11.狐の姉もやって来た(夢うつつ)
※視点の切り替えは「/」で行っています
あれからどれくらい時が経ったのであろうか――私はこの狐に言われるままあちこちの場所を連れまわされておった。
まずはこの時代の下着――かのような物を男子の目に触れる場所に堂々と置いて良いのかとも思う場所にて、にびは若草色の"ぶらじゃあ"と"しょうつ"と言うのを選び、これを身に着けて帰れと言うので今は更衣の為の小屋に入っておる。
"ぶらじゃあ"は器のようなのに乳を入れ後ろで留める、ふむ……ちと肩と腋下が気になるが、サラシに比べれば断然容易い物だ。
"しょうつ"は褌でもなく柔らかく薄い絹のような布で包まれ――これは必要なのか?
にびが見繕うてくれたので大きさは合うておるが、大きな鏡に映った己の姿は何とも奇妙な格好をしている。
「穿いておれば不意に着物がまくれても大丈夫じゃろ? あくまで穿いていない時に比べてじゃがの。
ま、それを見たいが為・得たいが為に我が身を滅ぼすのもおれば、それを見て・見えて欲情するのもおる。
いずれにせよ見られぬように努めるのじゃ、ちなみに弘嗣は後者の方でもあるからの。見せたきゃどうぞ」
「なっ――か、かのような報はいらぬっ!」
確かに何か――飾り気はないが男を惹きつけ情を掻き立てるかのような妖艶な雰囲気はある。
名のある将がこれを身につけた私を見て扇情され、その夜は寝床に呼ばれ……くふふっ。
そう、あの"べっど"の上にてこう――って、違うっどうして肝心な所であ奴に摩り替わるのだっ!
そもそもあ奴に欲情されては――ではなくてそんなことはありえぬっ。
「…………」
『あ、あのー……』
『ま、いつもの病気じゃから心配いらないのじゃ。
あとこれも貰うからしばらく待って欲しいのじゃ。それと弟か妹は期待出来ぬぞ』
『まだ何も言ってないのに――!?』
『ま、百歩間違えて出来たとしても童の弟・妹にはならぬがの』
・
・
・
「うぅ……気づいておったなら止めてくれても良かったろうに」
「恥じゃと思うのなら、その妄想の世界に浸る癖をどうにかせい……」
顔から火が出るほどの恥をかいてしまった……口惜しいが今の私ではこの狐に何も言い返せぬ。
金輪際あの店に行くことは無いであろうが、あの様な醜態――出来れば直ちに忘れて貰いたい。
しかし、慣れぬ物を身につけておるから胸元が特に気になってしょうがない、楽であるが肩が凝りそうぞ……。
「着いたぞ、次はここじゃ」
そんな私の様子には気にも留めず、一度建物から離れ次に連れて来られた場所は……何ぞここは?
「薬の店じゃ、えぇっとお主なら――あったこれじゃな」
薬か、なるほどなるほど薬は重要であるからな――傷薬に包帯に、この世なら熊胆とかも豊富にあるであろうな。
何の薬か良く分からぬものばかりであるが凄い数だ、これなぞ銀で装飾されておるのもあるしさぞ貴重なものであろう。
「お主がそれを必要とするのは十年は後じゃろうな、ほれ――次からはお主自身で買うのじゃからしっかり見ておけ」
「これは何ぞ、軽く綿のようであるが……字があまり読めぬ、昼に夜用?」
「そなたの月の物はそろそろじゃろ、それのあて布のようなものじゃ、黒いのが夜と覚えておくがよい」
「おぉっ、すっかり忘れておった。これは助かる――だが、わざわざ買わずともあ奴の所にもあるであろう?」
「男一人の家にナプキンが常備されておる方が怖いわ……。
ま、あれの昔の女が置いて行ったのぐらいなら探せば一つや二つはあるであろうがの
数は足りぬし、お主とて過去の女が使うておった物はあまり気持ちが良いものでないじゃろ」
「そ、そんな奴がおったのも初耳であるが……う、うぅむ確かにあまり気が進むものではないな」
いや、何かいたと言う話は耳にしたような覚えがあるが、一緒に住んでおったのだろうか……。
確かに所々に似つかわしくない物が置いてあった、以前大掃除をした時にまとめて処分しておったが。
もしかすると無理に捨てさせてしまったのであらば申し訳ないことをしてしまったな……。
「良心の呵責に苛まれる必要はないぞ、あれぐらいせぬと踏ん切りつかぬし更に泥沼に嵌るだけじゃ。
自力ではあがれぬ状態であるし、誰かが引っ張りあげねばならぬ……。
あやつの領域に踏み込む話になるのでこれ以上は言わぬがな、さて童の分はこれじゃ」
「お前も使うのか――?」
「じゃから見た目で判断するなと言うに……いい加減にせぬと張り倒すぞお主ら。
童にも生理が来る時は来るのじゃ――これ以上力を使いすぎなければ、じゃがの」
使い方は後に説明するようであるが、どうやら先ほど買うた"さにたりいしょうつ"と言う方と合わせて使うと良いらしい。
女と言うのは何と面倒だと思うておったが、私の居た世もこの世もそう変わっておらぬようだ。この面倒さは男に説明しても分かってもらえぬし、うっかり着物を汚した時なぞ母上にこっぴどく叱られたのを思い出す……。
折角の新しき良い着物を同じ過ちで汚してはならぬようにせんとな……。
だが、あ奴は良いのであろうか――これ程まで良い思い、施しを受けさせてもらっておるのに私はあ奴に何か返せておるのであろうか?
この狐の能力が戻れば私は帰る事ができる、されど……。
「別に難しく考えずとも、そなたはそなたでお主にしてやれておるわ。ただそなたが気づいておらぬだけじゃ」
「う、うぅむ……?」
「なら一つ教えてやろう、これに乗るのじゃ」
勝手に動く階段の脇に何やら薄い板らしき物を地べたに置いた。
窓のようなのから黒き棒が映っておるが、はたしてかのような物で何が――。
知りたくない事を知ってしまうような、女子は乗ってはならぬ気もするが……。
「57.4キロ……」
「そ、それが何だと言うのだっ!?」
「これは自分の重さを量る物でな、お主がこちらに来た時は56キロぐらいじゃ。
まぁ平たく言えばお主はこっちに来てデブって――ふぎゃっ!?」
何を言うておるのかさっぱり分からぬが、これ以上言わせてはならぬ気がしたので思わず殴ってしまった。
「す、すまぬ……つい――」
「ひ、酷いのじゃっ……。うぅ、そなたがデ――僅かにふくよかになったと言うことは、
同じ事が弘嗣にも起こっておるのじゃ……つまり心身共に健康体であると言う証拠なのじゃ。
これまでは遅寝早起き、飯は添加物満載のコンビニ弁当が主の栄養偏りまくり、家は寝るだけ会話は会社内だけ。
そんな社蓄過労死一直線な生活が改善されてきておるのじゃ。うー、痛い……」
言われてみれば、飯も良く食うようにもなっておるし、ここのところ顔色も良い気がする――。
私はただ好きな事をさせてもらっておるだけであるのに……。
「代わりにお主はあの男の帰る場所を守っておる、それでいいのじゃ」
留守を預かる役か――女子の役目でもあったな。
私には縁のないものだと思うておったが、知らず知らずの内にしておったのか……うぅむ。
夫の帰りを待つ妻の主戦場か、って違う違うっ妻ではなくえぇっと……。
「ほんと何年先になるのであろうな……」
/
何かさっきから妙に頭がぼうっとしてるんだよな……。
あの人と話してから妙に鈴音の顔が浮かんでくるし、どこか見て回るにも何かそんな気力が湧いて来ない。
「……して、どうしてそんなに疲労困憊なのじゃ?」
「お前の姉と話してから急に疲れが来てな……」
「に゛ゃっ!? ま、まさか七姉様が――し、していづこにっ?」
「どこかに消えたぞ、大変な姉上様だな」
「全くじゃ……はっ、お、おらぬな!?」
買い物が終わり、俺が待つ喫茶店にやってくるやいなや、はぁ……と息を吐いてしまった。
だが、にびが来たと言う事は鈴音も来た事になる。妙に嬉しくなり鈴音に目をやると――
「お、おぉ――どうしたんだ?」
「タダでしてくれると言うので、けけっ化粧と言うのをして貰うてな……ど、どうだ?」
緊張しながら言う鈴音の表情は何と言うか、今までとは全く印象が違う。
全身に電流が走ったかのような、これが本当に鈴音なのかと思えるぐらい凄い美人だった……。
な、何だ――凄いドキドキする。目が離せなくなるぐらい惹きつけられてしまう――。
「凄い美人だ、似合ってる……」
「ななっ――か、からかうでないわ!! あぁもうっ肩が凝る……」
にびに連れまわされ、最後に化粧品購入したついでに、メイクの仕方を教わるのにしてもらったらしい。
確かに肌荒れ気味だとは思っていたが、土台は整った顔をしているだよな。
なるほど、そこに化粧をすればこうなるのか……女は化粧で化けると言うが、大化けだ。
「だっだから、じろじろ見るでない!」
「あ、すっすまん……あまりに綺麗だからつい――」
「う、ぬうう……」
「うーん……何か変なのじゃ」
傍から見ればどんなバカップルかと思われるだろうな。
にびは呆れ顔と言うより怪訝な顔をしているが。
「ま、いいじゃろ……童はパフェ食べるのじゃ」
鈴音はこれまで戦時の化粧ぐらいしかした事がないらしく、最初はああだこうだ化粧なぞと文句を言っていたが、いさ終えてみれば、本人もまんざらでもない様子で鏡がある度にチラチラと鏡に映った自分を見ていた……とにびが言っていた。
うん、鏡見るのも分かる……ああでもどうしたんだろ俺。
・
・
・
「この後、食材買いに行こうと思ったけど、明日にしよう……疲れた」
「そうであるな……私も身体は動くが気力があらぬ」
皆疲れ切っており、部屋に戻ってくると珍しくはぁっとため息をついて、ベッドに持たれかかるようにしている鈴音を見た。
帰りの道中、鈴音を見た男が『結構美人じゃね?』と話しているのを聞いてちょっと優越感と嫉妬を感じていた。
鈴音も同じように『どうだ!』と自信満々の表情だったようで、にびは『似たもの同士じゃの……』と呆れ返っていたが……。
うーん……でもやっぱり美人だ、ずっとこうして見つめていたい――そんな感じがする。
「だ、だからそうじろじろ見るでない!」
「す、すまん、つい――」
「……そ、その――本当なのだな?」
「へ?」
「わ、私が美人だと言ったことだ――嘘偽りではないのだな?」
「あ、あぁ……嘘じゃない、美人だ……ずっと見ていたい。こうして……」
「なななっ――!?」
俺の腕が無意識に身体が鈴音の両肩を掴んでいた。
欲しい――目の前にいる鈴音がが欲しい――と自分で自分が抑えられなくなっている。
戸惑う表情と僅かに潤む瞳を見せ、抵抗するも腕にかつての力が入っていない
「や、やめぬかっ……わっ私はまだ――」
「俺は……鈴音が――欲しい」
「や、やめっ……」
鈴音の着物の襟元に手をかけ、強引にその身に纏っている衣を剥ごうとした時……
ガンッと後頭部に衝撃が走り――俺の視界が真っ暗になった。
・
・
・
目が覚めたらベッドの上にいた。
頭が痛い――あれ、何でここにいるんだ? 確か買い物に来てて喫茶店に居たはずじゃ……。
「目覚めたようじゃの」
「にび……あれ、ここは――いつつっ!?」
「だ、大丈夫であるか――?」
駆け寄ってきた鈴音は何か印象が違った。何か変な夢を見たような――?
「さて目が覚めた所で単刀直入に言うが――七姉様と会うた時、あの人の赤くなった瞳を直視したか?」
「あ、ああ……確かあの人の眼を見たら頭がぼうっとして……」
「はぁ……やはりか。お主、その時に暗示をかけられておったのじゃ」
「あ、暗示? 暗示ってどんな……はっ!?」
鈴音を見ていたらどんどんと気持ちが昂って来て、鈴音にがばっとした記憶が蘇ってきた。
今――彼女の目は笑っていない。あれ……夢じゃなかった……の?
「そうじゃ――あの人が良く使う手なのじゃが……そなた"鈴音か七姉様か"の二者択一にかけられ、鈴音を選んだじゃろ?
あれは選んだ者の事しか考えられなくなってしまうからのう……とりあえず童が止めねば大変な事になっておったのじゃ。
全く七姉様にも困ったものじゃ……」
「そ、それで暗示は解けたのか?」
「うんにゃ?」
「え、じゃあまた鈴音にしてしまうんじゃ……」
「うむ、じゃからこれから解くのじゃ。ほれ――」
にびが俺の肩をトンっと叩くと――な、なんだ身体がっう、動かない!?
「あの人の暗示の解き方はのー、その対象の女に思いっっっきりっひっぱ叩かれる事で解けるんじゃ。
皆、大抵あの人を選ぶので死ぬまで虜にされるのじゃが、いやー鈴音を選んで正解じゃったなぁー、にひひひっ」
な、何だと――っ!?
今の鈴音に……鈴音にやられたら脳みそシェイクされて死んでしまうっ!!
……畜生っ、この狐楽しんでやがる――っ!
「気が引けるが、まじないを解くためだ……許せ」
気が引けてないじゃんっ、素振りからして殺る気満々じゃんっ!?
ちょ、やめてっそんな振りかぶったらっ――あ、お星様と昔飼ってた犬のハトラッシュだ……。
――ゴルフを想像して欲しい。ティーに置かれたゴルフボールがドライバーで吹っ飛ぶ光景。
もしそのゴルフボールに目があれば……俺はそのゴルフボールなれた気がした。
「いひゃい……」
「ふんっ、もう一発おみまいしてやりたい所ぞっ」
「あっははははっ……いひひひっも、もうだめなのじゃっあはははっ!!」
目の前で腹を抱えて笑う狐はいつかぶん殴ってやる……にびが全身固定したお陰で、頭がもげたような錯覚さえした。
元はと言えばこいつの姉が原因である、かけられた俺も悪いけどあんなのが出来るなんて聞いてない。
「此度はいたし方の無い事であったので許してやるが、次かのような真似をすれば……」
「き、肝に銘じておきます……」
「じゃが、お主もまんざらでもむががっ――」
「おおっお前の姉もどうっておるのだっ!? 初対面でかのようなっ!!」
「ぷはっ――あの人はああ言う人じゃ、暇に飽かせてああやって暇つぶしするのじゃ……。
童がちょっといいなーって思った雄がそれで奪われたのじゃ……」
暇つぶしであんな迷惑な事をしないで欲しい。鈴音が疲れていたおかげか刺されずに済んだのが救いだった。
本当に首と胴体がサヨナラしていた恐れがあったんだぞ?
「であるがこれで――」
「ん、これで?」
「これで、私はまだ女として通用するということが分かったぞ!!
何が痩せっぽちでガサツだからお前は男に見向きもされぬだ、父上め!!
今日なぞ男と言う男が振り向き、まじないにかけられたとは言え迫られたではないか! 私はまだやれるぞ!」
この時代でその格好込みだから――と言うのは一切考慮しない、超ポジティブ思考だった。
なるほど、だから帰りもあんな鼻が高かったのか……突っ込もうかと思ったけど、この様子じゃ多分聞く耳持たない。
「どうしてこの娘はこうも阿呆なのじゃろ……」
にびがそうボヤくのも尤もだった――。
次回 3/26 17:00~に12話投稿させて頂きます。
次からは前作と被らない新しい話が続きます
※
ナプキン
⇒昔は綿などを詰めるか、当て布をしていた




