霧の贄 1
「…………。」
ジュンは男の魔法使い様ですか?という問いに一瞬顔色を変えたがすぐに顔を上げると凛とした態度で答えた。
いつもの穏やかなジュンとは違い、テキパキと傷の手当てを済ませると真剣な顔付きで男に問い掛ける。
「…そうよ。私は魔法使い。何が起きたの?簡単に説明してもらえる?」
「良かった…助けてください!
丘に!丘に霧の贄がでたんです!
俺たちの仲間が何人も…!今までにも村の奴ら何人も消えちまってる!なんとかしてください!」
男は息もつかずにそこまでしゃべると、まるでその光景を思い出したように頭を抱える。
村の異常な静けさや、人気の無さはそのせいだったのか…とリュウは気付き、辺りを見渡す。
街まで広がってきた濃い霧に怯えて外にも出ることができないのだろう。
「……霧の…贄って?」
ヒナがおずおずと男に尋ねる。
「濃い霧が急に襲ってきて、かまいたちが飛んできて傷だらけになったかと思ったら仲間が消えちまったんだよ!!」
「かまいたち…だからこんなに怪我をしたのね。」
「俺はなんとか逃げてきたんだが…これじゃあ村から出ることもできねぇ!もう終わりだ…」
男は項垂れるように膝をつく。
「確かに霧は深まっているし、村にもその霧の贄が来ないとは限らない。村の備蓄も限られているはずだしなんとかしないとまずいだろうな…」
リュウが考え込むように呟く。
ヒナがリュウの言葉を聞き、困ったようにジュンを見る。
ジュンは何かを決心したように男の肩に手を置き、静かに話し出した。
「行ってみるわ。出来るかわからないけどなんとかしてみる。あなたが言っている丘ってパピルスの?」
「そうです!!丘の北の方だ!」
「わかったわ。あなたは家に。」
ジュンは男を安心させ送り出すと颯爽とヒナたちに振り返る。その表情は今まで見たこともないような決意に満ちた表情だった。
不安そうにしているヒナに説明するように語り掛けた。
「魔法使いはね…天災や4DSの襲撃に対して人の助けとなるよう義務付けられた存在なの。それが「魔」を授かった宿命。私は行くわ。ヒナ達はこのまま鍵を探して?」
「俺も行こう。」
リュウはそう一言だけ言うと前に出る。
ジュンは一瞬驚いた顔をしたがすぐに頷くとそのまま街の入り口に向かって歩き出した。
「……わたしも…行く!」
「………行くか!」
ヒナ、こうも躊躇なく歩き出す。
ヒナとこうが付いてきたことに気付いたジュンはお礼のかわりに微笑み返した。
昨日訪れたばかりのパピルスの丘に着くと、異様な空気に四人は足を踏み出せずにいた。
昨日も紫の花による霧のような白い靄はかかっていたが、今日目の前に見える丘はそれとは比べ物にならない程の深い霧に覆われていたのだ。
手を伸ばして見てもその指先さえも見えなくなるくらいの霧に身動きをとるのも躊躇う程だった。
「み、見えないな……」
「こんなんじゃ歩けないよね」
ヒナとこうが顔を見合わせていると、ジュンが杖を掲げ、杖先に付く珠に手をあてた。
「大丈夫。『来たれ。闇を照らす聖なる焔。』」
ジュンの詠唱で杖先に明かりが灯った。
明かりは白い霧を全て照らすことは出来なかったが明らかに視界が広がり、難なく歩けるくらいに変わる。
「霧の贄……この見えない霧の中人を襲うものか……確かに逃げるだけでも一苦労だろうな。」
「こんな中でそんなのどうしたらいいのよ!」
リュウの言葉に顔を強ばらせ、ジュンの後ろを隠れるように歩き出すヒナ。
「丘の北って言ってたわよね。とにかく向かってみましょう。話はそこからだわ。」
まるでお化け屋敷の中を進むようにゆっくりとジュンのあとを続くヒナ。
こうはいつでも風の護りを起こせるように腕輪を構えながら歩く。
「……成る程。」
しばらく周囲を見回しながら歩いていたリュウが急に声を上げる。