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談合

「乙女の参上です!」

 バタリ、と元気よくドアを開けて、私服姿の髪の毛も(残念な)お洒落をしてきた颯希が入ってきた。

 どう考えても惨状の間違いです、はい。

「ん、来たか。こっちは龍也君にある程度のことは話しておいたよ」

 この登場には慣れているようで、優斗さんは表情一つ変えずに颯希にそう言った。

「さてと、じゃあ全員揃ったし、詳しいことと今後について話そうか」

 優斗さんは颯希の登場で緩んだ空気を再度引き締めるように、まじめな声でそういった。

「まず、相手は近代西洋儀式魔法の一派だとみて間違いないだろう。これの特定に関しては、仲間と協力して調べ上げてみるよ」

 ここまでは、俺も颯希もすでに聞いていることだ。

「どうにも龍也君を中心に狙っている感じが今のところ強いから、あっちでも気を引き締めておくようにね」

 優斗さんがこちらを向いてきたため、俺は黙って頷いた。

「それと、ここからが本題なんだけど……颯希と優斗君には、『チーム』を組んでもらう」

「「……………………へ?」」

 ち、チーム? チームってあのチームか。

「こ、この前の戦いの様子は伝わっているはずですよね? だとしたら、俺と颯希が組むのはどう考えても間違いでは?」

「そうです。考え直すべきです!」

 声をそろえて間抜けな声を上げてしまったのち、二人で反論する。

「とはいえ、もう決まったことだから仕方ないよ。理不尽だとは思うけど、これでも僕は君たちより立場は上なんだ。龍也君のご両親や、他の友好勢力と相談して決めたことだから、素直に従ってくれるとうれしいかな」

 申し訳なさそうに、優斗さんはそう言った。ただ、口ぶりからして、優斗さんもこの俺と颯希でチームを組ませる案は賛成っぽい。

 つーか父さんと母さん、何考えてんだ……? 昨日のあらましはしっかり報告したはずだぞ……?

「今日、学校を休んでわざわざ来てもらったのはそのためなんだ。これぐらいなら普通に電話越しでもいいだろう、て思うけど、これがまた結構重要なことらしくてね。しっかり本人たちに伝えなきゃダメなんだ」

 優斗さんはそう言って、もう三杯目のミルクティに口をつける。

「そんなわけで、頑張ってね。これからしばらく、二人で放課後行動するように、ってなってるから。そうだね……とりあえず、ここの近くの町を回ってみるといいよ。そこで不審な魔力線の動きがあったらしいからね」

 優斗さんが放つオーラは、先ほどまでのいい人っぽい空気はすでに散っていて――魔法使い勢力の当主独特の、つかみどころのないオーラになっていた。


                 ■


「やれやれ、またこの階段か……」

 俺たちはその後詳しい部分を話し合い(という名目で色々押し付けられ)、帰る時間になった。

 すっかり疲れ切ってしまい、時間的にも学校に行くには億劫なころだ。

「あれ? この階段を登ってきたですか?」

 俺の呟きを聞いたのか、颯希が不思議そうに首を傾げた。

「ん? だってここに来るには、これを登るしかないだろ?」

「え? 裏道には車道もあるですよ?」

「まじかよ!?」

 行きの苦労はなんだったんだ!? 走って颯希に示された方向に走って行ってみると、確かに車が通れそうな坂道があった。どう考えても車道だ。

「ぷぷぷっ、まさかこの階段を登ってくるだなんて! 不思議に思っていたですけど、だからあの方向から来たわけですね! 滑稽です! それこそご来場のみなさんはスタンディングオーベーションレベルです!」

「もうやめてくれ! 俺のライフはゼロだ!」

 的確に心を砕きに来るやつだ。暗心暗然あんしんあんぜん心折しんせつ設計だ。

 バカな行動をえぐり、さらにフルゲージ状態の台詞まで使ってきやがった。やばい、まじでライフがゼロになって死にたい。モンスターカードを連続でドローされる間もなく負けた。

「はぁ……それじゃあまた、明日にでも」

「はいです。ぷぷぷっ……」

 笑うなああああああ!

 俺は涙で滲む視界で、階段をとぼとぼと降りて行った。


 ああ……ここから転がり落ちたらそのまま死ねるかな……?


                 ■


 階段を降り切った後、俺は電話で格安タクシーを呼んで、そのまま帰宅した。

 タクシーに揺られているうちに心の傷もあるていど回復し、今では考え事をする余裕もできていた。

 考えていたことは……優斗さんの言葉についてだ。


 魔術師は、何かしらの苦労を負うことが多い。


 その言葉は、どことなく重くのしかかっている。

 魔術師というのは――俺や颯希やエレナや康大みたいな、普通の魔法からは外れた魔法しか使えない魔法使いのこと。

 他の魔法は、魔力によって現象を起こす。いわば、魔力を別の力に変えているのだ。物理の世界でいうところの、エネルギーの変換に近い。

 それらは、長い長い歴史の中で系統づけられ――それは四代元素論や五行思想のような属性であったり、現象の種類のよって分けられたりと統一感はないが――それぞれ、思い思いの分け方で定着している。

 中でも日本では、流派の分け方による系統づけが馴染んでいる。

 様々な系統づけがあるなか――俺たちが使うような魔法は、そのどれにおいても『例外』だ。

 そんな、何からも爪弾き者にされた魔法は……いつしか、魔術、と呼ばれるようになっていた。

 魔法とは違う、魔力を『直接操る』しかできない、下等の魔法。使い勝手も悪く、応用もめったに利かない、ありていに言ってしまえばいらない技術。

 俺の魔力線の視認やフルゲージ状態の質量を生み出す魔法然り、颯希の魔力線を曲げる魔法然り、エレナの切断然り。魔力を操るまでしかできず、その先の『生み出す』ところまでは進めない。

 フルゲージ状態の質量を生み出す魔法が、一応魔術に分類されるのは、それが理由だ。魔力から別の何かに変わっているわけではないからだ。

 魔術は、決して魔法ではない、ということはない。魔法の中の爪弾き者、というだけである。

 だから魔術を使う者たちも魔法使いだし、俺たちのクラスである七組はつまるところ、『魔術』専用のクラスだ。

 魔法使いの中でも、魔術を扱う者は、侮蔑の意味を込めてこう呼ばれる。


 ――魔術師、と。


「そりゃあ苦労するだろうよ」


 爪弾き者は、どこでも苦労するのは当然だ。


 …………。


 気分が悪くなってきたな……。


                 ■


 夜の八時ごろ、どうにも外が騒がしく感じた。

 どうやら、重い荷物が運び込まれているらしい。

 こんな時期、こんな時間にこの寮に引っ越し……?

 俺は不自然に感じ、ドアを開けた。

 そこから、左右に首を振って様子を見る。外には、小規模ながらも引っ越し会社のトラックが停まっていた。

 それをよく確認しようとドアを閉め、完全に外に出た瞬間、


 隣の部屋――俺がいる部屋よりもエレベーター側――の扉が、内側から開かれた。


 この部屋は、確か空き部屋だったはずだ。まさか、今になってお隣さんが増えるのか?


 ドアノブにかけられている手はほっそりとしていて、透き通るように白い。

 ドアから姿を現したのは――

「あ、龍也さんです。これからよろしくです」

 ――虹色髪の美少女だった。

 ……お分かりいただけただろうか。

「人を写真に写った幽霊みたいに言わないでくださいです!」

 おっと、口に出ていたようだ。

「なんでその部屋から颯希が出てくるんだ?」

 俺の頭の上には疑問符が飛び交っているだろう。

 何せ、ここは男子寮。正確に言えば学生寮で男女は分かれていないのだが、不文律というか、暗黙の了解というか、そんな感じで分けられているはずだ。

 まさか、この暗黙の了解を転校してきたばかりだから分かっていないのか、と思ったが、優斗さんの性格からして、そのあたりもきっちり調べ上げて教えてあるはずだ。

 さて、俺の不安は、颯希がこの後に、この部屋にいる『理由』が何であるか、というのが分かった前提で浮かんできたものだ。

 引越しの手伝い? ――いや、転校二日目のこいつに頼む奴は、知り合いでもない限りいないだろう。

 では、引っ越し会社でバイト? ――制服じゃないから違う。

 では、なぜなのか。

「何をバカなことを言ってるです? 今日から、ここが私の家です!」

 ……こうなるのが自然、ということだ。

 いや、転校二日目ですぐに部屋を引越しというのも十分おかしい。

 けれど――なんとなく感づいた理由がある。

「一緒に行動しろということで、近い場所に住むことになりましたです。本当は同じ部屋に住むのが良かったそうですが、それは断固拒否しましたです!」

 そもそもこのマンションは一人暮らし向けの部屋だ。二人で住むのは難しいだろうに。

「まぁ、俺も年頃の異性と一緒に住むのは色々気を遣うからな」

 俺は頭を乱暴にかき回しながら、頭の中で整理した結論を口に出す。

「つまり、こうして近くに住んで、なるべく一緒に行動しろ、ってことか。登下校も最初から最後まで一緒になりそうだな」

 どうしてこうなったのだろうか。

 目の前の虹色髪エキセントリック美少女は、俺とは全くかかわりのなかった転校生だ。それも、昨日転校してきたばかりなのだから、いくら人数が少ないクラスといえど、ここまで近くはならないはずだ。

 それで紆余曲折の末、こうしてお隣さんになり、登下校も一緒、ってか。

 そういえば、下校後や暇なときは二人でパトロールがてらに出かけろ、とも言われていたな。

 これじゃあ……まるで恋人か何かだ。

(……?)

 ……なんだか、最後の言葉を心の中で呟いた瞬間……心臓が跳ね上がったように感じた。なぜか体温が上昇してくるし、目の前にいる颯希を直視しているのが恥ずかしくなってくる。

 まさか……

(いや、そんなわけないか)

 意識している、なんてことはない。

 何せ目の前にいるのは、美少女は美少女でも……美的センスがいかれいて、妙な話し方をするエキセントリック少女なのだから。


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