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16.春は来なかった

 鈴音に弟子入りした子の試合日当日――

 鈴音は、期待と不安で一杯だろうと思っていたのだが、予想してたのとは裏腹に、いつもの通りの朝を迎えていた。『オバさん』と言われたのを根に持っているわけでもなさそうなのだけど……応援には行かなくて良いのだろうか?


「言わずとも結果は見えておるわ――」


 何て淡白な――と思ったが、『弟子を信じ座して待つべき』だと鈴音は言った……割には時計をチラチラ見てはガサガサと落ち着きがなく、時々俺の方をチラりと見る。

 一緒に居て分かったのだが、この方は妙な所で"かくあるべき!"との凝り固まった概念や形式に囚われ、本当に己のしたい事を抑している――だけど、成り行きでそうなれば『仕方ないなぁ』と言った様子で嬉々として行う。それが鈴音だった。



「なんと、ここがその仕合の場であったか!」


 なので、鈴音に天気が良いので散歩にでも行こうと外に連れ出し、近くの体育館に来ていた。

 実に白々しいが、こうでもしないとこの侍娘は来ないのだから……。


 竹刀がぶつかり合う音、戦う者の掛け声――それぞれの音が外にまで響き、それを見守る保護者が体育館に集まっている。

 侍の血が騒ぐのか、それらの雰囲気だけでもう鈴音の目は輝いていた。


「こ、ここまで来たのであらば、少し見て行かねばならぬな。

 であるが、姿を見せては気を削いでしまう故、見るのは少しだけぞ」

「じゃ、じゃあ中に入ろうか――」


 後で聞いたのだけど、戦国時代の合戦を観戦するのが民の娯楽だった……らしい。

 今でいうピクニックや花見のような感覚で、小高い丘より飯を食いながら観戦していたようなのだが――平民も平民で逞しいな。もしかしたら"観戦"って言葉はここからか?

 考えてみれば、スポーツ観戦も命のやり取りがないだけで、本質は似たようなものかもしれない。字からして"戦い"を"観る"だし。


「よし、そこぞっ」


 少しだけと言った侍娘はもう食い入るようにガッツリ見ていた。

 赤の他人の試合結果に一喜一憂しているが、どちらを応援してなどではなく、両方を応援しているのだと言う。


「ふむ、童とは言え良い仕合をする。む、あれは――」


 鈴音の視線の先に、緊張した面持ちで出番を待っている男の子が見える。

 その子の出番が来た時、鈴音はふらっと観覧席を離れ出入り口の壁にもたれかかり目を閉じた。『始めっ』の声と共にここイチのような大きな声が響く――。


「……うむ」


 鈴音がポツリと呟き、その場を離れた。

 追いかけてすぐに、決着が着いたのか後ろから大きな拍手が沸き起こっている。

 結果は気になるが、嬉しそうに口元を緩ませている鈴音を見てすぐに分かった。


「み、見なくても良かったのか?」

「勝ちを見せるのは()の親御殿、()の流派の師よ。私ではあらぬ」

「え、師って鈴音じゃ……?」

「何を言うか、私は剣術については何も教えておらわ」

「え、えぇっ!?」


 曰く、既に師事している流派があるのに、横からおかしな癖をつけてはならない。

 鈴音が教えたのは勝負事に挑む心構え、腹から声を出し自分に自信を持たせただけだと言う。

 あの子は基礎はしっかり出来ており弱くはない、ただ"心"を除いては――との事だった。


「さて……せっかく少し足を延ばしたのだ。しばらくこの付近を見て歩きたい」


 やはり教え子の勝利は嬉しいのだろう、平静を(よそお)いながらも嬉しそうにはにかむその顔は惹かれるものがあった。

 いつも通る道とは反対側の滅多に歩かない国道沿いの道を二人して歩いているが、数か月通らないだけで結構様変わりしてるもんだな……。

 普段の閑静な住宅街から抜け、絶え間なく車が行き交う喧騒な幹線道路脇の歩道は何と落ち着きがないものか。よく見かけていた看板ですら無くなると、元々何があった場所なのかすら思い出せない。


「普段来ぬ場所とは言え、一歩過ぎれば全く違ったものであるとは――

 一本道であるのに、帰り道が分からぬのではないかと思うてしまいそうぞ……」

「確かに、俺ですら不安になるぐらいだもん」

「うむ……見知らぬ場所とはまことに――えっ……」


 何かよく分からないけど、鈴音の手を握っていた。

 ふと子供の頃を――見知らぬ土地を母と歩いた時もこんな感じの場所だったな、と思い出し、ためしにやってみようと思っただけだったが。あれは何処に行った時なんだろうか。

 鈴音は驚いた表情を見せたものの、振り払う事もせずただ軽く握り返すだけだった。

 絶え間なく通る車の音が聞こえなくなるぐらい恥ずかしいけれど、これはこれで未知の世界を歩んでいるようで面白くなってくるな。


「う、うぅむ……うむ、悪くはないが、うむ……」


 横から見ればちぐはぐな――いや、横から見なくても現代男と戦国女性とちぐはぐな二人だろう。しばらく無言で歩いていたが、何も話さずとも最初の頃のような気まずさはない。

 しばらくその甘い雰囲気に浸っていると、ふと甘い匂いも漂ってきた――美味そうなお菓子の焼ける良い香りだ。匂いも重要な宣伝と言うがこれは引き寄せられてしまいそうだ……。

 鈴音も『何と芳醇な香りぞ』と顔を向けた先に、最近オープンしたばかりであろうワッフル専門店があった。

 昼飯にするには物足りないかもしれないけど、この匂いは誘われる……お試しがてら、少し腹に収めようか。

 そう言えば甘いものは別腹と言うが、甘い物を見たり匂いを嗅ぐと、胃が僅かにスペース作るんだってね。


「良い香りであるな――これは何ぞ?」

「ワッフルっていう……うーん何だろう、説明が難しい……軽いパン?」

「”わっふる”……おお、にびが買うてきておったあの菓子かっ! うむ、あれは美味かった」


 そう言えばこのお姉さま方、お菓子むしゃむしゃ食ってるよね?

 毎日ゴミ箱の中に三つぐらい包装紙が増えていってるの気づいてるよ!


 ・

 ・

 ・


「うぅむ、出来立てがあんなにも美味いとは……

 口当たりが軽く、軽妙な食感――そしてあの”そおす”や”じゃむ”も見事」

「確かに、想像してた以上に美味かったな。ソースに合わせて軽いのやしっとりしたのにしていたのには驚いた」

「うむっ、ここは是非ともまた来たいものぞっ」


 鈴音の言う通り、もう一度足を運びたくなるような店だった。

 若干遠いけど、雰囲気も良いしそれだけの価値があるような場所だし、持ち帰りよりもこれは店に来て食べたい――うん、また鈴音を連れて来よう。

 ……こう言った店は男一人で来てもだし。


 帰りはごく当たり前のように手を繋いで歩いていた。

 手は若干女の子らしくないものの、その柔らかさと温もりは女の子そのものだ。

 ワッフルを食べている時だってもう普通の現代の乙女――いや、そこだけは違うか、よほど美味かったのか『これも食いたい』と連続して頼み、七枚……いや二枚追加したので九枚か、それを全て腹に収めている。


 時々、戦国時代での鈴音の暮らしぶりが気になる――。

 ネットで軽く見た程度ではあるが、横に並んで手をつないで歩く女性と、その当時の女性像とは大きくかけ離れていたし……。

 伝記と実物は違うとは言うが、うーん……鈴音が変わっているのか、それとも伝記が間違っているのか。

 もし今から鈴音の事を日記を書いて、千年後ぐらいにそれが掘り起こされたら、その時代の人はそれが真実だと思うのだろうか――。



 先ほどの体育館は試合が終わったらしく、各々が家族の待つ家に帰る所であった。

 鈴音の弟子(?)も居るのだろうか。鈴音は勝った負けた、一喜一憂している子供を見て口元が緩んでいる。


「ふむ、”けんどう”か……」

「習いたいの?」

「いや、まだ半人前であるのに、他に浮気するわけにいかぬ。

 それに決まった箇所にしか打てぬのであろう?」

「あまり詳しくないけど、面と胴と小手だったかな?」

「他に鎧の隙間を狙って打つ、首を取れるのであらば……ああ、馬も良いな」

「そんなガチガチなの出来ないからっ!?」


 そんなスパルタみたいなエリートソルジャーを育成する国でもないし……。

 ようやくマンションの前に差し掛かると、一人の道着姿の男の子がそこに立っていた。


「あ、オバさんっ、僕勝ちましたっ!」

「おっおばっ!? ……いや、うむ、左様か――良くやった」

「あ、ありがとうございますっ! そ、それでその……にびちゃんは居ますか?」

「ん、そこに居るであろう」


 鈴音が指差したロビーの所でにびが隠れていた。尻尾がはみ出ているのでモロバレである。

 俺たちが帰って来たのを見て出迎えに来たのだろうけど、何故か妙に困ったと言うか面倒くさそうな顔をしているが、あの男の子と何かあったのか……?


「あ、にっにびちゃんっ……」

「うう、何じゃ……」

「むっ、そこに居るのは何者ぞっ!!」


 にびが非常に面倒くさそうな顔をしながら出てきた時、鈴音が突然声を荒げた。

 その目線の先に……とは言っても結構な距離があるが、そこには帽子にマスク姿らしい男が見えている。

 五十メートルぐらい離れているので分からないが、明らかに怪しいいでたちの男は何で見つかったのかと言わんばかりに驚き、駆けだした。

 手には双眼鏡……いやカメラらしい物を手にしている。


「に、にびちゃんっ」


 にびを守るように男を見せる子供――うーん、立派だ……。

 いや俺も鈴音の前に居たんだけど、肩掴んで後ろにやられたんだよね――立場逆なのに。


 不審者らしき男の姿はもう見えない――だけど、すぐに通報したので逮捕されるのは時間の問題だろう。

 男を見せた男の子は、それに自信をつけこの勢いにと思ったのか、キリッとした表情でにびに向き合った。

 おお、ここでも男を見せるか――


「ぼ、僕っ、にびちゃんのことがっ――」

「はい、ごめんなさいなのじゃー」

「で、ですよねー……」


 勇者の愛の告白――数秒で終わり。と言うか最後まで言わせてやれよっ!

 それに、もっと男の事を気遣えよっ! トラウマになったらどうするんだよっ!

 きっと『好きなあの子にアピールするんだ』って気持ちで頑張ったのかもしれないだろ!


 淡い恋心を粉砕機で粉状にされ、『お友達から』と言うきっかけすら与えられなかった男の子は、その背中寂しくトボトボとその場を去った。


「も、もっと気を遣わぬかっ!」

「えー……童のタイプではあらぬし、下手に気を持たせる方が酷なのじゃ。

 気が無ければバッサリ斬り捨てる方が向こうにとっても良いのであるし。

 童はお子ちゃまに好かれても嬉しくないのじゃ。諦めきれず何度もくれば、少しは考えてやっても良いがの。ま、考えるだけじゃが。

 いやー、道を歩くだけで一目惚れされる童ってなんて罪な狐なのじゃろうな。にひひっ」


 こう言った所は姉狐そっくりだなっ!


 ・

 ・

 ・


 それから部屋に戻ってすぐに、強烈な落雷が響いた。

 数十分時に不審者逮捕の一報が入った――住宅ごと雷に打たれたらしく、一命は取り留めたものの瀕死の重体だったようだ。

 雷って家の中に居ても安全とは限らないと言うのは本当なんだな……そう言った気配も全くない天候の中で起こった落雷に、人は『天罰が下った』と口ぐちに言う。


 二本の尾を持つ狐は『まるで七姉様を本気で怒らせたような雷じゃ』と呟いていたが――。

※次回 3/31 17時20頃~ 更新予定です

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