15.弟子が出来た?
※視点の切り替えは「/」で行っております
鈴音視点から始まっています
弘嗣は飯を食うてからすぐに務めに出た。
う、うぅむ……私も外に出て買い物に行きたいのだが、出るに出られぬ……。
いや、出られぬ事はないのだが――どうにも気恥ずかしい。
「自意識過剰すぎじゃ。
喉元過ぎれば何とやら、二、三日もすれば皆普通に戻るのじゃし、普通に大手振って歩けば良かろう。
下手に意識して動けばより悪目立ちするだけじゃ。ふぁ……あぁぁ、にしても眠いのう……」
「騒動が終わるまでぐーすか眠っておったのに、まだ眠いと申すか
気の抜けた欠伸する姿は七殿そっくりであるな」
「あの人の妹なのじゃし、似ておるに決まっておろう。それに、何だかんだで一緒に居る時間も一番長いのじゃし……。
今日は良いお日柄にやる事もない……ああ、そなたが出て行く気がないのなら童が代わりに行ってやろう」
「まことかっ! それは助かるっ!」
暇で仕方なかったのであろう、尾を消し財布を持ってぽてぽてと玄関に向かって行った。
外で尾を見られてはならぬのは分かるのだが、何ゆえ耳はそのままでもいいのであろう?
あの狐は『"ねこみみ"の次は狐の耳"ぶぅむ"が来る』と申しておったのだが、この世は獣の何かを付けるのが流行りであるのだろうか。
確かに弘嗣も動物が好きで、狐の耳など気持ちよさげに触っておったが……むぅ――。
「であるが、にびが眠くなるのも分かるな――」
じわりじわりと夏が近づき、日差しが強くなりつつ、日によっては外は暑くてたまらぬ日もあった。
されど、"べらんだ"の戸を開いておれば、優しく撫でるような風が入り込み何とも心地よい――網から見ても、青く澄み渡った空を眺めておるだけで瞼が重くなりそうぞ……。
はぁ、空か……弘嗣も申しておったが、この空だけは今も昔も変わっておらぬのだな。
妙な感覚であるが、ここに来ておらぬ私は如何なる一生を送っていたのであろうか……。
いずれは何処かの家に嫁ぎ、故郷を想う日々――か。
嗚呼、何ともつまらぬ一生であろう。考えるほど気が滅入って仕方あらぬ。
せめて私に理解がある殿方なれば、多少なりとも私にも自由があるであろうが……。
「……まことにこの世まで私の相手がおらぬのか?」
いや探せば、私の世にも一人ぐらいは居るはずぞっ!!
流石に居る……よな? いや、分からぬ事ばかりであるがここも悪くない。
この世しかおらぬから私が来たのであらば、弘嗣は……いや、うむ……頼りなきものの、不満ほどのものでもあらぬし――うむ……理解もあるゆえ、あながち……。
「いいいいっいやっ、なっ、何ゆえっ!?
いかぬいかぬっ、感傷的になってしまっておるせいでおかしな事を――」
うっうむ、そうだ――母上からの書状に
『去りし夜を想えど愁う必要にあらず。柵に鶴鳴き、次なる夜に鈴の音を奏でたまへ』
と書かれておったせいぞっ……。
私の事は狐より伝えられておるのであろう、それを踏まえた上での母上からの書状。
心配はいらぬので今の時代を生きよ、と――母上を近くに感じ涙が出てしまいそうであった。
この世から見れば、私の知っておる者は皆死んでおるのだと思うと不安で堪らなかったのだ……。
狐の姉君の七殿が申すには『現代で一刻過ぎれば過去も一刻過ぎる。確かに現代では死んでおる者も、四百年前の世では生きておる。そこから時が過ぎれば過去の者は死に、同じ時は来ぬ』との事であるが、分かるようで分からぬ……。
弘嗣の世と、私の世の間は行き来できぬようであるし……嗚呼もっとややこしくなってきた……。
ややこしいと言わば、この書状にもある"柵に鶴鳴き"とは何ぞ――?
「うーむ……?」
実を申せば母上、雰囲気で涙したものの私はこの書状の意図が全く分かっておりませぬ……。
頭を横に倒しても、書状を横にしても真意が見えぬ。
何となしに『心配はいらぬ』と申しておるのは分かるのであるが――。
ぬぅぅ……考えすぎて腹が減って来た……やはり考えるのは苦手ぞ……。
まぁ、母上の意図はまぁその内分かるであろうし、にびが戻ればすぐに飯に致すとしよう。
考えれば考えるほど思いつかぬものであるしな。かのような時は間を空ける方が良いのだ。
「それに、やはり私は考えるよりこれを振っている方が合っておる」
書状と共にあったこの木刀――私が私である為に、私が武士である事を思いださせてくれるのだ。
弘嗣が忍に襲われた際、投げつけたので少し欠けてしもうておる……。こんな脆い物であったのだろうか?
別段後悔もしておらぬが、何やら持った感覚がしっくりこぬな……いや、この程度で感覚が変わるほどヤワでもあるまい。しばらく身体を動かしておらぬ故に、気が陰鬱としておるせいであろう。
されど、これまで投げるなぞ全く考えた事もあらぬのに、何ゆえあの時は躊躇いもなく――。
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「む、今日の童たちは昼で終わりであるのか」
木刀を握っておると居てもたっても居られず、少しだけ下で鍛錬しようと思うておったのだが、数刻もせぬ間に前の学び舎よりゾロゾロと童たちが列を作り、自らの屋敷へと歩を進めておった。
今朝の事もあり、より目立ってしもうておる……うう、来たばかりであるが部屋に戻ろうか。
されど、童の無邪気さは今も昔も変わらぬ、元気よく挨拶をする姿は何度も愛らしいものであるな。
先ほど戻ってきたこの狐とは対照的ぞ――。
「童も可愛らしいじゃろ?」
「そなたは小憎らしい」
「……そのデカ尻がもう一回り大きくなるぐらいシバいてやろうか?
それならきっと弘嗣も大喜びすると思うのじゃ」
「な、何ゆえあ奴の名が出てくるのだっ!」
「あれは尻フェチじゃし」
“ふぇち”とは何ぞ――と聞こうとした時、何やら妙な視線を感じると、そこにはにびと同じぐらいであろう男の子が、何か言いたげな様子でこちらをじっと見つめておった。
誰ぞ、にびや弘嗣の知り合いであろうか? にびは面倒そうな顔をしておるし。
「……」
「いかが……ではなく、えぇっと……」
『どうかしたの? じゃ』
「ど、どうかしたの? じゃ」
「次、童の語尾真似たら殴ってやるのじゃ」
「あ、あのっ……ぼ、僕を強くして、くくっくださいっ!」
「強く……んん? 」
にびが詳しい話を聞き出そうとすると、より顔を赤くしておったが、何やら剣術指南をして欲しいとの申し出であったようだ。
聞けば、“けんどう”と申す武芸の仕合があり、それに一度も勝った事があらぬとの事……。ふむ、かのような事なれば力になっても良いのであるが――。
「”けんどう”とは何ぞ?」
「そなたの所で言う太刀打や兵法の事じゃ」
「おお、おお。左様であったかっ」
なるほどなるほど、されば私でも力になれよう。
ふむ、まだ童であるなら手功を一つ上げさせるにはまず――。
「言っておくが、首取りの方法なぞ教えぬで良いからな?」
「……この世ではせぬのか?」
「どれだけエリートソルジャーを育成するつもりなのじゃ……。
普通に剣の腕を鍛えて欲しいと申しておるのじゃ」
首は取らぬのか……。されど、この童の剣の腕と申してもな――。
身の丈も体格もにびより僅かに大き目程度で、腕も細く力もあまり無さそうであるし。いや、にびが他の童に比べ大きいのか。
それに、何よりも――勝ちを知らぬのも当然であるな。
「無理であろう」
「そ、そうですか……」
「何ゆえそこで引き下がる。かのような弱気であるから勝負事で負けるのだ」
「えっ――」
目の力からして弱い。戦う意志が入っておらぬのが一目で分かる。
弘嗣もそうであるが、心根は気が優しい子であるのであろう。
あっ、いや弘嗣はその……何だ、もうちと強気であっても良いと思うのだが――帰って来てはもっとこう強引にするぐらいだな……いいっいやっ、あくまでこれは物の例えであって、こう……。
「あ、あのう……」
「持病の発作が起きておるので、もうちと待つのじゃ」
「は、はいっ――」
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「お、おほんっ――わ、私が教えられる事はあまりないが、腕ぐらいであらば見てやろうぞ。」
「ほ、本当ですかっ――!!」
「あんな恥ずかしい姿を見せればそりゃの」
か、かのような醜態を見せたからではあらぬっ。ここで追い返すわけにもいかぬし、童が強くありたいと願うのであれば、それを叶えてやるのが大人であろうっ、な?
にびは何処よりか竹を束ねた棒――”しない”と申す刀を模した物を取り出し、童に与えた。
うぅむ、童からすれば、にびでもやはり神の使いに感じるのであろうか……これ以上となく恐縮しておるが……。
「では、打ち込んでまいれ」
「で、でも防具が……」
「防具? かのような物はいらぬ。戦場では身一つぞ。さぁっ、参られよっ!」
「い、いくさば……?」
構えは出来ておる。であるが、まだ幼き弱い声が響き、こちらに向かってきた。
何ともか細い哮り声ぞ……周りに気を使うておるのもあるであろうが、勝負事は常に力を尽くさねばならぬ。故に腹から声を出し、それだけで如何なる相手を伏せるぐらいでなければならぬ。
「何ぞその声はッ。腹に力を込めて出さぬか。こうして――」
久々に声を出したと思う――。石造りの中で低く太き声が響き渡る。うぅむ良いな。
同時に、祖父に教えを請うた時もかのように言われたのを思い出した。
母上には『女子がかのようなはしたなき声を』と呆れ顔で申され、後に存分に小言を聞かされたが……。
それが今や教える立場――私はまだ半人前の身であるが、何とも感慨深きものぞ。
であるが、初めての教え子はこの程度の声に恐れ慄いておった――。
もう目が完全に負けてしもうておる……ん、何ゆえにびも呆れた目をしておるのだ?
「そなたが嫁に行けぬ理由がよーく分かった気がするのじゃ……」
「し、失敬なっ、これぐらい誰でも出来るであろうっ!」
「いいか? それを”絶対にッ”弘嗣の前でするでないぞ? 百年どころか四百年の恋も冷めるからの」
わ、私の声はそれほどであるのか……?
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うーん……考えれば考えるほど不審者の容姿は聞いていたのと全く違うんだよなぁ。
恰好もあんな開き直って来たとも思えないし、それに子供に声をかけまくってたみたいだから
今日になって急に俺を狙ってたのはおかしいよな――?
もしこのイケメンに嫉妬したのならまだ――ごめんなさい、もう言いません。
だけど、もし仮に忍者が襲うなら鈴音の方が時代に合っているはずだ。
変態忍者は弱っちかったとは言え……まさか、鈴音がターゲットだけど先に匿っている俺を?
だとすると、鈴音の身が――いや、もし俺が居ない隙を狙って鈴音を襲撃したとしても、あれなら返り討ちに逢うだけだろう。
しかも見た目は子供、中身も子供ながら狐娘もいるんだ。そんな中で襲うなんて無謀すぎる。
そんな事を考えながら家に帰ると、何やら鈴音がベッドの上で酷く落ち込んだ様子で三角座りをしていた。
ま、まさか俺の悪い考えが当たった――
「童からオバさんと言われ凹んでおるだけじゃ」
わけでもなかった――。
聞く所によると、剣道を教えてと頼まれたので指南していたのだが、その子供に最後に”にびちゃんのオバさん”と呼ばれ、鈴音は酷くショックを受けたらしい……。
「うぅ……まだ、まだ年増ではあらぬ……」
「子供は子供がいる親をそう呼ぶから、恐らくにびの親だと勘違いしたんだろ。
な、子供って時に残酷だけど、悪気はないんだから元気だせって。
鈴音はまだ二十四だろ? まだまだ普通に若いし、問題ないから」
「さ、左様か――うむ、私はまだまだであるよなっ?」
「こっちの時代では、じゃがの。鈴音の時代なら普通に婆じゃ」
「……弘嗣、飯はまだであったな。きつねうどんと申すのでも良いか?」
「に゛ゃっ!? ち、ちがうっ、きつねうどんには童の尾でも身でも入っておらぬからのっ!?」
口は災いの元――完全ににびが悪いのだが、ここで解体ショーをされても困るので
狐より天かすを入れた狸のが良いとお願いし、その怒りを鎮めて貰う事にした。
そう言えば、この地方に”たぬきうどん”って無いんだってね――。
※次回 3/30 17:20~ 16話投稿します




