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31.鬼が帰って来た

 鈴音の側室騒動から退散する時、チラりと見たことのある女性の尾が見え、別室では悪魔が舞い降りていた事に気づいた。

 家が襲撃されたと言うのに、その家に仕えていた重鎮らはどこに行ったのかと疑問に思っていたが、怒る母を前に声をあげる事すらできず恐怖に震えるだけだったに違いない。


 その母は何もしない――ただ立っていただけだったと言う。それだけなのに、その家に仕える者どもの誰もが”俺に責任がない”と言わんばかりに睨まれないよう、事を荒立てないようにしていたのだろう。

 誰もたかだか側室一人の為に、火中の栗を拾う真似をする奴なんていない。

 その家に対する恩義や忠義なぞ、その人の前ではチンケなものにさえ感じたはずだ。


 俺たちの去り際、声にもならない悲鳴をあげながら屋敷から飛び出した男を見た。

 あまりの緊張感に耐えられず自我を失った者か、その一人が引き金となった。次々と沈みゆく船の如く、我先にと逃げ出しているのを見て、無知ながらに『この家は終わりだな』と悟った――。



 長い夜はまだ続いている――あれから三時間後ぐらいだろうか。

 小まめに休憩しながら馬に身体を揺らしながら帰ったのだが、行きも帰りも乗りっぱなしだったせいか尻が痛い……。

 こまめに休憩する事となり、休んでいる間はずっとベッタリだった鈴音なのだが……家に近づくにつれて口数が減り、その凛とした目に怒りが満ちて始めていた。


 怒りを露わに帰って来た領主の娘を見て、誰もが驚き目を見開いている。

 嫁いだ女は基本家に帰らないらしく、家を出て間もないのに帰って来たのだから当然だろう。

 声には出さないが『あぁやっぱりか』って顔をした人もいる。その理由は語るまい……。


 ここで色んな意味で驚き、最も戸惑ったのは鈴音の父親のはずだ。

 騙され、利用された事を知った娘が、ドスッドスッと足音を立てて戻って来たのだから――。


「父上ッ、此度の一件の説明をしてもらいましょうぞッ」

「な、何ゆえ戻って来たッ、かのような事をすれば戦の火種に――」

「なれば私が責任を持って横井とお手向かいしましょう!

 さあっ、父上の口から”納得のゆく”説明をしていただきたしっ!!」

「う、うぅ……」


 娘に威圧される領主&父親ってどーなのよ。

 壁に張り付いてもなお後ずさりをしている親父は諦めたのか、端的にそれを伝えてきた。

 両家の繋がりを強めて――と言えば聞こえが良いが、実際には相手の家の家来に、自分にはそれなりのポストを与えて貰う為に娘を差し出しただけであった。


 その言葉にもちろん鈴音は怒り、女とは思えない声で父親を非難している。

 この時代では普通にあり得る話でもあるのだが、やり口がマズかった――無理矢理連れ戻すのは仕方ないとしても、記憶を書き換え都合の良いように扱ったのだから。

 それとこれまで築いた家を、自分のポストが為にあっさりと捨てようとしていた事も非難していた。

 と言うより、この娘にこの時代の常識が通じない――。


 側室云々の申し出は向こうからだったらしい。

 まだ幼い子が侍女を正室に据えたが、それでは体裁が悪い判断したのだろう。

 だが相手の本当の目的はそこではなく、この領地だったのではないか?


「恐らく六姉様の入れ知恵じゃ――

 あの家は遅かれ早かれ、居下の家を乗っ取ろうとして滅ぶ。

 それを利用して計画したのじゃろう……いや、童ら何も知らないし、見なかったのじゃ……」

「ところで、にびはさっきから何を恐れているんだ?」

「悪狐の六尾か――あの性癖がまだ治ってないとはな」

「性癖?」

「知らないのか? あいつは幼い男子(おのこ)好き。いわば――」

「ショタコンなのじゃ……」


 え……もしかして、その子を得たくてこんな大がかりな事やってたの?

 目当ての男の子を自分のモノに、その家が没落する原因に便乗して……。


「あの正直者の薬の効果もあってか、六姉様の身体しか考えられておらぬ。

 家の事なぞどうでも良くなっておるのじゃ――

 嗚呼、以前もそれのとばっちりで、童らも無茶苦茶怒られたと言うのに……」

「あ、あれってそんな効果もあったのか?」

「お主らのレポートを参考に改良したのじゃろ……肉体にも影響が出るようにと」


 なるほど……ではこちらの暴君も同じ薬を服用しているのだろうか?

 もはや父親や領主なんてものは知った事ではないと言わんばかりに、殴った後での罵詈雑言を浴びせている。

 父親もやられっぱなしではないが、娘のが圧倒的に強い――真剣ではなく木刀だけにもう手加減なしでボッコボコに殴り、這いつくばって逃げる父親に追い打ちをかけようとしていた所で家臣が三人がかりで鈴音を止めていた。


「この先の事を考え直すなら今じゃぞ――」

「ブレそうな事言わないで……」


 鬼の形相とかあんなのを言うのだろうか、もし仮に喧嘩したとしてもああなる前に土下座しよう――。


 ・

 ・

 ・


 親父とは『また後日"真剣で"話し合う事にする』と言っていたが……用意された俺の部屋に腰を落とすと、急に現実が俺を襲っていた。

 鈴音の方もあまり記憶がないが、側室として嫁いだと言っても何一つ手順を踏んでおらず、両家に結婚の誓いやら何やらの儀式を済ませていなかったのが救いか。

 結果的に、ただ女が見知らぬ男の子種を貰いに行っただけなようだ――。


 この時代の女は大体がそんな感じだと鈴音は言った。

 親に言われるがまま嫁がされ、子供を産むだけの存在に、多くの自由を奪われた"カゴの中の鳥"のまま一生を終えるのだと……現代の自由奔放に生きる女性を見て、羨ましくも思えたらしい。


「それでも結構酷い話だな……」

「仕方あるまい、この世の女子とはそれが当たり前であるのだから……」

「てことは、鈴音がレアケース――特別なの?」

「うっ、うぅむ……ま、まぁそうなるであろうな。

 その……前にも言ったが、そう言ったのが嫌で武士になったのだ……」

「え……ああ、確かそうだったな……」

「他の姫君の如く窮屈なのが嫌であったのだ……。

 だからその……武士であらば良い条件でこちらが選べるのではなかろうかと……」

「なっ、何て不純な動機で――」

「し、仕方なかろうっ、嫌なのだったのだから――。

 そ、それに……そのお蔭で、何だ……お主に会えたのだから、良いだろう……」


 先ほどの表情とは真逆の表情をする鈴音――モジモジとしているのが何とも可愛らしい。

 だが鈴音の言う通りでもあった。その不純な動機のおかげで、俺たちはこうして出会う事のない二人が出会ったのだから……。

 もし一つでも欠けていれば交わらぬ平行線――それを証明するかのように、自然と二人の唇が合わさった。


「……でも、これから大丈夫なのか?」

「ん、何がだ?」

「相手の家を無茶苦茶にしちゃったしさ……親父さんも『戦の火種になる』って言ってたし」

「構わぬ――戦にならば私が全力で相手になろう。

 文句を言ってくるのなら、こちらから叩き潰してくれようぞ」


 時々思うのだけど、このお嬢さんってとんでもないタカ派だよね……。

 だけど、今日は夢の中の、床入り寸前の――今日はいろんな鈴音に振り回された日だったな。

 まだ夢の中であるような気がする。本当は救えないまま命を落とし、今際の際で見ている願望なのかもしれない。


「……」

「……」


 命が尽きるなら尽きてしまえ、そんな歌を詠んだ人の気持ちがよくわかる。

 現実でなければこんなのはもう嫌だ。


 だがこの唇の感覚は夢幻ではないものだった。これだけで全てが報われる気がする。

 どちらの吐息が漏れているか分からない、激しく互いが夢でないか確かめあうように貪っていた。


 一線を越えない為にもどこかで止めなければならない――頭ではそう思っても心はそれを拒否している。

 こうしているだけでも、(わだかま)りになっているものが払拭されているのが分かる。

 鈴音の目から一筋の涙が流れた――それに男の本能が更に唇を求め、鈴音の全てを塗り替えてやろうとしていた。


 それから何十分、そうしていたか分からない。

 離れた唇の間にできた糸が途切れ、惚けた表情に心が大きく掻き乱される――。

 だが踏みとどまった。あの時の二の舞になる、と強く念じて……。


 自分の衝動を誤魔化すように鈴音を胸に抱くと、彼女も抵抗する事なく俺に身を預けポツリと『今日は疲れた』と言った。その言葉に自分の情欲が鎮まった気がする――。


 壁に映る影が揺らいでいる。

 規則正しい呼吸をする鈴音の頭を撫でながら、全てから解放され長い一日がようやく終わろうとしていた。

※次回 4/13 17:20~ 更新予定です

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