閑話 『錬金術師の思い出』
それは不意に、走馬灯のように、頭の中に蘇った。
壮大なBGMと共にスクロールしていく、あの懐かしきゲーム『ゴーレム・ウォー』のオープニング・デモ。
そして、錬金術師としての第一歩となる、ゴーレム作成のチュートリアルの風景である。
――古き歌に曰く。
――空の月が、まだ一つだけだった頃、世界は平和であった。
「それでは、始めるとしよう。2度とは教えぬゆえ、そう心得て、よく学ぶのじゃぞ」
「はい、導師」
――ある年のこと、空の月が、二つに増えた。
――それは、平和の終わりであり、悪魔の軍勢による侵略の始まりであった。
「この部屋をよく見るが良い。錬金術を知らぬ者には、ただの書斎に見えるじゃろう。しかし、この部屋そのものが、魔法陣であり、祭壇なのじゃ。
とりわけ、本の配置は、儀式の要となることを銘記せよ」
「はい」
「では、右奥の書架、上から2段目、右から7冊目にある『不死鳥の杯』を、背面の書架、一番下の中央に収めよ」
「はい、導師」
――押し寄せる悪魔との戦争は、百年もの長きに渡った。
――人類は、多大な犠牲と引き換えに、悪魔を退治することに成功した。
「次に、左手前の書架、下から3段目、右から3冊目にある『世界の始まりの調』を、右中央の書架、中央の段の左端に収めるのじゃ」
「はい、導師」
――悪魔が去った後の世界は、静寂であった。
――かつての実り豊かな大地は、荒野と化していたのである。
「『精霊百人一首』を――」
「『アマゾネス化粧呪文』を――」
「『宝石島奇譚』を――」
「『牛頭馬脚の黄泉路返り』を――」
「はい、導師」
――人類はまず、不毛の大地の復興に着手した。
――戦いの中で、多くの知識や技術が失われており、作業は難航した。
――しかし、苦難の時代は、そう長くは続かなかった。
「――うむ、これで準備は完了じゃ。では、いよいよ、神力魔核の原石を、台座に捧げるぞ。正確に、六芒星の中央になるよう、注意するのじゃ」
「マナードコア?」
「先ほど、大きな石を1つ、預けたじゃろう。それがコアとなるのじゃ」
「あ、これですね」
――今では伝説となりし、偉大なる賢者、ワイズマン。
――彼は、失われた『錬金術』を復活させることに成功した。
「ここで、呪文を唱える。短いが、聞き漏らすでないぞ。よいか? ゆくぞ?
『偉大なる始まりの四つと
セアルティ、イグルディ、バラルキィの
聖印の下に鼓動となれ』
・・・どうじゃ、覚えたであろうな?」
「はい・・・・・・はい、大丈夫です、覚えました、導師」
「唱えてみよ」
「はい・・・『ミ・シャルロス・ミ・シュトレイス・ミ・シェリス・セール・セアルティ・ケール・イグルティ・ソール・バラルキィ・ラ・ラ・エルフィル・アプロヴィナス・ロー』」
――ワイズマンの錬金術は、ゴーレム創造の秘術であった。
――生み出されたゴーレムたちは、牛馬以上の労働力となり、復興を大いに助けた。
「さあ見るがいい。ただの石コロでしかなかったものが――この通り、宝石の如く輝く。これが、コアじゃ。ゴーレムの心臓なのじゃ」
「はい・・・とても綺麗です」
「隣の部屋へゆくぞ。このコアを、ゴーレムの肉体に納めるのじゃ」
「はい、導師」
――ゴーレムは、畑を耕し、家を建てた。
――が、それだけではない。
――辺境にいまだ巣食う、悪魔の生き残りたちと戦う、戦士にもなった。
――ゴーレムは、生活の友であり、頼れる守護神であった。
「最後に外部装甲を取り付ける。外装はゴーレムの、『顔』であり、『服』であり、『鎧』であると心得よ。
田畑を耕すにも、戦場で争うにも、フレームが無くてはすぐに傷つき、壊れてしまうのじゃ」
「はい、導師」
――だが、徐々に、別の使われ方をするようになる。
――各地の領主が、互いに相争うようになったからだ。
――いわゆる、『ゴーレム・ウォー』時代の幕開けである・・・。
「これにて完成となる。全ての錬金術師にとって、始まりのゴーレム、【ベイビー】じゃ。これより先、お前が創る全てのゴーレムは、この子の兄弟であることを、ゆめ忘れるでないぞ」
「はい。ありがとうございました、導師」
「よいか、アステリスクよ。今日からお前は錬金術師として――」
「――どうしたの、アステリスク?」
ゴーレム・ファクトリーへと向かう途中。
ふと気づくと、ベアトリクスがこちらを振り返って、小首を傾げていた。
「・・・いや、この窓から見えたものでな・・・月が」
窓の外は、すでに日が暮れていて、空に浮かぶ2つの月が、美しく輝いている。
「月?」
「ああ、なんだか・・・一瞬、頭が、走馬灯になってた」
そう、あれは・・・初めてゴーレムを作ったときのこと。
『ゴーレム・ウォー』に夢中になり始めた頃の、思い出だ。
錬金術のチュートリアルに登場する『導師』は、本当に大事なことでも、絶対に一度しか言ってくれないので、必死にメモを取って、暗記したものだ。
(・・・ミ・シャルロス・ミ・シュトレイス・ミ・シェリス・セール・セアルティ・ケール・イグルティ・ソール・バラルキィ・ラ・ラ・エルフィル・アプロヴィナス・ロー・・・・・・忘れないものだなあ、これだけは・・・)
「・・・さ、行きましょう? 工房のスタッフが帰ってしまわないうちに」
「ああ・・・そうだな」
夜空に浮かぶ、双子月。
それは、あらためて、ここが『ゴーレム・ウォー』の世界であり、自分が錬金術師であることを、教えてくれているようだった。