1.お願いにやって来た
全40話(約17万文字)・完結まで作成済みです。毎日17~18時頃投稿していく予定となっています。
至らない部分も多々あるかと思いますが、最後までお付き合い頂けたらと思います。
いつの日かと夢見た幼き頃の夢。
それが叶うかもしれぬ日は何よりも素晴らしい――。
一人前の妖狐と認められた童のお祝いパーティーの真っ最中。
童を祝福すべく姉様方が集まってくれており、童の二本の尾が振りきれんばかりじゃった。
力がまだ戻っておらず、見た目は幼いものの中身は立派な大人じゃ。
だけど今は幼子でいたい。テーブルにはたくさんのご褒美に、たくさんのご馳走。
そして……傍にはよく頑張ったと頭を撫でて褒めてくれる、大好きな母様がいるのじゃから。
抱き着く童の頭を優しく撫でてくれる母様の手は何よりも嬉しく、何よりも欲しかったもの……。
母様はどんな顔をしておるのじゃろう? 頭を上げ、喜んでくれているであろうそのお顔を見ようとした時――
「にびッ、いつまで寝ておるッ!」
「ひっ、なっ何っ!? わっわわわっ――!?」
寝起きの耳に飛び込む“鬼の一声”に飛び起き、ずでんっとベッドから落ちてしもうた――。
鬼に変わった母様の顔――夢なら覚めよ、現実なら夢になれ。それなら悪夢を見ただけで済むのじゃ。ああ尻が痛い……。
で、どうしてまた、鬼でもある我が姉――七姉様が童の社に居るのであろうか?
しかも全裸で。
「うう……童の尾が二つに裂けたかもしれませぬ……」
「元から二つじゃろ。そこから更に二つ裂けたいならより精進せい」
「まだ半人前の狐でありますのに、四本の尾なぞどれほど努めれば良いのですか……」
「まぁせいぜい千年ぐらいかの、ほっほ」
「気が遠くなりそうですじゃ……。
で、七姉様……童の社の中におる事はもちろんなのですが、裸でおる理由も教えてくだされ」
「酔い覚ましに水浴びして来たからじゃ」
質問の答えになっていない――やはり、この人はどこかおかしいのじゃ。
過去に贅を尽くした生活をしておったせいで、舌が馬鹿になったと聞く。
きっとその時に、舌だけではなく、脳みそもどこかやられておるはずじゃ。
童の部屋のあちこちに水滴が飛び散っておる……全身びっちゃびちゃのままここにあがり、社の中でブルブルしたのじゃろう。
確かにここは元七姉様の社でもあるし、懐かしの我が家に帰りたくなる理由も分かるがの……。
「しかも、まだ夜も明けておらぬではないですか……。
あれですか、年を取れば眠れなくなるから早起きに、いひゃいっ!?」
「何か言うたかの? んんーー?」
「な、何も言ってまひぇぇん……」
狐が狐に摘ままれる――驚くどころか無茶苦茶痛いのじゃ……。
最近、年のせいか化粧がケバくなってる気がするなぞ、口が裂けても言えぬ――。
七本の尾を持った妖狐――童でも惚れ惚れするような純白の毛と美貌を持ち、国家転覆させかけたと自慢げに話す七姉様。
じゃが、今の姿……白髪か地毛かも分からぬ濃いそれを隠す事なく真っ裸で朝酒一杯あおる姿を見れば、千年の恋どころか帝の恋も冷める気がするじゃ……。
「来た理由は他にあるのじゃ。
空孤よりそなたへの書状を預かっておる。ほれ、早く支度せい」
「に゛ゃんですとっ!? それを早く言ってくださいましっ!」
童の母様でもある空孤様――全ての狐の母で、妖狐の中でも最高位のお方である。
なので、いくら書状の申し伝えと言えど、だらしない恰好で聞くわけにもいかぬ。
さっと自慢の栗毛の尾と髪にブラッシングを済ませ、普段着の赤い着物の汚れがないか鏡で確認――よし、今日の童も可愛いっ。
しかし……決して失礼があってはならぬの方なのじゃが、七姉様だけはどうしていつも、母様と平然と話しておるのじゃろうか? これが不思議でしょうがない。
そんな七姉様も、いつもの白と薄紫の召し物に着替え、寝癖でボサボサな純白の髪に櫛で梳いておった。
毛並みが整えられてゆくにつれ、周囲の空気もピシピシッと張り付いてゆく……うむ、先ほどとは打って変わっていつものおっかない七姉様の姿じゃ。
いつもより神妙な様子に見えるのが不気味でおっかない……お説教じゃなきゃいいのじゃが……。
「さて、改めて言うが此度ここに参ったのには理由がある。
そなたの母――空孤より預かった手紙を今から読み上げるので、心して聞くのじゃ。よいな?」
「は、はいですじゃっ……」
「しかし、あれの書状は読みづらくてかなわぬ。ええと――
【去りし日は蜃気楼の如く。それを強く願い、求めては消えた。
それが本当の夢か、その夢は何が為に願い、誰が為に急ぎ大人になろうとする。
風に乗り、願いが届くのならば、本当の夢を母の耳におくれ】
じゃと……? うぅむ……あやつめ余計なことを……」
「ま、ままっまさかっ、こ、これはっ!?」
「うむ……。そなたにはまだ早いと思うが……」
「やった……やったのじゃーっ!
遂にっ、遂に一人前への承認試験が来たのじゃーっ!」
「え? あっああ……うむ、そうじゃな」
今日より嬉しい日は無いのじゃっ!
ようやく……ようやく一人前の妖狐になれるのじゃっ!
ああ、あれは正夢じゃったのか、いや予知夢か? いや、どちらでもよいっ。
お祝いの席では何を着ようか、ああ何食べたいのかも言っておかねばっ!
「まずは試験をクリアせねばそれも叶わぬじゃろ……」
「母様のことですじゃ、きっとイージーモードなはずですっ!」
「んじゃ、試験内容を読みあげるのじゃ。
ふむ……“ここの領主の娘の縁結び”じゃと。良かったな、ハードモードじゃぞ」
「は……? い、今何と仰いました……?」
「ここの領主の縁結び」
「起きてすぐなせいか、ちょっと耳の調子が――」
「こ・こ・の・領・主・の・娘・の・縁・結・び・っ!!」
「――嫌ですっ、無理でございますっ、それだけは無理でございますっ!?」
「良かったのう、先ほどの試験通知の喜びを二度味わえるのじゃ。
いや、同じのが何度も来るから、何度もか……何とも羨ましい限りじゃのう」
母様――童は何かしでかしたのでしょうか?
いくら母様と言えど、やって良い事と悪い事があります。これは何かの間違いでもあるでしょうし、チャレンジ制度の使用を認めてくれませぬでしょうか?
「なおチャレンジの使用は認めない。じゃと――諦めよ。
む、噂をすれば何とやらじゃ、その娘がやって来ておるようじゃし務めも果たせ。
祈願などを聞くのも狐の仕事のうちじゃぞ」
「う、うぅ……七姉様は九割ぐらい無視しておりましたでしょう……」
「何を言うか。妾はちゃんと一割ほど”聞いて”やってたのじゃ」
「その結果が、このボロ社なのじゃ……」
この人は本当に“聞く”だけじゃからな……。
現領主とはソリが合わず、全く相手にせぬ――まぁ童もあれは嫌いじゃが。
そのせいで『ご利益なし』と管理を怠るようになり、かつて小さいながらも荘厳な佇まいを見せていた社も、今ではもう見る影もなくなっておる。
賽銭箱には木の葉しか入らず、童そっくりな可愛い狐の像が鎮座してあるだけのボロ社となってしまったじゃ。
「では、妾がそなたの仕事ぶりを見ててやろう」
「はいですじゃ……はぁ……」
ああ……向かって来ておる問題児が、もっと女女しておれば可愛げもあるのじゃがの。
これも一応は姫君であろうに……で、これのお願いごとは何じゃ?
『母上も口うるさいものぞ。良縁成就の祈願に行けと申しても、たかが願掛け……。
かのようなオンボロ社、間抜けな面をした狐に何が出来るのだ、まったく……』
いきなりやって来て何じゃこいつは!?
殴っていいか? 殴っていいじゃろ? な、な?
あと、あの像は可愛いじゃろっ、童の姿を模した狐の像なのじゃぞっ!
『……ま、叶いもせぬであろうが、願っておいても良いであろうな。
ままっまだ、したくもないが、縁とは分からぬものであるし、い、一応は――』
誰が結婚した、誰が子を産んだと聞いて、日に日に焦りを見せておる奴が何を言うのじゃ……。
この時代で、お見合いして男サイドから"お祈り状"が届くなぞ余程であるのに、素直に結婚したいと言えと。奇特な神様がおればきっと……って、童の仕事がそれじゃったな。
いい機会じゃし、ここで条件に当てはまる適当な男あてがって終わりするかの。
で、希望は――うんうん、顔がよくて高身長、高収入……は可能であれば欲しい。
とりあえず受け入れてくれて、できれば逞しく、できれば自分にかまけてくれる若い男じゃな。んで側室は嫌……それに、剣の腕があって、聡明で――。
「……七姉様、どこかにバット置いてありませんか?」
「何故、この娘が結婚出来ぬか、その理由がよーく分かったじゃろ?」
「素行や見た目だけなら、まだかろうじて候補は残りますが……」
こ奴は己の立場が分かっておるのか……?
女だてらに武士の真似事をしておる二十四の年増、痩せっぽちで筋肉質、悪筆・華などの芸術方面てんでダメ、それに酒癖悪いの役満じゃぞ?
女子らしい恰好もしていなければ、普段から袴と女らしさすら皆無……。化粧なぞ戦に出るときだけであるし――。
仮に希望に沿った男が居たとして、そいつがお主を選ぶわけなかろうに。
まぁ、イマイチ本心である気もせぬが……。
うーむ……良い所を無理に挙げるとすれば、そこそこの顔立ちに料理が上手い。
胸はそこそこ、尻がデカい……まぁ安産型って所じゃな。
顔に関してはまぁ問題ないか――女も狐も化ける事に関しては変わらぬし、日焼けと肌荒れは化粧で何とかなろう。
武芸の腕も達者であるが、ここでは減点じゃ。男が求めるのは女らしさであるし。
「いくつかの条件で探してみますのじゃ――えぇっと……
聡明な奴はこんなのを選ばぬから、剣術……うーんこんなのは選ばぬ。
筋骨隆々……は童が欲しいし、残るのは優しく面倒見のいい男――」
「ふむ、この世から筋骨隆々の男を一人残らず消してやろうかの」
「に゛ゃんでっ!?」
この人の前で、童の好きなタイプを言うとすぐこれじゃ……。
年頃の妹に男の一人や二人ぐらい構わぬと言うのに、どうしてかいつも目くじらを立ててくる。冗談で言っても、本当にやりそうなので迂闊な事が言えぬし。
まぁそれはさて置き、この女子は厄介じゃのう……。
年齢と体型をクリアし、デカ尻好きを含めれば何とかなると思うておったが、最低限の条件で探してみても相応しき男がおらぬ……。これでもかと言うぐらいおらぬ。
そもそもこのタイプの女子は――。
「時代が違うであろう?」
「ええ、産まれてくる時代を間違えたとしか思えませぬのじゃ。
まだ先の世――四百年後であれば、似たようなのがゴロゴロいますのに」
お、そうじゃ! これが終わったらそこに飛んで、稲荷寿司を食いに行こう!
最近良い店を見つけたのじゃ。うんうん、そうするのじゃっ!
よーし、ちょっとだけやる気出たし、検索に集中するとするかの!
『ふむ、良く見れば見るほど間抜け面――んんっ、これは……狐の尾か?
二本あるようであるが、何ゆえかのような場所から?』
「む……? にびよ、だらけた座り方をせず、正面向いてシャキッと座らぬか。
後ろ向いておるせいで、そなたの尾が出ておるようじゃから引っ込め――って聞いておらぬな」
おおっ、これは良いのが! ……って、これは先の世ではないか。
稲荷寿司の事を考えておったら、先の世まで検索に――。
『そりゃッ!!』
誰かの威勢のいい掛け声が、ってあの娘かまったく。
一体を何をしておるのか分からぬが、童のお尻がとても痛――
「あぎゃァァァァァッッ!?」
「ど、どうしたのじゃっ!?」
「誰じゃっ、わっわわっ童の大事な、大事な尻尾引っ張ったの誰じゃッ!?」
お尻に激痛が走って思わず飛び上がってしもうた――
いひ、ふう……よし二本あるのじゃ、良かった良かった。
もげたかと思ったのじゃ……あうう……涙出てきた……。
「だから、尾が外に出ておると言うたじゃろうっ!」
「今日はもう散々な日じゃ……。しかし、誰じゃ――ってあれ、誰もおらぬ?」
「の、のう、にびよ……あの娘はどこへ行った?」
「ふぇ?」
確かに、ここにおったのはあの娘だけ……じゃったよな?
検索中で気が回ってなかったが去った様子もなければ、誰か来た様子もない――。
とすれば、童の可愛い尻尾を引っ張れるのは、あの娘しかおらぬのじゃが……。
「な、なーんか、いやーな予感がするのじゃ……」
「ま、まさかとは思うが――尾を引かれる前、何を考えておった?」
「えっ? えぇっと、その……
これ終わったら先の世に飛んで、稲荷寿司でも食べようかなー、と。
……ははは、かのような事はあり得ませぬ。あり得ませぬよ……」
えーっと、居下鈴音――居下鈴音――うむ、やはりおるではないか!
四百年後の日本に――。
※
尾が4本に~
⇒狐は1000年生きると尾が四本の天孤になる為