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2.侍娘がやって来た(出会い)

 金曜日か土曜日に変わり五時間ほどが過ぎた頃だった――。

 視界が霞んで目の中に霧が発生しているようで、外が明るいのか暗いのかすら分からない。

 休みだから誰にも邪魔されずに昼までゆっくり眠る、今日はそのつもりだったのだが……。


 まだ暗い部屋で視界が霞む――何かがそびえ立っている、辛うじて分かるのはそれだけだ。

 ゆっくり眠るどころか……今日、俺は永眠してしまうかもしれない――。


「ンンーッンンーッ!?」


 よく洋画で枕を押し当てて殺害するってシーンがあるが、あれは本当だ。分かった、よーく分かった……だから許してっ、これマジで死ぬッ!?


「ここは……ひっ!? し、尻に何かッ――な、何ぞこれは!?」

「ン゛ン゛ーッ!?」

「ひぁっ……!? こ、これは脚かっ……こ、この声は……ま、まさか物の怪では……」


 僅かに動く頭をどう動かしても、枕のような柔らかな何かが口と鼻を塞ぎ酸素を吸わせまいとしてきている――。

 布団の上から押さえつけられているので、上半身はガリバー旅行記状態――今度から寝るときは両腕を出して寝よう。生きていれば、の話であるが。


 相手が疲れたのか、押さえつける力が若干緩んだ今なら――よ、よしっ、何とか布団から手を出せたっ! これが失敗していたら、生まれ変わって別次元で特別な力貰って好き勝手やれる世界に生まれてところだ。

 だ、だけど意識が朦朧(もうろう)としてきた……な、何か知らんがこれが乗っかってる物かっ!!

 このまま押し上げて――


「ひあぁぁッ――!?」

「ブハァッ――ハァ゛……ハァ゛……ッ…… 」


 これが酸素の美味さか――地球よありがとうっ。

 で、これは何だ……酸欠で頭クラクラして良く分からないが弾力があって柔らかい。

 しかもどこかで嗅いだ事のある臭いに……親指が何かに食い込んでる気が……。


「うあぁっ!? や、やだっやめっやめよっ……」

「な、何で……女の……声?」

「んッ――はっこれが奴の身体ならばッ!!」


 第六感と言うべきか、何かの危険を感じそれを押し上げ、思いっきり前に突き飛ばした。

 顔の上に乗っかっていた凶器は小さな悲鳴と共に布団の上に転がった――。

 な、何だこれ……剣道着? と、ギラリと鈍く光る――な、ナイフじゃねぇか!?

 これが上に乗っかってて、突き立てるみたいな事言ってたよな?

 てことは構図からして――


「サンドイッチに刺さってる、あの爪楊枝は確か……」


 ああ、そうそう。元がバーガーが大きすぎるから、形が崩れないようにする為のそれだったな。

 あのまま何もしなければ、布団・俺・マットに固定されている所だったよ。考えるだけでゾっとするねHAHAHA!


 酸欠で頭が良く働いていないのが自分でもよーく分かった――とりあえず、あの爪楊枝は俺の腹には絶対にいらない。

 だが今は起った事の理解よりも、目の前にいる起き上がろうとしている黒い殺意の塊をどうにかしないとならない。

 部屋がまだ暗くて分からないが髪の長い女っぽい妖怪だが……おっ俺何かしたか?


「こ、ここっこのッ下郎がッ――」

「うわぁッ!?」


 銀の刃が横一閃に振られた――白い軌道がハッキリ見えたのは火事場のクソ力と言うべきか。

 間一髪の所で空を斬ったが……と、咄嗟に避けてなかったら首が噴水になってたぞこれ!? この妖怪本気だ……本気で俺を殺しにかかってる。だけど、どうして俺がそんなのに狙われるんだ……?


「ちょ、ちょっと待てっ、俺が何をしたっていうんだ!!」

「私を辱めようとした揚句命乞いかッ!! 物の怪であろうが斬るッ!!」

「俺は姫じゃないッ!?」

「下種であろうッ!!」

「俺は不倫してないっ」


 んんっ? でも何か妖怪にしては人間臭いし、相手も俺の事を物の怪呼ばわりって……。

 まさかこの女――と思った瞬間、そいつの刃が胸元を狙って突き刺しに来た。


 咄嗟に奴の腕をつかんだが照準バッチリ、心臓狙ってる。

 敵から奪ったナイフで胸をゆっくり突き刺される映画のシーンが頭に浮かぶ――。

 じわりじわりと胸に向かってくるベッドの上での攻防、ギィギィと軋むベッドの音が部屋に響く――あ、これヤバい、力の差がありすぎる……。

 脳裏に浮かんだ最悪のケースが現実になりそうだったが、女はベッドの柔らかさに踏ん張れなかったのか、ぐらりっとバランスを崩しベッドの上に転がった。


 そのまま逃げれば良かったのだが、俺は無意識に電灯の紐を引っ張っていた。

 突然の明かりに目が眩んだ様子を見せながらも、ぎっと睨みつけるような若い女性――

 髪は後ろで束ねたポニーテール、年は二十代後半だろうか……何と言うかその目がたまらない。

 恰好はやはり剣道着のような恰好、手には小太刀のような刃物――言うなれば鎧をつけてない侍のような成りだった。


「だ、誰だあんだ――ご、強盗かっ!?」

「この私を辱めようとした揚句、(ぞく)呼ばわりとは……

 どうせ女子(おなご)だろうと思って部屋に夜這いに来たのだろう、この下郎ッ!!」

「熟睡してた所をお前が殺しに来たんだろうッ!?」

「何を言うかっ、ここは――」


 ようやく異変に気付いたのだろう――彼女は言葉を失い周囲を見回し始めた。

 再び俺に視線を向け、改めて周囲を見回し――。


「な、何ぞここは……汚く臭い……」


 部屋に押し入った奴が第一声に言うセリフじゃないだろッ!

 確かに汚いけど、いっ忙しくて最近掃除できてなかっただけななんだからねっ!?

 で、でも何なんだこの女は……刃物振り回すわ、人の部屋ディスるわ、喋りは時代劇口調だわ……。あれか、新手のイタい奴か? だとすると、こういう奴はおまわりさんに引き渡すに限る。


「し、しばし待たれよっ、何故か分からぬがそこの世話になってはならぬ気がする!!」

「じゃあ帰れよ!!」

「ふんっ、言われぬともそうしてやるわ――して、出口は何処ぞ?」

「あっちだよ」


 部屋のドアを指差すと、女はふんっと言いながらそこへ向かって行った。

 それと、床に置いてる物を蹴飛ばしたら元に戻せ、全く……。

 出て行ったらイタい押し込み強盗が来たと警察呼んで……と思っていると、ガタガタガタガタッとドアが暴れている音が聞こえてきた。


「あ、開かぬ!? ぬぬっ……」

「横じゃなくて前だ。それに鍵外せっ、ほらっ、出てけ!」


 このフロアには住人が俺しかいないのが不幸中の幸いだった。

 こんな夜も明けていないような時間からガタガタと五月蠅くされてはたまらない。俺なら壁ドンしてる。

 ガチャリと扉を開けて退室を促すと、鼻を鳴らして外に出たそいつは急に玄関先で立ち尽くし、まるで初めて見たかのように呆然とした表情で開かれた扉から見える外の景色を見ていた。

 俺には見慣れたマンションのフロア――無機質なコンクリート製の柱や壁、等間隔で並んだ空き部屋が並んでいる冷たい光景しか見えないが……こいつの目には一体何が見えているんだ?


「こ、ここは一体何処ぞ……私は何処(いづこ)に参ったのだ……」


 ごく当たり前の光景に、彼女が何を言っているのか分からなかった――。

 ただの侍の恰好をした女の子だと思っていたが、膝から力なく崩れ落ち呆然としている彼女を見て、もしかすると本物の侍なのかもしれない――そう思ってしまった。

 もしくはホンモノのイタい奴のどちらかだろう。


 いずれにせよこのまま放置しておくわけにもいかず、一度戻るかと尋ねると彼女はゆっくりと頷き、心ここにあらずと言った様子でベッド脇の座布団にへたり込むように腰を落としている。


 放っておいても良かったはずなのに、どうして殺されかけた奴をもう一度部屋に戻すように言ったのだろう。

 ……んん? そう言えば、俺は何を押し当てられていたんだ?

 何か柔らかくて大きな弾力のある物……それにナイフを突き立てられそうになったあの構図、考えられうるのは――と、胸元をはだけ刃を掲げた彼女に目をやると


「ちょっ、だめッだめだからッ!? 事故物件になるからこんなとこでハラキリするの止めてッ!?」

「は、離せっ、たっ頼むっ――!!」


 黒塗りの刃渡り三十センチぐらいのシンプルな刃物――小太刀と言うのだろうか

 彼女から強引にそれを奪い取ったが、こんなので切腹とかされたらたまらない……。

 見えてる丁度いいサイズの胸もたまらないけど――。


「う、うう……何ゆえ、何ゆえ……」

「死ぬことなんて考えずに、まず何が起こったのか整理しよう……なっ?」


 俺自身も突然起こったこの出来事を整理したかった。

 恐らく凶器は、熟睡していた所にどこからかやって来た彼女の……尻を乗せられ殺されかけたのだ。

 顔面騎乗位で死ぬとか、男としては腹上死に次ぐ最高の死に方かもしれない。

 もっと早くに気づいてたら――ではなく、それをどけたら激昂した彼女に刺されかけた。

 その凶器を両手で鷲掴みにし、あの沈みこんだ場所は恐らく……うん、刺されてもおかしくないな。


「何と言うか……気づかなかったと言え、すまない……」

「……ふんっ、かのような淫らな行いを許すわけにいかぬ」

「淫行じゃないからっ、寝起きに尻乗せられてるって普通分からないから!?

 死の覚悟の上で押しのけようとした結果なんだからねっ!?」

「う、うぅむ……覚悟の上でか。い、いやっ私は惑わされぬぞっ!!」


 完全に俺から仕掛けてきたように思われてるなこれ――。

 構図と順番的に、先に顔面にのしかかって来たこの人からだろう。鼻折れたのかと思うぐらいの衝撃だったし、尻から落ちてきたはずだ。

 もし仮に侍娘デリヘルなるものがあって、尻圧迫死コースを誰かが頼んだものの、手違いで俺の部屋に来てそれを実行した――のなら分かる。


 だが、こんなのテロ以外の何者でもない。それに、間違いだと分かって刃物振り回した時点でアウトだろう。一体どこの店だ……事前に分かっていればそれなりの対処(じゅんび)してたのに。


「そ……それで、アンタは――えっと?」

「……名を聞くなら、まずそちらから名乗るのが道理であろう」

「ああ、俺は白川弘嗣……この部屋に住んでる」

「私は居下重次の娘、居下鈴音と申す――何ゆえか分からぬがここに居った。

 私の方かも謝罪したい……淫行に及ぼうとしたのは許さぬが」


 よし、しっかり根に持たれているようだ。

 けれども、今はそれに触れないで置こう。きっと時間が忘れさせてくれるはずだ。

 とにかく浮かんだ疑問から解決して行く事にしよう――。


「居下 鈴音さん――いや何事もなかったし大丈夫だけど……

 Youは何しに俺の部屋に――じゃなくて……どうやって何のために俺の部屋に?」

「鈴音で良い。私も何ゆえこんな汚い小屋に居るのかと考えておったが全く分からぬ。

 気がつけばここに来ておった、確か――家の裏にある社の稲荷に祈願しておったのだが」

「その稲荷に何かした、とか?」

「かのような真似をするわけなかろうっ……あ、いやあれは……うぅむ。

 いやそれでなら恰好がつくが……ううむ、なればこ奴の言う事が正しく……

 それに何故(なにゆえ)、あのような場所から狐の尾が二本……」


 うん、何かやったなこいつ……稲荷って確か狐だったっけ。

 そこの尻尾を引き抜こうとでもして吹っ飛ばされたのだろう。あくまで夢物語のような推測だが、それなら尻から落ちてきた理由も何となく分かる――。

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