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俺に人間の妹が出来た

作者: 八雲

 ああ、可哀そうに。

 その子を見て最初に抱いたのは憐憫だった。


 一番近い国から帆船で3日。歩いて半日もすれば一周できるという小さな孤島に俺は住んでいる。人間は1人もいないが木々が覆い茂り、栗鼠が駆けまわるという大自然を俺は気に入っていた。肉食の動物もいるがそこはご愛嬌。そうでもないと生態バランスが崩れてしまうからな。

 先程人間は1人もいないと述べたが、俺がいるだろうという突っ込みは無しにしてくれ。実は俺も人間じゃないんだ。


 俺はこの島を根城にする精霊……それも精霊王なんて位についている1柱だ。属性は海。有名じゃないなんて言わないでくれ。


 以前は俺を奉ってくれていた人間たちもいたんだが、その血筋も途絶えてからすっかり俺はこの島に引きこもっていた。だから人間なんて見たのは本当に久しぶりだ、かれこれ1000年ぶりか?

「どう見ても人間の、女の子だよなぁ」

 そう、この島にいるはずのない人間が忽然と現れたのだ。いや、忽然とでもないか。俺が居眠りしていただけだし。

 どうしてこの子だけが、この島にいるのだろう。周囲に保護者もいないし。欠伸混じりに風の精霊に問いかけてみると、どうやら遠くの海で船が難破したらしい。この子はその船に乗っていて、運良くこの島に流れ着いたらしい。

 何とも面倒な。

「う……ん」

 じっと見つめていると流石に気配を感じたのか、女の子が呻いた。

 あ、まずい。どうしよう。この子の処遇を決める前に目を覚ましてしまう。死んでたら埋葬してやるだけなのに、生きてたらどうすればいいんだ。

 ええい、こうなったら仕方ない。俺は久しぶりに現世に具現した。

 大体1000年くらい前に取っていた姿を、この少女に合わせて10歳前後に縮めたものだ。うん、上手くいってよかった。

「大丈夫か?」

 言葉、通じるよな? 上手く喋れてるよな?

 内心ビクビクしながら声をかける。精霊王なのに情けないなんて言わないでくれ。こちとら1000年は引きこもっていた筋金入り。コミュ力なんてないに等しいんだから。

 女の子は目をぱちくりさせて俺をじっと見てきた。あれ、俺どっか変か? 

「おい」

 もしかして言葉が変わってるのか? だとしたら俺どうしようもないぞ。

 っておい、何でそこで泣く!? 俺、泣く子の宥め方なんて知らないぞ! どうすればいいんだってばよ!

 とはいえ、泣いてる子に対し何もしないわけにもいかない。

「落ち着けって」

 と言っても無理だろうけど。何度も頭を撫でて、それでも泣き止まなくて胸まで貸して。それから暫くしてようやく女の子は泣き止んだ。

「それで、名前は?」

「……メール」

 小さな声だったが、何とか聞き取れた。良かった。

「お兄ちゃんは?」

 うげっ。

 ここで精霊王としての名前を言うわけにはいかない。名前というのは俺たち精霊にとって大切なものだ。それを直接言うということは、契約を交わすことにもなる。

 流石に、契約を交わす気にはなれない。

「お、俺は…………シアン」

 とっさに口をついたのは、そんな名前。うん、不自然な間が出来てしまった。確実に怪しまれる……と思いきやメールちゃんは素直に信じてくれたらしい。

「シアン、お兄ちゃん……」

 くっ、そんな上目使いでこちらを見ないでくれ。

「……メールは、どうしてここにいるか分かるか」

「うん……乗ってた船が、沈ん、じゃって……」

 言いながら、メールがまた涙ぐむ。頼む、耐えてくれ。俺が泣かしてるみたいじゃないか。

 ……実際、そうなのか?

「メールはこれからどうしたい。この島に留まるか、それとも大陸に戻るか」

 正直なところ、この島に残るのはお勧めしない。先述の通り肉食動物もいるし……何より、まだ10歳前後の女の子が生きていくには過酷すぎる。小川があるから飲み水はあるし、食物は選り好みしなければどうとでもなる。雨風を凌げる場所も、一応ある。問題は衣類だ。

 ただでさえ、メールの衣服はあちこち擦り切れているというのに。俺は具現化する際に衣服もイメージすればその通りになるから必要性を感じないのだが、メールはそうもいかないだろう。当然の如くここに衣服はない。

「……お兄ちゃんは?」

「俺は……この島に住んでるから……」

 すると俺の手をメールが握ってきた。

「なら……私も、この島に住む……」

 いや、それは困るんだって。

 もしメールがこの島に住んでみろ。俺は気になって昼寝が出来ないじゃないか。それに、事故とはいえ俺のテリトリーに入ってきてしまったのだ。途中で放り投げるのは、良くない。

「……じゃあ、近くの大陸まで送ってやるって……言ったら?」

「それなら……行く」

 良かった。そうと決まれば善は急げだ。


 とはいえ。


 俺単身ならともかく、空間を捻じ曲げて女の子を送り返す術を知らない。

 俺が出来るのは不格好でも船を作って、それを陸地に送り届けるだけだ。本当なら丸太1本でも良いのだが、メールに陸地まで丸太にしがみつく体力があるわけがない。

 仕方なしに樹を数本切り倒し、蔦で縛って即席の筏を作った。その間にメールには果物を集めてもらい、それを筏に乗せて出航準備完了。

「よし、行こうか」

「うん」

 メールを見つけたのが昼前。それから作業をして出発できたのは夕方。メールは疲れもあったのかあっという間に眠ってしまったけど、それは好都合。

 周囲の波と海流を操作し、通常では考えられない速度で筏を陸地へ向ける。この程度なら消耗することもない。

 すっかり眠りこけているメールの頭を撫でていると、今までにない安らぎを感じられた。


 俺が拠点としている……海の精霊王の祠がある孤島に人が立ち入らなくなってから1000年。人の心は移ろいやすいということを知っている俺は、別段とそのことを恨んではいない。まあそれも摂理か、と諦めている。

 だからこそ、久方ぶりに人間と会話し……愛おしい、という感情を抱いてしまった。


 メールを見つけたときは、生きていたら面倒だなとさえ考えていたのに。もしメールが屈強な男だったりしたら、俺もここまで面倒を見なかっただろう。適当に追い返してハイサヨウナラ、だ。でもメールがあんな目で……全幅の信頼を置いて、縋るような目で見てきたら、放っておけるわけがないじゃないか。


 ああ、そうだ。人間はいつだってそうだ。

 我らの力を求めて、精霊王の祠を、祭壇を探し当てて。彼らは身の丈に合わぬ願いのため、我らの力を求めていた。その足掻く姿が、魂の輝きが好ましくて、我らはほんの少し助力をするのだ。


 メールの意志はそんな彼らに比べるまでもなく弱々しいが、それでも魂の輝きはとても好ましいものだ。


「……我が事ながら、つくづく甘い」


 久しぶりに、笑った……気がした。









 分かり切っていたことだが、まだ10歳足らずの少女が1人で生きていくには世間は厳しすぎる。ここで俺が元いた孤島に戻ったところで、メールに一体何が出来るのだろう。むしろ島にいた方がずっと幸せだった……そんなことさえあり得る。

 結局のところ俺はメールを放置できるわけがなかったのだ。

「ってことで、俺がこれからメールの兄になるからな」

「うん、お兄ちゃん」

 あまり似ていないのは仕方ない。大体この世界に似ていない兄弟なんてごまんといるはずだ。

「……でも、いいのか? 俺が兄で」

「え? でもお兄ちゃんはお兄ちゃんだし」

「……メールがいいなら、いっか」

 メールが今までどういう扱いを受けていたのかは知らない。でも家に帰ろうとしなかった、それが答えなのだろう。

 なら俺は、メールの兄として。精一杯メールを庇護しようではないか。





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