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7.狐娘がやって来た(二尾)

 家に着く頃にはもうすっかり日が暮れ、辺りは真っ暗になっていた。

 鈴音は初めて見る街灯に感動していたが……そう言えば、現代でも町内に初めての街灯が設置された時、町中の人達が集まってその瞬間を見ようとしていた、って聞いたな……。

 産まれた時からあるからか、ありがたみが分からないだけかもしれない――。


 鈴音はそのまま台所にて慣れた手つきで米をとぎ始め、実家の母を思い出すようなリズミカルな音を立ている。

 この部屋でこのような音が聞こえるのは何ヶ月ぶりだろうか――俺自身も料理は出来てもここ最近は全くできていなかったし、前に付き合っていた彼女もたまに料理を作ったけどここまで手馴れた音はしていなかった。


「やっぱりその人によってテンポ――音の調子? が違うんだな」

「ん? あぁ、母上も良く申しておったな『台所は伎楽の如し』と。

 自信はあるのだが、母からすれば私はまだ遠く及ばぬ"宴席"であるようだが……」

「ずいぶんと厳しいんだな、俺からすると小さい頃に聞いた実家の母親を思い出すぐらい小気味好い音だと思うのに」

「え、あっあぁ、そ、そうか――うむ、世辞でもそう言って貰えると嬉しく思うぞ」


 何か慌てているようだったけど何だったのだろう?

 米とぎは無事に終えたものの、炊飯器の操作はやはり未だに手間取っており、『こ、ここでいいのか!? では押すぞ、本当に大丈夫なのだな!?』と何度も確認し、ビビりながら操作していた。

 あとどうしてかとぎ汁を残している事も気になったが……。


 実は昨日も同じやり取りをしていたのだけども――。

 まぁ、俺にできる事と言えば機械の操作説明ぐらいなもので、料理が出来上がるまで座して待つしかない。それぐらい鈴音の手際が良かった。


 ものすごく失礼な言い方なのだが、実を言うと最初は鈴音の料理には全く期待していなかった。"侍"と言う先入観のせいかもしれない……すぐに彼女の一面を知り、そんな先入観で彼女を見ていた自分を恥じた――。


 ・

 ・

 ・


 食事を終え『ご馳走様』と言うと、鈴音は『お粗末様でした』と丁寧に返してきた。

 昔ながらの礼儀作法――昔の人だから当然なんだろうけど、ちゃんとこう言う作法を身に付けているのは素晴らしい事だと思う。


「あ、そう言えばお風呂なんだけど――」

「入るぞ!」


 もう入る気満々なようだ――まぁ入らない女性なんてそうそういないだろうが。

 部屋の説明してた時も風呂に一番興味を持ち、いつ入るのかと聞いてくるのか

 ずっとそわそわしていたぐらいだから……。


 昨日はバタバタしていてちゃんとした使い方の説明できておらず、ただ湯船に浸かるだけだったみたいだったし、今のうちに湯と水の出し方やシャワーの使い方とか説明しておこうか。

 その……何と言うか、鈴音さんから少し獣っぽい匂いがするし……。


 とは言っても不快感はないが……と言うか逆に何か好きな匂いかも――動物好きだからだろうか?

 後で聞いた所によると、あちらの世では”たまに”水浴びや身体を拭くばかりなので、殆どの人が強烈な臭いを放っているらしい――鈴音は臭いに敏感なのか、比較的短いスパンで身体を拭いたりはしているようだ。

 それでも二週間に一度とかみたいだけど……。いつか家に蒸し風呂を作るのが夢らしい。


「こっちが水で、こっちがお湯ね。お湯は熱湯だから気をつけて。

 それとこれを捻るとシャワー――身体とか髪を流す時に使うといいよ。

 これは身体を洗うときに使う物で、この液体を一押しつけて――髪を洗うときはこっちね」

「う、うぅむ……小難しいが何とかなるであろう」

「じゃあ、お湯が溜まったら言うから待ってて」

「うん? 昨日(さくじつ)もそうであったが、先に入らぬのか――?」

「え、俺は後でいいよ」

「う、うぅむ……いや、それが道理か。有難いのだが……私は居候の身であるし、客人扱いはせんでも良いのだぞ?」


 既にベッドの所有権を奪っている者が言うセリフじゃない気もするが――。

 言われてみれば無意識の内にお客様扱いしてたけど、線引きしてたらお客様から切り替えるタイミングが難しくなってしまうな。

 こう言ったことは最初の早い段階からやっておいた方が後々楽だろうし。


「分かった。でも今日も先に入ってていいよ。俺が使う布団とか出しておきたいし、俺が先に入るのは明日からにしよう」

「うむ……そう言うことなればあい分かった。では先に頂かせて貰おう」


 その家の家長が先――と言う文化はいつしか薄れているけど、やはりそう言った事には厳しいらしい。

 部屋のドアを閉め、そのドアの飾りガラス越しから見える脱衣は『肌色の何かが動いてる』ぐらいにしか見えなかった。

 ああ、どうして普通のガラスではないのだろう……。


 ・

 ・

 ・


 互いに入浴を終えたらすぐに就寝。

 鈴音が来るまではいつも寝る時間までぼーっとテレビなり見ていたのだが、鈴音はテレビはあまり好かないようで、それに合わせていたら別に見なくても問題ないようになってしまった。

 それよりも鈴音と話している時間の方が有意義に感じ、これまでは単に寝るまでの時間の使い方が分からないだけだったのかもしれない。


 真っ暗な部屋の中、男と女が寝息を立てている――。

 これだけで見れば何と素晴らしい状況だろうか……いや、俺はまだ寝ていないので、寝息を立てているのは女の方、狐の尻尾を引っ張ったせいで戦国時代から現代に飛ばされたと言う女性だった。

 成り行きとは言え、そんな女性との同棲が突然始まってしまったのだ……そんな特異でな状況下においてスウスウと寝息を立てるほど俺の神経は図太くない。

 別に一緒に生活する事に対して問題はないのだが、これからどうなるのか考えていた――。


 彼女の事も少しずつ分かってきた。

 何というか――知れば知るほど魅力的にも思えてくる不思議な女性だ。今までにいなかったタイプの女性なのもあるかもしれない。

 彼女はいつ帰る事ができるのか分からないが、ここしか居場所がないのなら……と考えている内に起きているのか、寝ているのか分からない状態になった頃――


「あぎゃっ!?」

「むぐっ!?」

「な、何ぞっ!?」

「あ、あぅぅ……そ、そこまで怒らなくとも良いじゃろうに……。

 む、ここは……そ奴の家であるようじゃの――」

「ム゛ゥゥーッ!?」


 連日の命の危機に晒されていた――。

 寝るときはテーブルの下に頭を置いて寝た方が良いかもしれない。

 圧迫感が気になって寝苦しいかもしれないが顔面圧迫死よりマシだ――。


「曲者――ッ」

「にょわ゛ぁッ!?」

「ブハァッ……ハァッ――うぼっ!?」


 何かから解放されたと思ったら、今度は何かに踏んづけられた――

 な、何だ何だっ!? 一体何が……ぬおぉっ、刃が目の前通って行ったっ!?

 ガタガタと音がして何かいるようだが、鈴音が小太刀を振り回すせいで確認できない……。


「な、何が起こっているんだ!?」

「賊ぞ!」

「ぞ、賊ではないわ! まっ待てまずは話を――に゛ゃぁッ!?」


 賊と呼ばれた奴は部屋の中をごろごろと転がり逃げ回るが、声からして女の子……のような?

 起き上がるに起き上がれないので、布団にうつぶせになって目の前の様子を確認すると、

 赤い着物を着た女の子――が机に足を引っ掛けて尻餅をついていた。


「狭いくせに物置きすぎなのじゃッ! あ、あわわわわっ……ま、待てっ!?

 まずは(わらわ)の話を聞くのじゃっ鈴音! おい弘嗣っ、こいつに刀を納めるように言うのじゃ!」

「賊の話なぞ聞く耳持たぬわっ! ここに忍び込んだのが運の尽き、覚悟致せ!」

「ま、待て鈴音! ここで斬るなっ、事故物件になる!」

「そっち!? 童が斬られることよりそちらの心配をするのか!?」

「むっ――何か分からぬがそれはいかぬな」

「お主もそれで躊躇うでない!? お主も小さき者の命が奪われる事にまず躊躇うのじゃ!」

「うーん……鈴音、何かの間違いかもしれないから一度話を聞け」

「むぅ……お主がそう言うのなら仕方ない」


 けどこの子……何か変だ。何で俺たちの名前知っているのか?

 それに、栗毛色の獣のような耳をつけて何か尻尾のようなものが見える――尻尾?


「あぁ、またイタいのが来たのか……」

「イタいとはなんじゃ!」

「『また』とはなんぞ!」


 サラウンドで怒られてしまった。

 とりあえず向こうも抵抗する気はないようだし、ひとまず部屋の明かりをつけて――。

 鈴音さん、お願いだから隙あらば切るオーラ出すのやめて貰えないですかね?

 背中向けててもビシビシ伝わってきて縮こまりそうなんですが……。どことは言わないけど。


「はぁ……七姉様に投げとば――様子が気になって来てみればこれじゃ。

 鈴音、お主のその思考より先に手が出るのをどうにかせよ。弘嗣、お前の部屋は汚い」

「何で俺だけバッサリ斬られるの!?」

「ふん、居直るとは盗人猛々しい。お前は我らを知っておるようだが、何者ぞ?」

「だから賊でないと言うに…あとお前って言うでない。

 童は、お主の家の近くにある社に住む狐じゃ。皆から二尾にびと呼ばれておる。

 お主、こちらの世に来る前にそこで祈願してたじゃろ?」

「……それがどうした?」

「その後の経過を見に来ただけじゃ。うぅ……あの人に引っ張られた耳がまだ痛い……」


 狐……? 確かに狐の耳と尻尾が二本あるようだけど――本物なのか?

 見た目的には九、十歳ぐらいだろうか、鈴音が俺以外の人に過去から来たなんて話さないだろうし、と言う事は、ほっ本当にそこに住む狐の――狐の……妖怪?

 つまり鈴音がこっちに来たのは妖怪の仕業と言う事になるのか?


「童を妖怪扱いするでないわ……と言うか、何でも妖怪のせいにするでない。

 童とて一応は神様じゃぞ? 童を見た目で子供扱いしてないか? あまりすると童は泣くぞ?」


 メンタルは弱そうだけど、確かに言っていることはどうやら本当のような気がする。

 見た目は子供、中身は大人を通り越している感じがするものの、耳と尻尾がピョコピョコ動いてるし作り物でもなさそうだが。

 確かに童はまだ修行中の身じゃが――と呟いていたが、そう言われると確かに頼りない感じもしないでもない。


「その社に住む神様とやらが、何の為に私をここにやったのだ?」

「お主が童の尻尾をッ――じゃない、無駄に多い願いのいくつかを叶えた結果じゃ。分かったか? ん?」

「む、無駄に多いとは――できるだけ候補を述べたまでだ!」

「その"できるだけ"の候補が多すぎるし高望みしすぎじゃっ! せめて一つにせい。

 その上、供え物も無しなのにここまでしてやっただけ有難いと思うのじゃ」

「う、うぅむ……」


 思い当たる節がありまくるのか鈴音は反論できず難しい顔をして考え込み始めた。

 あれと違うこれも違うと何やらブツブツ言っているのが少し気になる……。


「戦国時代の娘っ子が現代にやって来ては戸惑うことばかりじゃろ、童がしばしサポートしてやるのじゃ、感謝するのじゃ」


 そんな事全く聞いていない鈴音――

 ああ、これから本当にどうなるのだろうか……。

次回 3/23 17:20~更新予定です


3/23

一部書き忘れていた部分と手直ししました

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