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33.その時が来た

 鈴音に洗濯をお願いした後で、とんでもない事を思い出した。

 確かあの中に――と、家の人に洗濯している川の場所を尋ねてそこに急ぎ足で向かう。


 大丈夫だ、昨日も鈴音を助けられたんだから今回もアレを助けられるはずだ……。

 教えられた洗濯場らしき川辺に向かうと、『噂をすれば』と言わんばかりに女中の方々がキャッキャッと華やかな声を出し、当の本人はどうしてよいかと困惑した顔を見せている――。


「あ、あぁ……弘嗣か。なな、何しに参られた……?」

「いっいやっ、その……洗濯手伝おうかなー……って」

「ささっ左様か……であるが……うむ、大丈夫であるぞ――私は何も気にせぬが故に――」

「止めてっ、『大人になったわね』って言う、母親の優しい目をするの止めてっ!?」

「ななっ、何も知らぬぞっ、ち、ちと栗の花の香がして、あの者達に尋ねたが、

 それが何であるかなぞ、時に男が寝ている時にするものであるなぞ聞いてもおらぬが故に――」

「知ってるじゃんっ!? 全部しっかり聞いてるじゃんっ!?」


 あの下着はあの時のままのはずだ。鈴音の側室騒動と、それが乾いていたせいですっかり忘れていた――鈴音を抱く肉欲の夢を見させられたせいで、溜まりに溜まったものが誤射したそれを……。

 せめて下着だけでも一人でこっそり洗わなければならない事を――。


 鈴音は尋ねるまでそれが何だか知らなかったのだろう。まぁ知らない方が当然なんだけど。

 それが何であるか、子孫を残す為に重要なものだからいやらしい物でもない。むしろ必要なものだ。そのせいで怒るに怒れず、優しい母親の目をするしかないのだろう――。こう言うのは怒られた方が……いや、これで怒られる方が男の子の思春期ハートをえぐるか……。


 どの時代でも色恋沙汰は女性の好物なようで、『まぁっ』と色めいた声でを生暖かい目で二人を見ていた。

 ここだけではない、屋敷の中でも女らしさが増した鈴音を始め、未だぎこちない若い男女は女中の皆さまの格好の獲物とされているのだ。

 昨晩か、いやもっと前かもといつ誤射したかの予想のし合いまでも始められ――ああ情けなし……。


「ま、全くっ、かのような事は先に言っておいて欲しいものぞっ」

「言えるわけないだろっ!?」


 この時代の洗濯は、タライの中に着物を突っ込んでザブザブ洗うだけ。中にはワインやうどん造りのように足で踏んで洗う人達もいる。

 別に旦那に恨みがあるとかではなく、棒で叩いたり踏んだりするのがこちらの洗濯方法なのだとか。時代が越えれば主婦のストレス発散としか見られないだろう。


 洗剤と言った科学的なものは当然なく、この時代では米ぬかや灰汁、小豆の粉を使っていた。

 特に米ぬかに関しては、この時代では万能洗剤でもある。ボディソープから洗顔、美容にも良く、畑に撒けば肥料にもなると言う。

 また、米粒を覆っていたもみ殻にも利用価値がある。あれを墨にした燻炭(くんたん)はカブトムシの幼虫育成の際、マットに少し混ぜるとダニを抑え、消臭効果もあるんだ――。

 米は日本人の生活に欠かせないとは言うが、全くその通りなんだな……。


「それにしても、現代にないものの代用品ってちゃんとあるもんだな」

「私からすれば、先の世の方が代わりの物に思えるのだが……」


 確かにそうだった――過去があって現代があるんだ、そこの先人達があれこれ試行錯誤し続けた結果が現代の便利な道具に変わっているんだよな。

 今握っているこの釣竿だってそうだし。


「一度、こうやって竹竿で釣りしたかったんだよな」

「海に行ったときもそうであったが、釣りが好きなのか?」

「ああ、昔はよくやってたな。子供の頃は毎日のように海に行ってたし」

「ほう、では今晩のおかずは期待しておこうぞ」

「うっ……期待はしないで欲しい」


 竹製の釣竿に、馬の毛を編んだ釣り糸、縫い針を曲げたような釣り針――鈴音が持って来ていたのを使わせてもらっているのだが、晩飯はエア焼き魚になりそうなぐらい釣れる気配が全くしない……。

 川釣りは初めてだからと言うレベルでもない――。そんな俺を馬鹿にするかのように川魚がパシャッとはねた。


「ふふ、この世には手でも捕えられそうな気の抜けた、そなたの如き魚はおらぬぞ」

「む、むぅ……そうだとすると、この川の中にいるのは鈴音か……」

「確かにそうでもあるな。なれば、一匹でも釣れれば上出来であろう」

「うーん、それならもう既に釣り上げてるのに――」

「む、いつ釣り上げておったのだ?」

「いや、目の前に――」

「……」

「……」

「と、突然っ何を申すのだ馬鹿者っ――!?

 わわっ私は釣られた覚えも……わ、私がお主を釣ったのだっ」


 おかしい、釣られた覚えがない――鈴音の一挙一動に惹かれていたのはその、確かだけども……あ、考えてみれば釣られてるのか。


「おっ、か、かかったっ――!?」


 ビギナーズラックと言うべきか――現代とは違う感覚に四苦八苦しながらも、暴れ回るそれを何とか釣りあげられた。

 やや黒っぽく楕円形の模様が並んでいる川魚だけど――何て魚だろうか?


「ほう、山女魚(ヤマメ)ではあらぬか」

「やまめ……へぇ、名前は聞いた事があるけど、これがヤマメなんだ」

「大きさも中々。初めてでこれを釣り上げるとはな。

 この山女魚はよほど腹が減り、飢えておったと見える」

「じ、実力だぞっ――。でもヤマメって確か山の女って書いて、

 "渓流の女王"みたいな事聞いたけど……なるほど、確かに鈴音みたいだ」

「ままっまだ申すか――っ! ん、これは……

 い、いいいや、うむ……そうであるな、それが私と思っても構わぬ、うむ……」

「ど、どうしたんだ急に?」

「ななっ何でもあらぬぞっ――」


 何だろう、突然慌て出したけど――鈴音と思って貰ってもいいヤマメ?

 アユみたいなイメージがあったけど、黒と言うか褐色かかった緑と言うべきか、ヒレとかは赤っぽいんだな――いつか川釣りでイワナやヤマメを釣って食べてみたいと思ったけど、まさかこんな時代でそれが叶うとは思わなかった――。


 鈴音は『晩飯にする』と言って、大事に持って帰ったが――一匹でいいのだろうか。

 俺だけの特別メニューなら……うん、更にあの親父に目が付けられてしまいそうだな。未だに『隙あらば殺す』と言ったオーラ出してるし。

 そこで『川に流されてしまえ』って目をしてる狐が、赤い着物をまくり上げバシャバシャ音たてながら渡って来たけど……まさか俺の魚を奪いに来たのか!? 毒キノコは持ってないし、力いっぱいぶん殴るべきか……。


「あれを奪ったら、それこそ母様の怒りどころじゃ済まぬのじゃ……」

「にびも川遊びか?」

「童は用事のついでに晩飯の魚を獲りきたのじゃ。

 七――いや母様が鬱陶しくて逃げ出して来たのが本音じゃが……」

「鬱陶しく……?」

「寝顔から何からバシャバシャ写真を撮る人が傍におる、と言えば分かるはずじゃ……」


 あぁ……なるほど。何か対岸の山から望遠レンズで覗いてる人が見えるよ……。

 きっと長年出来なかった事を、空白の期間を埋めようとしているのもあるだろう。そこまでの子煩悩だとは思わなかったけど、ずっと母と言えず姉と言う立場だった反動が来ているに違いない。

 にびも分かってはいるが……と半ば諦めたような顔で、袋から粉らしき物を撒き始めたが――何だ?


「……骨じゃ」

「ああ……」


 何の骨か分からなかったけど、すぐにそれを思い出した――昨晩、唯一命を落とした仲間の骨だ。口は悪く、鼻持ちならないような奴だったが最後は男を見せた、骨のある奴だったな……。

 にびの手で火葬し、その骨を撒きに来たのだろう――その赤色の袖でそっと目元拭い終えると、尻尾の先を水につけた。


 これが狐流の弔い方法なのだろうか? と思っていると、川を打つにびの尾に合わせて何かが――。


「魚――?」

「ほれ、どんどんゆくぞ。ちゃんとそこの魚籠(びく)に入れるのじゃぞ」


 にびはそう言うと、尾の先に食いついた川魚が次々と岸に打ち上げられ始めた。

 あの尻尾ってそんな使い方できるのか……と言うか、馬の骨を撒き餌に使ってないか?


「ん、何じゃ?」

「いや、骨撒いた所で釣るっていいのかなって……」

「『童を抱きたいと思う頃には腹の中に入れてやる』――あの時言うたであろう。

 それに別にあの馬に対しても、死んだ者に対しても特別な思い入れは持たぬわ。

 童ら狐は長生きで看取る方が多い、その都度悲しんでおってはやってられぬのじゃ」


 なるほど……間接的だが確かに腹に入る事になるな。有言実行と言うか何と言うか。

 それが、にびなりの弔いなのだろう――悲しむのではなく、楽しく送ってやろうとしている。

 それが二本の尾――七姉さんに()(・に)であり、()マリと楽しげに笑うのが特徴の……狐か。


「して、お主にはもう覚悟はできておるのか?」

「え、覚悟って……また何かあるの?」

「やはり気づいておらぬか……その魚とさっきお主が釣ったの、同じ魚なのじゃぞ」

「へ? あぁ、確かに似てるけど……色が何か違わなくないか?」


 にびが釣った方は鮮やかな緑と黄色のラインが入っているし……何だろう、種類が違ってたり大きさが違うのか? 確か海に行って帰って来たのと残ったのとで名称が違い、ヤマメがサクラマス、イワナがアメマス、アマゴがサツキマス……だったかな、釣りゲームで見た。

 あれだとサクラマスになるのだろうか……?


「あれはヤマメじゃ。まだその時期には早いが、あの体色には意味がある。

 前回の時期を逃してそのままなのか――産卵期に入っておる」

「産卵期……?」

「あのヤマメはこの渓流の女王――婚期を逃したどこぞの女子と同じじゃ。

 それを、どこぞの男に釣り上げられ、それを食そうとしておるのじゃ」


 確か俺も鈴音もあのヤマメを――つまり、それを食すって事は……あ、あぁそうか……鈴音もそれに気づいたからあの慌て方をしたのだろう。

 こじつけでもあるが、この時代はそう言ったのを大事にする――以前、ガラスコップでビールを飲んだ時も『盃を交わした』と言ってたし……あぁ、つまりそう言う事だったのか。

 うぅん……何か情けないな……どうしたものか――。


「よしっ――にびっ、ちょっと頼みがあるっ」

「ん? 何じゃ?」

「俺を現代に戻してくれっ」


 俺に今できる事はこれしかない――。

※次回 4/15 17:20~ 更新予定です


※毒キノコ

 ⇒最強の餌付け

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