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30.戦国時代にやって来た

 自分が自分であって自分でない、視界は”白川弘嗣”なのに意識がそうじゃない。

 にびの術により身体は俺、精神は”居下尚重”――鈴音の祖父、肝試しの時に戦った幽霊が憑依されている。

 鈴音の居る横井家の屋敷まで馬に乗って連れて行ってくれるとの事で、俺(爺)が馬に乗り、敵陣突破するのだと言う。


「では参ろうぞ」

『いいね、未来に戻ったら別の騎手に憑いてくれよ。ダービー制してやるぞジジイ』

「じゃ、行くかの……鈴音、必ず助けてやるのじゃ」

「増援も呼んである、真っ直ぐ突き進め」


 にびは犬神に腰を下ろしている。重い音を立て、閉じ込められていた洞窟が開くと一瞬目が眩んだ。

 日差しの強さに少しだけ安堵したが、時間的には日が傾き始める頃であるらしい。


 俺の身体は『ハッ』と掛け声をあげ馬を駆けた。

 速い――ジョッキーとはこんな世界を味わっているのか。

 車で走るのとは違う爽快感がそこにあった。踏み固められただけの土の地面を力強く踏みしめ、鬱蒼と茂る山道を颯爽と駆け抜けている。


 騎手と馬は一心同体でなければならないと聞く。今はまさにそれだろう、考えた事が馬にも伝わり、逆に馬の考えが騎手に伝わっていた。

 見事なまでの手綱さばきに体重移動……鈴音は乗馬が限られた場所でしか出来ない事を残念がっていたし、牧場で乗った後も目を輝かせ、心の底から楽しんだ様子を見せていた。

 これを味わえばその気持ちがよく分かる、馬に乗るって何と楽しいものだろうか――。



 時間と共に正しい記憶が蘇ってきた。

 鈴音が消えた日、確か電車を降りて会社に向かっている途中、そこで六姉さんに声をかけられてからの記憶が無くなっている。

 つまりあの日の出来事が全て夢、俺の願望を見せられていたのだ――。

 夢の中で欲望のまま突き動かされたせいと聞いて少し安心した……鈴音に対してだけは肉欲に溺れて、過去の過ちを繰り返してはならない、決して鈴音を失いたくない。


 俺が眠らされる前に、にび達はここに連れて来られたと言う。

 突然、血相を変え六姉さんが『鈴音の母親が倒れた』とやって来て、それに動揺し冷静さを失った鈴音とにびは、六姉さんの言葉に従い帰ったが、にびがおかしいと気づいた時には手遅れだったらしい。


 にび曰く、六姉さんは人間には全く興味がないはず――なのにどうして鈴音の親が倒れたぐらいであんな血相を変えてやって来たのかと疑問に思い、鈴音の母親が倒れたにしては家の中が平然としている様子から、それは偽りである事に気づいた。


 だが、その時にはもう遅く――鈴音は六姉さんの術で記憶を飛ばされ、気を失って倒れていた。

 にびも同じ術を喰らった――だけど、にびは持っていたペンダントが弾け飛んだだけだったようだ。

 山の中で見つけたトパーズは、七姉さんがにびの為に用意した守護石だったと、話していて気づき、母がどれだけ気にかけていたかと改めて知ったにびは、そっと袖で目元をぬぐっている。


 六姉さんの術にかかった人間に捕えられ、あの洞窟に監禁されたのだと言う……。

 そして去り際に『全ては人の為。貴方たちは()れを欠いている事に気づくべき。迷ったら間抜け』と述べたらしい。

 それを欠く……? 一体何の事だか見当もつかない。


 ・

 ・

 ・


 日が暮れてきたと思った頃には、もう数十メートル先が見えなくなっている。

 現代ではまだ明るさが残っているだろう、街灯や自販機、各家庭の明かり等々……とはなんと夜を明るく照らしているのだろうと感じた。

 鈴音は今は昼か夜と聞いたのが分かる、土や木は何処にあるかと聞いたのが分かる、空気が(よど)んでいると言ったのが分かる、鈴音が現代で聞いて来た事が全て分かる――彼女はここで産まれ育ち、ここの記憶しかない。

 もし逆の立場であれば、逆の事を聞いていただろう――。


「見えたぞっ」

『ぐ、おぉっ……う……た、体力が……』

「運動サボりすぎじゃ。そんなヘタレでは童を満足させられぬぞ。ワンちゃんは大丈夫かの?」

「この十倍は駆けられる――」

『ば、化け物か……って俺からすりゃ化け物の(たぐい)か……』


 かがり火の周りが騒々しくなっており、何だか物々しい雰囲気を漂わせているが……俺たちが来ることを見越して予め用意していたのだろうか――。

 横の山からガサガサと低木を掻き分けて近づいて来るモノが居る、駆ける者はそれに気にも留めず真っ直ぐ前だけを向いている。

 強い風が吹いたのかと思った――木々の木の葉こすれ合う音が山全体に響き、茂みと言う茂みから犬・猪・鹿などの山で活けるモノ達が飛び出し、並走してきている。

 犬神は『往くぞ』と言ったが、なるほどこれが増援だろうか、にびもいくつかの動物に挨拶している姿から、交友のある動物たちも混じっているようだ。


 敵陣の馬が嘶き立ち上がり、悲鳴と同時に兵が地面に叩き落とされた。

 第一防衛ラインと言うべきだろうか、そこは異様な動物の群れに恐れをなして散りじりになって逃げだした。最前線に居たのは一般の農民たちだろう、動物の群れに飲み込まれ身動きできなくなっている。


 そこから先は俺たちだけで突っ込んだ――目的の場所までまだ距離があり、職業軍人と言えるような者達が待ち構え、第二防衛ラインを形成している。矢を構えているのもいる。


「押して参るッ――」


 俺がそう叫んだ。頭を下げ敵の槍衾(やりぶすま)に一直線に突っ込んだ。

 馬は己の身体に傷つけることなく、正面の人の壁を飛び越え、兵士は唖然と馬の尻を見るだけだった――矢も宙を舞うばかり、耳元でシュンッと音が聞こえ、こんな状況にも関わらず気持ちが逆に昂揚している――。

 死ぬ者は死ぬ、死なない者は何があっても死なない。それが戦場なのだと言う。

 運のある者、覚悟のある者だけが生き残る場なのだろう、この馬と俺の身体からそう思った。


「良き馬ぞッ――」

『ハハッ、俺は障害物レースは得意なんだよッ』


 目的の屋敷の門が見える、チラチラと見えた粗末な門戸とは一線を画くような立派な門だ――。

 だがこれからどうする……後ろは門の(ひさし)で飛び越えられない、前には槍と弓を構えた兵士――犬神が回り込めと言った。だが……


『競走馬がゴールラインを避けられるかッ――』


 馬はいっそう強く踏み込んだ――。

 槍衾を避ける事なく、飛び交う矢に怯む事なく――そこに突っ込んだ。

 馬の身体に深く突き刺さり、勢いに負けた槍が折れた――兵は吹き飛ばされ、辺りを転げている。

 死にゆく馬は脚を止めない、いや止める気がない。真正面の玄関のゴールラインを超えるまでその脚を止めなかった。

 ゴールに突っ込んだ拍子に俺の身体が宙を舞った――。


「し、しっかりせいっ――」

『ああ……や、やっぱ一着っていいよな……

 な、何であいつが勝ったんだと悔しがる奴……当たって歓喜の声をあげる奴……

 ヘヘヘッ、俺に賭けて良かったろ……』

「童を抱きたいのじゃろッ、生きねばそれが出来ぬッ――」

『ど、努力してる奴を馬鹿にしてきた奴にそんな資格はねェ……で、でもよぉ……

 俺に惚れたってんなら……べつだが……』

「し、しっかりっ……目を、目を開けるのじゃっ!! う、うぅぅッ……」

「にびよ、泣くのは後だッ」


 逃がさんとばかりに雑兵が入口を封鎖し、犬神がそれを強く睨みつけた。

 戦場を駆けた馬は動かなくなった――ゴールを避けたくなかったのは競走馬としての本能だろうか。

 狐の娘は『感謝する……』と一つ述べ、そっと馬の目を閉じ、動かぬ馬の身体に一粒の水滴が染み込んだ。


 俺の身体は廊下に叩きつけられた痛みからようやく解放されつつある。

 軒先にまで槍や刀、弓などを構えた雑兵がにじり寄ってようだが、犬神が牽制するように唸ると、雑兵は一歩後ろに退き近づこうともしない。

 それはそうだ、目の前の犬は小型乗用車ぐらいの大きさしてるのだから――。


「ゆくぞっ」


 俺の身体は肩をいからせ、大股がに股でノッシノッシと歩く。

 後ろでは、やり場のない怒りと悲しみに満ちた狐娘が小走りで俺の身体の後を追う――抑えているが、それが漏れ出し周囲に伝わっている。

 涙で赤くなったのか、母親から譲り受けたのか、血のような赤い瞳が雑兵に恐怖を植え付けていた。


 にびのそれを感じた者は恐怖し、後ずさりした。

 二本の尾に『尾割狐じゃっ!? 九尾の狐の子じゃっ!?』と声をあげた奴が居たが、その物知りな奴のせいで中の者たちはより恐れ慄いてしまっている。

 にびは九尾の狐の子――尾割狐だと知られたにびは、青い狐火を廊下に並べ、蜘蛛の子をを散らすが如く見物客を追い出した。

 それを見た俺の身体はガッハッハと笑う――。


 ある部屋の前で障子をバンッと開くと、白い着物を着た――鈴音が護身刀を構えて立っていた。

 雰囲気が違う――後ろにいる(よわい)十二、三程度の男を守るようにし、近づけさせぬと言った様子でこちらを睨みつけている――。


「弘嗣、ここは任せるのじゃ……鈴音を必ず、連れ戻せ――」

「儂の役目はここまでだ。孫娘を頼むぞ――戻らぬなら二、三発ほど頭に拳骨喰らわせてやれ。

 あれはそうやって育って来たからな、ハッハッハ」

「貴様ッ、何を笑うておるッ――」


 にびは行く場所があると隣の部屋に向かった――鈴音のジジイは消え、俺が俺に戻った。

 何とまあずいぶんと勝手な奴らである。ここまで来たら最後の一手までやって欲しいもんだ……。


 俺が戻ったとしても、目の前にいるのは俺の知っている鈴音じゃない、一歩でも近づいたら即切り捨て御免な状態だ。

 記憶を取り戻す方法なんて知らない――ショック療法なんてものがあるけど、それは記憶喪失とかだろうし。言われたように殴るべきだろうか……。

 状況からしてベッドイン寸前だろう、枕元に盃や色々が乗った献上台の様なのがあったが、あれは何だ――いや、今はそんなのを気にする必要ないか。


「す、鈴音――寸前で……無事で良かった……」

「何を言うかっ――貴様は何者……ぐっ……何者ぞッ――」

「お、俺を思い出せないか?」

「よ、寄るなっ!」

「ほら、俺の部屋に来て一緒に暮らしただろ……何も知らない世界の中で、

 ファミレスにも海にも買い物にも……ワッフルも食べただろ、あのフワフワサクサクの……」

「ふぁ、ふぁみ……わ、わふる……うぅむ?」


 目と鼻の先の距離、目の前で護身刀を向ける手が震えている。

 記憶がなくても身体が覚えているのだろうか、口が何かモゴモゴ動いていた――。

 身体が覚えている……もしかしたら、これならっ――


「し、しまっ――んっんんっ!?」


 視線を上にズラした一瞬、鈴音の頭を掴んで唇を奪った――。

 鈴音はキス好きだった、もちろん俺も好きだ。いや、もちろん鈴音とするのがだが。

 朝と夜の恒例行事にもなっていたんだ……これで思い出さなきゃもう刺されて死んでしまおう。

 ……と言うか、もうそれしか選択肢がないし。


「こ、この……!」


 鈴音の記憶が戻らない――俺の頭を掴み、この時代のベッドのような畳の上に置かれた板と布団のような所にぶん投げられてまっていた。

 やはり駄目か……あぁ、ここで終わりなのか……恐らく初夜はお流れになっただろうし、一日引き延ばせただけでも良しとするか。愛した人に殺される――ま、それもいいだろう。


「か、かのような不埒な行為っ決して許さぬ――」

「で、ですよねー……」

「でっ、であるが――」

「ん……?」

「そ、そなたとだけは別ぞ――ッ」

「へっ――ん、んんーー!?」

「す、鈴音殿っ――!?」


 男の子の前でキス――この時代では”接吻”や”口吸い”と言うんだっけか、とんでもない光景が目に入っている事だろう。

 今晩は側室となった人との初夜だ、どこの馬の骨か分からない男が乗り込んで来て、初夜を迎えるはずの女とそいつがキスしてんだもん……しかもあちこちで阿鼻叫喚が聞こえてくるんだ。

 自分の領地内に踏み込まれ、自分の布団内まで踏み込まれてる――最高であり最悪の挑発行為だろう。


「そ、そなたがそんな淫らな女子であるとはっ!

 妻が子を宿さぬ、父上が(まつりごと)が為と申すから仕方なくこんなのでも耐えておったのにっ……えっ……?」

「こ、こんなのである……?」

「そうだっ、こんな痩せっぽちの、年増女の、ガサツな奴なんか頼まれなきゃ誰がっ――あぁぁっ何ゆえ!?」

「なるほど……仕方なくであるか……ふふふっ……」


 どこかで見たことあるこの光景――手を握り開きしながら、殺気を放つ鬼が行動に出る前に止めなきゃっと思っていると、今度は隣の襖を突き破って何かが吹っ飛んで来た。それと同時に鈴音の殺気も吹っ飛んだようだ。


 目の前に転がったのは、見たことのある黒髪美人、あちこち焦げているこの騒動の元凶――


「六殿に――あ、あれは……ににっ、にびであるかっ!?」

「そう言えば鈴音は知らなかったな……」

「六姉様ッ――いや、今は姉様とは思わぬッ!

 此度の事、童に”しっかり”とっ、”分かりやすく”っ、説明してもらうのじゃッ!」

「……ほ、ほんとこんな所はナナそのまんま……でも事前に言った……」

「言ってませぬっ!」

「……全ては人の為……貴方たちは其れを欠いていると……」

「それが何じゃと言うのです!」

「間を抜いて――」


 人の為……其れを欠く……イ為、其欠――


「全ては偽り、欺いている――」

「……正解……」

「そんなの分かるかっ!?」


 にびがもう怒り爆発寸前でプルプル震え、わけの分からない鈴音は呆然と立ち尽くし

 側室が寝取られた(まだだが)男の子は六姉さんにしがみついて怯えている――。


「ろ、六姫よ……そなたの知り合いであるのか?

 た、頼む追い返してくれっ、私は……私はそなた以外の女子はいらぬっ……

 ここっ、子ができぬとも、私は六姫の身体が良いのだっ――」

「は……?」

「ま、まさか六姉様――」

「……ふふ……そう言う事……帰って……」


 そう言えば側室ってさ、正妻が居て初めて存在するものだよね?

 てことはこの子は、この年にしてもう奥さんがいるって事になる――なんて羨ま……けしからん。この時代はどうなっているのだっ!

 だけど……


「ま、まさか正妻ってさ……」

「……ふふ……」


 不気味な笑みを浮かべ、男の子を共に屋敷の奥へと消えた――。

 布団脇には何やら見慣れた瓶……"正直者になれる薬"が転がっている……。

 何か”改”って書いてあるけど、もしかして今日の日の為にこの薬準備してたの――?


「は、はははなのじゃ……童は、童は何も知らぬし、何も見てないのじゃ……

 く、空孤様に怒られても……わ、童はしーらないっ……」


 にびの様子がおかしいが、まぁ全て解決したっぽいし長居は無用だろう。

 外の騒動もひと段落したようだし、とっとと撤収するか――。

 ようたく全てが片付いたと思うと、せき止めていた疲労がどっと押し寄せて来ている。

 問題に問題、更に問題が起こり日付が変わってから帰社したぐらい心身ともに疲弊した一日だったが……


「鈴音、帰るか――」

「うむっ!」


 思えば、とんでもなく長く辛い一日だったものの、ずっと見たかった鈴音のこの顔を見れば、そんなのはもう吹き飛んでしまった――。

※次回 17:20~ 更新予定です


先日よりのブックマーク、ありがとうございます!

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