第4話 『お値段、ゴーレム1機分』
荒野に立つ2人の後ろには、白い塩湖の跡があり、その向こうにはホワイトレイクの町へと至る。
この場所で、先日、戦争が行われた。
ホワイトレイクの町を守る、純白鳥伯爵領軍が、
越境して攻めてきた、火炎犬侯爵領軍を迎え撃ち、
この荒野で会戦が行われ、
ベアトリクス将軍が勝利し、敵を退けたのである。
「オバちゃんの井戸端会議で、そんな話をしていたな。そういえば、勝利の立役者の名前は、ベアトリクス将軍だった」
言いながら、戦場跡に足を踏み入れる。
破壊されたゴーレムの残骸が残っており、戦いの痕跡が生々しい。
「修復可能な機体は回収したわ。それ以外は、コアだけ抜いて・・・あとはご覧の通り」
ベアトリクスは厳しい顔で、ボディが真っ二つに裂けるように砕かれた、戦闘用ゴーレムの残骸を見上げた。
白亜の外装がボロボロに壊れて、ボディが半分以上、むき出しになっている。
周辺の地面には、激突によって砕け散った、外装の破片が散らばっている。ときどき、手足の一部と思われる、大きめの破片も混じっていた。
「我が軍の主力戦闘用ゴーレム、【シグナス】よ」
もちろん、説明されるまでもない。
ギルドの名にちなみ、この白亜のゴーレムに白鳥の名を与えた開発者は、他でもない、アステリスクなのだから。
「この子たちは、よくやってくれたわ。あたしの命令通り、丘を駆け下りて、正面から敵に突撃したの。これほどの被害が出たのは、あたしのミスね」
真っ二つに裂けるように砕かれた、白鳥の残骸の隣に、もう一機、真っ赤に塗られた戦闘用ゴーレムの残骸がある。
赤いゴーレムは、ボディが大きくへこみ、特に、両脚が完全に破壊されている。
「こっちが、ヘルハウンド軍のゴーレムよ。これも、コアだけ抜かれて、放置されたようね」
「ほう・・・」
アステリスクは、ゴーレム工匠の顔になり、興味深そうに、敵ゴーレムの残骸を触りだす。
戦場の礼儀として、敵軍のゴーレムの回収は、敵軍に任せることになっている。
敵軍が放棄した後で、それを回収するのは自由だが、コストが見合わないことが多く、結局、そのままになってしまうのだ。
「ベアトリクス、一つ質問だが」
「ええ」
「お前は、このゴーレムの戦力を、どう見積もっていた?」
「どう、って言っても・・・・・・ヘルハウンド軍の主力戦闘用ゴーレムは【フランベルク】といって、市販のブロンズ級ゴーレムをベースに、分厚いフレームを装備した・・・・・・まぁ、よくあるタイプの重歩兵よ?」
『ゴーレム・ウォー』プレイヤーは、戦闘用ゴーレムを、コアの出力等により、ブロンズ、シルバー、ゴールドの3段階にランク分けしている。
ブロンズ級は、一番下のランクになるが、これはもちろん、実戦で役に立つ範囲で、の話であり、ブロンズ級以下のゴーレムも沢山ある。
「あとは、そうね・・・強いて特徴を挙げるなら、ヘルハウンドは第4次サーバー出身のギルドらしく、ロックバスターを重視するみたい。実際、敵の将軍は、最前線でゴーレムに乗っていたわ」
ゴーレム軍団は、錬金術師が、後方から指揮する場合と、ゴーレム乗りが、前線で指揮する場合がある。
どちらもメリットがあり、一長一短である。
第3、4次サーバーでは、ロックバスターが最前線で指揮する方式が好まれる。とりわけ、第4次サーバーでは、ロックバスターこそ花形であるという感覚が強い。
第1、2次サーバーには、そういう傾向は無いが、そもそも、ロックバスターという職業が無かったのだ。
「敵将は捕らえたのか?」
「ええ。一通り尋問した後、身代金を取って、返したわ」
NPC(※1)だった、とベアトリクスは告げた。
(※1・・・ノン・プレイヤー・キャラクター、の頭文字。人間が操作していない登場人物のこと)
「数は?」
「ざっと、150、対、250」
約2倍の敵に向かって、ベアトリクスは、正面から突撃をしたのである。
(・・・いくらか地の利もあったんだろうが、それにしても大胆な・・・)
と、あらためて感心しながら、火炎犬軍の遺棄していったゴーレム【炎】の残骸を調べる。
付近にあった他の機体もいくつか調べて回り、しばらくして「やっぱりな」と呟いた。
「こいつは面白いぞ、ベアトリクス」
「どういう意味?」
「とりあえず、まだヘルハウンドとの戦争は終わってないんだな?」
「ええ・・・残念だけど、停戦交渉は空振ったわ。今は、戦力回復に全力を傾けているところ。ヘルハウンドよりも先に回復して、次はこちらが先手を取らなきゃ」
「馬鹿を言え」
「・・・えっ?」
「地図はあるか? 大陸図なんて大袈裟なものじゃなく、この辺りの地形と、各ギルドの縄張りが知りたい」
「・・・うん、あるわ。ホワイトレイクの町の、あたしの部屋に戻れば」
「よし、行こう。すぐ行こう」
急かされるまま、ロバ型ゴーレム【サラブレット】に乗る。
「落ちないでね?・・・ハイヨーッ、ロバートッ!」
再び駆け出したサラブレットは、軽快に大地を駆けていく。
褐色の肌の女戦士と、ゴーレム・フリークを、その背中に乗せて。
ベアトリクスの居室は、ホワイトレイクの町の、領主の城の中にあった。
城内にいるのは、皆、彼女の部下のようだった。
下働きと思われる者達とは別に、揃いの革の鎧を身に纏った警備兵たちが、あちらこちらに配置されている。
皆、長い銃を背中に負い、腰には礼剣を吊るしていた。
(ケンカになったら勝てないな)
兵士は男も女もおり、必ずしも強面ばかりではない。しかし、一番背の低い、女性兵士を見ても、いざケンカになったら、勝てそうだとは思えなかった。
そんな兵士たちが、ベアトリクスを見ると、気をつけの姿勢で敬礼し、それをベアトリクスは当然のように受け、返礼していく。
(ビー君なら、この人たちに勝てるのかな?・・・勝てそうだな)
目の前を歩く、褐色の肌の女将軍の背中が、なんだかとても、高くて遠いもののように感じたのだった。
ベアトリクスの部屋は、部屋といっても、一般家庭の部屋とはかなり違っていた。
しばしば客人を迎え入れ、ときには重要な会談を行うことも想定されているのだろう、充分以上に広く、部屋数も多い。
ヨーロッパの古風なホテルの、ペントハウスのような雰囲気があった。
通された部屋は、書斎を兼ねているのだろうか、文机の上には本やペンが置かれている。
壁には、警備兵たちが着ていた革の鎧や、長い銃、礼剣などが掛かっていた。
きっと、この城の制式装備なのだろう。
「寛いでくれ」
勧められるままにソファに座ると、侍女がやって来て、お茶と、茶菓子を用意してくれた。
一礼して退室した侍女を見送ったアステリスクが、
「兵士や、彼女たちは、NPC?」
と尋ねる。ベアトリクスは頷いて、
「今、この城にいる『ゾディアック・フレンズ』は、あたしたちを含めても、3人しかいないの」
「ゾディアック・フレンズ・・・?」
「ああ、NPCじゃない人、元プレイヤーの総称ね。この世界の人たちには、秘密結社の一つとして認識されているわ」
この世界にやってきた人々が最初にやったのは、やはり、同じ境遇の仲間を探すことだった。錬金術師として、ロックバスターとして、領主として、やりたいことは人それぞれだが、やはり故郷の同胞との繋がりは必要だった。
その結果、都に本部を置く秘密結社『十二宮の友の会』が誕生したのである。
「秘密結社とは、大層だな」
「それが、あまり大した組織じゃないの。たまに回覧板のように、メンバーに手紙が届く程度。新しく、こっちに来たプレイヤーの名前が載っているわ」
「私の名前も載っていたか?」
「まさか、誰もまだ知らないもの。あたしが、都の本部に報告すれば、次回の手紙には名前が載ることになるでしょうけど・・・はい、どうぞ」
ベアトリクスが、奥の棚から取り出した、織り掛け布を、テーブルの上に広げた。
「おおっ!? これ・・・地図だな! 絨毯みたいだが・・・」
アステリスクが目を輝かせる。その姿はまるで、クリスマスに、チョコレートの小箱を見せられた、小さな子供のようだ。
その視界いっぱいに広がる大きさの織り掛け布は、まさしく、この土地の地図になっていた。
「絨毯にも似ているけど、タペストリーというものよ。壁に掛けて使う、部屋の飾り。それで、この辺りの地図を、模様にしてみたの」
ベアトリクスは、嬉しそうに微笑む。
いずれ、友がこの城に来たときに見せようと思っていた、自信の一品であった。
アステリスクは、かなりの時間、無言で見入っていた。
「・・・ビー君、これ、どこで買える? 幾ら?」
「どこで、というか・・・職人を集めて、作ってもらったの。一点ものよ。値段は、まあ・・・ゴーレム1機分くらい?」
ペロッ、と舌を出す。
高すぎる、と笑われるかと思ったのだが、アステリスクは、唸って首を振った。
「うん・・・いずれ、金を作って、俺も作って貰おう・・・じゃあ、これはこれとして、普通の地図は? 市販品の」
「無くはないけど、町で売っているものは、近場をザッと描いたような、小さくて簡単なものだけよ。貴族なら、都の商人から、もうちょっとマシな地図が買えるんだけど・・・ほら、これ」
ベアトリクスが見せたのは、一つは羊皮紙のようなものに書かれた、素朴な手書きの地図。ホワイトレイクの町を中心に、近くの町までの行き方が載っている。
もう一つは、パピルスのような素材に、色彩豊かに描かれた、いわゆる中世風の地図である。
「ああ、なるほどね。こっちのは、公式サイトに載っていたやつと一緒だな・・・これはこれで好きだけど」
公式サイトの地図は、あくまで世界観と雰囲気を重視したもので、正確性には欠けていた。
大河を馬が泳いでいる絵や、空に風神が浮いている絵は、ロマンとファンタジーに溢れてはいるものの、地図としては無用の要素であろう。
「このタペストリーの地図のデザイン元があるだろう? それを簡略化して、紙に描いたものを常備するべきだろう・・・まあ、それはそれとして、今はこのタペストリーを使おうか。使うのが勿体ないくらいだけど」
そう言いつつも、テーブルに広がる地図を見る目は、生き生きとしていたのだった。