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35.お墓参りに来た

 晩餐&プロポーズを終えた翌朝はもう大騒動だった――。

 地獄の花嫁修業が鈴音を待ち受け、部屋から母の叱責・娘の悲鳴が屋敷中に響き渡っている――。そこに奉公する人たちは言葉には出さないが『日常に帰って来た』ようで嬉しそうだ。

 逃げ出さないようにと薙刀(なぎなた)を構えた、いかにもやり手な女中が出入り口を固めているが……流石、鈴音の母親、娘の行動パターンをよく把握している。


 居たたまれないので、外を散策する事にしたのだけど――


「これが戦国時代、か……」


 最初は田舎の農村、テレビなどで見るような街並みのような印象だった。

 だけど、実際はじっくり見ていなかっただけで、歩を進めれば進めるほど最初の印象が塗り替えられていく。


「人間はこちらの方がいいな」


 失礼な話でもあるが、見た目は貧乏っぽいのに誰もが活き活きし、幸せそうな顔をしている――。心の豊かさに貧富の差はないと言うべきか。衣食足りて礼節を知ると言うが、現代人は礼節を忘れているのではないかとすら思えてしまう。

 舗装もされていない道から畑仕事をしている人をボーっと眺めていたが、俺を見つければ手を止め、丁寧に夫婦揃って挨拶をしてくれていたし。鈴音の所に来た客人だからだろうけど、あんなに(かしこ)まられると逆にこちらも恐縮してしまうな……。


 この時代には、スモッグや排気ガスなんてものは当然ないので空気が綺麗だ。綺麗な空気だからこそ人の心が綺麗になるのかとすら思ってしまう。

 現代の空気は(よど)んでいると眉をしかめた鈴音の気持ちがよく分かり、それは特に山の中に入れば実感できた――。


「おーい、にびいるかー?」


 侍娘がやって来た元凶の社――聞いた通り、確かにちょっと間の抜けた顔の狐の像が鎮座している。

 外にはへし折れた扇子が一本捨てられているが、恐らく昨晩ここで六姉さんが叱られたのだろう……折れ方を見て、少し同情してしまった。

 それにしてもオンボロな社だな……一体誰が維持管理しているのだろうか。


「むー……何じゃ、オサキ――いやにびは遊びに行っておるぞ」

「あ、七姉さん……じゃない、えーっと……九姉さん?」

「これまで通りで良い。下手に変えられると面倒じゃ……あふ……」

「いつもの事ながら眠そうだな」

「ん、昨晩はにびの写真を整理しておったからのう――。

 似たようなの三千枚捨てようか迷うておったら朝になっておったわ」

「さ、三千――」

「似ておるが全て違うのじゃ、その瞬間と選択はその時にしか来ぬ。

 全く同じ時は来ぬ、人の出会いも選択もまた同じ――お主らは良くここまで来られたものじゃ」


 確かにその通りだよな……全てはその瞬間から始まって、今の俺と鈴音がいるんだ。

 割と強引に一緒に住むことが決まったけれど、その時の選択がなければこの歯車は回っていなかっただろう。

 これから四百年後の俺はまた鈴音と会っているのか、また俺の部屋にダイブしてくるのかと疑問に思も思うが、その時もきっと同じ選択をするに――いや、もしかすると既に出会っていて、一緒に暮らす決断から始まる……ような気もする。


「円満な関係を築くには――隠し事をせぬ事じゃ。言いたいが言い出せぬのは心の毒じゃぞ」

「うん……」

「じゃが、他の女子を抱いたのは黙ってても良いぞ――」

「止めてっ『結婚前に実は浮気してました』って展開に持って行くの止めてっ!?」

「人妻じゃぞ? 妾は未亡人でもないがまぁ似たようなものじゃ、ほれ喪服でも着てやろうか?」

「嫌ぁっ!? 封じている趣向えぐりだすの止めてぇっ!?」

「ほっほ、妾の誘惑に耐えたのはそなたが初めてじゃ、それほどあの娘が良いと見える」


 この人はやはりこうでなきゃいけない――過去を()いた姿よりも、真()の目で(きゅう)に人を惑わす事をしてくる狐でなきゃ。にびにとっては()られ、無茶振りに()く応えなきゃいけない、おっかない狐だけども……。

 まぁ愛娘を一人前にする為の愛のムチだろう、母とは時に子に厳しくしなければならないものなんだな……。


「ほっほ、鈴音もだいぶ苦労しておるのう」

「厳しいって聞いていたけど。あんな厳しい人だとは思わなかった……」

「ほっほ、母とはそんなものじゃ――。

 憎くて言うてるわけではない、愛しているからこそ厳しく言ってしまうのじゃ」

 鈴音もお主も言うてる間に親になる――今は分からずとも、その時になって初めて親の気持ちに気づくじゃろう」

「親か……そう言えばそうだよな……あぁ、問題山積みで一緒になるのが怖くなる……」

「普通でない夫婦(めおと)じゃ、主に金の事じゃろうがそれぐらい些細な事であろう。

 おお、そうじゃっ、忘れぬ内に渡しておかねばな――」


 何処からか取り出した茶封筒の中には、何枚かの書類が……戸籍謄本、住民票、保険証――


「えぇぇっ!? な、何で鈴音の名前が書かれているの!?」

「妾を誰じゃと思うておる。それに書類上だけで生きておるのも多数おるのじゃ。

 それをチョチョイと書き換えれば、その世での存在の証が完成じゃ。

 まぁそれは完全に一から作ってやったがの。おかげで肩が凝ってしもうたわ」

「あ、ありがとうございますっ」

「今更畏まらなくとも良い――事の原因は妾の娘、にあるのじゃからの。

 子の不始末は親がつけるのは当然じゃ、さて……妾はもう一眠りしようぞ。

 お主は馬でも乗ってもう少しこの世を楽むが良い――」

「う、馬――?」


 何も言わず、いつもの様に微笑んで社の中に消えた――。

 馬って何だ……そんなもの見当たらないし、もしかして野生の馬を捕まえてって事か?

 とすると、草むらに入って博士からボール貰う手順を踏まなきゃならないが……いやだって、西部劇みたいに縄投げて馬捕まえるとかしたらもう、市中引き回しごっこするハメになるしさ……。そんな危険を冒すぐらいなら、メダルでもボールでも代理戦争やってくれる方が良い。


 ――いや、その必要はなさそうだ。馬の意味が分かった。

 海岸を白い馬で駆けるのが似合いそうなぐらい貫禄あるよ……。


「おお、ここにおったか」

「す、鈴音っ――しゅ、修行はどうしたんだ?」

「休憩ぞ。ちと月の物が来たので”なぷきん”を変えに来たのだ、うむ」


 絶対に嘘だ――。持って来ていれば別だが、この時代にそんな物はない。

 鈴音の事だ、中のトイレを親父が占領した時にそう言って逃げ出したのだろう――外のトイレしか選択肢がないようにして……。

 鈴音の目は泳ぎまくり、馬も呆れた目をしている。


 これが鈴音の言っていた馬か……あの時の競走馬よりもデカいし、態度もデカい。

 見た感じ脳筋のような牡馬(おすうま)だ。頭を高く上げ見下すように俺を見ているような気がするが……。


「私の愛馬『花桐』ぞ。牝馬(ひんば)であるがそこらの牡馬には到底及ばぬ馬である」

「え、メスなの……?」

「そうであるが?」


 馬の目が怖い。もう『鈴音の恋人じゃなかったらタマ蹴り潰してる』と言わんばかりに足を素振りしているし……スイングスピード早いし、こんなの喰らったら泡吹いて死んでる――。

 だけども、何と言うか鈴音らしい馬でもあるな、色んな意味で。


「当ててやろう、この馬はまだ独り身だな」

「うむ……何ゆえか牡馬が恐れて近寄って来ぬのだ。

 凛とした良き女子であると思うのであるが……であるが、何ゆえ分かったのだ?」

「いや、灯台下暗しだな――と」


 飼い主に似ると言うが、これは馬界の鈴音だ。もうやる気満々の目に気性も荒そうだし――。

 そう考えると可愛らしくも見えるけど……。


「俺の様な馬もいるのか?」

「駄馬か?」

「……」

「じょ、冗談ぞ――であるが、そんな益荒男の如き馬はこの世にはおるまい」

「そ、そうか……」


 鈴音は自分で言って自分で照れてるし、馬は『死ね』って目で俺を見てるし……。


 ・

 ・

 ・


「おぉ、乗馬ってやっぱいいなぁ」

「そうであろうっ、母上はこれの良さが分からぬのだ……。

 かのように部屋でこもってばかりでは息が詰まる。

 やはり華や字の鍛錬などより、女子も外で身体を動かす方がよいぞ!」


 鈴音の馬――花桐の背に乗り、鈴音と一緒に山の中をゆっくりと散策していた。

 カッコカッコと蹄の音が小気味よく、適度な揺れが何とも気持ちが良い――全力疾走したスピード感も良かったけど、こうしてゆったりと遊覧するのもいいなぁ……。


 それから十五分ほど山道を登った頃だろうか、村を見下ろせる小高い丘に墓石があった。

 居下尚重――風化していて見づらいけれど、言葉では言い尽くせないほど世話になった人の名がそこに刻まれている。


「幼き頃、爺様に乗せられ、よくこうして山を散策したのだ。

 ある日『いつしか鈴音も生涯を共にする者と歩くのであるな』と言われてな……。

 その時にいつか見せに来ると約束したのだ……だからその……こうして……」

「ああ……」


 自然と手を合わせ、目を瞑っていた――。

 侍である事を諦めさせ、窮地に駆けつける手伝いをしてくれたんだ……これに手を合わせない奴なんているわけがない。

 目元を袖でぬぐう鈴音を見て、これからは俺が守ると恩人に固く誓った――。


 ふと添えられたばかりの花と、もう一つ転がっている石を置いただけの小さな墓が用意されているのに気が付いた。

 墓石には『名もなき馬』と書かれていたが……あの爺さんも馬も気に入っていたのを見たにびが埋葬したのだろう。名のない馬――名馬と共にあると。


 ・

 ・

 ・


 (おごそ)かな気持ちで家に戻ると、(きび)し気な展開になりそうなオーラを出した方が玄関で蛇が待ち構えていた。忘れていたと言わんばかりの蛙が震えあがり動けない。

 きっと感謝の涙から別の涙に変わることだろう――おじい様、誓ったばかりですが、次からでもいいでしょうか?



 どこからかカッコウの鳴き声がし、オッケーと聞こえた気がした。

※次回 4/17 17:20~ 更新予定です

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