第2話 『始まりの町 ホワイトレイクの町』
見渡す限り、荒野である。
土と砂、石と岩、まばらに生える植物と、その合間で細々と生きる小動物。そして、ぽつん、と在る、1機のゴーレム。
壊れたのか、それとも壊されたのか、動く様子はない。放置されて長いようで、砂混じりの風にさらされたゴーレムの外装は、黄色にくすんでいる。
「・・・まるっきり、『風の谷のナウシカ』だ」
もっとも、毒素が渦巻く森はないし、巨大なムシもいない。その違いは、大きな差だった。少なくとも、この動かないゴーレムの横で、コツコツと手を動かしている青年にとっては、天国と地獄ほども違う。
「なるほど、確かに引退寸前って感じだな。けどお前、まだ歩けるだろう? 悪いが、もう一頑張りしてくれないか。こっちは、ひ弱な人間だけど、お前は、強い強いゴーレムなんだから」
青年は、ゴーレムに詳しいらしい。
先ほどから、動かないゴーレムを、再び稼働させるべく、話しかけながらあちこちに手を入れている。独り言が癖になっている、のではなく、話し相手のいない寂しさを無意識に埋めているのだ。
青年の目で見た限り、重要なパーツに破損はない。何か強い衝撃でも受けたのか、噛み合わせがズレて停止したようだが、直せばもう少し動く筈だ。
「きっとお前の主人は、一般人だったんだろうな。だったら、直せないのも無理はないが・・・」
ゴーレムを作れるのは錬金術師だけ。直せるのも、錬金術師だけである。
そう、青年は錬金術師であった。
彼の目は、これが初級の労働用ゴーレム【ワーカー】の発展型であるということまで、正確に見抜いていた。おそらくは多くのプレイヤーが己の手で開発したであろう、【キャリアー】と呼ばれる初級の運搬用ゴーレムだ。太い四本の足は、より運搬に適したモデルへと進化した証である。
"ゴォン!"
「おっ」
ゴーレムが、ゆっくりと唸り出す。眠っていた動力が、ゴーレムのボディを回り始めたのだ。
「よしよし。それじゃあ、ちょっと乗せていってくれるか」
青年は、【キャリアー】の背中に乗る。そして、「ホーイホイ」と声をかけながら、進路を示した。
ゴーレムの動きは、ぎこちない。それでも、人間が歩くよりは速いし、なにより、
「楽チン、楽チン♪」
というわけで、青年はゴーレムの背中に寝そべった。このまま、地面に薄っすらと残る足跡を辿っていけば、いずれは町か村に着くだろう。あとは、果報は寝て待て、である。
「・・・それにしても、ここはどこなんだ・・・」
そんな青年のつぶやきは、青空に吸い込まれ、消えていったのだった。
大陸の南西地方にある、純白鳥伯爵領。
その中心都市、ホワイトレイクの町は、大いに賑わっていた。
メイン・ストリートに沿って露店が並び、威勢の良いオッちゃん、オバちゃんが、道行く旅人を呼び込んでいる。
食物屋の店先には、新鮮な野菜や果物、絞めたばかりの食肉動物などが並んでいるのは普段通りだが、それだけではない。
干し肉や、堅焼きパン、ナッツ類に、ドライフルーツなど、携帯できる保存食も目立つ。
衣料品の店を見れば、マントにコート、ベルトにブーツ、といった旅装具が多く出ている様子だ。
いっそ中古品の、革の鎧や長い銃までもが、店先にぶら下げられているところもある。
通りを行き交う人々に目を向ければ、地元の住民たちに交じって、旅商人たちがウロウロしているのが分かる。
帳面を片手に店を巡ったり、背負い袋に商品を積めたりして、忙しそうだ。
何人かのグループで動いているのは、隊商団のメンバーだろう。
問屋らしき構えの店で、そこの主人と仕入れの値段交渉に熱が入っている。そんな彼らの背後には、さりげなく周囲を警戒している男たちがいる。
『ロックバスター』と呼ばれる、何でも屋だ。おそらく隊商団の用心棒として雇われているのだろう。
腰にさげている砕氷斧が、彼らのシンボルマークだ。
元々は、未発掘の鉱脈の開拓・調査などを担っていた、いわゆる冒険家・探検家たちをその発祥としているロックバスターだが、領主間の戦争が増えた昨今では、彼らのように用心棒や傭兵を稼業とする者も多い。
誰かに雇われて、ではなく、自分の意思でこの町にやって来たロックバスターたちもいる。
腰に砕氷斧をさげ、使い込まれたブーツをはいている、旅のロックバスターらしき男が、さっきから熱心に見ているのは、傭兵募集の立て看板である。
戦場の主役を担うのはゴーレムだが、それだけで戦争が出来るわけではない。
偵察や連絡、補給や補修、護衛や警備など、様々に人手が必要であり、それは荒事にも慣れた無頼のロックバスターたちにとって、格好の稼ぎ場となるのだ。
さらにこれが、一流のロックバスターになると、戦場の華である『ゴーレム乗り』までやりこなすため、戦争中の領主たちから、引く手も数多となる。
そう、戦争なのだ。
このホワイトレイクの町の賑わいは、今まさに行われている領主間の戦争によって生じるであろう、さまざまな需要を見込んで集まった人々によるものなのである。
そして、この町に、錬金術師アステリスクは降り立ったのであった。
「なるほど、町の中に入ると別世界なんだな」
町の近くで【キャリアー】を降り、礼を言って城門をくぐる。そこに待っていたのは、青年――錬金術師アステリスクの知る、『ゴーレム・ウォー』の世界だった。
ただし、バーチャルではない。
地面を踏みしめる足が。
街路の匂いを嗅ぐ鼻が。
行き交う声を聞く耳が。
そしてゲーム画面では何度も見た、見慣れてしまった、この世界の空に浮かぶ、2つの月を見上げる眼が。
すべてが、ここが実在するゴーレム・ウォーの世界であると、アステリスクの五感に訴えている。
ふと、古道具屋に置いてあった姿見の鏡が目に留まる。
そこに映った、自分の姿を無言で見つめる。どう見ても、日本人として生まれ育った自分ではないが、それが今の自分の姿だった。
この世界の人間は、我々の感覚でいうところの、東洋人と西洋人のハーフに近い外見をしている。
たとえば、東洋人に比べると目鼻立ちがハッキリしている。かと思うと、西洋人に比べると華奢な体つきなのである。髪の色や目の色、そして肌の色は様々あって、単一の人種とは思えないほどバリエーション豊かであった。
そして、目の前に映る姿は、まさしくそれである。
・・・が、それ以上に、ハッキリとそうだと自覚せざるを得ないことがある。
それは、自分自身が生み出したキャラクター"錬金術師アステリスク"の外見イメージが、忠実に再現されていたということだ。
美男子、というよりは、おそらく殆どの人から「真面目そう」「良い人そう」と言われるであろう、この顔立ち。
自分の分身として、しっくり来るまで、時間を忘れてキャラクターメイキングに励んだのは、良い思い出だ。
「いやあ・・・・・・これは、もう・・・・・・是非も無し、か・・・」
よろめきそうになり、ゴツゴツとした手触りの壁で支える。壁は石積みか・・・いや、コンクリートかもしれない。
ともあれ、深呼吸だ。
「・・・よろしく頼むよ、錬金術師のアステリスクさん。あなたなら、きっと大丈夫。だって、ここはあなたの地元でしょう?」
鏡の中に映る、優しそうな錬金術師が、笑顔でウインクする。
「・・・『ああ、そうだとも。すべては私に任せ、君はこの世界を楽しむと良い』」
自分の言葉なのに、何故だか、とても和んだ。
そうして驚きが去ってしまうと、今度は好奇心が顔を出してくる。
「よし、行こうか」
露店でリンゴを一つ買い、意気揚々とメイン・ストリートへと足を踏み入れたのだった。
おそらく、この世界の住人にとって見れば、これといった何かがあるわけでもないホワイトレイクの町並み。
しかし、この世界にやってきたばかりのアステリスクにとっては、見るもの全てが興味深い。
メイン・ストリートは石畳で舗装された道路であり、古い時代の都市を思わせる。
(ん? 石畳じゃなくて、レンガ? いや・・・合成素材か?)
しゃがんで調べようかと思ったが、変な奴だと思われるかもしれないので、諦めた。
次に目をひかれたのは、道路の溝だ。レンガ2個分ほどの深さがある。
用途は、すぐに分かった。先ほどから壺や箱を乗せた荷車が通っているが、その車輪の幅がピッタリと溝の幅に合っていたからだ。
(もしかしなくても、度量衡器(※1)があるのか? ちょっと見てみたいなぁ)
(※1・・・色々な物の長さや大きさ、重さなどの基準を定めたものを度量衡器と呼ぶ。車輪の幅や、貨幣の重さなど、統一されてないと困るものに用いる)
見ていると、荷車を引くのは、人間だったり、牛や馬だったり、そして、ゴーレムだったりする。
(おおっ! やっぱり動いてるぞ、ゴーレムが・・・!)
四本足のゴーレムが、軽々と荷車を引いていく。壊れかけの【キャリアー】とは比較にならない、洗練されたデザインに、思わず感動と興奮を覚える。駆け寄って触りまくりたいが、
(まあ待て、落ち着け。俺は錬金術師。こんなところで不審者みたいなことをしなくても、ゴーレムに触れる機会はきっとある)
と、気持ちを落ち着かせる。
このパンドラ大陸は、荒野が大半を占めている。緑地が少ない一方、岩山と砂漠とが点在しているのだ。
しかし、決して不毛なばかりの世界ではない。人々はゴーレムを労働力とし、荒野を掘り起こすことで、日々を購うことが出来ていた。
衣食が足りれば、どんな場所にも活気が生まれる。
あちらを歩いては、オバちゃんたちの井戸端会議にこっそり耳を傾け、こちらを歩いては、暇そうなオバちゃんに道を尋ねる。
この町が関わっている戦争の話から、隣の息子がオネショをした話まで、良くも悪くもおしゃべりが止まらない。
(世界が違っても、"オバちゃん"という生き物は、なにも変わらないんだな)
妙なところで感心しつつ、道を教えてくれたオバちゃんに礼を告げて別れ、中央広場へとやってくる。
広場には大きな屋台も多く出ており、大勢の人々で賑わっている。その中で、とりわけ目立つ一団があった。
「サーカス? いや・・・パレードか?」
十台ほどの荷車を連ねたような、ちょっとした貨物列車のようなものが、ゆっくりと広場を巡っている。
たとえるなら、遊園地などにありそうな、マスコットキャラクターを乗せたイベント列車のようなものだろうか――地面に線路が敷いてあるわけではないが。
その列車を引いているのは、ちょっとした小屋ほどの大きさの、驢馬に似たシルエットを持つ、四足タイプの移動用ゴーレムだ。
ロバ型ゴーレムは、色とりどりの布で、可愛らしく飾り立てられている。
そして、連なった荷車たちの台座には、それぞれに華やかな格好の男女が立って、歌ったり踊ったりしていた。
一番後ろの荷車にいる太った大男と小男のコンビは、ラッパ――おそらくトランペットに似た楽器――で、陽気な曲を吹き鳴らしている。
中央に連なった数台の荷車には、ヒラヒラと風に舞う衣装を身に着けた踊り子たちがいて、曲に合わせて踊っている。
一番先頭の荷車に立っているのは、ピエロだ。
道化師の仮面をつけて、ダブダブの衣装を着ている。服のいたるところに大小の鈴がついていて、動くたびに、シャンシャン、と鈴の音が鳴り響く。
ピエロは、先ほどからずっと大きな身振り手振りで、手に持った旗をブンブンと振っている。
旗の表には、『勝つぞ 勝つぞ』の文字。
裏には、『エイ エイ オー』の文字が大きく書かれている。
そしてピエロが、グルリン、シャンシャン、と大きく回ってポーズを決めるたびに、人々は声を合わせて叫ぶのだ。
「「「勝つぞっ! 勝つぞっ! えい、えい、おーっ!」」」
(ほう、ほう・・・住民の戦意高揚を狙っての、アピール作戦、か? ゲームでは『士気』の2文字でしか表されていなかったものが・・・いやはや、こっちも面白い)
興味津々に近寄っていくと、先頭のピエロと目が合った。
手を振ってきたので、なんとなく手を振り返す。
すると、ピエロは身軽にピョンッと飛び降りて、アステリスクの前に立つと、ペコリと優雅に頭を下げた。
「えっと・・・何だろう? 実は、まだ不慣れなもので・・・すまないが、こういう時に、どうすれば良いのか分からないんだよ、ピエロさん」
降参するように両手を挙げる。と、その手をヒョイと取ったピエロが、クルリと回る。
視界が回転して、「うわわっ!?」っと驚いていると、いつの間にやらピエロと共に、ロバ型ゴーレムの背中に乗っていた。
ちょっと待ってくれ、と言う暇もなく、ピエロが高らかに叫ぶ。
「ハイヨーッ、ロバートッ!」
同時に、引いていた列車が切り離される。
身軽になったロバ型ゴーレムは、ピエロに導かれるまま、悲鳴を上げることも出来ないアステリスクを乗せて、大通りを走って行ったのだった。
速い!
速い、速い、速い!
運搬用ゴーレムなどとは、比べものにもならないスピードだ。
ホワイトレイクの町の外は、見渡す限りの荒野――かつては塩湖だったという、巨大な窪地になっている。
地表が白く光っているのは、塩が取れるからだ。
その荒野を、移動用ゴーレムが疾駆する。
ロバ型ゴーレムは、動物のロバよりも、ずっと大きい。人間が2人乗っても、まだまだ余裕がある。
その巨体が、地響きにも似た蹴り音を立てながら走る。背中の上にいると、体感速度は相当なものだ。
だが、気持ち良い。
こんな風に心が踊るのは、本当に子供のころ以来かもしれない。
ジェットコースターさえ苦手な筈なのに、今この瞬間にも笑い出しそうなくらい、気持ちが昂ぶってしまっている。
アステリスクは、誰とも分からぬピエロの背中にしがみつきながら、ただただ、流れる風と景色を感じていた。
どれほど走っただろうか。
「セイッ、セイッ! ロバート、セイヤッ!」
ピエロが、ロバ型ゴーレムを止める。そして、ゆっくりとした、散歩くらいの速度で、歩かせ始めた。
しばらくは、お互いに無言だったが、先に声をかけたのはピエロだった。
「どうだった、アステリスク? 実際に、ゴーレムに乗ってみた感想は」
その声は、女のものだった。
まさか女だったなんて・・・とは思わなかった。実は、ピエロの身体にしがみついていたときから、きっと女ではないだろうか、と思っていたのだ。
それよりも、もっと気になることがある。
「そうだな――想像していたより、楽しかったな。スピードも、ジェットコースターより速く感じたよ」
「アッハハハハ♪ ジェットコースターは、ちょっと言い過ぎね。でも、そう感じるのも分かるわ。戦闘用のゴーレムより、乗り心地も良いしね♪」
朗らかに笑うピエロの肩越しに、質問をぶつけた。
「で、ピエロさん、なぜ私の名前を知っている? それに、なぜ"ジェットコースター"を知っている? 正直に教えてくれないか」
しばしの沈黙。
それから、ゆっくりと振り返ったピエロは、道化師の仮面を外した。