手品
「またずいぶん、人が多いこと」
「そうですねぇ。壮観です」
人、人、人。稲宮神社から少し離れたところにあるショッピングモールに行けば、そこはもう人だかり。あの楽天対巨人の日本シリーズか、はたまたジャニーズのライブか……それに匹敵しそうなほどである。
さて、世界の裏に潜むべき魔法使い――の中でも魔術師に分類される俺たちが、なぜここにいるのか。
その理由は、優斗さん含む勢力のお偉いさんからの指示だからだ。
颯希と色々なところを回れと言われているが……本当に、パトロールだけなのだろうか。他に理由があるのではないだろうか。
いや……それは考えても無駄なことだったな。
さて、水曜日には一緒に蕎麦を食ったわけだが、そこから先も放課後は一緒に過ごした。
そして今日は日曜日。俺と颯希は二人きりで、あの山から格安タクシーに乗って、この大型ショッピングモールに遊びに来たのだ。前に優斗さんが教えてくれた、魔力線が感知された場所である。女性の比率が圧倒的に多いのは、このショッピングモールが女性向けの店が多いからか?
俺たちが住んでいる町は、山奥でなおかつ魔法使いの秘密管理があるせいか、広さの割に人が少ない。よってたくさんの人が集まる場所なんて、それこそ学校ぐらいしか思い浮かばないし、それでもほとんど七組で生活している俺たちにとって、多人数というのはなじみがないことだ。
そんな俺と颯希がこの場にいるわけだが――とっても場違い感がある。俺はお洒落とか、若者センス的な意味で。颯希は場違いというか、異物感だ。何せ、髪の毛は虹色である。周りの化粧が濃い人たちなんかは、それこそ緑や紫やオレンジ色に染めているが、こちらの七色様には勝てない。なにせコンプリートだ。渋谷あたりに行けば、最近の若者の奇抜なファッションを特集しているリポーターにインタビューを受けるだろう。
「……そういえば、颯希って髪の毛は派手なくせに、化粧はしないよな。今は薄くしてるけどよ」
そう、颯希はすっぴんであることが多い。ここまで髪の毛をいじるやつは大抵化粧が濃いことが多いが、颯希は違う。
とはいえ、今日はそれでも薄く化粧はしてきていた。康大曰く、化粧は「女が化けて出たのと同義」とか番町皿屋敷か何かみたいに言っているが……これぐらい薄ければ、むしろ効果は高い。
なにせ、元の肌は透き通るように綺麗だし、美少女なのだ。濃いと素材の良さが失せる(らしい)が、薄いならむしろ引き立てているのだろう。料理の味付けみたいなものだ。
「髪の毛に時間がかかって、化粧をする時間がないんですよね。それに興味もあまりないです。とはいえ、今日はここまで出かけるからちょっと気合を入れ――って、なに言わせるつもりですか!?」
颯希は途中まで饒舌に言ったところで、急に顔を真っ赤にして背中を強く叩いてきた。
……人ごみのせいで情緒不安定なのか?
■
最初に寄ったのは服屋だ。
颯希曰く、せっかく来た以上買い込みたい、と。
たいていの漫画では女の子の買い物は長いが……颯希もまた、例に漏れなかった。
「これなんかどうです?」
「すごいすごい」
「これとかいいですね!」
「わー、チョウカワイー」
とまぁ、こんなやり取りが延々と続いた。最初のうちこそ、不覚にも清楚な白いワンピースや、お洒落なノースリーブで惜しげもなくさらされる肌に見とれたものだが、最後の方はどうでもよくなってくる。しかも、店内は人でごった返しているし。不快指数が高くなってくる。
「いやー、いい買い物したです!」
幸い俺が適当になってきたのには気づかなかったみたいで、颯希は紙袋を持って、満足げな笑顔を浮かべていた。
……夏物だったからかさばらなくてよかったが、冬に来たら俺が持たされてたんだろうな……。
■
「まさか、午前すべてを服屋に費やすとはね……」
机を挟んだ正面、そこでは、ただでさえ小さい颯希が、もっと小さくなっていた。
ここはショッピングモール内の喫茶店。それぞれのメニューを頼んだのち、俺が颯希を見据えて呟いた一言が、それなりに効いたようだ。
そう、午前中の遊びは、すべて服を買うことに費やされた。
その間数時間、俺はずっと待ちぼうけ――正確に言えば適当に返事するだけ――であった。
「ま、まぁ、ほら。女の子とのデートでこうなるのは一種男の甲斐性です」
「でっ……!?」
俺の反応に気付いたのか、颯希はみるみる顔を真っ赤にしていった。
思わず、意識してしまう。
同じ年頃の女の子――しかも、エキセントリック少女ガールとはいえ美少女――と休日にショッピングモールに出かけ、買い物をして喫茶店で休む。
これはまさに――デート、というやつではなかろうか。
「い、いいいい、いい今のは言葉のあやです! 全くですよ! 全く事実無根です! デートなどではないです! 意識なんかしてないですよ、ええ!」
颯希は大声でそこまで言い切ると、お冷をぐい、と一気飲みした。赤くなった顔を冷まそうとしているのだろう。だがどっこい、顔は相変わらず真っ赤だし、もはや湯気すら出ている。お冷の効果は全くないのだ。
それにしても、デートって単語がぱっと出て、そこから照れてくれているってことは……向こうも、意識していた、ということなのだろうか。
なぜだか……嬉しくなってくる。現金なもんだな。こうして美少女に少し意識されるだけで、喜んでるんだから。
……? これで喜んでいるってことは、俺も少なからず意識していたってことか? ……まさか、な。
「分かった分かった。落ち着け落ち着け」
俺は適当に流すふりをして、熱くなってきた顔を冷やすために、お冷を呷る。
……あいにく、颯希レベルで効果が無かった。
■
「うっそだぁ……」
「本当です」
注文するとき、俺は颯希に内容だけ告げて、メニュー表とにらめっこしていた颯希を置いてトイレに行っていた。
その間に颯希が注文を終えていたため、こいつが何を頼んだのか、俺は知らなかった。
颯希の前に並べられた五枚の皿の上に乗っかっていたのは、それぞれ違う種類のフルーツソースがかかったベルギーワッフルが、五枚ずつ。計二十五枚だ。
二十五枚のベルギーワッフル。それは果たして、黒服サングラスの男に襲われる前に颯希が公園で買ったのを超えていた。
あの後聞いた枚数では、二十枚。それだけでも胸やけがしそうな数字だったが、今回はそれを超えてきた。
思わず
「うっそだぁ……」
とか気の抜けた声を出してしまったのも許してほしい。
「違う味があと五種類あるので、今はとりあえず五皿です。この後残りの五種類頼んで、気に入ったのがあったらもう一皿、といったところですね」
「うっそだぁ……」
倍プッシュだ。
ちなみに俺が頼んだのは、いたって普通のカルボナーラ。颯希が頼んだベルギーワッフルシリーズは、全部デザートとしてメニューに並んでいたはずだ。
「むぐむぐ……ソースがいい感じです……むぐむぐ……こっちはちょっと合わない……むぐ、これ最高です!」
幸せそうで何よりです!
頭の中で颯希の変なしゃべり方をもじりながら、俺はカルボナーラを消費していった。
■
颯希が食い終わるまで、実に二時間消費した。前の時と違い、今回は一口一口味わって食べていたためである。ちなみに、結局のところ合計二十三皿食った。お気に入りが三種類あったらしい。
らしい、というのは言葉のあやでもなんでもなく、そのまんまだ。
同じ机を囲んでいたものの、俺は自分の分を食い終わるなり、携帯ゲームをやることに集中していた。いや、失礼なのはわかっている。けれど、颯希の姿を見ていたら、どうにもカルボナーラを吐き出してしまいそうになったからだ。
そして次に向かう先は――
「あれ? そこで何か大きなイベントでもやっているです?」
と考えたところで、颯希が何かを見つけた。
吹き抜けになっているこのショッピングモール。三階から見下ろす広場には大きなステージがあり、そこにたくさんの人が集まっていた。黄色い声援は甲高く、どうやら女性が中心らしい。
「ジャニーズとかのイケメンアイドルがライブでもやんのか? それとも女性向け歌手でも来てんのか?」
「銀座のママ、という線もありですねぇ」
二人で手すりから身を乗り出してステージを眺めながら、のんきに話す。
なにか広告はないかとあたりを見回すと、今まで気づかなかったのが不思議なくらい、でかでかとポスターが貼られていた。
『あの甘いマスクで人気! 超絶イケメン天才マジシャン、百合宮秀介がラゾーナ三崎原にやってくる!』
という派手な広告と、その下にトランプを構えて気障なポーズをとる涼やかなイケメンの写真だ。白いスーツに白い靴、そして白いシルクハットと、服は全身白尽くしだ。
なるほど、妙に女性客が多かったのは、そういうことだったのか。
「ぷぷぷっ! マジシャンって、マジシャンですって! あははは! 落ちこぼれの魔法使いなら自分含めて四人ほど知っていますが、まさか偽物がこんなところで大々的にっ……あははははは!」
颯希、大爆笑である。目の端から涙を流し、腹を抱えて本気で笑っていた。
まぁ確かに、本物の魔法使いである俺らからしてみれば児戯も同然だ。まぁ、魔法使いの中でも落ちこぼれ魔術師なわけだが。
つーか、これで本当に魔法使いだった場合、イケメンで天才魔法使い(マジシャン)になるわけで……そうなると、もう俺たちの天敵だろう。
「まぁ、魔法に見えるような手品、ってことだろう。どんなもんか見てみるのも一興だと思うぜ」
俺は周りの目を気にしながら、颯希にそう言った。この会話を聞かれていようと、俺たちが魔法使いだと看破されるわけではないが……念には念を入れるに越したことない。ここ数日何もなかったから緩みがちではあるが。
「そうですね。どれぐらい上手いのか見ものです!」
颯希は不敵に笑って、階段に向かって歩いて行った。
■
「うおっ、すげぇ!」
「あ、あの仕組みはなんですか!?」
ごめんなさい、バカにして。めっちゃすごいです。
俺たちは結局、そのステージの前でマジックショーを見ることにした。
生で見た百合宮は、写真以上にイケメンだった。登場した瞬間の黄色い声援に鼓膜を破られそうになったが、ファンの女性方の気持ちもわかる。
そして手品だが……すごかった。
いつの間にかトランプが入れ替わっているわ、引くカードを予知して見せるわ、隠したり出したり自由自在だわ、魔法と疑うほどの技術だった。
とはいえ、当然実際の魔法ではない。それは俺の目が証明済みだ。
「おい、思ったよりすごいな」
「そうですね!」
興奮気味に颯希に問いかけると、颯希は目をキラッキラさせて、食い入るように百合宮を見ていた。
それを見た瞬間……情けないながら、俺は興奮が少し冷めてしまった。
イケメンで手品がうまくて人気者、トーク力も抜群……むしろ、今まで嫉妬していなかったのが不思議だ。
だが、颯希が憧れの目で見ているところを見てしまって、嫉妬の感情がわき出てきたのだ。
情けないことだとは分かっている。恋人でもない美少女を連れて毎日遊び、デートと意識してもらえたことで、浮かれていたのだろう。
俺は百合宮に、思い切り嫉妬してしまっていた。
とはいえ、納得できる一方、不思議だ、とも思った。
(なんで俺は……ここまで激しく嫉妬しているんだ?)
イライラに小さく足踏みしながら、俺は考えた。
それこそ、颯希は恋人でもなんでもない。それがああしてイケメンに憧れているだけで、ここまで嫉妬するもんか? 所詮、チームを組んだだけのクラスメイトなのに。
(ああ、くそ、むかつくな)
訳が分からない自分への、苛立ちも募る。
「それでは次は、お客様のどなたかからお手伝いさんを募集いたしましょうかね」
ステージの上に百合宮が、マイク越しに涼やかな声でそういった。それに、周りから鼓膜が破れそうなほどの声援が爆発する。
なんかもう、百合宮にすら八つ当たりしそうだ。くそう、よくよく考えてみれば所詮小手先のトリックだろうがよ、格好つけやがって……。
「はぁ……」
自分が情けなく思えてくる。フルゲージ状態の言動ほどではないが、
「では……おっと、そちらのカラフルな髪のキュートな御嬢さん! さ、こちらに来てくれ」
百合宮が観客の中から手伝ってくれる人を選んだようだ。ふん、どうせサクラ「それでは、ステージに上がってください」「え、ちょ、私です!?」って選ばれたのはお前か、颯希!
颯希はスタッフに連れられ、そのまま引っ張られていった。こちらに不安そうな視線を向けてくるが……
「ふん」
俺は片手をあげるだけで、別にどうでもいいことを告げた。あいつだって百合宮のそばに行けたら満足だろうよ。
それに、離れるとしても、お互いに見える範囲だ。有事の際にも、ある程度対応できるだろう。
「…………」
俺のぞんざいな対応が不満だったのか、颯希は目をとがらせる。が、別に気にすることでもないな。
ステージの上に上がった颯希は、スタッフに手筈を教えられていた。
うーん、にしても、こうしてみるとあの髪の毛はすごいな。一言でいえば、目立つ。百合宮がぱっと選んでしまったのも、仕方ないかもしれない。俺だってあんなのがいたら目につく。断言する。
「さて、ではこちらのキュートな御嬢さんに本日は手伝っていただこうと思います」
百合宮はなれなれしく颯希の手を持ち、上に掲げる。
颯希は困っている感じだが……くそ、まんざらでもなさそうだ。イケメンか、やっぱり世の中は顔なのか。『※ただしイケメンに限る』なのか。
鬱屈した暗いどろどろとした感情が溜まっていく中、手品は進んでいく。
颯希がトランプの山の中から、ランダムに一枚引いた。ふむ、観客に見せたカードはスペードのエースか。
颯希がそのスペードのエースを、百合宮に渡す。
「さて、どう見ても、どう考えても、こちらの御嬢さんが引いたのはスペードのエースですね。ほらみなさん、最後にどうかご確認を」
百合宮は相変わらず気障なしゃべり方で、こちらにカードを見せてくる。うん、スペードのエースだな。
「それではここから瞬き厳禁ですよ!」
百合宮がスペードのエースを見せたまま、持っていない方の手を振り上げる。
「ワン、ツー、スリー!」
百合宮が振り上げた手を下した。それは一瞬だけスペードのエースを隠すが――通過して、そこに現れたのは、ハートのエースだった。
『きゃああああああああっ!』
瞬間、声援が爆発する。
その声援に、百合宮は涼やかな笑顔で手を振って応える。
まじかよ……タネやトリックをほとんど仕組めない状況で、ほとんどをこちらに公開したまま、カードを入れ替えた。この数千人といそうな人々の前で。
「それではこのハートのエースは、協力してくれた麗しき御嬢さんに、僕からのプレゼントとして差し上げましょう」
最後に百合宮はそう言って、颯希に跪く。そしてハートのエースを両手で差出し……優しく包み込むようにして、握らせた。
颯希は驚いたような顔をするが、すぐにぱっと顔を輝かせる。
「それでは短いながら、本日のショーはおしまいとなります。それではみなさん、手伝ってくださった麗しの御嬢さん、また会いましょう!」
そう、最後まで気障に言い残して、百合宮は颯爽と舞台そでにはけていった。
■
ちょうどいい時間だったので、もう帰ることにした。後部座席に二人並び、格安タクシーに揺られる。
颯希はにこにこ顔で、後生大事そうにハートのエースを抱えている。
一方、俺はむっつりと黙り込んだままだ。
「一体どうしたですか? 体調でも悪いです?」
颯希が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「別に、なんでもない」
俺はぶっきらぼうに返して、ぷい、と窓の外に視線をやる。
「むぅ、そんなこといって、絶対になんかありますです」
颯希は不満げにそういうと、さらにずい、と寄ってきた。女の子らしい匂いが、颯希から漂ってくる。
今気づいたが、颯希は今日、化粧と一緒に香水もつけてきているようだった。
香水は女性の体臭と混ざって、初めていい香りになる、とは聞いているが……なるほど、思わずたじろいでしまうほどだ。
狭い車内でそんな匂いかがされたら……たまったもんじゃない。
「だからなんでもねぇって」
俺はうっとうしげに颯希を元の席に押しやる。これ以上かがされると、変になりそうだ。
「もう、なんなんですか!?」
「なんでもねぇって言ってるだろうが……」
しつこい颯希に、思わずため息交じりに返す。
「……ははぁん、さては、」
しばらくの沈黙ののち、颯希がにやり、と笑った。
「『これ』について嫉妬しているんでしょう? やれやれ、困りましたねぇ。そんな器の小ささ、男として――」
「うるせぇ!」
しまった――そう思った。
颯希の表情が凍る。
いつもの軽いやり取りじゃない、本気の叫び。
溜まりに溜まった鬱屈が、つい出てしまった。
情けない。それこそ、死にたくなってくる。
「そう……ですか……。……ふんっ、いいですよだ。こんな情けない男と組まされて、全く持って不幸ですっ!」
颯希は凍りついた表情を怒りに変え――俺からプイ、と顔をそらして、そのまま黙り込んだ。
――結局、その後は気まずい沈黙ばかりが続いた。




