第5話 『白 VS 黒』
「まず、あたしたちの町、ホワイトレイクは、ここ」
タペストリー地図の上に、ポン、と駒を置く。
サイドボードのチェス盤に並べてあった、白色の王様の駒だ。
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≫ [白王]
≫
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タペストリー地図は、王国の南西地方の一部をクローズアップしたもので、純白鳥伯爵領を中心にして、かなり広い範囲の描かれている。
「ホワイトレイクの町を中心に、5つの拠点があるんだけど、町と呼べるほどの規模があるのは、ここと、もう一つ、リバーサイドの町だけね」
言いつつ、白色の歩兵の駒を置く。
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≫ [白兵]
≫ [白王]
≫
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「こうしてみると、小さなものだな」
「世界が広いだけ。ホワイトスワンは、れっきとした伯爵の格なのよ?」
北には連なる山脈があり、南は砂塵の舞う荒野へ。
東に向かえば大街道に繋がり、その先は地方総督府へと通じる。
西へ向かえば緑が増え、その先には大森林地帯、となっていたはずだ。
「ヘルハウンドの中心都市、ケンネル=タウンの町は、ここね。あっちは、ウチよりも大所帯よ。町も2つあるしね」
「タウンの町、って変じゃないか?」
「あたしが名前を決めたんじゃないもの」
今度は、黒色の王様の駒を取り、ホワイトレイクの下側、南の位置に置き、さらにその付近に、黒色の歩兵も並べる。
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≫ [白兵]
≫ [白王]
≫
≫
≫ [黒兵]
≫ [黒王]
≫ [黒兵]
≫
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「それで? 地図を見て、どうするの?」
アステリスクは思案顔で頷いた。
「ベアトリクス、この辺りで、一番大きい勢力はどこだ?」
「この辺りって、どの辺りまで? 地方総督府も入るなら、当然そこが最大勢力だけど」
「・・・基準は、シルバー級だ。ヘルハウンドに、シルバー級の量産機を、相当数、を流したヤツがいる筈なんだ。この辺りで、それが出来るギルドは、どれだ?」
「えっ・・・? ど、どういうこと?」
唐突に何を言い出すのかと、驚くベアトリクス。
しかし、アステリスクの声には自信があった。
「戦場跡に落ちてた赤いゴーレム、あれは敵が乗っていた機体だろう?」
「【フランベルク】のことね?」
「確か、ブロンズ級の戦闘用ゴーレム、だったな?」
「そうよ?」
「違うな。あれは、シルバー級だ」
「えっ・・・えええーっ!?」
アステリスクの言葉に、よほど意表を突かれたのだろう、
「そ、そんな筈は! 【フランベルク】はブロンズ級、間違いないわ!」
思わず立ち上がりそうになるベアトリクス。
すると、ポン、とアステリスクの手が、ベアトリクスの頭を叩く。
「な、なによ?」
「うっかりしてるぞ、ビー君。ゴーレムの等級を決めるのは、コアとボディだ。外装はどうにでもなる――簡単に取り換えが利く部分だろう?」
「あっ・・・!? ゲームなら、外見で中身をカモフラージュする意味なんて無かったけど・・・こっちの世界でなら!」
こちらの世界は、ゲームと違い、いろいろなデータや数字が、目には見えない。
ゴーレムの外見が同じだからといって、中身まで同じかどうかは、確かめてみなければ判別出来ないのだ。
「そうか・・・あのとき、あたしの戦列突撃を迎え撃った【フランベルク】は・・・そういうことだったのね!? なら、あの固さも分かる・・・!」
悔しそうに床を蹴るベアトリクス。
何も言わずに待っていると、フゥ・・・と、溜め息のように息を吐いた。
「・・・ごめんなさい、アステリスク。ビックリして、それに、自分が情けなくって、ちょっと取り乱したわ」
「問題ない。それに、勝ったのは君だぞ」
ポン、と肩を叩く。
「ヘルハウンド軍は、地力の優位をカモフラージュで隠して、上手く罠に嵌めたと思った筈だ。きっと、今の君どころじゃないくらい、悔しがったことだろう」
「フフッ、そうね。そう思うと、やっぱりあたしって凄いのね?」
「天才だよ。で、天才の将軍閣下に、教えてほしい。ヘルハウンドに、シルバー級を提供することが出来るギルドは?」
すると、ベアトリクスは、クスッ、と笑って、サイドボードから、黒色の女王の駒を取る。
「コイツよ!」
トン!、と音を立てて、褐色の指が、タペストリーに駒を置いた。
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≫
≫ [白兵]
≫ [白王]
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≫
≫ [黒兵]
≫ [黒王]
≫ [黒兵]
≫
≫
≫
≫
≫
≫ [黒女王]
≫
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「ギルド『ブラッディランス』。第3次サーバー出身の、戦争狂どもよ」
――血塗れ槍公爵領。
その中心都市、レッドウォールの町は、重厚長大な城壁に囲まれた、堅牢な城塞都市である。
その町の中央には、巨大な黒い城が建っている。城の外壁は、ところどころに赤染めの布を垂らしており、遠目からは城そのものが血を流しているかのように見えた。
城の中に入ると、驚くほど質素である。
権力者の権力を象徴するような豪勢さが、ほとんど感じられない。
その代り、なのかどうかは知らないが、詰めている兵士は、かなり多く、皆に、立派な鎧に、靴、小手、マントと、統一した装備を与えられている。
もし、彼らを城の装飾品の一部だと見なすのであれば、質素どころか、実に豪勢な城といえるだろう。
中央の階段を上がった先の広間では、伝令の兵士による報告が行われていた。
「失礼いたします! ヘルハウンド侯爵バレンチーノ様より、お手紙が届きました!」
広間の奥、高くなっている場所に設えられた椅子に、短外衣を纏った女が座っている。
周囲の者たちが、比較的に簡素な装束であるのに対し、この女の身に纏っているものは全て、貴金属や宝石で飾られている。短外衣にも、青や緑などの、彩り豊かな大きな羽根飾りが、わんさと付いていた。
顔は、黒い薄布を垂らしており、よく見えない。
この女こそ、血塗れ槍公爵エリザベス、その人であった。
「読むがよい」
「えっ、しかし、侯爵様から直々の親書なのですが・・・よろしいのでしょうか?」
「妾に、2度、言わせるのか?」
薄布越しの声は、広間に冷たく響いた。
「し、失礼しましたッ! それでは、代読させて頂きます! 『麗しきエリザベス様へ――』」
「世辞は飛ばせ。用件のみ、伝えよ」
「ハッ!・・・ヘルハウンド侯爵バレンチーノ様は、援軍を求めておられるようです。えー・・・
・・・先日の、ホワイトスワン伯爵領への攻撃に際して被った損害のうち、もともと、ヘルハウンド軍の保有していたゴーレム部隊の損耗分については、順調に回復中であり・・・
・・・しかし、ブラッディランス軍から借りていた部隊の損耗分は、補充を送って貰いたい、とのことで・・・
・・・そして次回の侵略を成功させるためには、さらに増援が欲しい、と・・・
・・・以上です!」
広間が静まり返る。
エリザベス公爵が、この手紙に、どのように反応するのか、様子を窺っているのだ。
「妾の軍勢を無為に失っておいて、また送れ、とな。それも、もっと増やせ、とな」
クックック、と薄布の奥で、女公爵が笑う。
部下たちは背中に冷や汗を感じながら、主人の激昂を予感した。
だが、
「よい。叶えて遣わせ」
エリザベス公爵は、呆気ないくらいに、すんなりと頷いた。
「前に貸したのは、50、じゃったか? では次は、100、送るがよい」
それどころか、大盤振る舞いである。
さすがに疑問を感じたか、一人の武官が、勇気を奮って進言した。
「お、お待ちくださいませ、閣下。ヘルハウンドとて一個の領主。それに対し、100もお与えになる必要がございましょうか? 援軍を欲しがっている軍は、他にいくらでもございます」
その言葉は、他の家臣たちの共感を呼んだ。たとえ言葉に出さなくとも、頷き、視線を送る者たちは、決して少なくはなかった。
女公爵が、答えた。
「妾に、2度、言わせるのか?」
その一言で、すべての家臣が平伏した。
勇敢だった武官は、他の誰よりも深々と、床に頭をこすり付けて、主人に忠実であることを態度で示したのだった。
「戦争狂? ブラッディランスが、か」
「もちろん、『ゴーレム・ウォー』は、そういうゲームだから、まったく否定はしないけどね」
血塗れ槍公爵は、この南西地方に割拠する領主たちの中でも屈指の勢力であり、その母体となっているギルドは、第3次サーバーで活動していた『ブラッディランス』という武闘派ギルドである。
「もともと、第3次サーバーは、殺伐とした戦国時代のノリだったし・・・だけど連中は、ちょっと異常なくらいに好戦的よ」
ブラッディランスは、こちらの世界にやって来るなり、真っ先に戦争を始めたのだという。
しかも、一年以上を経た今日に至るまでも、常に、どこかと戦争をしているらしい。
「まったく、呆れる戦争マニアっぷりよ。ウチみたいな穏健派ギルドでは、ちょっと想像もつかないノリだわ」
「こら、ベアトリクス。他人事みたいに言うな」
「他人事だったんだもの。隣近所っていうほど近くはないし。いずれ飛び火してくるかもしれないけれど、その前に潰れると思ってたわ。いくら大手といっても、見境なくケンカを売ってばかりじゃ、ね――」
ベアトリクスは、肩をすくめて苦笑する。
「――ところが、もう飛び火してたのね?」
「ヘルハウンド軍に戦力を提供したのが、ブラッディランス軍だとすれば、だが」
「間違い無いと思うわ。ヘルハウンドと戦争になってから、それなりに調べてはいたの。生産力とか、交友関係とかね」
「繋がりがあったのか?」
「ヘルハウンドは、第4次サーバー時代から、ライバルがいたの、覚えてる?」
「ああ・・・確か、キングコング、だったか」
ギルド『火炎犬』と、ギルド『暴れ王猿』は、文字通りの犬猿の仲で、絶えることなく小競り合いをしていた。
「逆に、仲が良いんじゃないかと思っていたが」
「そういうウワサもあったわ」
ともあれ両ギルドは、こちらの世界に来てからも、犬猿の仲を続けていたらしい。
「なのに、少し前に、急に和解したの。その後、ウチに宣戦布告してきたわ。それで――」
「両者の和解を取り持ったのが、ブラッディランスか」
「――っていうことみたい。何故そんなこと、って思ってたけど、これで納得。ようするに、2つのギルドを同時に傘下に収めたわけね。たぶん、脅迫に近い感じで」
不愉快そうに眉をしかめるベアトリクスに、尋ねた。
「キングコングは、今、どうしている?」
「分からないわ。調べてみる?」
「頼む。が、取り敢えず後回しでもいい。今は、こっちが大事だ」
アステリスクは、テーブルの上の織り掛け布の地図に並べられたチェスの駒の一つ、黒女王を指で弾くと、こう言った。
「私の仕事をする。ファクトリーに案内してくれ」