5.侍娘がやってきた(暴君)
「さて、腹がいっぱいになったら眠くなって来た――」
腹が膨れ、気が落ち着いてきたら急に眠気がやってきた。目が覚めたと言っても数時間しか眠れていないのだから当然か。
いつもの休日なら目が覚めている時間だが、今日は特に朝早くから起きて色々ありすぎたのもあるし……。
「私もぞ……すまぬが場所を貸して貰えぬか?」
「あぁ、じゃあ――」
そう言えば、このワンルームの部屋のどこに寝かせればいいんだ?
男なら今いるベッド脇の床にで寝ろと言えるけど、成り行きで住ませる事になったとは言え、女の子にそれは扱いがぞんざい過ぎる気がする。
前に付き合ってた彼女は――うん、一緒にベッドで寝た事もあるけど、この人に『一緒に布団に入りましょう』とか言ったらどうなるか分からない。
「別にそこの床でも構わぬぞ」
「いや、そんなことできないよ。このベッドで良かったら使って――」
「む、いいのか? いや実を言うと少し気になっておったのだ。かのような柔らかい敷物の上に眠ることなんて無かったからな」
待ってましたと言わんばかりに、ベッドの上に腰をかけ柔らかさを確認するかのようにポンポンと叩きはじめた。
あれ、もしかしてこの人って意外と計算高い……?
「では遠慮なく使わせてもらうぞ、いや楽しみだ」
「はい、どうぞ……」
「それと、念のため忠告しておくが――先ほどのようにおかしな気を起こせば直ちに斬るぞ」
武器を返さなきゃ良かったと思う。もう腹を切らないし、大事な護身刀だから返せと言われて返したんだけど……やはり女だてらに男だらけの中で生き抜いてきた侍だからか、そう言った気配には特に敏感で油断できないんだろうな。
そう言った意味では返したのは正解だっただろう。彼女にとっては安心を、俺にとっても抑止力になる。
まぁ『姉ちゃん、男と一緒に住むのって事はどう言う事か分かってんだろ?』的な事は毛頭するつもりはないけれど。
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「どこが気配に敏感なのか……」
前言撤回しよう、侍でも油断する時はする――目の前にいる隙だらけで熟睡している女を見てそう思ってしまった。
布団をかけ直しても斬りにくる気配もなく、試しに恐る恐る頬っぺたを突いてみたが目覚める様子も無い。
よく女の寝顔は百年の恋も冷めると言うが、こいつの寝顔は何と言うか……可愛いものだった。
考えてみれば、寝ていてどうやって来たか分からないとはいえ、突然上から落ちてきた事を知っているのは俺しかいない。
警察に行って『戦国時代から来たようなんです』と正直に言っても、二人仲良く病院への道を教えてもらうのがオチだろう。
つまり、鈴音の事情を知った上で保護してやれるのは俺だけなんだよな……。
もし仮に警察保護してもらったとしても、その先は――戸籍も何もかもがなく、戦国時代の中の記憶しか存在しない彼女はどうなるのか見当も付かない天涯孤独の身か――。
最初はよくこれまで寝込みを襲われなかったなと思ったけれど、この寝顔を見ていると不思議とイケない事したいような気持ちは沸いて来ない。
逆に、守ってやらなくては――と言った気持ちにさせてくれる、そんな緩く優しい寝顔だった。
「ふぁぁぁ……」
彼女の寝顔につられ俺も眠くなってきた……。
そろそろ寝るかとありったけの座布団を敷き、一枚は半分に折って枕代わりにした。
いつ帰れるのか、どうやって帰るのか分からないけれど、それまでは彼女を理解者でいよう――。
それと――明日ぐらいにこの座布団洗おう。そう思いながら俺も眠りに落ちた……。
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シェアハウス―― 一つの住居スペースを2人または複数で分かち合い、共有して生活を行うことである。
もちろん家賃は折半が大半であるが、収入が少ない者でもそうする事で支出を抑えながら家賃の高い土地でも住む事ができる。
また、一人寂しい時や相談したい事がある時でも同居人がいればすぐに話ができたりするし、事業立ち上げをするのもいる。
だがこれはデメリットでもあり、こう言ったのは大抵赤の他人との生活なのだ。
同じ空間をシェアする上で大事なのは、互いの領地・領域を侵してはならない。
仮に友達同士だっとしても親しき仲にも礼儀はあり、踏み込んではならない所もある。
「あの……ここ、俺の部屋なのですが……」
「ん? おぉ、そうであったな。だがここの"べっど"と言うのは実に気に入ったぞ。
身体が包み込まれるような心地よさと暖かさ……実に寝心地がよいのでここを私の寝床にしたい、いやするぞ」
俺の領域は、突然やって来たこの侍娘によって着実に侵されつつあった。
先手必勝とはこのことか、この部屋の主である俺の決定権は既に無いらしい。
最も太陽が高くまで昇る頃、眠りから覚めたこの暴君は開口一番に『寝床はここにする』と主張してきた。
大いに気に入ったようであるが、そりゃそうだ……その羽毛布団とマットレス合わせて十四万したんだぞ?
睡眠の質と言うのは大事なもの――翌日の気力がまるで違ってくるから奮発して買ったものだった。
俺の最後の聖域、最後の砦をそうやすやすと奪われるわけにはいかない、そう思っていたのだが
『なら私の寝床はどこにあるのだ、まさか女に地べたに寝ろと言うのであるまいな?』
と言われると、俺には『はいどうぞ』と無条件降伏する道しか残されていなかった。
女と言う生き物はこんな時に女を主張してくるからズルい。
まぁ、元からそのつもりでもあったんだけどね……。
「とりあえず一眠りして頭もスッキリしたし、今起こってる状況も夢でないと分かったところであまり深く考えていてもしょうがないし、これからの事を話し合っていきたいと思うんだけど……」
「うむ……そうであるな」
「俺は明後日から仕事だから、帰って来るまでの間はここで留守番しててもらう事になるんだけど
今日と明日は休みで家に居る間に、家電とか最低限の使い方を教えておきたいと思う」
「"かでん"――瓜は好きだ、どこにあるのだ?」
「瓜……? 家電はこれらの炊飯器やケトルのような物だよ」
何の事かと思って後で調べてみると、どうやら瓜――こちらで言うメロンのようなのが植えられている畑と勘違いしたらしい。
そう言えば、人に疑われるような真似をするなと言う諺――瓜田に履を納れず、李下に冠を正さずってあったな。
「……すまぬ、何を申している全く分からぬ」
まぁそうだよね……。時間はたっぷりある事だし、1つずつ教えていくかな
まずは扱いやすいこのケトル、いや瞬間湯沸かし機能付き水瓶から――。
「いやはや、いずれも想像を絶するものばかりだな――特に多くが火を起こさずとも良いのには驚いた」
「言われてみると確かに全部火を使わないね、まだ火を使う器具が残っていると言えば台所ぐらいか」
IHが普及してきたとは言え火力等のデメリットもあるし、ガス器具にはガス器具の良い所があるので、一概にどちらが優れているとも言えない。
鈴音は料理好きと言っていた通り、炊飯器や調理台などの調理に関する物に興味津々で、特に冷蔵庫とそこで氷が作られる事に驚いていた。
あちらでは主に夏場に食される氷菓子用の氷は、冬場に作った氷を氷室と呼ばれる洞窟などで保存するしかない為、それを口にできるのは一部の大名や将軍ぐらいな貴重な物らしい。
冬場では嫌と言うほどできるが、極寒の中でそれを食うのは阿呆でしかない――との事だった。炬燵に入りながら食うアイスクリームは美味いんだぞ!!
「せっかくの保存庫だと言うのに何も入っておらぬとは、なんとも無駄な事か」
「さ、最近忙しくて買い物に行けてないだけなんだからねっ!!」
「おおっこれは味噌ではないか――ふむ、味こそ違うが味噌であるな。うむ、これは美味い。
こちらは米か――うむ、古米であるが良い米だ」
味噌や米をつまみ口にするとうんうんと頷いていた。
生米をボリボリと齧るのはどうかと思ったが、あちらでは干した米を普通に齧ってたようだし、問題ない……のか?
「よし、場所を与えてくれた礼にこれらを使って飯を作ってみたいのだが」
「あぁいいけど、今は米と味噌以外に具材がないぞ?」
「……私の時代よりも飢えに苦しんでおるのか」
「違うから! 忙しくて買い物に行ってないだけだからっ……!?」
「いや、まぁ良いのだ。幸いにも食い慣れた物だっただけでも私は有難いのだ、うむ」
「これから買い物に行こう、な!そうすれば分かるから、お願いだから来て!!」
どうやら先ほどの食事の事はすっかり忘れているようだった。
普段でも具なしの味噌汁は飲んでいたらしいけど、俺の尊厳にも関わる事だしここは大きく見せておかないといけない。
明後日からの昼食代を少し削らないといけなくなるが、背に腹は代えられぬ……。
第6話 3/21 17:00~更新予定です




