ性分なので致し方ない。


 "べっど"の下に潜り込み、何度も頭をぶつけながらも埃を全てを掃きだした頃にはもう"十二"の所まで来ておった。

 腹も減ったし昼飯にしたいところであるが、飯と他は何にいたそうか――。


「肉買うてあったじゃろ、童はあれが食いたい」

「ふむ、肉か……いや、あれは弘嗣と私の分であるゆえ、夜に食すつもりであるが」

「先にどのような物か知っておく方が調理しやすいであろう?」

「う、うぅむ……」


 正直に申せば、私もあの肉が食いたい――鳥や鹿などと言ったのは食うが、牛などは食うた事があらぬし……。

 値が張るようなので二枚しか買うておらぬ、故にここで食うと私か弘嗣の分がなくなって……。


 ・

 ・

 ・


「いやー、スーパーの肉とは言え、やはり肉は美味いのじゃー」

「うむ、牛の肉がかのようにも美味いとは思わなかった」


 脂があり、締まった身の歯ごたえが何とも言えぬ。

 畑や荷運び用とされ、食すなんてもっての外と言われておったが……ここは先の世であるし大丈夫であろう。

 これを食わば私の世の者も考えを改め……もしや、美味いから食わせぬようにとしておったのはないか?

 にびが言うに、良い肉はもっと脂が多く、身が豆腐の如き柔らかさをしておるとか。

 うぅむ、いつか食してみたいものであるな……。

次回 3/24 17:20頃に更新予定です

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ