36.決戦の時がやって来た
※視点の切り替えは「/」で行っています
非情に大きな問題が今頃起きた――。
鈴音が花嫁修業している事に疑問を感じた親父が、奥さんにそれを尋ねると『結婚するんです』と返され大騒動になったのだ。と言うか、今頃気づくなよ……嫁入りするまで後二週間ぐらいなんだぞ……。
まぁ気づくのが遅れた原因は、俺が屋敷にずっといるせいかもしれないけれど――。本来、結婚相手が相手の家に入り浸る事なんてまずないみたいだし。
俺だって現実を見に一度帰らなきゃと思っているんだが、あのお嬢さんがそれを許してくれない。
そのくせ『家は誰かが住んでいないと傷む』と言い、にびと七姉さんと一緒に帰っているんだ……そして、嗅ぎなれたボディーソープの匂いを香りを漂わせて帰ってくる。
いや、それなら別にいいんだが――。
「あの……どうしてお母様まで同じ香りを漂わせているのでしょうか……?」
「わ、私にも分からぬ……先の世の話をしてからおかしいのだ……」
もしかして鈴音のお母様も、六姉さんの数珠みたいな転移アイテムを所持しているのだろうか? いや、もし所持していてもあのポンコツ忍者みたいに一人で好き勝手やれる人でもなさそうだし……。
その時ふと、一人の女中さんの視線を感じた。見た目の割には髪が灰色の、屋敷では覚えのない顔の女性――ここに住込んでる人では無さそうなので、村から出入りしている人だろうか?
鈴音と俺、この時代ではこうして男女が公衆の面前で堂々と話しているのも珍しいようで、女中の皆さまを始め皆の恰好の話のネタでもある。
ここの女中さん達は割とフランクなのもあり、鈴音にもグイグイ詰め寄っては、満更でもない様子で語られる惚気話を聞き、きゃあきゃあと言っているのも見た。これだけで見れば鈴音も普通の女の子だな。
だけど、あちらでは普通だった行動が、こちらでは破廉恥にも近い。それでも、二人のイチャつきっぷりを『あらまぁ』と言った様子で生暖かく見守ってくれている。
あの人もきっとそうなのだろう。
「なぁ、あそこに灰色髪の女中さんって誰だ?」
「んん、どこぞ?」
「あ、あれいない……」
さっきこちらを見ていた女中が突然姿を消していた――ふと先ほどと同じように視線を感じ、屋根に目をやると……その人がじっと俺を見下ろしていた。
七姉さんは純白だけど、この人はそれよりも上をいっていると思う……狐の耳を付けた荘厳なオーラを放つその方は、俺を見てニヤリと笑って姿を消した――。
尾が分からなかったが……いや無かった気がする……。尾の無い狐なんているのだろうか?
「で、親父さんはまだストライキ――座り込み中なの?」
「うむ……一向に出て来ぬ」
今、我々が外にいるには理由がある。鈴音の結婚に反対だと豪語する親父さんは部屋に籠り、諦めると言うまで出てこないと意地を張っているせいだ。
扉の前で宴会でも開けば出て来るのだろうと思っていたが、一筋縄ではいかなさそうな様子でもある。
たぶんこの意地の張り方は鈴音にも受け継がれていると思うが……問題は、それに認めて貰わないとこちらも後ろ髪を引かれたまま式をあげなければならない。
式と言ってもここの屋敷でする事は二つ――。
一つ目は、鈴音はここで"おいとま請い"と言われる、素焼きの盃で家長と酒を酌み交わす家族とのお別れの儀式を行う。
二つ目は、その早朝に俺の関係者が迎えに行く"出立の儀"と言われる、家を去る儀式を行う。
特に一つ目の"おいとま請い"に、家長となる親父さんが必要となる……。
そして、本来はそこから俺の家で一度休む"ご休息"があり、俺と顔合わせをする。
翌日が”固めの儀”として三々九度を行い、その晩に初夜――"床入り"があるのだが……なにぶん、この時代に俺の屋敷などがなく、休息が未来へゴーで終わってしまう。
それでは何とも味気ない気がするので、どこか屋敷を――と考えたのだが、鈴音がそれでいいのだと聞かないので承諾している。
まぁ、本人が望むならいいか――結婚式は花嫁が主役でもあるし。
今現在、親父が機能していないこの家は、鈴音とお母様で回している。問題がない所か、足引っ張る奴が居ないので非常に円滑に動いていると言う。
居ても居なくても変わらないようなので、鈴音は『もうあのまま即身仏にしても良いのではないか』と本気か冗談か分からない事を言っていたが。
「もういっそ火を放って……いや、家が燃えてしまうな……」
「家長より家なのか……」
「父上は"家"が大事と言ったのでな」
あの親父はいきなり部屋に引きこもったわけではない。結婚を認めない、認めろで父と娘が大ゲンカをしたのが事のおこりなのだ――。
親父としては家の存亡がために――親父の言う事も尤もでもあった。部屋の中に家臣二十人が並び、長年家に仕えた者達を露頭に迷わせて良いのかと尋ね、鈴音の選択を揺るがそうとしたのは頂けないが……。
だが、鈴音はそんな事で怯む女でもない。それに対し『己の身分が為、家ごと売るのが存亡の為か』――と鈴音は強く返し、どちらも一歩も退かない状況の中で、業を煮やした鈴音は遂に父親と戦争すると言ってしまったのだ……。
思惑通りだ、とそれに嬉々としてそれに乗ったのは鈴音の親父さんだ。その言葉を待っていたとばかりに親父は受けて立ち、その場で家臣にどちらに着くか問うた。
皆、家を守る為に戦ってくれる――そう踏んでいたのかもしれない。
その結果が――
鈴音軍(二十二名・俺含む)
VS
親父軍(一名)
となった――。
鈴音は最悪逆を想定したらしいが、みんな『長く仕え老いた』『そろそろ荷を下ろす時』と適当な理由を述べ、鈴音の味方をしたのだ……。鈴音はこれに涙を流しながら感謝の念を述べた。
古くから鈴音を知っているからだろう『ここで嫁がねばもう先も家もありませぬぞ』と家臣の長が親父を諭したのだが聞く耳を持たない。
鈴音は本当にここでどんな暮らしをしていたんだ……?
それからすぐに『戦だっ、一人でも戦をしてやるっ』と甲冑を纏い、駄々っ子のように部屋の中で大の字になって、かれこれ五日ぐらいは抵抗している。
そして、この親にしてこの娘もだ……無理解の分からず屋に激昂した鈴音は、同じように甲冑を纏い、馬と槍と共に親父の部屋に突っ込もうとしていた――。
故に今も甲冑姿。家臣の皆も『じゃあ俺も俺も!』とそれに合わせ、百姓も足軽として武装した姿でいる。
二人を除き、他の皆はお祭り感覚だろう。傍から見ても戦争をするような雰囲気ではなく、実に楽し気である。
1615年 意地張りの乱――状況的に成り行きで始まった『戦国時代の戦体験プラン』だが。ここで死者が出るとしたら一人だ。
その争いの渦中に立たされている俺は、胴丸に陣笠に槍と、よく見る足軽の姿で鈴音の傍にいるだけだった。
片や鈴音は、紫の糸を主にした紫糸縅と呼ぶ甲冑を着ている姿は何とも勇ましく美人だった――戦化粧のせいだろうか、目元に赤いラインと唇にさした紅が何とも色っぽい……。
しかし、槍って見た目より重いんだな――ためしに見よう見まねで構えると、もれなく正しい構えと使い方を伝授されてしまったが……。
同時に叩く・突く・振ると、弓矢と共に戦では最も大事な武器であるとも教えられた。リーチの短い刀自体は両軍入り混じった場合、サブウェポンでもあるらしい。
我が将は『それを持ち、そこで籠城中の武将首をあげて来られよ』と申されたが、丁重にお断りした。親子で戦争するのもある時代だが、躊躇せずそんな命令を下すんじゃないよ!
振舞われた戦中食も食べた――。
"戦では塩分が必須"との言葉通り、塩気の強い物ばかりだったものの、欲し飯や芋の幹を編んだ物などは、食べてみるとこれが意外と美味い。
それを振舞う女中さん達も鉢巻にたすきをかけた姿で、家臣たちに飯を作っては振る舞い、和気藹々と交流している。
この辺りは俺と鈴音の影響だろう。本来は外などでこうして女性が男を対等に話をする事など許されないような時代なのだから……。
それを見た初老の家臣は『時代はこうして変わってゆくのですな』と言った。
当然ながら鈴音のお母様も参戦しており、親父さんへの差し入れの握り飯は昨日から遮断している。
頭には鉢巻、お召し物は色鮮やかな真紅の着物――敵に血は見せぬと言う覚悟らしい。鈴音は生まれるべくして生まれたと言うか何というか……。
外からは分からないが相当イラついているのも分かるよ……。
・
・
・
その夜深く、ついに事態が動いた――。
突然、屋敷の奥から煙が立ち込め、何かが弾けまくる音が鳴り響いたのだ。
中で響く悲鳴と共に、一発の鈍い音……玄関にまで立ち込める白煙の中から親父が何者かにゲシッと蹴り出されていた。
赤い裾がチラッと見え『ふんじゃっ』と聞こえたが――なるほど、あいつらもイラついていたのだろう。
そこに持久戦なぞ通じない方がおわすのだ。関係者からのゴーサインが出ればサファリパークの猛獣区に飛ばしかねない奴も――。
何にも屈しなかった親父はその方に完全に屈し、敗北した敵将は軒先で大の字になり『認める、認めますよ。認めれば良いのでしょう』ともう投げ槍気味に承諾し、『これに不服なれば殺せ、もういっそ殺せ』と叫んでいたが……中で何があったんだ?
/
「はぁ、父上にも困ったものぞ……」
認めはしたものの、あまり納得のゆく物でなかったのが心残りである――されど致し方なし、認めるとの言質は取っておるので、後は我々の思うようにさせて頂こう。
であるが、せっかく風呂に入ったと言うのにもう汗臭くなっておるな……今一度、先の世に戻りたいものであるが……。
「む――」
突然ふと部屋の灯火が消え――何処からか、眩いくらいの金色の光を放つ女子が部屋に参られた。
それは賊ではない。ましてや物の怪……でもないが、先の世ではそれに属するであろう女子――。
「ここは詩歌管弦とは縁遠き場所であるぞ」
「ほっほ、妾はあんなのより宴のドンチャン騒ぎのが好きでの」
「……此度の事、心より感謝致す」
「構わぬ、あの強情っぷりはこの家に代々伝わるものじゃからの。
ああでもせぬと居下の者々は死ぬまで動かぬ」
「む、昔からであったのか――?」
「うむ、そなたの爺様は、妾に一発だけヤらせてくれと言って聞かぬのでな。
同じように大の字になって抵抗しておったわ」
「あ、ありえぬ……あ、あの婆様一筋であった爺様が……かのようなこと……」
「戦果をあげろと無理難題を押し付けてやれば、その言葉通り首を持って来たわ。
次は珠の枝でも持ってこいと言おうとしたが、本当にやりそうであったしの」
「も、もしや……」
「せぬわ馬鹿たれ。ま、僅かならず心揺らされなかったかと申せば嘘になるかもしれぬが。
あと二十年長生きしておれば分からなかったのう、ほっほ――」
まったくこの者は相変わらず碌でもない事を――。
であるが、かの狐は金色の毛であるとはまことであったのだな……何とも美しき、帝が惚れこむのも納得がゆくいでたちよ……。
己と比べることすらおこがましき事にも思えてしまう……。
「ほっほ、近く妻となる女子が早々に負けを認めて如何する。心は顔・身体に表れるぞ?
そなたの殿方となる者は妾を取らず、即答でそなたを選びおったわ。嗚呼、女として何たる屈辱か。
ま、それでもなお美を求めると申すなら準備されよ、すぐに出かけるのじゃ」
「で、出かけるとは何処に――?」
準備とは申せど私は身一つだけであるし、七殿の元に参るしかあらぬが。
七殿の『行くぞ』との声と共に、視界が歪むこの――瞼を閉じるだけで先の世の来られる感覚は慣れぬな。ここ度々行き来しておるが未だに……。うむ? ここは何処ぞ……また来たことも、見たこともあらぬ場所であるが。
眼前に広がるは――ほう、これは何と立派な御殿である。さぞ名のある将……いや、公家の御殿であろうか。
「たまには女だけで温泉も良いじゃろと思うてな」
「温泉――ま、まことかっ!? こ、ここがそうであるのか!」
ま、まさかかのような御殿が温泉宿であったとは……ふむ、言われてみれば覚えのある臭いぞっ!
されど、女だけでとは私の居た世では到底考えられぬ事よ。じきに私はこの世に嫁に来る。未だに慣れぬ事のが多いが、いつまでもそうは言ってられぬ。
いつか……この世が当然となり、元の世は夢幻の如きものになってしまうのであろうか――?
そう、目の前におる母上もいつしか記憶だけの――。
「は、母上ぇっ!?」
「ほう、何とも見事な――これが先の世でございますか。
夜であると申すのに、これは何と昼間のようでございますな」
「……帰りの送迎はにびちゃんよろしく……」
「はいですじゃっ」
追いかけるようにして、母上と六殿、にびも参られた――。
この狐は分からぬでもないが、なっ何ゆえ母上までもかのような場所に……!?
「いくら娘が心より愛した者と申せど、得体の知れぬ地に娘をやる不安は計り知れぬ。
どこの母も同じであるが、特にそなたは時代を越えておるのじゃ、心配もひときわよ。
妾とて同じ、まぁその前にその男を食い殺してやるので杞憂で終わるがの」
「に゛ゃんでっ!? うぅ……童も鈴音になってしまう気がしてきたのじゃ……」
「……にびちゃんも意外と面食いだし……ふふ……今から騒動が楽しみ……」
「ほほ、そう言う事でございますので鈴音、ここでの案内は任せましたよ」
「わ、私がですかっ!?」
「では行くとするかの」
わ、私とてあまり知らぬと申すのに――えぇっと、ほう……これはまるで京の屋敷の如く……って違うっ!? 今は己の感心より母上を心配せねばっ、私より知らぬと言うの――
「ほう、これが"じはんき"でございますか、なるほどなるほど……。
確かに明るき箱に、色とりどりの筒が並び――茶から全て飲んでみとうございますな」
「あれは一体なーにを吹き込んでおるのじゃ全く……」
な、何ゆえ私よりも知っておる様子を見せておるのだ?
母上はこの世が初めてであろうはずであるのに……いや、確か母上から"しゃんぷう"の匂いがしておったが、まさかっ!?
「弘嗣殿の住まいには驚きましたが、ここは逆に広すぎて落ち着きませぬな」
「や、やはりっ、いいっいつ参られたのですっ!?」
「ほほ、掃除の甘さは目を瞑りましょうぞ――」
「あ、あれはしばらく戻れておらぬからであって……」
「普段からあんな感じじゃろ……。童の方がもっと綺麗にできるのじゃ」
嗚呼、何たること……。来ると分かっておれば徹底して掃除しておったのに……。
こ、ここは風呂で、汗と共に流して頂かねばなるまい――そして綺麗に忘れて頂こう。
であるが、あれで十分すぎるほどである気がするのだが。母上、あれ以上綺麗にしようがありませぬぞ……。
※次回 4/18 17:20~更新予定です
※尾の無い狐
⇒空孤 最高位の狐
※詩歌管弦~
和歌などを詠む催しの最中、風で灯火が全て吹き消されてしまう。
真っ暗になった屋敷の中で、九尾の狐(玉藻前)だけが輝きを放っていた。




