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38.親父さんまでやって来た

※視点の切り替えは「/」で行っています

 待ちに待った運命の日――思えば、鈴音の親父騒動が片付いてからが地獄だった。


 夢のような戦国時代ライフを終え、現代に戻って来たのだが……住めば都と言う言葉は正しく、干し飯を(かじ)りながら『思えば遠くに来たものだ』と涙しそうにもなるぐらい、戦国時代を満喫していたようだ。


 ……と言うより、現実を見たくないだけなのかもしれない。ほぼ一か月間勤務先に顔を出していないバックレ同然、解雇されていてもおかしくない状況だ。

 だが、仕事場でそれ以上の現実を見た――。


 七姉さんが勤務先で働く人達に、"約一か月の間俺が存在していた"と記憶を改ざんしてもらったのだが……記憶を改ざんする必要があるのかと自問自答するぐらい、誰も俺の存在を気にしていなかったらしい。

 記憶の改ざんは一か月もすれば術の効果が切れるものの、術が解けても『そう言えばこの間休んでなかったっけ?』と言われれば良いレベルとの事だった……。

 憐みの目をした七姉さんに『良い転職先を紹介してやるのじゃ……』と言われる程度には心配されたが――。



 その日は悶々した気分を払拭してやろう、残された独身生活を満喫してやろうと思い、働かずに得た金でピザの宅配を頼んでやった。

 大雨で風も強い日だった――Sサイズのピザとコーラを持ち、エレベーターの無いマンションの階段を駆け上がって来た宅配員を労うべく、万札で支払ってやった。無かったからしょうがないよね?


 それで、さあ食おうと思った時だ――侍娘の親父がベッドの上に落ちてきた。

 鈴音を含めた女全員で温泉旅行に行くので、その間の親父のお守りをよろしくと七姉さんが送ってくれたようだ――。

 一人置いて行かれた上に、未だ納得のいかない娘の結婚相手の家にやって来た殿様の機嫌はすこぶる悪い――。


「む、これは何ぞ。煎餅か?」

「ピザです――何というだろう……海外のご飯?」

「"ぴざ"とな? ふむ……匂いは悪くない。どれ、一口頂こう――ふむっ、何と妙な香りであるが……もう一口――」


 鈴音は母親にも似て、父親にも似ているんだよな――。気になった食い物はとりあえず食う。

 殿様は初めて食すピザが大変お気に召したようで、俺の食べる分まで全て召し上がられている。

 まだないかとご所望であったので、俺は三社からピザを一枚ずつ追加注文し、各々同じように万札で支払って労ってやった。


 親父も現代に適応するのが早い。

 娘と同じように風呂を満喫しては、風呂上りのビールを堪能すると機嫌も戻っており、最初ほどの刺々しさはなくなっている。

 酔った勢いなのか、こんな時でないと言えないのか……小さく『娘を頼むぞ』と呟いた――二度目は決して言わず、何事も無かったかのように再びビールをあおり続けた。

 反対ではあるが、ここまで来たらもう受け入れるしかないのだろう――代わりに口から出るのは奥さんに対する愚痴と、結婚の苦労話を延々と……時代が変わってもオッサンの悩みは変わらないんだな――。


 もし俺の父親が生きていれば、こんな風に一緒に酒を飲んでいたのだろうか……?

 本当は息子が欲しかった――との呟きを聞き、ようやく認めて貰えた義理の父にコップにビールを注いでやった。


「この世はかくも暮らしが豊かであるか。貴様には嫁なぞいらぬのではないか?」

「確かに便利な物で溢れ、男も女も"()()()()"とも言われてますね。

 時代が進み豊かになり快適になりましたが、心の豊かさは満たしてくれません。

 鈴音はそれを満たしてくれる女性ですので……俺には絶対に必要な存在ですが」

「ふん、恥ずかし気もなくいけしゃあしゃあと言うてくれる――」


 前触れなく頭に拳骨が来た。娘の鈴音には出来なかった事、息子なら出来る事だと言う。

 翌日の朝には鈴音の親父は帰った――『息子に』と書かれた置手紙と刀を置いて。


 /


 鈴音の結婚式が粛々と進んでおる――この時代の結婚式は嫌いではないのじゃが、この"出立"が一番面倒じゃ……。

 "おいとま請い"を終え、翌朝の出立を遅らせるのが定番と一体誰が決めたのじゃろ……。

 もうどれくらい待ったのか。玄関に腰を落とし、尻尾も地面にヘタってしまうほど待ちくたびれたのじゃ……。


「長いのじゃ……ひいふうみい……もうかれこれ十時間ですじゃ」

「ほっほ、あの親にあの娘じゃからの。――で、準備はできておるのか?」

「童の方は万全ですじゃ。弘嗣はまぁ……最悪、六姉様の薬もありますし」

「ま、あの若さで勃たぬはないじゃろ。

 突っ込む前に出す可能性はあるがの、何ゆえ妾の予行演習を断ったのじゃろうか」

「……もはや何も言いますまい。む、出てきたようですじゃ」


 側室騒動で着せられた間に合わせの白い着物ではなく、正真正銘の白無垢姿の鈴音――ふむ、馬子にも衣装と言うが、中々サマになっておるのじゃ。

 泣きすぎて目元が真っ赤じゃが、大丈夫なのかの……御車で何時間もなく、一瞬で弘嗣の部屋じゃと言うのに。

 せめてどこかホテルにせいと言うても、鈴音は『あそこが良い』と言い張って聞かぬし――ま、出会った場所で結ばれるのも良いじゃろ。


 歩きにくいのかヨタヨタと……まぁあの足袋は良く滑るので仕方ないが――む、弘嗣が寝ておるではないかっ!

 ええい、こんな時に何をしておるのじゃ! 起きぬか全くっ!


「ほっほ、何と美しき花嫁じゃのう」

「ぐすっ……そなたら狐には何から何まで世話になった……」


 起きよっ、起きよと言うにっ――


「礼を述べるのはまだ先じゃぞ。ほれ、そこの段差に気を付けよ足袋は滑るのでの――にびよ、準備は……」

「うむ……あっ、す、すべっ――!?」


 先にあのボンクラを起こして来るのじゃ! 全くあのバカタレは!

 で、尻尾にと言うか、尻から何かが這い上がって――ああなるほど……。


「アギャァァァァァァァーーッ!?」

「に、にびっ!?」

「だ、誰じゃッ、童の尻尾踏みつけたの誰じゃッ――あ、あれ?」


 涙目で辺りが良く見えぬが……あれ、何で皆――七姉さんまで呆然とした顔で童を見下ろしておるのじゃ? それと、鈴音はどこに居った? もう外に行ったのかの?

 それにそれに――え、えーっと……何ゆえ皆大きく、童の着物がダボダボなのじゃ?

※次回 4/20 17:20~ 更新予定です

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