17.病気もやって来た
※視点の切り替えは「/」で行っています
あれから二週間が経った――。
こうやって眩しい朝日を浴びて目が覚めるのは久しぶりだ。
休日以外は夜が明けきらぬ内に起こされていたしな――そう言えば、今日って平日じゃなかったっけ?
いつもは起きているはずの鈴音はまだ寝ているようだし
……と言う事はまだそんな時間じゃないな、よしよし起こされるまで惰眠を貪ろう。
朝日が昇るのも早くなって来たし、言ってる間に梅雨が来て夏か……。
入学したての一年生達も学校に慣れ、
こうやって外から聞こえる子供達の賑やかな声がより大きくなるんだろうな……あれ、子供達の声??
いくら学校が楽しくて待ちきれないとは言えこんな早くから登校するなんて……
「……。」
なんだ、まだ7時35分じゃないか……。
えぇっと今日は平日だな、良かった良かった。
50分の電車に乗らなきゃ遅刻確定してしまう所だ。
…
…
…
「のおおおおおおおおおおおおおおっ!!??」
「ななっ何ぞっ!? 敵かっ!? はっ――!?」
鈴音も寝過ごした事に気がついたようだ、だが今はそんな事に気をかけていられない。
月曜日と言う最強の敵との戦いの日なのに、時間と言う最大の敵が加わっている。
既に起床していたジュニアは就寝しかけ、代わりに俺の頭は完全に覚醒してしまった。
これはマズい、これはマズいぞ――落ち着け、落ち着くんだ俺……。
「こ、こらっかのような所で――」
「このままでは遅刻する――許せっ」
飛び起きた鈴音の眼の前で寝巻きを脱ぎ捨て下着一枚だけになった。こう言う時は慌てず急ぐんだ。
恥も外聞も無い、気にしていたら間に合わない――諌める鈴音の声を背に大急ぎで着替えを済まし、
ネクタイは電車の中で、洗顔とかは会社で、よし、鞄も財布も持ったな――。
「すまん、行ってくるっ!! 鍵は頼んだっ」
この時間なら走ればギリギリ間に合う――
/
まるで嵐が起きたかのようであった――。
あのような早さで仕度できるのではあれば、普段からもっとやれば良いものを……
嗚呼しかし、此度の事は私にも落ち度がある、いやそれどころか完全に私の責任であるな……。
確かに今朝目覚めたはずなのだが、何ゆえか身体が重く朦朧としておった……。
もう少しだけ横に、と思うておる内にそのまま再び寝入ってしまったのであろう、
私とした事が何たる失態を犯してしまったのだ。
そう言えば鍵をかけに行かねばな――
起き抜けに色々な事が起きたからか頭がまだ定まっておらぬようだ。
身体もまだ思うように動かぬし、頭もぼうっと……。
「あ、あれっ――」
ようやく施錠を終えた所で部屋が傾き、壁に押し付けられてしまった……。
いやここが傾いたのではない――目の前がぐらぐらと揺らぎ、足元がおぼつかぬ。
頭が重い――喉の奥の首の付け根の辺りも不快だ……頭が独りでに動き目の前が揺らいで気分が……
「んぐっ――ッ……がッごほッ……ぅぅッ……」
近くに流しがあったおかげで玄関先で嘔吐物をぶちまけずに済んだ……。
だがこれは……月の物の影響であってもかのような事を起こさぬ。とすれば――
「はぁっ……風邪、か……まさかかのような所で……」
よたよたと這い蹲るようにしてベッドへと戻ろうとしたが、上に登る力が出ぬ……。
申し訳ないが弘嗣の使うておる寝床で横にならせてもらおう、たかが風邪ならば眠っておれば治るのだ。
そう、此度も少し眠ればじきに良くなるはず……。
・
・
・
「ぅぅっ……はぁ……っ……」
あれから何刻ぞ――。
苦しさが増すばかりで一向に眠れぬ……あの時は父上も母上もおった、家臣の者もおった。
だが今は私しかおらぬ……。弘嗣は夜まで帰って来ぬし――それまでは私は……。
――っ、何を弱気になっておるのだっ!!
「んん~、ほっほ。何やら楽しそうな事になっておるようじゃの――」
「はぁっ……誰ぞっ!!」
「そのような身体で妾を斬れるのかの?」
白い着物に白い獣の耳と尾……目が眩み何本か数えられぬがこやつは恐らく――。
「そうじゃ、あのグズや弘嗣より聞いておろう?
折角足を運んでやったと思えば、あのグズはおらぬしつまらぬと思うておった所じゃ。
ま、お主の方ももうそろそろかと思うておったがの」
「な、何のことぞ……」
「己に起こっておる事が分からぬか? ほっほ、ならば教えてやろう――そなたこの病で死ぬのじゃ」
私が死ぬ――だと? たかだか風邪如きで?
この者の言うておる事が理解できぬ――。
「理解できないのではなく、理解したくないのじゃ。風邪であっても死ぬ時は死ぬからの。
本来お主はここに来ずとも近く病で命を落とす運命にあったのじゃ――つまり、その時が来たって事ぞ。
どれ、思い残した事はあるか……ま、聞かずとも未練たらたらなようじゃが」
「何を言って――うっ……」
「汚物を撒き散らされとうないし、それ以上は話さなくとも良い。
そうじゃな、このままでは残り三日――と言った所かの。して、残された時間をお主はどう過ごす?
このまま武士らしく潔く果てるか、それとも生きながらえようと運命に抗うか?
人の運命と言うのは容易く変わるもの、選ぶ道次第じゃ」
三日――私がこの世に居られるのもあとそれだけか……はは、思い返せばつまらぬ一生であった。
女子としてとはかけ離れ、武士として生き戦場を駆けただけ――己で選んだ道ぞ後悔はしておらぬが。
だが、武士としても女としても生きて来られたのだろうか……。
かのような時は詩を詠み遺すものであるが、学もなく全く浮かんでも来ぬ。
いや元々私が武士となったのも……。
その世を離れ、最期に僅かでも女子として生きられた事は御仏の慈悲であろうか……。
平和で戦もない、ただただ平穏な暮らし……あ奴――弘嗣と寝食を共にしておっただけであるが、それだけでも……。
「――う、ない……」
「んん? 何じゃ?」
「死に――とう……ないっ……ぐすっ……私はまだ――」
武士は死に際が重要であると言う、今の私は何て無様なのであろう。
この世での――本当に望んでいた暮らしを思い出して涙を流してしまっていた。
どうしてだか分からぬ……ただ、今は去るのが怖い……。手を離し一人になるのが怖い……。
「ほっほ、それで良いぞ――そなたには生きてもらわねば縁も結べぬからのう。
さて、後の事は妾に任せておくが良い」
「な、何――を――?」
急激に眠気が……
瞼が……おも……く――。
/
「人とは瀬戸際に立たされねば己に気づかぬ憐れな生き物よの――。じゃからこそ面白いのであるが。
ま、此度は妾が気づかせたようなもんじゃし、己でそれに気づかねば面白くないのでの、目覚めた時には忘れておるが許されよ」
ま、死の運命と言ってもあくまで"そなたの世で"の話じゃがな、
だが、このまま不都合から目を背け続けておればそれも得られぬのじゃ。
さて、にびに伝えておくかの。病人ここにあり――と。
全く……にびもにびじゃ、こんな時にフラフラとほっつき歩きおって。
/
「あ、あのー……ここに白川弘嗣と言う人がいると思うのじゃ、ですが」
「え、あぁいるけど今は席を離れているかな……えーっと、お嬢ちゃんは――?」
ええいっ忌々しい、あの役立たずは一体何をしておるのじゃ――そもそもあ奴がちゃんと鈴音を見ておればこのような……。
ああもうっ、頭がズキズキと痛む度にむしゃくしゃする……。
いなり寿司の出来立てを食おう、と開店待ちしておった時じゃ……
七姉様から『どこをほっつき歩いておる、殴られたければさっさと奴の家に来い。 時が来た』
なんてメールが届いた時はどこか遠くに逃げてやろうかと思うたが、最後の一文を読んであの娘に起こる事を思い出し飛んで帰ったのじゃ――そして着くなり扇子で思いっきり一発シバかれた。
忘れておった童も悪いのじゃが、むぅぅぅっ……。
「あぁ、その……これ"お父さん"に渡して
『"お母さん"が病気で倒れて看病しております』と伝えておいて下さいです。ではじゃっ!!」
童の恨み、思い知るがいいのじゃっ!!
※今回次回は、侍娘がやって来た『7.狐のお医者様がやって来た』と内容がほぼ同じなので、18話を18時頃・19話も19時頃に投稿します




