霧の贄 2
「どうしたの?リュウ。」
急に声を上げ、立ち止まるリュウをジュンは覗き込む。
「これはただの霧じゃない。」
「?」
言葉数少ないリュウにジュンが不思議そうな顔をしているとリュウは空を示し指を指す。
指した空を見上げる3人だがその目に見えるのは濃い霧に包まれ、どんよりと白く広がる空。
太陽も、雲も見えない白い世界だった。
「上になんかあるのか?」
「お前達には聞こえないだろうが、空の上には常に俺のギールズがいる。」
「ギールズ…?」
「お前を助けた鳥だ。」
「あ。」
ヒナはついこの間、空から真っ直ぐに落ちた時に助けてくれた大きな鳥を思い出した。
ふわふわの羽毛に似合わず力強い目を持つ大型の鷹や鷲に似た茶色がかった白い鳥獣。
今はリュウの持つ龍の子の卵を抱えていると聞いていたが、どうやら卵と共にリュウの目の届く空の上を飛んでいたらしい。
「やっぱり連れてきてたのか。」
「アイツは俺の旅の連れだったからな。」
「で、その鳥がどうしたっていうの?」
ヒナは見えない空を必死に見上げ鳥を探す。
真っ白に広がる空は鳥の羽ばたく音も、大きな影さえ見当たらない。
白い霧にうんざりするとリュウに向き直る。
「ギールズの出す鳴き声はお前たちには聞こえないが俺には聞こえる。その鳴き声で俺はアイツの様子もわかる。アイツの今発している鳴き声は普段の鳴き声だ。こんな異常な濃い霧の中でもアイツには俺の位置がわかっている。」
「?」
リュウの説明についていけていないヒナは顔に疑問符を浮かべたまま、次の言葉を待つ。
「普通の霧は上からだろうが下からだろうが視界が悪くなるはずだ。だがこの霧は上空からははっきり見えるのに、地上からは上空が見えない。そんな霧は聞いたことがない。」
「なんですって…?じゃあこの霧は…」
「ただの霧じゃないな。」
リュウの言葉にジュンが改めて辺りを見渡したその時だった。
ブワアァァァ!!!
大きな音と共にまるで煙が爆発するかのように四人の目の前を白い幕が吹き出した。
ジュンの杖先の光など消し去ってしまうかのごとく広がる白い煙に四人は互いの背を合わせる。
「出たな…!これが霧の贄か!」
「離れないで!!霧にはぐれたら終わりよ!」
一気に緊迫した状況に追い込まれ、ヒナは宝珠の本を傍らを飛んでいたモンタから受けとる。
「でも…どんどん濃くなってるよ!このままじゃ…痛っ!」
ヒナの腕に何か鋭い葉が刺さるような痛みを感じた。腕を見ると刃物で切られたような傷に血が滲んでいた。傷は浅いが見えない視界から自分を傷付ける何かが飛んでくることに恐怖を覚える。
「……なんか飛んできてるよ!!」
「シエル!!」
ジュンは即座に四人の周りに守護幕を張る。
かまいたちのような周囲からの攻撃は守護幕に阻まれてはいるが四方から容赦なく降り注いでいるのを感じた。
「とにかく霧をなんとかしないとどうにもならないわ!!」
「これはただの霧じゃない!……だとしたら…」
「ここは宝珠の眠っていた丘だ!!幻を見せられていたとしても不思議じゃない!」
幻……!!
昨日会った宝珠アストレイアの言葉を思いだし、ヒナは思い付いたように宝珠の本を掲げる。
惑わされちゃだめだ!これはきっと幻!!
「幻ならそれを晴らせば真実が見えてくる!
アストレイア!力を貸して!」
本は光りながら頁を捲られ、ヒナは浮かんでくる言葉を紡ぎ詠唱を始める。
『……光と共に偽りの殻を払い真の姿を此処に示せ!真実のアストレイア!!』
ブワアァァァ!!!
アストレイアの残像と共にヒナ達のまわりから拡散するように風が巻き起こる。
みるみるうちに白い深い霧のような煙は散るように消滅していった。
元の紫の花の咲く丘が姿を現すと共に四人の周囲を囲んでいた者がはっきりと見えるようになる。
「お前たちが霧の贄の正体ね…!」