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4.侍娘がやってきた(侵略)

 過去から来訪してきた侍娘――鈴音は住む場所が確保できたからか、出した茶をゆっくりと(すす)り、先ほどまでの緊張を解いてややリラックスした表情を見せていた。

 お茶も全く違うらしいが、こちらの方が好みであるらしく既に三杯ほど飲んでいる。

 でも先ほどからその手を止め、何やら顔を赤くモジモジとし始めてるけど――どうしたんだ?


「あ、その……す、すまぬが、(かわや)は何処に?」

「厠――あ、あぁそうか……ここの扉を開けた所、明りはここね」

「う、うむっ、かたじけない……」


 鈴音は中に入るとすぐに顔だけ出して、何やら言いにくそうと言うか恥ずかしそうにモゴモゴしている。


「ど、どう使うのだ――?」


 あぁそうか……洋式や水洗のとかないんだっけ。

 とりあえず細かい説明を省いて、前向いて座ってする事や流し方などの必要最低限の説明だけ済ませると、彼女は余程切羽詰まっていたのか言い切る前に中に引っ込んでしまった。

 トイレの扉越しに聞こえる水音にドキっとしたけど、それ以上に『おぉっ』と何かに驚いていたが……トイレにそんな驚く要素あったっけ?


「うぅむ……この世は至れり尽くせりであるな」

「そ、そうなの……?」

「いや、こちらの話だ。世が違えば厠もかくも違うのだとな……中は臭いもせず綺麗であるし。

 紙もかのような柔らかい紙とは何とも贅のあるものだと、それに手洗いの水まで流れ出てくるとは。ただ、着物が少し面倒であるが……。」

「ああ、なるほど……」


 だって紙はダブルロールのちょっといいやつだもん。けど、時代によってトイレ事情もこんなに全然違うものなんだな……。

 そう言えば武田信玄は今でいう水洗式のトイレを使っていたんだっけ? 畳部屋の凄い快適な空間で考え事していたとか。トイレって一番集中できる空間みたいだし理には適ってるかもしれないな。

 ただ、やり過ぎたら痔だったかになるとも聞くが……。


「ん……これは風呂かっ!? かのような狭き小屋に風呂まであるのか!?」


 独りで住むならこれぐらいの広さで十分なんだよっ、ていうか小屋って言うな小屋って!!

 確かに狭いけど……狭いけど……。


「うぅむ。贅の限りと言うべきか、何ともはや……無駄な気もするが」

「鈴音の所はないの?」

「私のいた世では蒸しているか水浴びぐらいであるな。風呂なぞ商家でもあるかないかであるし。

 私は専ら水浴びであったが……一度だけ湯治で入った温泉はよかった。

 む……? これは何ぞ、ろくろに似ておる気もするが」

「そこはキッチン――台所だよ」

「ほう、かのような所がか?」

「どーせ狭いですよ……。


 何を基準としているか分からないけど、この人からしたら小さい小屋に詰め込めるだけ詰め込んだ様に思えるらしい。

 まぁ実際ワンルームマンションなんてその通りなんだけどね。広い所だとほら、家賃高いし、そんな稼ぎないし……。

 それに家に帰ったら寝るだけだから炊事なんて言うほどしないし。


「火は何処でおこすのだ、下は(まき)を入れる穴でもあらぬし……」

「これは火を使わず電気――熱で調理するんだ」

「"でんき"に熱……? な、何か良く分からぬが、(かまど)も妙な物になっておるのだな……」

「鈴音は料理するのか?」

「うむっ。多くは作れぬが、腕には覚えがあるぞ!」

「俺も多少は出来るぐらいだけど……味は自信ないな」

「何だ、女中どころか嫁すら居らぬのか。まぁ――聞かずとも分かるが」

「なら聞かないで欲しい……」


 一人で結婚はできない、うん当然の事だ。いや本当は今頃いたかもしれないんだよね……。

 高校時代から長く付き合っていた彼女が居たが、そろそろ結婚かと考えた頃に喧嘩別れしてしまった。

 今思うと、忙しいだけで何であんなにイライラしてたのかと思う――。

 ただ、どれだけ長く居ても選択を誤ればささいな事で終わるものなんだよな。

 長くいれば居るほど残す未練も大きくなるのか、今でもまだ少し引き摺っている。あわよくばやり直せないかと……。


「じゃあ――」

「聞くな」

「何でっ!?」

「ふんっ、お主と同じ理由だ……はぁ――」


 あぁ――なるほど、お互いに同じ独り者なのね。よく見れば整った顔立ちで美人な方だと思うんだけど意外だな……。

 見た感じ背も高くスタイルも悪くない、それに今がちょうど適齢期でもあるのにどうしてそんな絶望的な雰囲気を醸し出しているのかが分からない。

 もし俺が戦国時代の人間で、鈴音がフリーだったら手をだしているかもしれないぐらいなのに……。



「台所を見ておったら腹が減って来た……すまぬが、何か分けて貰えぬか?」

「そう言えば俺もまだ飯食ってないしな……コンビニ弁当で良かったらあるけど」

「"こんびにべんとう"? 聞いた事あらぬ名であるが……」

「まぁ、実物を見せた方が早いか。ちょっと待ってて――」


 起きた時に食う予定だった昨晩購入していたコンビニ弁当をレンジにインすると、明かりと共に回るそれを食い入るようにじっと眺める侍娘――箱の中でグルグル回って

 いるだけで、何をしてるのだと言った表情をしている。

 約五分後――予想通りピーっと鳴った電子音に驚き飛びのいていた。


「な、何ぞ――!?」

「扉を開けて、中を見てみて」

「うぅむ……だ、大丈夫であるのか――いささか妙な……

 あちちっ、なっ何と……飯ぞっ、出来立ての如く温かき飯が入っておるっ!

 しかも白米に梅干し、海苔かこれはっ! ほ、他にもたくさんの……何と豪勢な(ぜん)であるか!」

「えーっと……箸はこれでいいか。はい」

「はい、とは……まさか、これ全て私が食っても良いのか……?」

「ああ、鈴音の飯だ。どんどん食え」

「……毒は入っておらぬよな?」


 添加物は一杯かもしれないが、変な訓練でもない限り毒なんてないから大丈夫だ。

 カップみそ汁も用意してやると、湯を注ぐだけで通常と遜色(そんしょく)ないそれに目を見開いて驚き、弁当の蓋を開けてやると温かい弁当の香りが鼻腔を刺激して来た――鈴音はもう早く食いたくて堪らない様子で待ち構えている。


 俺も小さいながらも白飯・梅干・味噌汁と言ったザ・日本食で朝飯の準備が完了――どうやら自分だけ先に食うわけにはいかず、俺が手を付けるのを待っていたようだ。

 いただきますと手を付けた瞬間、鈴音は猛烈な勢いでそれを食べ始めた……。


「嗚呼、何たる美味――であるが、梅干が甘い――」

「蜂蜜漬けとか食べやすいように作られてるからね」

「ほう蜂蜜が。私はあれが大好きだ。いつでも食えるように蜜壺を持っていたい。

 時代が変わらば味も変わるか……うむ、そう考えるとこれはこれで良いな」


 お前はどこぞの黄色い熊かと突っ込みたくなったが止めておこう。

 しかし、コンビニ弁当だけでこうも感激してくれるとは……恐らく初めて食べる物だからだろうけど。食べ続けてると飽きるんだよね……意外と割高だし。

 それにしてもガツガツと食べてはいるが、鈴音の姿勢はキチっとしていて傍から見ていても綺麗だった。箸の持ち方もちゃんとしているし……。


「姿勢? あぁ、これは子供の頃から父上や母上から厳しく言われておってな。初めは何故かくも煩く言われねばならぬのか

 と不満に思うておったが 他の者の汚らしい食い方を初めて見て、あぁこう言う事かと気づかされたものだ。

 まぁ、戦の時などはそうも言っておられぬのだが……。弘嗣も箸の持ち方は整っておるな、うむ感心感心」


 俺も行儀が悪いと母によく怒られたものだ。

 怒られはしてもこう褒められた事はあまりがないので、いざ褒められると照れくさいと言うか少しむず痒い。

 鈴音の言う通り、これが普通だと思っているせいか、他人の箸の持ち方や食い方が汚いのと見ると嫌でも目についてしまう気持ちがよく分かる。

 人こそ人の鏡なれと言うが、こうなれば他人からこう思われるのかと思い知らされてしまう。

 鈴音を見て改めて自分もちゃんとしなきゃと思ってしまった。


「この味噌汁も美味いな――よもやかのような小さき粒が、湯をかければ豆腐になるとは思わなかった」

「確か……鈴音の時代にも、似たようなので米干したのって無かった?」

「干し飯か? 確かに物は似ておるが、これらの如く出来立ての味ではあらぬ。

 あぁ、これがあらば戦時(いくさどき)でも食う物に困らぬのに……。味も食感も豆腐であるし、日持ちもすると言う……不思議なものぞ、土産話にしても誰も信じぬであろうな」


 あっちの戦中食は干し飯、塩・焼いた味噌など日持ちする物が基本らしいが、この時代みたいに何年も持たないようだ。

 たまに鳥や猪などの肉を獲って食べていたらしいけれど、本当に必要最低限の物しか食べられなかったんだな……。

 今のこの飽食、冷凍食品やレトルトなどの保存食が増え、嫁が居なくても生きていけるようなこの時代では到底考えられない事だ。

次回 3/20 17:00~更新予定です

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