光暗神伝 1
「重い………なんでわたしがこんな…」
ズリズリと地を引きずる音が時計塔の螺旋階段の壁を響かせる。
今さっき倒れた…正確には眠り込んだヒナを肩に背負い、息をきらしながら引きずって歩くジュンがいた。
宝珠が消え、時計塔は時空間の歪みもなくなり、いつもの荘厳とした様子を取り戻していた。
迷いこみ、出たくても出られなかったはずの時計塔のきしんだ扉を開けた。
長時間暗闇の中にいたためか、太陽のの光の眩しさに目を細める。
広場の向こうには賑やかな街の光や、声、生活音がまるで先程までの沈黙を無かったものとしてしまったかのように明るく響かせていた。
人々も街も息を吹き替えしたかのように時を進めていた。
良かった…
ほっとしたのか表情がゆるむ。
「さてと、どうしよう……この子…」
目もすぐに慣れ、今さっき出会ったばかりのヒナを担いで歩く自分の姿を思い浮かべて力なくつぶやく。
ジュンの足取りは重かった。
ドン
「いてっ」
「キャアッ…」
急に目の前を全力で横切る何者かにぶつかり、ヒナもろとも倒れこんだ。
下を向き息も絶え絶え歩いてきたジュンは目の前に飛び出してきた人を避ける力は残っていなかった
「いや、わりぃ…人を探しててっ…え…」
「いえいえ、別に……って?」
ぶつかってきた人がすぐ立ち上がり手を差しのべたと思うと目を丸くして自分を見ている…
いや、正確には自分が担いでいる後ろのヒナを…
「な…なに?」
「ひ……ヒナ!!」
その人物とはこうだった。
どうやら、時計塔の街の湖が跡形なく消えると同時に飛び込んできたようだ。
「この子を…知ってるの?」
新たに訪れたいつもの日常と違う事柄が、ジュンの運命をも静かに回しはじめた。
ジュンとこう、それに眠りに落ちたヒナは時計塔の街『クローナ』にひとまず戻ることにした。
賑やかな露天街を抜けた、落ち着きのある喫茶店のような店に入るとこれまでの経緯を話しはじめた。
こうにとってはジュンはこの世界に来てやっと出会えたまともな人間であり、貴重な情報源でもあった。
「…で、湖の水もいきなり引いたから、塔に突入したところで、お前たちがいたってわけだ。
で、この世界はなんだ?」
「と…唐突ね…まあいいわ。助けてもらったお礼に教えてあげる。さすがにこの子重くて。
この世界はデタルタロンと呼ばれる世界よ。」
「…て、ちょっと待ってね…?じゃあ、ヒナとあなたは別の世界からこのデタルタロンに来たと言いたいわけよね?…」
「まあ、信じる、信じないはおまえの勝手だけどな。」
こうに問い返し、目を丸くしたジュンだが、意外と静かに言葉を続けた。
「私は驚かないわよ。伝説や古い言い伝えで聞いたことがあるわ…」
「伝説?」
「そう。伝説『光暗神伝』。」
「光暗神伝……?」
「古い文献の中に出てくる神話なんだけどね…」
ジュンは、身を乗り出したこうを横目に考えを巡らせながらヒナを見る。
ヒナは本をしっかり抱きかかえながら、まだ眠っているようだ。
その宝珠が授けた古びた分厚い本を眺める目はなぜだか少し、切なげだった。