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錬金術師の箱庭戦争  作者:
第1章
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第7話 『主力戦闘用ゴーレム【シグナス】の真価』

工房のスタッフたちを、ぞろぞろと引き連れて歩きつつ、隣にいるベアトリクスに小声で尋ねる。


「なぜ女だけなんだ? 偶然か?」


するとベアトリクスは唇だけで、クスリと笑った。


「彼女、女子校育ちみたいね。男がいると、どうしても集中できないっていうから」


「・・・私は男だが?」


「身内は別みたい。父親とか、男の先生とか、全部を怖がってたら生活できないじゃない?」


ふむ、と(しば)し考えてから、


「・・・今後も、女だけ、か? 人材の幅が狭まると思うが」


と訊くと、


「あたしは、コレはコレで悪くないと思ってる。こっちの世界でも、働きたいのに働けない主婦は、少なくないのよ」


と、ベアトリクスは答えた。


なるほど、採掘、土木、農耕、傭兵・・・なんだかんだと、男の働き手が求められる仕事が多い。女が戦力になる職場は、限られているのかもしれない。


もしファクトリーで、女性を積極的に採用すれば、結果として、就業率が上がるだろう。

町の生産力も上がるし、隠れた人材の発掘にもなるかもしれない・・・実際、リゼラというスタッフを、今まさに見出そうとしているではないか。


「了解、納得した」


真面目くさって頷くアステリスクに、クスッと笑ってベアトリクスが囁く。


「女子校の先生になったと思えば、楽しいんじゃない?」


「・・・だと良いが」


諦めたように(つぶや)いたところで、ゴーレムの補修ラインに到着した。








補修ラインには、先の会戦によって負傷・破損したゴーレムが運び込まれていた。

ゴーレムにとって、顔であり、服であり、鎧である、外装(フレーム)はスタッフの手により取り外されて、()き出しのボディが露わになっている。


「・・・痛々しいな」


アステリスクはそっと手を触れ、呟いた。


どの機体も、浅からぬ怪我を負っている。戦場跡にあったものを「死人」とするなら、これは「怪我人」である。

錬金術師として、感傷に触れるものがあった。


そのままの姿勢で、背後にいる者へ向けて問う。


「オリヒメ君に訊く。今日まで君たちは、回収した破損ゴーレムの修復に全力を注いでいた。合っているか?」


「は、はい~」


「では、リゼラ君に訊く。修復するゴーレムは、破損度合いの深いものから順に取り掛かったか? それとも、浅いものから取り掛かったか?」


「あっ、そ、それは~」


「オリヒメ君は静かに。リゼラ君、答えてくれ」


「ああ、そりゃあトーゼン、ケガの重い子から先に治してやったよ」


その答えを聞き、アステリスクは振り返る。

オリヒメは、おろおろとしながら。リゼラたち工房スタッフは、「?」という顔で立っていた。


「馬鹿者!」


響き渡るような一喝。

ピョコン、と縮こまるオリヒメと、びっくりするリゼラたち。


「『修復は、破損の浅いものから行うこと』・・・何度も言ったぞ、オリヒメ君!」


「す、すみません~」


「他の者は、今ここで覚えて貰う。『修復は、破損の浅いものから行うこと』。これは大原則だ!」


オリヒメ以外のスタッフに向けて言う。


「何故なら、いつ次の戦いが起こるかもしれない以上、修復にかかる手間が少ないものから仕上げ、1機でも多く、いつでも戦える状態に戻さなければならないからだ!」


「でも、師匠~・・・」


「オリヒメ君が、ゴーレムを我が子のように愛しみ、それ故に、破損の深いものから直してやりたいと思ってしまう心根は、知っている」


複雑そうな顔をするオリヒメに対し、アステリスクは、はっきりと首を振った。


「だが、工房長を任されている間は、非情に徹しなくてはならない。それが工房長の責任だ」


そして、リゼラに言う。


「オリヒメ君は、自分がこの原則に違反していることを知っていた。だから、私に会ったとき、叱られると思って、逃げたり、泣き出したりした。・・・ここまでは分かるか?」


「・・・うん、分かる。けど、オリヒメ先生の優しさも、分かるから・・・他の皆も、そうだと思う」


「ああ、それは私も同じだ。君たちも、オリヒメ君と同じ気持ちを持っていて良い。ただ、作業は、原則を守ってもらう。それが、この町を守ることになるのだと思って、我慢して欲しい」


そう言ってスタッフを見渡すと、各々が、頷き返してくる。

リゼラも、「・・・分かった」と頷いた。








さらに奥へ進み、ガレージの扉を開ける。

そこには、補修工程を終えて、新しい外装(フレーム)を装着し、新品同様の姿になっている【白鳥(シグナス)】たちがいた。


「さて、諸君!」


アステリスクが言う。


「諸君は、このゴーレム、【シグナス】の特徴を、理解しているだろうか? いや、おそらくはしていない。というよりも、教えてもらっていないだろう! なあ、オリヒメ君!」


「は、はいっ」


「君がスタッフにした説明を、今ここで聞かせてくれたまえ!」


「はいっ・・・えっと、あの・・・シグナスは、とっても綺麗な子で・・・あと、小柄だから、身軽で・・・綺麗で・・・身軽なゴレームなんです~・・・」


「ああ、そうだろうと思った! ぜんぜん足りない!」


「すみません~っ!」


バン!、と白亜のゴーレムを叩いて、アステリスクは言った。


「いいか諸君! 【シグナス】の最大の特徴は、コストパフォーマンス(※1)だ! リゼラ君、コストパフォーマンスの意味は分かるか?」



(※1・・・費用コスト能力パフォーマンスを比較したときの度合い)



「あっ、はい! えー・・・強いのに、安い・・・いえ、あの、強いわりに、意外と安い!」


「よろしい、ニュアンスは合っている! 高いゴーレムが強いのは、当然。安いゴーレムが弱いのも、当然。だが、世界を見渡せば、そうではない機種もある!

 高いのに弱いゴーレム、これはコストパフォーマンスが最低に悪い! 安いのに強いゴーレム、これはコストパフォーマンスが最高に良い!」


そして、リゼラだけでなく、全員に向かって言う。


「高い、安い、といったが、コストとは、費用だけの話ではない! かかる手間、かかる時間、これらもコストに含まれる。

 時間をかけて丁寧に作らなくてはならないゴーレムは、コストが高い! 簡単に、パッと作れるゴーレムは、コストが安い!」


バン!、バン!、と真っ白な外装(フレーム)を叩きながら、


「この【シグナス】は、他の一般的な戦闘用ゴーレムと比べて、弱い! その代わり、値段は、それ以上に安く済む!」


と力説する。

もっとも、安い、といっても、ゴーレム自体は高価なものだが。


「さらに、構造がシンプルなので、作るのも、直すのも、簡単だ! 手間がかからない!

 スタッフにも、無闇に高度なスキルを求めない! だから、育成期間が短い!

 つまり、総合的に『コストが安い』ゴーレムなのだ! それが特徴であり、強味だ! と、いうことは!」


バン!、バン!、バン!、とゴーレムを叩き、


「どんどん戦い、どんどん壊れ、どんどん直し、どんどん作る!

 それが【シグナス】の正しい運用方法であり! 大きく破損した機体を、時間をかけて修復するのは、せっかくの『安いコスト』を、無駄にする行為だ!

 ダメージを負った機体は、軽傷のものだけ、パッと直す! パッと直せない機体は、さっさと解体ラインに送って素材資源をリサイクルし、生産ラインの材料に回す!」


その勢いで、オリヒメを、ビシッ、と指差す。


「これらのことを、オリヒメ君には教えてあった! だが、君たちは教わっていないだろう! だから今、教えた!

 私は、先ほど、ベアトリクス将軍から『今は戦力の回復中』と聞いて、耳を疑った! もし【シグナス】の特徴を踏まえて、正しく作業を行っていれば! 今頃は、すべての修復作業は完了し! 減った数は生産で補い! 会戦前の戦力を取り戻していた筈だ!」


「ご、ご、ごめんなさい~!」


小さくなるオリヒメに、アステリスクは言う。


「反省しなさい。今が、どういう状況か、君も分かっているだろう? 一日の作業の遅れが、この町の人々の生活を破壊してしまうかもしれないのだから」


「は、はい~・・・本当に、ごめんなさい・・・皆も、ごめんねぇ・・・」


スタッフたちに向かって深々と謝るオリヒメ。

すぐに皆に囲まれ、励まされている。たいそう慕われているようだ。


そんな様子を横に置いて、リゼラを呼び寄せた。


「な、なんですか?」


「一気に説明したが、分かったか?」


「あ、いや、あの・・・オリヒメ先生が泣いた理由は分かったし、それはもういいというか、納得できました。あと、シグナスのことも・・・勉強になりました。だけど、アタシが、第一助手?、になる理由は、やっぱり分かりません」


「充分な理解だ。やはり、君に第一助手を任せたい。というのも、私はこれから、色々と忙しくなるだろう。工房長になったが、すべての作業の面倒を見ることは出来ない。工房を留守にすることもあるだろう」


リゼラは不思議そうに小首を傾げる。


おそらく、オリヒメを近くに見てきたリゼラには、「工房長とは、こういうもの」というイメージがあるのだろう。

オリヒメ女史は、ファクトリーの中に(こも)って、すべての作業を監督するタイプだ。


が、アステリスクは、そういうタイプではないし、今はそういう場合でもない。


「錬金術師ならば、ゴーレム作りが本領だが、それだけでは、この町を守れないかもしれない。今、戦っている相手は、思っている以上に手強いようなのでな。分かるか?」


「は、はい。分かる・・・と、思います」


「そこで、私が留守の間は、工房をオリヒメ君に任せるのだが、彼女はああいう性格なので、先ほど私が言ったことを、守れない。分かるか?」


「よく分かります」


はっきりと頷くリゼラ。

ようするに、『ゴーレムは消耗品だと思え』とアステリスクは言っているのであり、それが、オリヒメには上手く受け入れられないのだ。

悪気があるわけではないが、理屈ではない部分で、どうしても拒否してしまうのだろう。


「だから、君が必要だ。オリヒメ君には出来ない判断や決断をするのが、リゼラ君、君の仕事だ。分かるか? いや、どうか分かって欲しい」


「あっ・・・はい、大丈夫です。やります、頑張ります。オリヒメ先生の為にも」


やる気を(みなぎ)らせるリゼラの返事を聞いて、アステリスクは満足して頷いたのだった。


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