第3話 『ゴーレム・フリーク』
仮面の下から現れたのは、目の光が印象的な、若い女の顔だった。
その顔に、見覚えは――
(・・・?・・・??)
――無かった。
人の顔を覚えるのは、あまり得意な方ではないが、それにしても、こんなに印象的な女性の顔を、きれいさっぱり忘れるだろうか。しかし『ゴーレム・ウォー』で出会ったキャラクターたちを思い返しても、やはり一致しない。
眉根を寄せたり離したりしながら悩んでいると、ピエロだった女は、クスクスと笑いながら、名前を告げた。
「ぼくです、ビスマルクですよ、先輩。あ、今は『ベアトリクス』っていう名前ですけど」
「なななっっっ!!!???」
今日一番の驚き。
もちろん忘れるはずがない。第1次サーバーの頃から、一緒に遊んでいた、戦友だ。
ゲームの攻略情報を交換をするうちに意気投合して、住んでいる地域や、初恋の話など、いつの間にかプライベートな話までする仲になった。
お互いの年齢を知ってからは、「先輩」と呼んで慕ってくれる、男友達である。
新サーバーが開かれるたびに一緒に移行し、第4次サーバーまで、ずっと仲間だった。
この『リニューアル・ワールド』でも、きっと会えるに違いないとは思っていた・・・のだが。
「そ、そうか・・・ビスマルク、ね・・・でも、ビー君、なんで女の格好、っていうか、女になってるんだ?」
『ビスマルク』は、筋骨隆々とした、男のキャラクターだった。
ところが、『ベアトリクス』は、どう見ても女である。
一流の女性アスリートを思わせる、しなやかな肉体。
髪や肌などは、驚くほど艶やかで、やや中性的な顔立ちながら、美人であることは疑いようもない。
「だって、せっかく新サーバーになるから、キャラクターを変えようと思って」
「また・・・そういうことを」
「先輩は、変わりませんね?」
「変わると、落ち着かないじゃないか。せっかく馴染んだのに」
「まぁ、好きですけどね。先輩の、そういう安定感」
クスクスと笑われ、やれやれ、と肩をすくめるアステリスク。
ビスマルク・・・ではなく、ベアトリクスは、まるで服を着替えるように、キャラクターの外見をコロコロ変える癖があった。
やたら幼い少年にしたかと思えば、腰の曲がった老人にしたりと、一貫性が無い。
本人は「拘りを持たない、という拘りがあるんですよ」などと言って笑っていたが、付き合わされる方は、なかなか落ち着かなかったものだ。
「しかしビー君、女のキャラクターは初めてじゃないのか?」
「他のゲームでは、女もやってました・・・じゃなくて、やってたわ。それに、自分史上、今が一番しっくり来てるの♪」
ウインクしながら、「ちょっと恥ずかしいけどね?」と照れたように微笑む。
「けど、こんな風なリニューアルになると知ってたら、さすがのあたしも、もうちょっと悩んだと思うわ」
と、ベアトリクスは空を指さす。指の先には、月が2つ、浮かんでいた。
確かに。リアル化すると分かっていれば・・・・・・ものすごく気合を入れて、美男子に作り込んでいたかもしれない。
・・・・・・で、結局は中身が伴わず、かえって嫌な気分になったのではないだろうか。
(あぁ、やっぱり知らなくて良かった)
身の丈に合うというのは大事だな、などと考えるアステリスクであった。
「ねえ・・・どうかしら? リニューアルした、あたしへの、感想は?」
「む? うん・・・うん・・・良い、と思う」
今のベアトリクスは、自然体で楽しそうだ。
比べると、巨漢や、老人を演じていた頃は、あまり似合っていない服を、無理に着ている感じがあったようにも思う。
アステリスクは一人、なるほど、と頷いた。
「ビー君に、よく似合っている。素敵だ。・・・ただ、女の君とは、まだ不慣れで、少し戸惑ってはいるが」
「フフッ、確かに女だけど、でも、戦士でもあるのよ? ロックバスターだもの」
ゴーレム乗りは、戦場の花形である。最前線で自らゴーレムに乗って戦いながら、配下のゴーレムたちの指揮もする。
ビスマルクだった頃は、厳めしい巨漢のくせに、繊細なほどの華麗な騎乗スキルを持った、凄腕ロックバスターであった。
「その辺りは、前と変わらないのか」
「もちろん。外見だけよ、変わったのは」
そう言って、髪を軽くかき上げる仕草が、よく似合っている、というか、楽しんでやっているのが伝わってきて、少しばかり羨ましい。
と、今度は、ベアトリクスが尋ねてきた。
「1年以上も来ないなんて、いったい何をしていたの?」
「・・・1年?」
「あなたのことだから、誰よりも早く新サーバーに移行すると思ってたのに。いつまで経っても来ないから、心配したのよ?」
アステリスクは小首を傾げる。
聞けば、新サーバーへの移行を決意するのが早かった者ほど、この世界に早期に降り立ったらしい。それにしても、1年とは・・・あちらと、こちらでは、時間の流れが違うらしい。
「そうか・・・待たせて悪かった」
そんなに長い間、迷った覚えも無いのだが、ベアトリクスの表情を見ると、言い訳や反論は、野暮に思えた。
頭を下げるアステリスクに、ベアトリクスがまっすぐに手を差し出してきた。
「じゃあ・・・アステリスク。あたしと、一緒に戦ってくれる?」
「ん? それは、ギルドの勧誘か?」
ほとんど反射的なものだが、アステリスクは戸惑った。この世界の仕組みと、ゲームのシステムとの関係が、まだよく分からなかったからだ。
すると、ベアトリクスは「そうじゃなくて」と、首を振った。
「あたしの味方になって、という意味よ」
「ああ! なるほど、そういうことなら、もちろんだ」
友の手を、握り返す。
触れた手から、温もりが伝わってきた。
グスッ、と小鼻をすするような音がする。気付くと、ベアトリクスの瞳が、潤んでいた。
「あ――」
何かを言いかけたアステリスクを、ベアトリクスは身振りで抑える。
そして、目元を素早くぬぐうと、ニコッと笑って「嬉しい」と言った。
笑顔とか。
人肌とか。
こんなに嬉しい握手も初めてだな、と思う。
それと同時に、ああ――なんだかんだ言って、自分はこの世界に緊張していて――それが今、ようやくリラックス出来たんだな――と、感じたのだった。
「それにしても、ひどいんじゃないか? 一目で気付いてくれたのは嬉しいが、その後は、強引にも程があるというか」
ロバ型ゴーレムに乗せられ、走り出したときを思い出すと、笑って良いのか、怒って良いのか。
するとベアトリクスは茶目っ気を覗かせて、
「遅刻したバツ、よ」
とウインクする。その後、自信満々で、こう告げた。
「でも、楽しかったでしょう? この世界に来て、最初にするべきことは、ゴーレムに乗って走ること。そうすれば、すべて分かる。あたしはそう思ってるわ」
言われて、納得してしまう。まったくその通り、あれは実に楽しかった。町へ帰るときも、ぜひ走らせたいと思う。
・・・納得してしまったら、笑うしかあるまい。
「ハハハハッ、ならしょうがないか。この移動用ゴーレムも、良く走ってくれたし――」
やや苦笑気味に笑いながら、ロバ型ゴーレムを見る。
あらためて見てみれば、それはかつて、アステリスク自身が開発した、四足タイプの移動用ゴーレムであった。
「――ほう! まだ使ってくれていたとは」
軽快なスピードが出せて、その割には耐久性も高い。開発者としては、自信の一品だった。
つい、鼻息を荒げて、レッドカラーの外装を施し、【赤い駿馬】などと大層な名前をつけたのも、懐かしい思い出である。
製造コストが少々張ってしまったので、量産はしなかったが、何機か造って、友人にプレゼントした。確か、ベアトリクスには、2番機を贈ったはずだ。
外装の色が、赤から白に変わっていた為か、一目見ただけでは気付かなかったが、こんな風に、自分が造ったゴーレムを、現実のものとしてじっくり触れる機会が来るというのは、なんとも開発者冥利に尽きると――
「・・・ん? これは、私が作ったものではないな?」
――違和感であった。
フレームの色が変わっているから、ではない。
ゴーレムは、「コア」「ボディ」「フレーム」の3段階で成立しており、一番外側である外装は、所有者が自由にカスタマイズできる部分だ。
問題はその内側、コアと、ボディである。
コアは、ゴーレムの心臓。ボディは、ゴーレムの肉体。簡単に変えられる部分ではないし、変えたら、それは別物である。
医師が診察するかのように、ゴーレムを観察する。
「鼓動が、早い・・・肉付きも、重いな・・・」
と、振り向いた先には、心底ビックリした様子の友人がいた。
「す、すごいわね・・・いくら自分の作品だといっても・・・」
「ベアトリクス、これは一体何だ?」
責めるつもりは無いが、口調にトゲが出てしまう。
宥めるように、ベアトリクスは隣に立って、説明した。
「買ったのよ、都の商人に注文してね。あなたのセキトバに、そっくりだったから」
ゴーレムは通常、プレイヤーが自分で開発したレシピを元に、自分の工房で製造する。
このレシピは、よほどのことが無ければ他人に教えたりはしない。発見した錬金術師の、知的私有財産である。
当然、ゲームが進むに連れて、プレイヤーのゴーレム開発能力に格差が生まれてくる。
いつまで経っても【ワーカー】【ウォーリアー】の第一世代機種から先に進めない者もいれば、次々に開発に成功し、第三世代、第四世代、と戦力を向上させる者もいるわけだ。
ゲーム初期には、それも味の内だった。
が、メインテーマが「ゴーレム開発」から「ゴーレム戦争」へと移行していったことで、強力なゴーレムを開発できないプレイヤーが、いつまでも浮上できないことが問題視されるようになっていく。
そこで、「自力で製造するよりは高い値段」で、「完成品のゴーレムを買える」というシステムが追加された。
いわば、ゴーレムの通販である。
賛否両論あったものの、優秀なゴーレムを開発出来るメンバーがいない為に苦戦していたギルドにとって、大いなる福音となったのである。
「ちなみに、この子の名前は【サラブレット】よ。あなたのセキトバと、同等のスピードで走るわ」
駿馬と、赤い駿馬。名前まで似ているのは、わざとなのだろうか。
ベアトリクスが、「でも、乗り心地は、セキトバの勝ちよ」と付け加えるが、それを半ば聞き流しながら、アステリスクはさらに入念にロバ型ゴーレムをチェックする。
そして、大きな声で笑い出した。
「ど、どうしたの?」
「ハッハハハハハハハ! どこの誰が作ったのか知らないが、なるほど、私の【セキトバ】に、実によく似ているな!」
クルリと振り返って、ベアトリクスに向けて、ニヤッと笑う。
「だが! 所詮はコピー! 肝心なところが再現できていない! こいつの場合は、ボディだ! 腰のラインが微妙なカーブを描くところが命だというのに、何だこの不細工な曲線は! まるで女の腰と、男の腰ほども違う!」
バン!、バン!、バン!、とロバ型ゴーレムの胴回りを叩く。
「だから、乗り心地が固くなる! だから、コアのエネルギーにロスが出る! だから、セキトバよりも高出力のコアを積まなくてはならなくなる! だから、製造コストが高くなる! ベアトリクス、この駄馬は、幾らだった!?」
ベアトリクスから購入額を聞き、満足したように頷く。
経験上、ゴーレムの値段のつけ方は、だいたい把握しているので、製造コストが逆算できるのだ。
「やはりな! そうだろうとも! 製造費用だけを比べても、約1.5倍もかかっている! 高い! しかも、こいつはボディが固いから、耐久性も落ちる! 稼働期間はおそらく2倍は違う! これだけで、すでに3倍も高くつく計算だ!」
そして、
「結論! 不合格! 0点!」
と、ベアトリクスに向かって、ビシッ、と指を突き付け・・・
「あ、いや、50点・・・70?・・・いや、85点くらいはあると思う」
・・・と、慌てて訂正する。勢いにまかせて0点などと言ったことを反省し、妥当な点数をつけ直したわけだ。
が、すぐに思い改める。そういう問題ではない、と。
「・・・ゴメン。つい、熱くなって・・・ホント、申し訳ない。怒った訳じゃないし、まして、せっかくビー君が高い買い物をしたのに、ケチをつけたかった訳じゃないんだ・・・」
深々と頭を下げた。
すると、パチパチパチパチ・・・と小さく拍手の音がする。
顔を上げると、可笑しくて堪らないといった風にベアトリクスが手を叩いていた。
「やっぱり、アステリスクね。さすが、我らがギルドの、ゴーレム・マイスター。そのゴーレム・フリークっぷり、本当に変わらなくって、安心したわ♪」
「ビー君・・・」
「そんなあなただから、ここに連れてきたの」
言って、ベアトリクスは指を差す。
2人の前方には、赤茶けた不毛の大地が広がっていた。