表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/40

22.バイトの依頼が来た(下)

 俺はなんて正直に生きているんだろうと思った。

 業務に支障をきたす恐れがあると心配していたが、それは杞憂だったようだ。

 いつも通りの業務をこなし、電話で話した通りいつもより仕事が早く終わり、早くに帰って来こられた……と言うよりかは”早く終わらせた”と言った方が正しいな。

 早く帰りたくて、他の社員がまだ普通に働いているのを横目に定時で帰ったのだから――。


 どうしてかは分からない、理由をあげるならただ早く鈴音に会いたかったから――だろうか?

 そもそも仕事が終わっているのに『他の社員が残ってるから』と言う理由で残業しなければならない義務感がどうかしてるのだ。終わったのだから帰る、うん普通のことだ。

 まだ仕事が残っておるぞと言われそうだが大丈夫だ、それなら明日やればいい――うん。


 今日は非常に調子がよく、サクサクと仕事を片付けられた。いや、今日だけではない――鈴音がやって来てから(すこぶ)る調子がいい。

 早く起きられたからか、三食食えているからか、迎えてくれる人がいるからか……恐らく全てだろう、”心身ともに健康”と言うのはまさにこの事かと思う。


 人は『結婚は人生の墓場である』と言うが、また別に『責任感が生まれ、苦労が苦にならない』と言う人もいる。この場合は後者だろうな――結婚はしてないが。

 ただ、全員が居候であっても食わせてやれるのは俺しかいない。責任感が生まれたとすればそこだろう。

 にびは自称”大人”のくせに、金の話になると子供になる――七姉さんは論外だ、『身体で払ってやろう』と言われ、誘惑に負けると後戻りできなくなりそうなので、この人の前では二度と言わないと誓った……興味はあったが、むしろ乗りたかったが。


 家に帰ると、いつものように鈴音が出迎えてきたのだが、今日だけはやっと会えたと言う気持ちに包まれた。気持ち的には四百年待ったようなもの……は大げさだが、それに近い。


「う、うむ……今日も無事で何よりであるぞ」

「会社の中で、そんなデンジャーな状況に陥る事はまずないから……」

「であるが、此度は別であろう」

「うーん、それは確かになんだけど、心配する程でもなかったと言うか……杞憂だったみたいだ」

「どれだけ人間関係が希薄な職場なのじゃ……」


 七姉さんが呆れた顔でこちらを見ていた――相変わらず男をダメにしそうな雰囲気をしている。

 それと、にびはどうして×マークがついたマスクをしているのか、と言うのは置いといて……人間関係が希薄ってどういう事だ? 確かに社員以上の係わりはないけど。


「六尾のあの薬は恐らく、人に対して意識した時に嘘偽りが言えず、本心を語ってしまうのじゃ。

 お主が職場の者どもに何も言わなかったとすれば、人とすら認識しておらぬと言う事じゃ」

「ははは、まさかぁ――」


 ……あれ、今日会社の誰かと喋ったっけ……? 挨拶はした、電話の取り次ぎはした……うん、きっと記憶に残ってないだけだ。

 いくら薄情な会社に勤めていても、内勤が誰とも深く関わってないなんてあり得ないさ、ははは……。


「それで良くやっていけるのう……まぁよい、妾も腹が減ったので早く食うのじゃ」

「まったくタダ飯喰らい共め……少しは弘嗣の負担を減らそうとは思わぬのか」

「ん、じゃから身体で払うてやると言っておるのじゃがの」

「なっ、か、かのような不埒な行いは許さぬっ――い、いやっそうではなく……」

「別にそなた、女の承諾は必要ないであろう、決めるのは男――じゃからのう。ほっほ」

「ぬっぬうっ――」


 大丈夫だ、うん大丈夫だ――うちの会社はそんな機械のような人間だらけじゃないはずだ……。

 しかし、意識したら正直になると言うけど、身体もそうなのか?

 いつもの事なのだけど、七姉さんの色気のある胸やうなじとかが何とも……それと特に鈴音の――も薬のせいかいつも以上に気になる。


「ほっほ、それは関係ないのじゃ」

「な、なんだとっ!?」

「どっ、どこを見ておるのだっ!?」


 薬の影響だと思い、いつも以上に鈴音の尻をガン見していた――。

 いやだって、着物姿で黒色の包んでいる物が透けてるからさ……男なら見るじゃん?

 それにこのヒップラインがこうハッキリと浮かび上がって――はっ!?


「う、うむ……そんなに私の尻が良いか――」

「ちっ違うからっ!? 最高にイイ――じゃないっ、たったまたま目がいっただけでっ」

「ま、負けず劣らずと言った所であるな。どうだ、七殿っ!」

「人が置いて行ったショーツを履いておいてよく言うのじゃ……。

 別に履いてくれても構わぬが、そのデカ尻でゴムを伸ばしてくれるなよ?」


 時々思うのだけど、あの尻尾が出てる時の服は一体どうなっているのだろう――。

 にび曰く、狐用の着物でそこだけ尻尾が通る様になっており、それを隠している時は、通し穴の裏に所にある布で塞げば普通の着物になるみたいだけど……。


 ・

 ・

 ・


 鈴音の食事は美味く、食いすぎるぐらい食いすぎてしまった――。それと、やはり身体も関係しているんじゃないのか?

 何か鈴音が妙にしおらしいと言うか、いつもと違って女性を意識してしまうんだけども……いや、俺が飢えているせいなのか?


「……そう……別に身体に対しては何ともないはずだけど……」

「で、であるが薬のせいであるのだっ!」

「……それが本当の自分だけど……でも一応参考になった……

 ……ふふ……意識し過ぎれば影響を及ぼすのかも……ふふふ……」


 下手な事を口走り、行動に移してしまわない内に寝てしまう方が良い。

 そう思い、早めの布団の準備をしている最中、六姉さんが報酬の十八万を手に薬の臨床試験の結果を聞きにやってきた。

 曰く、あの薬は大体二十時間ぐらいで効果が消えるとの事。つまりそろそろ効果が切れているはずだ。


「相変わらず妙な薬を作っておるのう」

「……狐への効果も見たいけど……」


 六姉さんがチラっと目をやったにびは既に夢の中に居た――食べ過ぎ眠くなったらしく、七姉さんの膝を枕にすうすうと寝息を立てている。


 普段は小憎らしいが、寝顔は可愛い年相応の女の子だった。

 鈴音曰く、栄養ドリンクと称した薬をうっかり飲んだからあのマスクをしてた、との事だった。


「……ナナ……」

「妾は飲まぬぞ。まぁ飲んでも効果は期待できぬがの、ほっほ」

「……鬼の抵抗力……恐るべし……」

「ああ、六よ――人と深く関わるなと言わぬが、もうちと人を選ぶのじゃ」

「……ん……ああ……あの忍者……別にあんなのに数珠を渡したわけじゃない……

 ……用事があったのはあれの妹……忍者は薬草の栽培もしてるから……

 ……あの忍者は勝手にそれを持ち出し……オモチャにしてただけ……」

「ふむ、そうであったか」

「……薬は毒に……毒は薬に……こっちの法はあっちには通用しない……ふふ……」

「妾にも通用せぬがな、ほっほ」

「……ナナは無法すぎる……」


 優しくにびの頭を撫でる七姉さんの姿は、いつもと雰囲気が違いすいぶんと柔らかい空気に包まれている気がする――にびには厳しいけれど、何だかんだ仲の良い姉妹、お姉さんなんだな。

 会話の内容は何か聞いちゃいけないような、とってもデンジャラスな香りがするけども……。


「……んん……母様……どこ……」

「……」

「……そこの布団で寝かせたら……」

「そうじゃの、妾も一杯飲んで寝るとするのじゃ。弘嗣、そなたが買うてきたビール二本持って来い」


 狐たちの会話の全てがおかしいと思うんです。

 まず布団で寝る――俺の布団だ。にびが寝ている為しょうがないが、恐らくこの人も寝るつもりでいる。

 だけど、ビールを隠している事にいつ気づいた……今日の帰り、久々に一杯飲もうと買ってきて、こっそり冷蔵庫に隠したはずなのに――。


「こうして飲むのも久しぶりじゃな」

「……最後にナナと飲んだのは……いつだっけ……」

「はて、そう言えば記憶にないのう」

「……ああ……あの時だ……飲み過ぎてすっ転んだ時……」

「ぐっ……覚えておったか……」


 会話少なくただ静かに飲む二人(二匹?)の狐――缶ビールを飲むだけなのに淑女の嗜みに見えるのは、やはりその人の持つ品格がそう思わせるのだろうか。白黒対照的な二人がとても絵になっていた。


「の、のう弘嗣よ……あれは酒であるのか?」

「うん、ビール――えぇっと麦の酒かな」

「ほう麦の……そ、その何だ――余ってたらその……」


 鈴音は”鮭”好きであるが、”酒”好きでもあるみたいだしな――あれ、でも何か酒癖悪いみたいなのを聞いた覚えがあるのだけど……少量なら大丈夫だろうか。

 とは言っても、残るは俺の分の一本しかないので、どの道少量になるが。


 ガラスコップにゆっくりと注ぎ込むと、白い泡が黄色い液体に蓋をするように表面を覆った。

 鈴音はシュワシュワと音を立てているそれに驚き、目を見開いている。


「な、なんと珍妙な……泡が勝手に出てくるであるか……ど、どれ――」

「ど、どうだ? ダメそうなら――」

「んっ……これは何とも美味い――舌を刺すような刺激には驚いたが、香りが引き立ち苦味が何とも言えぬ……んっんん――あ゛ぁー美味しっ」


 よほど気に行ったのか、コップに入った分を一気に飲み干してしまっている。

 白と黒の対照的な狐、それとはまた別の意味で対照的な飲み方の鈴音――飲み屋のオッサンに気に入られそうな飲みっぷりである。

 それと、この飲み方見てハッキリした――こいつは短時間で酒を一気に飲むタイプだ。

 まぁ戦国時代の侍って酒ばっか飲んでるイメージなのもあるかもしれないが……。


「そ、その……もう少し――」

「すっ、少しだけだからな――」


 一口も飲んでいないのに半分――そこから更に半分が減った。どうしてか鈴音に頼まれると断れないんだよな……。

 先ほどと同じようにぐっと飲み干すと、今度はコップを差し出し、こちらをじっと見ている。

 ほんのりと赤い顔に、やや潤んだような瞳が何とも色っぽい……今度は全部入れろと言う事ではなく、コップを持てと言っているようだった。


「ほ、ほれ……次は私が注いでやろうぞ」

「あ、あぁ……」


 そういう事かと受け取ったコップと交換するように缶を渡すと、鈴音はそれにビールを注いできた。

 普通の酒の注ぎ方をした為、泡だらけになってしまったが……。


「んっ――」


 何やらぐっと行けと言った雰囲気を醸し出していたので、煽るように一気に飲み干した。

 普段は一口ずつチビチビと飲むので、こんな飲み方は最後の一口ぐらいしかない。

 アルコールの匂いと一緒に飲み込んだ感じがして一気に回って来た気がする……。


「さ、(さかずき)ではないが――うむ……」

「盃?」

「『盃を酌み交わす』と言うじゃろ、互いの関係を強める為のな」

「あ、あぁ……そ、そうだったか……」

「よ、よしっ、ではそろそろ休もうぞ――」


 そう言うと、そそくさと寝る準備を始めた鈴音さん――。

 過去の人はそう言ったのを重視していただろうし、鈴音と関係を強固にか……いかん、最近飲んでないせいか酒の回りが早くなってるな……顔が火照ってきてる。


「……じゃあ私は帰るけど……」

「うむ?」

「……にびを一人前にさせるのは尚早かと思う……この子にはまだ母親が必要……」

「……にびが求めるならそうするしかあるまい」

「……この子は強い子……誰かの前で弱みは決して出さない……良くもあり悪くもある……」


 やはり、妹の事が心配なのだろうか。

 六姉さんは部屋の中から文字通りすっと消え、七姉さんは予想通りにびの隣――俺の布団の中に入った。六姉さんは去り際に『水入らずで』と言っていたが、確かに今日ぐらいは姉妹水入らずで眠るのもいいだろう。

 ……とすると、俺の寝場所がないわけだ。しょうがない、またベランダの脇で――ん?


「そ、その……ここで寝られよ」

「え……鈴音は――」

「で、であるからその……きょ、今日ぐらいは構わぬ、ぞ?」


 え、えぇっと……つまり一緒に寝ようって事だよな、うん。

 薬の影響がまだ残っているのだろうか、それとも酒が入っているからだろうか……。頭の中に『据え膳食わぬは男の恥。別に一緒に寝ても減る物ではないじゃろ、ほっほ』と悪魔の囁きが――語りかけて来てるの七姉さんでしょっ!?

 で、でもまぁ……確かに減る物じゃないし、薬の効果出ちゃってるならしょうがないよな。いやあ、正直者って辛いなぁ――。


「じゃ、じゃあうん、しっ失礼します……」

「う、うむ……」


 真っ暗な部屋の中でベッドが軋む音がした――下では寝息が二つ、上でも寝息が二つ。

 いや、本当の寝息は一つだけかもしれない……少なくとも二つはベッドの中で目を開いてガチガチになっているのだから。


 闇夜に目を開くフクロウの真似をしているわけでもない。酒を飲んだらすぐに眠れるわけでもなく、逆に興奮して眠れなかったり、眠りが浅くなったりする……これは前者だな、興奮状態だ――。

 横から伝わってくる暖かさ、小さな身じろぎ一つ感じる度に胸が打たれてしまう。


 以前付き合っていた彼女とも何度か一緒にこうして眠ったけど、それと今回はまるで違った。薬のせいだろうか、酒のせいだろうか――隣を意識しすぎてまるで眠れない。

 それとあれだ、この人じわじわこっちに寄って来てない? いや、酔ってきてる?


「なっ何ぞ――?」

「い、いや……」


 目が慣れて来たとは言え、鈴音がどんな顔をしてたかなんて分からなかったけれど、何やら微笑んでいたような気がした――。

※次回 4/4 17:17 に更新します(4:44だと少し縁起が悪いので)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ