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34.決断の時が来た

 あれから結構な時間が経ってしまった――。

 全身泥だらけのまま再び四百年前の、鈴音の時代へと戻り、急ぎにびに支度してもらう。

 鈴音は何かあったのかと血相を変えて飛び出してきたが、何でもないと答えるだけに留めておいた。


 それから都合よく強烈な夕立ちが降り始め、それに乗じて泥を洗い流したので、今はシャワーを浴びたようにサッパリしている。よく外国でもスコールで身体を洗うって言うし、問題ないだろう。

 ただ……突然その雨粒が(ひょう)に代わり、トランクス一丁の俺は悲鳴をあげながら屋敷の中に飛び込む事になったのだが……。

 その時に聞こえた笑い声――全て七姉さんの仕業だと分かった。



 鈴音が用意してくれた着物に着替え、鈴音とご両親が待つ部屋へと向かった。

 運命の晩飯――恐らくそれぞれに意味が持たされているのだろう、膳に用意されたメイン料理が全員違う。

 親父さん――クチナシの実、鈴音のお母さん――人参のスープ、俺――ヤマメの塩焼き

 そして鈴音は――鯉のフライと寿司、だった。一人だけおかしいが気にしないでおこう。


 時間がなく咄嗟に思いついた鈴音の料理はそれだ。

 その人は自分が用意した物と違うのそれに驚いた表情をし、不安げな表情で俺を見た――。それに何も言わず、俺は静かに頷いて返すだけだった。

 親父さんはうなだれた。多分この人だけ意味を分かっていない。


「いただきます――」


 鈴音の意図は分かっている――この時代の川魚を鈴音と例えた通り、これは鈴音だ。

 産卵期を迎えている"渓流の女王"――結婚できる状態のこの領主を治める娘。中々釣り上げられなかった強情なヤマメは遂に現代男に釣り上げられた――つまりこれを食べると言う事は全てを受け入れる……俺の物、俺の妻となると……。


 俺の答えはこうだと言わんばかりに、自分で釣り上げたヤマメを頭から齧り付いた。

 まさか頭から行くとは思っていなかったのだろう、口の中でゴリゴリしている俺を不安げな顔でじっと見ている。


 第一関門であった頭の骨は何とか噛み砕き飲み込む……鈴音と暮らし始めた頃、ブレーンクロー喰らった時はこんな感じで砕かれそうな気がしたっけ。

 骨と言う骨が口の中で絡まるも、その身は淡白で美味い。その身を纏う皮も香ばしい。着物を買いに行った、ワッフルも食べた――。


 そのヤマメは子持ち……そう言えば子供に剣道指南したり、元カノの捨て子騒動もあったか……思えばあの時の鈴音の母性を見て心から惚れたのかもしれない。

 この内蔵の苦味は病気した時、この少ししょっぱいぐらいの塩気は海に行ったときか――。


 頑丈な中骨が口の中でゴロゴロしているのが曲者だったが……側室騒動と、芯の強い鈴音って事だろう。全てにおいて中々強情な骨だと思う。

 この一匹に鈴音との全てが詰まっているんだ、やはり全部食べて正解だった。


「うん、美味い――奇跡の一匹、に出会えたと思う」

「さ、左様か……ぐすっ……わ、私もいただこう……」

「それ獲るの苦労したんだぞ」

「これは……何ぞ? 衣でよく分からぬが……」

「鯉でございましょう――恐らくは弘嗣殿の所におられた、

 "手でも獲られる"ほど気の抜けた鯉を”あげる”……と言った所でございましょうな」

「なっ……ま、まさか私の言葉のまま……!?」

「鈴音、しかと召し上がり、しかと味を伝えなされ」


 俺の考え、筒抜け――。何なの、多分このマダム全部気づいてるよ!

 パッと閃いたそれだけど、我ながらグッドアイデアだと思ったのに……やはりそう言ったのを大事にするせいか、鋭い……。


「……初めて食す物で外の衣は美味き物でありますが、身に味がありませぬ。

 先の世の魚であるからでございましょうか。身も柔らかく、何とも締まりがありませぬ……。

 ……でありますが……私は、これが……ぐすっ……心より愛おしき者でございます……」


 大きな口で齧り付き、じっくりと味わうように、ゆっくり咀嚼している――。

 涙をこぼしながら食べる鈴音につられて泣きそうになってしまった……これだけで苦労した全てが報われた気がする。


「ほほっ、では私も頂きましょう――」


 片手で器を持ち、まるで大きな盃で酒を飲むかのように、礼儀作法もない姿で一気に飲み干した鈴音のお母さん――。これまで見たこともないと言わんばかりの表情で、目を見開き呆然とそれを見ている親子二人。

 母親はこれが本来の自分かのように、唇の両端からこぼれたそれを袖でぐっとぬぐった。

 この辺りの仕草は鈴音そっくりだ――。


 人参のスープ……恐らくは(にん)(じん)だろう、二人を認めろとのメッセージに、領主の妻としてではなく――それを捨て、己本来の姿として母として全てを飲む事で応えたのだろう……この人には到底叶わないだろうと思った。


「儂にはどうしてクチナシだけなのだ……」


 このオッサンだけは何一つ分かっていないニブチンだった――。

 もう一番分かりやすいじゃん。俺でも一目で分かったそれは"口無し"……つまり『お前は口を出すな』と言う強いメッセージなのに。

 鈴音のせいか時々、この人がここで一番偉い人だって事を忘れてしまう……。


 ・

 ・

 ・


 食事を終え、昨晩と同じように鈴音は俺の部屋にやって来ていた。

 知る人ぞ知る隠れた言葉のやり取りとは言え、二人の将来を誓い合った直後なので少し気恥ずかしい……。


「まさか鯉を捕りに行っておったとは……帰らぬので、逃げ出したのかと思うてしまった……」

「正直……逃げ出したい気持ちもあったよ。収入の面から色々問題も山積みだからさ……」

「ふふ、であるが”竜”になってくれるのであろう?」

「なっ、そこまで気づいてたの!?」


 にびの入れ知恵も半分あるけれど、恋にかけて鯉を選び、恋する凡庸な男を”あげる”、鯉の滝登りで男を”あげる”意味合いも含めていたのに……侍娘、恐るべし。


「そ、それと、もう一つのあれは何ぞっ!」

「あれ、分からなかった?」

「逆ぞっ! は、早く……つつっ妻になれ、なぞ……ッ」

「や、やっぱり直球すぎたか……」


 もう一つ用意していたのが、刺身の”つま”と、地元である”早なれ寿司”だった……。

 早なれ寿司は、一度だけ鈴音に食べさせた事があり、鯖を生で食べる事に驚いていたが、それよりも『何でもっと買って来なかった』と怒られたぐらいその味を気に入にいっていた。

 保険の為に用意していたのだけど、心配しすぎだったようだ……お母様に全部見透かされていたし。


「あのハマグリも何かあったの……?」

「お、お主はあれに気づいておらなかったのかっ!?」


 ハマグリのお吸い物は美味かったのだけど、あれにも何か意味があるような気がしてならなかったが……やっぱりあれにも意味があったのか。

 俺の器には貝殻の半分だけで中身がなく、半分は身付きで鈴音の所にあった。


「あ、あれはその……ハマグリは己の殻以外にピタリと合うのが無いのだ。

 母上の意向であろう――殻の合う者、その中の身は恐らくその……子であろう」

「そ、そうだったのか……う、うん……確かにそうだな……」


 晩餐会だったかでよくあると聞くが、隠れたメッセージを気づかねば無能と揶揄される。

 だけど気づかれなさすぎても意味がない、誰かが『まさか』と疑うぐらいのレベルでなければならないと言う……こう言った外交の駆け引きって難しいね。

 宣戦布告などは敵を象徴するものを食べたり、と露骨に敵意を示したりするらしいのだけど――。


「気づかなかった人がいたね……」

「もはや父と思いたくもない……」


 領主がそんなのでどーなのよ……と思い、妻も娘も俺も全員呆れた顔でそれを見ていたんだぞ。

 だが、そのせいで最大の問題がクリアされず一つだけ残って……いや、二つか?


「如何した? かのような顔をして……父上の事は私がなんとか――」

「いや……よし。鈴音っ、聞いてくれ――」

「う、うむっ!?」

「その……さっきの食事で示したんだけどさ……口に出してハッキリさせとかないといけないし……

 何と言うか、もうまどろっこしい事はいいかっ、改めて鈴音っ、俺と結婚してくれっ――!」

「や、やはりそなたは鯉ではなく竜である……うむ……ではないな……

 はい。その言葉お待ちしておりました……謹んでお受けいたしまする……」

「……」

「……」


 うん、いつも思うんだけど、告白とかプロポーズし終えた直後って何が正解なんだろう。無言の照れくさい、熱い空気に耐えきれなくて誤魔化すようにキスするしかないよ……。


 しばらく唇を求め合い、昨晩と同じように鈴音は身を預けてきた。

 この家には風呂と言うものがない。鈴音本人の匂いが鼻腔をくすぐり、抑えている自分の衝動を解き放とうとしている。『その時まで待て』と己に言い聞かすも、この夢心地に『その時は今ではないか』と己が返して来る。


 来た時は獣の匂いだったが、今は汗や皮脂の匂いが混じったような――人によっては不快だと思われる臭いだろうが、俺にとっては何にも勝る生々しい甘美な香りでもあった……。

 どこからか優しい風が吹き込む――当然ながらエアコンなんてものはない。アスファルトがないからか、山間部だからか、風が吹けばそんなものは必要ないと思えるぐらい涼しい。とは言っても、暑いものは暑いが……。

 そのせいか、人肌で熱された着物の中の空気がより女の色気を引き立たせていた――。


 手を添えるだけと己を誤魔化し、そっと鈴音の背に手をやった。

 ピクッと反応したが抵抗しない――手から”続けても良い”と伝わってきている。もちろんこれは男の勝手な自己解釈なのだが、ゆっくりとその女性のラインを確認するように手を頭の方に動かすと、それに応じるかの如く胸元にうずめていた顔をあげた。

 一瞬誰かと思ってしまった……鈴音ではあるが、鈴音ではない普段の侍娘ではない、女性本来の昂揚した顔が俺の目と脳を支配している。

 もう無理だ――。この女の香りに混じったお香の匂いがもう男の脳と理性を溶かし……お香?


「はっ――!?」

「な、何ぞ……はっ、わわっ私は何をっ――むっ!」


 一瞬にして見慣れた顔に戻った侍娘は、咄嗟に傍にあった湯呑を、その一角だけ真っ暗な所に投げつけた。

 ゴッと太く鈍い音が鳴った――あれは絶対に痛い音だ。暗闇はギュウウっと言うような声をあげて(うずくま)り、六つの尾が壁に炎のような影を作っている。

 ゴ……ではなく、お前だったのか。


「……い、痛い……」

「六殿っ!?」

「ろ、六姉さんっ!?」

「……ナナに……ナナにやられたとこの真上に当たった……」


 俺がこの時代に来ることになった元凶、そしてそこから先に進ませてくれた狐――六姉さんが涙目でこちらを見ていた。

 恐らくここに来る前に七姉さんにシバかれたのだろう……相当痛そうだ。


「な、何ゆえかのような場所に……」

「……謝りに来た……結果的にこうなると分かってたけど……ごめんね……」

「い、いや……その結果が今だから、逆に感謝したいぐらいだけど……」

「……で、これお詫びの品……」


 何やら竹筒をそっと鈴音に差し出して来たけど……何だこれ?

 蓋が開かれると、まさに”薬品”と言った臭いがたちこめ――あれは白い乳白色の……クリーム?


「……傷薬……鈴音の身体は傷痕いっぱい……女としてそれはどうかと……」

「なっ、う、うぅむ……やはりいかぬのか……」

「……当たり前……でもそれ塗ったら元通り……」

「な、何だとっ、それはまことかっ!」

「……六ちゃん特性……あとこれ彼氏に……」

「……ポイントカード?」

「……私の診療所……内科・外科・産科なんでもござれ……あぁ本業は小児科……ふふっ……」

「ぽ、ポイント溜まったら何かあるの?」

「……一日入院が無料……」

「……」


 そりゃポイント溜まるまで通えばな――。期間は三か月、五十ポイントだし。

 住所は……遠いけど、往診可になってるから呼んだら文字通り、飛んで来てくれるのだろう。


 思えば鈴音は現代では存在を証明する書類がない。書類で人の存在が決まるのもどうかと思うが、元から存在しないのがやって来たのだから当然っちゃ当然なんだけど……。

 そうすると、身近な物で困るのが病院だ――人間誰しも病気をし、医者に診てもらう。

 現代では産まれてから死ぬまで、医者のお世話になるぐらいだし。

 なので保険証は必須だった。無いと馬鹿高い料金が請求されてしまう――それを踏まえてこれをくれたのだろう。

 診てくれるのはこの"狐のお医者様"しかいない。


「……で、子作りのお手伝いしようとしてた……」

「まだ早いからっ!?」

「……まぁ……遅かれ早かれそうなるけど……ふふ……おめでとう……」

「い、いやこちらこそかたじけない……であるが、何ゆえ――」

「……ふふ……私は悪狐だから……ナナは私以上に性質悪いけど……私とは反対……

 ……私は表立ってああだこうだしたくないし……人と係りたくない……」


 白と黒もそうだけど、六の反対が九――ってのもあるのだろうか。

 ただ、表立って好き勝手やるあの人とは違い、こうやってこっそりと裏で何かするのが六姉さん。

 光あれば陰がある、光が強ければ陰もより濃くなる……人に(・む)関心だけど()めはキッチリ果たす、()でもないと言うかイケない()を持つ狐か……。

 あれ、そう言えばあの男の子はどうなった――?


「……ああ……飽きちゃった……ふふふ……」


 顔てっかてかで妖艶な笑みを浮かべている所を見ると、やるだけやって満足したのだろう。ちょっとだけ羨ましくも思うが……幼い頃にそんなの刷り込まれてたらトラウマになりかねないな。この時代におねショタは早すぎる。


「……じゃ……お幸せに……」

「う、うむっ……」

「……ああ……これ……いる……?」

「んんっ、いつぞや見た銀の装飾の箱ではないか?」

「ほし……いいっいやいららないっ、今はいらないっ!」

「……そう……欲しかったら言って……箱の中で一個大当たり入りの用意しとく……」

「よりダメだから!?」


 恐らく針で穴を空けたそれだろう――避ける為のそれなのに、漏れ出たりしたら意味がないあれなんか仕込まれてたらもう、子供仕込んで下さいって言ってるようなものじゃないか……。

※次回 4/16 17:20~更新よていです

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