24.無人島にやって来た
港湾に着くと、今度は七姉さんの船で目的地に向かい、ある島に揚陸した――。
暇に飽かしてあれこれ様々な免許も取得しているようで、飛行機以外の操縦が可能らしい。
免許を取得しても物が無きゃ操縦できないのだが、この人は『これ欲しいなぁ』と思っていると誰かが気前よくプレゼントしてくれる、とっても不思議な現象が起こるようだ。
何もしていないけど、男が貢いでくれる――この人、キャバ嬢のが良いんじゃないか?
「戦車が欲しかったのじゃが、四方から怒られてのう……」
「それは当然だと思う」
「わ、私はこの船が欲しい――っ」
そ、そんなキラキラした目で見ないでっ!? 模型なら買えるけど、こんなの無理だから!?
俺の収入で買えたとしたら、せいぜいエンジン付きボートが関の山ってところだろう。
それでも維持管理費を含めると……うん、レジャーってとってもお金かかるね。
「う、うぅ……うぷっ――危なかったのじゃ……」
「だ、大丈夫であるか――?」
「わっ童はこの浜で土左衛門ごっこしてるので、テント設営は任せるのじゃ……」
「ああ、分かった……」
車のフワフワ感ですら酔った者に、船の上下揺れプラス蛇行を加えればそりゃこうなる……。
鈴音は船にも大興奮で、水軍ごっこを始めると舵取りの狐がそれに便乗して左右に振ったせいだ――あれは俺だってヤバかった……。
にびはあと二十秒長く船に乗っていたら海に撒き餌を撒いていたらしい。
「だけど、日本にこんな無人島があるなんてなぁ……」
揚陸した島は殆ど人の手が付いていない、自然に近い無人島だった。
波の音、鳥の泣き声、海風に吹かれ木の葉すれ合う音――それ以外の音が全く聞こえない。
だが、鬱蒼とした暗い雰囲気がない居心地の良い所だ。アイドルは上陸してないだろうか。
「ほっほ、妾らの避暑地でもあるからのう。人を招き入れたのはそなたらが初めてじゃぞ」
なるほど、狐だけが知る秘島って所か――。
こんな所にテント設営しキャンプしていいのかと思っていたが、管理者であろう七姉さんの許可があれば大丈夫か。
だけど最近のテントって本当に楽だよなぁ……。
「い、いとも容易く構えられるとは――」
手伝っていた鈴音が驚くのも無理はない、ポールを組んでそこに通すだけで済むんだもん。
ただ、昔みたいに重く面倒な手間が全くないのも逆に味気ない気がするが……。
野営のようなものと聞いて、侍の血が騒いだのか鈴音も大張り切りで、テントの中に入っては『これは何とも……これで雨風も凌げられると言う……うぅむ、見事であるな』と大喜びしていた。
それからはしばらく鈴音と一緒に海を眺めているが、潮風に乗って聞こえてくる海鳥の鳴き声が何とも言えない情緒がそこにあった。
「海とは何とも壮大であるな……」
「ああ――これが全世界と繋がっているんだし……」
「”世界”か。私の世からすれば山の向こうですら遠き国よ――海を越えた先の異国とは如何様な地であろうか。
弘嗣と見ておれば、この海は異国どころか私の世までも繋がっておる気がする……」
テントの中で海を見られるようにしてみたのは正解だったな……二人がやっとのテントから寄せては返す波をじっと眺めている。
燦々と照りつける陽の光を避け、それに反射してキラキラと光る白く泡立つ波際――
海の近くで生まれ育ち、見飽きたとまではいかないけど見慣れた海であるのに、誰かと一緒に見ると言うだけでこうも違うのか……。
それをじっと見つめていると、どこからか腹の虫が鳴る音も聞こえてきた――。
「こっ、此度は私ではあらぬぞ!? た、確かに腹は減ったが……」
「お、俺でもないぞ――」
「わ、童じゃー……腹が減ったのじゃー……」
砂浜で横たわっていたにびが力なくそう呟いた。
思えば、今朝飯を食ったのも早かったし、腹が減ってもしょうがないよな……。
でも昼飯って何か用意されてるのか?
「船に炭とグリルがあるので持って来て火を起こすのじゃー……。
食材は七姉様が持って来てくれるので、それまで待つのじゃー……」
七姉さんが見かけないと思ったら食糧を集めに行ってたのか。
あれ……そう言えば、野菜とか肉は船内にあったはずなのにどうしてまた調達に?
その食糧にグリルと言うから、バーベキューでもするのだろうけど――量が足りないと踏んだのだろうか、ゲテモノ食いと言うから食えない物を持って来られないかだけが心配だ……。
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「変な物ではなかったけども……」
七姉さんが帰ってきて分かった――ここは狐が管理する島ではない、狐が支配する島だ。
きっと『滅ぼされたくなければ生贄を差し出せ』的な感じで、島に住む動物が犠牲なったのだ。
狸っぽい獣、何かの鳥、野兎、リス――自らその身を捧げた彼らは、人間の女の手で羽を毟られ、身を引き裂かれ肉と化した。リス以外。
ジビエと言えば小洒落ているが、色んな意味で食べるのが申し訳なくなってしまう――。
だが、その尊い犠牲に報いるには我々の腹を満たし、生きるための命とせねばならない。
『いただきます』――なんと深い言葉なのだろう……。
「んん~。空きっ腹が満たされて行くのじゃ~っ」
「ほお、私の世でもかのような食い方はあったが、それとは全く違う――何と美味ぞ」
「うん、命の味がするよ……。でも、鈴音がこうも手慣れているとは思わなかったな」
「野営では鹿や猪を狩って食うておったし、これぐらい出来て当然であるぞ」
魚をさばける女の子ですら珍しくなって来つつあるのに、動物の解体までできるのはそういない。
いや、魚はちょっと苦戦してたか――七姉さんが戻るまで釣りをして魚を数匹釣り上げたが、にびにやり方を教わりながらも三枚おろしに結構手間取っていたな。
「や、山なので魚は滅多に入って来ぬのだっ。川魚もそのまま焼いて食うだけであるし……」
「あぁ、それで……」
腸だけ取って、まんまの姿で焼いてるんだな……。
途中で面倒くさくなったんだろうけど、バーべキューならこのスタイルでも問題ないだろう。
やはりこう言った場では、行儀云々を考えずワイルドに食べるのが一番美味い。
「おお、良い食べっぷりであるぞっ」
「うん、アジはあまり食わないけど、こうやって食うと美味いな」
「ほう、”あじ”と申すのか――なかなか味なヤツよ」
「……」
「なっ何ぞ、その間はっ――わ、私とて洒落ぐらい言うぞっ!」
テンションが上がっているのか、普段と違う鈴音が見られて楽しい。
やはり鈴音はこちらの姿のが合ってる気がするな……。
木刀を振っている姿も美しく、本人もそれが本来の姿だと言うけれど、俺からすればこうして侍ではない女の子が本当の姿に見える。
まぁ、侍の時代を知らないから言えるのだろうけど――。
「……で、あの人はいつもああなの?」
「今日だけだと思うじゃろ? 一人の時はあんな感じじゃぞ……」
ゲテモノ食いと言うが、さばいて出た内蔵などを別枠で調理して貪り食っている。
犠牲になった動物たちの命を無駄なく、全て活かせるからいいんだけどさ……。
狐は肉食と言うか雑食なようで、にびも七姉さんからホルモンを貰ってはモリモリ食べていた。
最初は内蔵を食うなぞ考えられない目をしていた鈴音も、美味そうに食っている狐を見て何か興味有り気な様子でそれをチラチラ見ているが、あと一歩が出ない様子でいる。
まぁ食えるかどうか分からない物に飛び込むのは危険だし、食いたいと言っても止めるが……。
ちなみにリスさんは七姉さん専用で、こんがり丸焼きにされて美味しくされていた。
腹も膨れた頃にはもう日が一番高くまで差し掛かっていた。
照りつけるような日差しも、海に入るいい口実になっている。
「ほれ、さっさと羽織ってるものを脱ぐのじゃ」
「う……むうぅぅ……」
背を向けてスルリと着物を……何と煽情的な光景だろうか。
着物は脱ぐ時が最も――と聞いたことがあるが、まさにその通りだと思う。
うなじから肩が露わになっていく姿は、普段知っている女性ではなく大人の色香を匂わせる女性……下に水着を着ているのが分かってるのに、その姿を意識させられ心奪われてしまいそうだ……。
振り向いた女性はどんな顔をしているのか気になったが、いざ振り返られると目をそこから外してしまった。
「なに、目線を外しておるのじゃ。中学生か」
だ、だって、すっごい眩いんだもん――。
時折見せる顔にもドキッとさせられるが、場所と姿のせいだろうか……その艶やかさは普段以上の破壊力があった。
着物の中に秘していた白い肌を露わにした恥ずかしさで、モジモジしているのがまた奥ゆかしくて……鈴音ってこんなキャラだっけとも思ってしまう――。
正直に言おう、太陽さん――ありがとう。
「う、うぅ……や、やはり変であろう……っ」
「い、いや……それは正しいんだけど……その、可愛い……から」
「なっ――う、ううっ……うむ……さ、左様か――。
その……これは水に入る為のものであろう? ななっなれば、早く海に浸かろうぞっ!!」
「あ、あぁ……そ、そうだなっ」
「それじゃ、後はお若い二人でどーぞご自由に。童は夜の準備もあるのでおサラバじゃ」
気を使ってくれたのか、にびはそう言って反対側の森の中に消えて行った。
俺たちも海に入ろう――そうすれば多少なりとも今の気持ちを抑えられるはずだ。
このままで居たら色々な部分が覚醒して暴走してしまう――。
「お、おぉっ、足が勝手に埋まるぞっ!?」
この空気を払拭すべくやや急ぎ足で向かったものの、初めての波に少し戸惑ったようで、慎重に波打ち際に足を踏み入れていた。
「押しては返す、押しては返す――何とも不思議なものぞ……。
おぉっ!? あ、足元がおぼつかぬっ――うわっ!?」
波に足を取られ、尻もちをつくようにザバーンッと転んでしまった。
「だ、大丈夫か――?」
「あ、あぁ……むっ!? うぇっ、ペッ、ペッ……な何ぞ――しょっぱいっ!?」
「はははっ、海の水だからなっ」
「こ、これが海の水と申すものかっ――
しょっぱいと聞いておったが、これほどまでとは……うっ、口に残る……」
初めての海の味はあまりお気に召さなかったらしい。
尻もちをついたままでいるので、いくら顔を拭っても立て続けに顔に意味がなかった。
それでもザブザブと音を立てながら沖へ、胸元が浸かるあたりまで進んで行くが……。そこまで行ったら泳いだ方が早いんだけど――。
「か、川と違い中々前に進めぬ――ぬっ、ぶわっ……。きゅ、急に深くっ!?」
「お、おいっ、大丈夫か――!?」
「は、はぁっ……うぶっ、お、驚いた――急に底が消えたようであった……」
「海は急に深くなってる所があるんだ」
「そ、そうであったか……はっ、そ、そのすまぬ……」
「ん? あっ、あぁ大丈夫だぞ――」
気がつけば海の中で抱き合うような恰好になってしまっていた。
鈴音は足をバタつかせて海底を探しているが、いくらやっても着かず慌てている。
「そ、底が無いっ――わっぷっ……な、何ぞっ!?」
「ちょ、ちょっと鈴音っ、お、落ち着いてっ。ちっ力を抜いたら身体浮くからっ!?」
「はっ離さぬでくれっ――わわわっ」
ぎゅっとしがみ付かれ、胸の感触がダイレクトに――だが今はこれを堪能しいている場合ではない……。
泳げると言ってもパニックを起こした者を抱えていては危険だ。
な、何か他の事で気を紛らわせて落ち着かせないと――。
そ、そうだ、一か八か――っ!
「……なッ!? か、かのような時に、なななっ何をする!?」
「よ、よしっ――鈴音、暴れず良く聞いて。海は力抜いたら浮くんだ
とりあえず浜まで泳ぐから力抜いて、背中か首にしがみついていてっ」
「う、うむっ――」
鈴音の尻たぶを思いっきり握って驚かせてやったのが功を制したようだ。
首に腕を回してぎゅっとしがみ付いてくる鈴音から、怖いと感じているのが伝わって来た……。
これ以上の力が込められると俺も別の意味で恐怖を味わう事になってしまうので、急いで戻るとしよう――。
まぁ確かに初めての海で足つかなくなると誰でもビックリするよね。
多少沖に流されたが、これぐらいなら大丈夫だろう。
「お、おぉっ……」
「ど、どうしたんだ?」
「いっ、いや何でもあらぬ――その、すまぬな」
「大丈夫だって。初めてなのに教えてなかった俺も悪いしさ」
ぎゅっと優しく力が込められた気がする――そのせいで背中に鈴音の感触が更に……。
こ、これは少しヤバい……大丈夫だけど、色々とヤバい。
「うぅむ、このまましばらく泳いでくれぬか?」
「え、いいけど――どうしてまた?」
「いや、楽しいのでな」
自分の力で泳がなくてもいいからだろう――。
あっちに迎え、こっちに迎えと指示する鈴音は本当に楽しそうだった。
同時に”力を抜けば浮く”と言うのも理解できたらしい。
また同時に、どうして塩水で人の身体が浮くのかと疑問を持っていたが……。
「海とはかのように楽しいものであるとはなっ」
「そ、そりゃずっと掴まってたらね……」
この船頭は、船を陸にあげる事を許さず、船体が沈む寸前までずっと航海し続けた。
冷えた身体に熱された砂が気持ちいい……横で同じようにして身体を温める鈴音は満足げな顔をして俺を見ている。
この顔が見られるのならどれだけ酷使されても構わない、そんな優しい笑顔だった。
鈴音の濡れた身体に、いつもは後ろで束ねている髪が肩や背中に張り付いている。
これだけ見れば彼女が侍であるなんて誰が思うのだろうか……
白く柔らかい肌の下はしっかりとした筋肉があるものの、意外と華奢なその身体に甲冑を纏い、槍を持って馬で戦場を駆け抜ける姿なんて全く想像できない――。
いくつか見える傷跡がその証明をしているだけで、それ以外は普通の女の子だった。
「うーむ……」
「どうかしたの?」
「いや、やはり女子としてはこの傷痕は恥なのかもしれぬ――と思うてな。」
「そうか? 気にならないと言ったら嘘になるけど、恥とまでは思わないかな。
鈴音らしいと言うか……志を持って成し遂げようとしている証なんだし」
男としては武功の証ではあるけれど、女の子としては確かにそうかもしれない。
でも、夢もこれと言った目標もない俺としては羨ましいぐらいだった。
いや、あるにはあるか……先日の赤ん坊騒動の後に気づいたのだが。
「志――か。確かに最初は名を残すような将も目指しておったが……」
「『も』?」
「あ、いや……その、色々ワケあってな――
まぁ、話しても良かろう。実を申せば、私の世の……女の暮らしが嫌であったのだ。それで、武士にならば多少は――と……。」
「女の暮らし……?」
そう言えばテレビとかでもやってたな、男尊女卑ってレベルじゃないぐらいの扱いだったとか。
もちろんテレビ的に誇張されているだけで、そこまでは酷くはないだろうけど……鈴音の性格からしてお姫様のような暮らしが合わないとかなのだろうか?
「居下の家には男が居らぬのもあったが――何と申すか、涙するのはいつも女子であるからな。
家などの柵も多く、それに縛られ生きるのは……あぁっ!?」
「ど、どうしたのっ?」
「いっ今、母上の手紙の意味が分かった――嗚呼なるほど、柵に鶴鳴き……」
目元を抑え、顔を拭ったのは海に入ったからだけではない。
ここ最近分かったのだけど、鈴音は非常に涙もろい。感受性が豊かと言うのだろうか、テレビを見ていても感動する場面では必ずと言って言いほど泣く。
冴えない仲間が最後に男を見せるシーンでも泣く。そして鬱陶しいとにびに怒られる。
鈴音はうんうんと頷き、スッキリしたので一休みすると言って船の中に向かった。
俺も泳ぎ疲れたし少し眠るとしよう……まだ狐のイベントは残っているみたいだし――。
※次回 4/6 17:20~更新予定です
評価・ブックマークありがとうございます。更に精進して行きたいと思います!
※柵に鶴鳴き
⇒柵に蔓無き
鈴音の母親は「過去の世と習慣に縛られる必要はない、今の世で生きよ」と伝えた




