表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/40

32.平穏な日が来た

 翌朝――身体が慣れているのだろうか、いつもの日が明けきらぬ前に目が覚めてしまった。

 互いに昨日の体勢のまま眠っていたようだ……床で変な体勢で眠ったせいか、節々が突っ張るような感じがして痛い。あと筋肉が痛い――これは運動不足なせいだが。

 覆いかぶさるようにして眠っている鈴音を起こさないようにしながら、掛けられている布を整えるように引っ張り上げた。


 布……? 昨日、寝た時はこんなものは無かったはず。掛け布団での毛布でもない灰色がかった、少しごわっとした手触りの木綿の一枚布。

 一体誰が……? もしかしたらと覗き込むが、鈴音の気持ちよさそうな寝顔を見ているとつられて眠くなって来た。

 もう一眠りしたい、けど二度寝は許されなさそうだ……。


「……」


 マダムが部屋の前に立っていたのだから――。

 そっと一礼するので、俺もこんな体勢で申し訳ないが頭だけ下げた。非常に間抜けな顔になっているに違いない。

 よく見れば女中の皆さまも、色めきだった目でこちらをチラチラ見ているのだけど……もしかして、扉開けっ放しで眠ってた?

 音を立てず、すり足で近寄ってくるマダム。自称気配に敏感な侍娘は、近づく危機に気づかないままスヤスヤと眠っている――。

 マダムが鈴音の傍に立つとスゥっと息を吸ったのを見て、俺は覚悟した。


「鈴音ッ――!!」

「へぁぁッ!? は、はは、はいッ!?」


 もう条件反射なのだろう、何が起こったのか分からないまま飛び起き、声のした方へ向いて正座をしている――俺もつられて正座している。何故だか分からないけどそうしないといけない気がしたから。


「そなたは、何を考えておるのですッ!」

「う、うぅ……も、申し訳ありませぬ……」

()だ嫁にも行っておらぬ身でありながら、殿方と同衾(どうきん)なぞもっての外ッ、節度を保たれよッ!!」

「で、ですが母上――」

「お黙りなさいッ――!」


 この申し開きも許さぬ理不尽極まりなさ……やはり鈴音のお母さんだった。

 うん、そりゃ怒るよね……年頃の娘が男の部屋で、こんな姿で寝てるんだもん……。

 母は強し。鈴音もこうなると流石に逆らえないらしく『ごめんなさい』とひたすら謝るしかなかった。


 そして俺も怒られた――同じように節度を守れと。据え膳食うだけでなく、高楊枝も覚えよ、一緒に居たい気持ちは分かるが夫婦にもなっていないのにそんなふしだらな行いをするな的なニュアンスで叱られ、俺も同じように『ごめんなさい』と言い続けるしかなかった……。

 小学生以来だぞこんな叱られ方するの……。



 それからしばらくして、こちらでは少し遅めの朝飯は鈴音が用意してくれたらしい。

 調理場でも小言を言われ続けたのか、ややげんなりした様子で朝から疲れた顔を見せていた……。


「うぅ……朝っぱらからすまぬ……」

「いや、俺の方こそすまない……。あぁ、でも朝飯が美味い――

 失礼かもしれないけど、この時代のご飯がこんな美味いなんて思わなかったぞ」

「さ、左様かっ……う、うむ。頑張った甲斐があった――。

 であるが、米は先の世の方が美味い気がするのだが……」


 鈴音がこちらに来た時、確か『米の味が違う』って言ってたな。

 甘みが強く、一粒が大きいとかだった気がするけど……品種改良の賜物だろうか、それでもどうしてだろう、雑穀米なのもあるかもしれないが、このご飯の()()()とか特に香ばしくて――あぁ、そうか。


「釜で炊いてるからか。それにこの煮しめも懐かしい……あぁ、やはりこの味だな」

「な、何を大げさな……た、たかだか一日食えなかっただけであろう」

「その一日で食った物が酷かったから……」


 あの洞窟で着替えた際、にびが握り飯を持ってきたんだ。

 丸一日寝てて食ってなかったしさ、腹減っててしょうがなかった俺はそれに(かぶ)り付くように食べたんだよ。

 お握りって基本は塩とご飯で良いはずだ、どうして中に生きた蜂の子を投入しているんだ。

 暗闇の中でそれに気づかないで全部食い終わった後で言われたんだぞ。口の中の米粒が実は(うじ)ではと思うぐらい、クリーミーで不協和音がするそれを我慢して食ったさ……空腹時は何でも美味いと言うけどあれは嘘だ、不味いものは不味い。

 にびがどうして七姉さんに料理させないか分かったよ――作り方は間違えていないけど、使う食材を盛大に間違うんだ。


「あらまぁ、何と仲のよろしき事でございますな」

「あ、す、すみませんっ……」


 つい普段の感覚で飯を食ってしまっていた。

 ここは鈴音の家だった……つまり両親もそこに居て一緒に食事を摂る。現代でも彼女の家、ご両親の前でイチャイチャベタベタしていたら不快に思われてしまうだろう。

 先ほど怒られたばかりだと言うのに、舌の根が乾かぬ内に同じことをしてしまっていたようだ。

 ああ、鈴音との暮らしていた現代ってなんて自由だったんだろう……。



 針のむしろに座らされているような中での食事だったせいか、腹がいっぱいなのに食った気がしない……。


「で、鈴音……トイレはどこだ?」

「外に出て屋敷の裏の小屋ぞ。急ぐのであらば……であるが。

 ……予め言っておくが、そこは覚悟を決めてから行くがよいぞ?」

「な、何で?」

「行けば分かる――」


 やっと陽の光が大地を照らし始めた頃、屋敷の裏に回りここであろう場所に来た。

 うん……外に立つだけでその意味が分かったよ……これは覚悟いるね。

 ぐっと拳を握りしめ、大きく息を吸い――扉を開けた。目からも臭いと言う刺激を感じるのかと思う――瞼の裏が悲鳴をあげている。

 中の様子は田舎のいつ掃除してんだって仮設トイレに近い。サウナの中でそれを設置してるようなもんだった。

 今はとても新鮮な空気が欲しい――。


「あ、頭がくらくらする……」

「で、であるから覚悟がいると言ったであろう……あそこは滅多に掃除せぬのだ」

「もしかして……鈴音は現代に来る前、ずっとあそこを使ってたのか?」

「いや、私は屋敷の中にある方ぞ。新しく出来るまではそこであったが……」

「快適な方があるならそっち教えてよっ!?」

「め、飯の後は父上が占領するのだ――鉢合わせし、斬られても良いなら構わぬが」


 中で本を読むので長いらしい――何なの、オッサンの生態って何百年も変わってないの?

 古い方に関しては、鈴音も余程の緊急時でないとそこを使わない場所なのだとか。

 うん、俺だってきっとそうする。


「あの通気性の悪さをまずどうにかすべきだ……。

 光も空気も漏れない、熱がこもる密閉空間であれはガス室より性質が悪い……」

「爺様が建てたのであるが……腕が良すぎてああなったのだ……

 であるが、先の世がどれほど素晴らしいか分かったであろう?」

「うん……現代人の心折れそう」


 鈴音が現代の施設に感動したのが分かるよ――。

 厨房も見たが、当然コンロも冷蔵庫も流しもない、調理台とデカい釜があるだけ。

 ガスなんてのもなく、薪に火をつけなければならない……。


「一日や二日、キャンプとかなら分かるが……」

「私も、この世はかくも不便であるかと思うてしもうた……。

 ああそうであった、先ほどにびがお主の服を持ってきておったぞ」

「お、それは助かる。いつまでも鈴音の着物を着続けるわけにはいかないからな」

「わ、私は別に構わぬが……その、さっ、さまになっておるしな」

「そ、そうか……?」


 男物で丁度いいのからかもしれないけど、意外と涼しくて動きやすいんだよなこれ。

 もう一つ、着て分かった事があるのだけど、あちこち繕った跡が見える。物凄く丁寧なのと、物凄く苦戦した跡があるが……鈴音が相当気に入ってる着物なのだと言うのがこれだけでも伝わって来る。


 下着から何から着替えられたので(すこぶ)る気持ちがいい。

 けど、周りが着物だらけの中でこの洋服姿って浮くなこれ……鈴音に言って男物の着物用意してもらおうかな。郷に入っては郷に従うわけではないが、その時代に合っているからこそ、その道具や服装があるのが分かった。


 鈴音が来た時は逆に着物姿が浮いてたが、本当に時代が変われば全てが違うのだな……。

 でも、現代でもいっそ着物で過ごしてみようか。着てみて分かったけど、洋服より楽だわこれ。

 いきなりは流石に環境変わり過ぎだし。帰ったら作務衣(さむえ)とか買って部屋着から始めてみよう。

 外を歩くのは……そうだな夏祭りもあるし、浴衣で歩けば違和感もないだろう。


※次回 4/14 17:20~更新予定です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ