神社
2話連続投稿しておりますので、お気を付け下さい
「じゃあ、明日は颯希が指定した場所でいいんだな?」
「はいです。そこで詳しいことを話し合いましょうです」
夜中、俺たちは電話で会話をしていた。
怪我としては、全身をあれほど焼かれたのに、肌が露出している部分の、さらにほんの一部がやけどした程度で済んだ。我ながら魔力吸収の異常さが少し恐ろしい。こればっかりは、宝の持ち腐れな体質に感謝してもしきれないだろう。
俺はやけどした部分を病院で治療してもらい、寮に帰ってから颯希と連絡を取り合ったのだ。
黒服サングラスの男と戦い、捕えたもののそのまま焼死してしまったのは今日の昼ごろのことだ。
あの後、俺たちは唖然としながらも、それぞれの勢力に電話を掛けた。そこで、電話越しに後処理を任され、その後それぞれの用事を済まして、現在に至る。
幸いにして男はほぼ灰になっており、人だったとは思えないものを土に埋めるだけだったため、死体処理独特の心地悪さはほとんどなかった。
それぞれの勢力同士の話し合いの結果、どうやら俺が颯希の勢力のもとに赴いて話し合いをすることになったらしい。さっきまで電話で話していた内容は、颯希からそういった旨の連絡だったのだ。
「くぅ、あつつつつつ……」
やけどで痛む部分をガーゼ越しに抑えながら、無機質な電子音を鳴らす受話器を置く。
死体処理の最中、颯希がやけに心配そうにしていたから痛かったことは見せないようにしていたが、そんな強がりも一人だと意味はない。
俺はベッドに寝転がりながら、今日の昼の出来事に思いをはせた。
■
しばし唖然としたのち、冷静になってから、それぞれの勢力に電話を掛ける。
「颯希、死体処理しろだってよ」
「こっちもそういわれたです」
電話を切って颯希にそう言うと、向こうもちょうど電話が終わったころのようだった。
ほとんど灰になり、人らしさを全く残していない焼死体の処理は、今までやってきたことに比べたら、時間的にも、肉体的にも、精神的にも楽だった。
「そういえば、なんでいきなり下の名前で呼び合うことにしたんだ?」
俺は手ごろな木の棒で地面を掘りながら、颯希に問いかける。
疑問の内容は、さきほどのいきなり下の名前で呼び合おう、的なニュアンスの話についてだ。
「ああ、それですか。いえ、ちょっとした気まぐれですよ」
颯希はそういいながら、柵についた煤を拾った雑巾で拭っている。証拠隠滅のためだ。
今この空間は、男が展開した決闘場結界でなく、颯希が展開したそれに守られている。いくらこの町の住人のほとんどが魔法使いだとしても、一般人は住んでいるのだ。明らかに何か大事があった痕跡を残しておくわけにはいかない。
「考えてみれば、七組のみなさんってお互いに下の名前かあだ名で呼び合っているです。そうなると、いくらほぼ初対面とはいえ、私だけ違うのは寂しいかなー、と思っただけです」
颯希は少し照れ気味にそういいながら、その布を水道に洗いに行く。その様子ははたから見れば、公園を掃除している可愛らしい普通の女の子だ。線も細いし、かなりの美少女である。ただし、髪の毛は虹色だが。
「なるほどねぇ……」
俺は一瞬颯希に見とれてしまったことをごまかすため、そんな適当な返事をしながら、地面を掘り続けた。
「あ、そういえば、龍也さん。そちらの質問に答えたことですし、こちらも一つ聞きたいことがあるです」
しばらくの沈黙ののち、颯希がそんなことを言ってきた。
「ん、なんだ?」
俺は地面を掘りながら、それに返事をする。もう大分深く掘ったが、なるべく深いに越したことはない。
「さっき龍也さんが叫んでいた恥ずかしい台詞はどこで覚えたのか――」
「おっと、俺の鞄にも手ごろな縄があったはずだ」
死にたい。ちょうど手ごろな木もあるし――
「首つりですか!? 十三階段じゃあるまいしそんなのやめるべきです!」
「そうだな。こんな俺は人生やめるべきだな」
「そっちをやめるんじゃなくて、人生をやめることをやめるです!」
「ああ、そういうことか……」
俺は鞄に縄をしまい、また地面を掘る作業を続ける。
「さっきのは冗談です。本当は別のことを聞きたかったです」
「ほう、なんだ?」
俺は大分深くなった穴を覗き込む。……ふと、恥ずかしさに埋まりたい感情がわき出てくるが、颯希の質問に答えるまでは埋まれなさそうだ。
「さっき、あの変な状態になったとき――明らかに、遠距離攻撃してたですね? あれって、明らかに魔力線が視認できるのとは関係なさそうですが?」
ああ、あれのことか。
「俺はあの状態――フルゲージ状態になったとき、魔力の影響をもろに受けて、もう一つ魔法が使えるようになるんだ」
一種呪いめいたあの体質だが、こればかりは感謝しなければなるまい。
「それは――『質量を生み出す』魔法だ」
質量を生み出す。つまり、物理的なエネルギーを与える。
「それこそ『魔術』みたいな変わり種じゃなくて、ある意味普通の魔法に近いものだな。魔力をそのまま質量に変えるんだ。どんなものでもなくて、ただ魔力が物質化しただけの状態にするんだよ。あんな風に吹き飛ばせたのは、そういうことだ。
たとえ質量があろうと、それはあくまで魔力が物質化しただけだから――普通は見えないし、ある程度俺の意思をもって動かせる」
魔法の才能というのは、体質的なものが大きい。その体質によって使える魔法は、生まれた瞬間から一つに決まっている。だから、近代西洋儀式魔法は近代西洋儀式魔法しか使えないし、陰陽道は陰陽道の魔法しか使えないし、俺たち爪弾き者は、使い勝手の悪いそれぞれの魔法しか使えない。
「それって……もしかして、『私たち』とは違う、何かに系統づけられた魔法に感じるんですが?」
颯希はいつのまにか作業の手を止め、こちらをまっすぐ見ていた。
「ああ――残念ながら、魔力から別の何かに変化しているわけじゃないから、やっぱり爪弾き者だよ」
■
カーテンの隙間から、柔らかい日差しが入り込んできて、俺はまぶしさに目を覚ました。
昼のことに思いをはせているうちに寝てしまったらしい。まぁ、パジャマに着替えてはいたし、風呂も終えたし飯も食ってあとは寝るだけだったから、全然問題はないけどな。
念のため颯希に電話を掛けると、どうやら颯希は昨日の夜にあちらの勢力の本部に向かったらしい。いわく、別の勢力の人間を迎えるに当たって色々準備が必要だとか。
確かに、俺を向かい入れるならば、形だけでもなんとかしなければならないだろう。
俺自身は役立たずだが、俺の勢力――父さんを当主とする神坂一族は、魔法使いの中ではちょっとした一大勢力だ。
全員が魔力の感知能力に優れ、陰陽道系の魔法の権威となっている。今勢力争いを繰り広げている中でも頭一つ抜き出ていて、今までに様々な勢力を取り込んでいる。
俺も過去にいくつかの勢力の代表と戦って、その勢力を取り込んだこともある。
その一つが、エレナが属する『御子の恩寵』という、キリスト教系の集団だ。
聖書を主にした神話引用系の勢力で、小学生のころに、同じく小学生だったエレナに襲われ、返り討ちにしたのだ。
エレナの魔法は、『手刀によって魔力線を切断する』といったもの。たいていの魔法使い相手に使える便利なものだったが、俺は別にそういうのは関係ないため、男女の体力差でエレナを抑えた。
そんな一安心したところに、全く別の勢力が襲いかかってきた。弱っているエレナを殺そうと、その勢力の刺客が魔法をふるった。俺はエレナを守るためにその魔法を受け――フルゲージ状態になり、頭のおかしいことを叫びながらその刺客も捕えることに成功した。
あの時はとても運が良かった。『御子の恩寵』が俺のことをよく調べもせずにエレナに襲わせたり、別の勢力の刺客が弱かったりして、一気に二つも取り込めたのだから。
ここでエレナを助けたせいか感謝され、同年代だったこともあって、そのまま友達になったのだ。エレナは『御子の恩寵』の中でも、その七組に属するような異常な魔法のせいで鼻つまみ者だったらしく、寂しい思いをしていた。そんな折に俺と仲良くなったもんだから、今でもああして俺の世話を焼いてくれるのだ。
いつのまにかエレナとの出会いのことを考えていたら、インターホンが鳴った。噂をすれば影、だ。
「やっべ、悪いことしちまったな」
今日は学校を休んで颯希の勢力のところに向かうのだ。そのことを伝え忘れていたため、エレナが迎えに来てしまったのだ。
俺がドアを開けると、目の前にはいつも通り、その美人顔に柔らかな笑みを浮かべるエレナがいた。
「お、おはよう、龍君。まだ着替えてないの?」
エレナはにっこりほほ笑むと、不思議そうに首を傾げた。
「ああ、すまん、せっかく来てくれたところ悪いが、俺は今日休みだ。俺にかまわず先に行け」
「そ、その言い回しだと龍君死んじゃうよ……? それとお休みって……龍君、もしかしてどこか悪いの!? 看病してあげなくちゃ!」
エレナは急にワタワタとしだした。このまま上り込んで俺の熱を測って朝食を作っていきそうな勢いだ。実際、過去にそんなことあったし。
「違う違う! 休むのは魔法関連の方だ! 昨日、お前らと別れた後、また黒服サングラスに襲われてな。危ないとこだったんだけど、まぁ何とか倒したんだ。で、その後色々あって、一緒にいた颯希の勢力に訪問に行くんだよ。あ、学校にも連絡入れなきゃな」
エレナに説明しているうちに、欠席報告のことを思い出し、携帯電話で学校に電話をかける。
「さつき? さつきって稲宮さんのこと? いつのまに私以外の女の子を下の名前で? しかも、あの後ってことは二人きり……襲われて……危ないところ……協力……吊り橋効果……急激に縮まる仲……稲宮さんのもとに訪問……。そ、それって、もしかして紹介? 確か稲宮さんの勢力は龍君の一族に近い形だったはず……! あの奇天烈チビエキセントリックレインボーヘア女! いつのまにそんなことを……!」
「あー、すみません。二年七組の神坂ともうします、はい。少し事情がありまして、本日は欠席させていただきます。はい。あ、もしかしたら午後から出席できるかもしれませんので、その時はまた改めてその旨をお伝えしますんで、はい。それでは」
俺が学校に連絡を入れている間、エレナがドスの効いた声で何やらぶつぶつ呟いていた。前髪でかの上半分が隠れて影になり、うつむいて低い声で何やら狂的に呟いているさまは、恐怖心をわき起こさせる。
「おいエレナ、何を呟いてるんだ?」
「ひゃうわっ! りゅ、龍君? な、なにも考えてないですよー?」
俺が声をかけると、エレナは飛び上がり、露骨に視線をそらしてごまかした。当然、バレバレ。何を考えていたかはよくわからないが、唯一聞こえた『エキセントリックレインボーヘア』ってあたりから、稲宮のことを考えていたのだろうと思われる。
確かにあいつはセンスも性格もエキセントリックだが……お前も、タイプは違うといえど十分エキセントリックだぞ……。
■
魔法使いが格安で提供してくれるタクシーに乗せてもらって一時間。俺たちが住む町がある山を出た後に、また山を登る羽目になった。
「くっそ、なんじゃこりゃ!?」
俺の目の前にあるのは、長い長い石の階段。もう学校でいうと三階ぐらいは登ったが、まだ先は長い。
体力には自信がある。俺の普段の魔法が、魔力線の視認のみ。そうなると、どうしても身体能力が必要になる。
たとえば昨日の戦いだって、身体能力が一般平均程度だったら何回死んでもおかしくない。それに、まともな攻撃手段がない以上、武器が使えなかったら格闘術で戦うほかない。
よって、それなりに小さいころから鍛えてはいたのだが……それでも、この階段はきつい。
「はぁ、はぁっ、かはっ!」
ようやく最後の段まで登り終わったところで、俺はその脇にある木に背中を預けた。
痛い。胸がものすごく痛い。心臓がバクバクと激しく脈打ち、胃の奥から朝に食べたものがこみ上げてきそうだ。
しばし呼吸を整え、ようやく落ち着く。
そして呼吸を整えながら、俺は登った先を見た。
そこにあるのは――寂れた神社だ。
コンクリートの道のわきには狛犬と獅子が正面を向いており、その奥にはどことなくぼろぼろの神社がある。朱色は薄く汚れ、鳥居も丹塗りが剥げて木目を露出している。
こここそが颯希が属する勢力――『稲宮神社』だ。昭和の終わりごろ、母さん得意の交渉術でうちの勢力に与した一つだ。粛々と、他とは深い関わりを持たず、戦争にも参加せず、防衛ばかりしていた勢力である。規模も小さく、零細勢力なのだが、この神社の神主がとても強いらしく、防衛においては全勝だ。
その証拠として――この神社がある小さな山を囲むようにして、結界が広がっている。
魔力線も太く、あの様子だと効果がそれなりに強い割に、長い間発動できるようだ。
昨日、事前に母さんから聞いていた情報にぴったり。
ここの神主は優れた魔法使いであり、日本神話を中心とした神話引用による防御が得意だと。
「さてと……」
俺はそんなことを考え終えると、そのまま立ち上がって鳥居をくぐる。
「……あれ?」
その先には――美少女がいた。
思わず見とれてしまう。
そのボブカットの黒髪は艶やかで、それに対比するように肌は白い。体はほっそりとしていて、顔立ちもかなり可愛らしい。清潔な巫女服に身を包み、粛々と箒で境内を掃除しているさまは、まるで一枚の絵画のようにはまっている。
「龍也さんじゃないですか。ようやく来たですね」
その巫女さんは俺のことを見て、小さく笑う。
その笑いもまた魅力的で……情けないながら、俺はしどろもどろになってしまう。
「あ、う、はい。神坂一族代表代理の神坂龍也、ただいま参りました」
少し裏返りながらも、なんとか事前に用意した挨拶をする。
「んー? 龍也さん、何畏まってるです? ほら、中に行くです!」
俺の丁寧なあいさつに、巫女さんはぞんざいな対応をする。
うん……? この声としゃべり方、どっかで……あ、
「もしかして……颯希?」
声、顔、髪型、しゃべり方、体型と、何もかもが颯希に共通している。ただ、一番の特徴がないが。
「そうですよ。まさか、制服じゃなかったからわからなかった、なんて言わないですよね?」
「ちげーよ。髪の毛を変な風に染め……色つけてねぇからだよ」
的外れもいいところだ。
「あー! またあの超芸術的な配色を変とか言いましたね!? 神罰です!」
「巫女が勝手に神様の名前を借りるな!」
颯希が手に持っていた竹箒を振りおろしてきたため、俺はそれをステップで回避する。
よかった……アホらしいやり取りのおかげで、俺が不覚にもこいつに見とれていたのは勘付かれなかったようだ。
「巫女は神と人間の仲介人です! だから神の名を借りる権利があるんです!」
「神様はなんで職権乱用するやつを仲介人にしたんだろうなぁ!?」
そんなバカみたいなやり取りをしていると、
「なんだ、騒がしいな」
神社の本堂から、和風の仰々しい恰好――簡単に言ってしまえば神主のような服を着た壮年の男性が、ひょうひょうとした顔で出てきた。
「あ、お父さん! ちょっと世界の美のなかでも特に美しい芸術を汚すバカに転注を下してる最中ですので邪魔しないでほしいです!」
「虹色は確かに美しいが髪の毛には使わん!」
とっさに突っ込んでから気づくが、どうやらこの人は颯希のお父さんらしい。
「分かったから、参拝者に絡むな……。すみません、うちのおてんば娘が」
「い、いえ、大丈夫です。僕もわかっていたことなんで」
これからは、あのレインボーな髪の色については言及するまい。面倒くさくなることは請け合いだ。
ん、そういえば、颯希の父親ということは、この人が神主、つまり稲宮神社の当主か。
「稲宮神社の当主様、お初にお目にかかります。僕は神坂一族代表者の一人、神坂龍也と申します」
「おお、これはこれは丁寧に。まだ若いのに偉いね。うちのおてんばとは大違いだ」
そういって颯希の父親は小さく笑い、神社の後ろを指さす。
「後ろの方に我が家がある。そこで今回の件について話し合おう。颯希、お前も来なさい」
「はいです」
颯希は、父親の言葉に素直に従って、箒を抱えながらパタパタと走ってきた。
■
「君が颯希と仲良くしてくれている龍也君か。申し遅れたが、私は稲宮優斗だ。一応、稲宮神社の神主であり、当主ということになるね」
客間に通され――神社の一家なのに洋風だ――テーブルを挟んで、互いにソファに座りながら向かい合う。
さて、この場に颯希はいない。
あいつは家の中に入ってそうそう、
「お洒落は乙女の嗜みです。ついでに着替えてくるですね」
といって別の部屋に入っていった。
着替えてくるのは分かるが、お洒落? 寝癖直しとかそういうわけでもなく、お洒落……?
と首をひねっていると、
「つまり、髪の毛に色を付けてくる、ということだよ」
と苦笑気味の優斗さんに教えられた。
確か、結構時間をかけてヘアカラーチョークで色を付けてるんだよな。結構ごしごしこするらしいし、しかも色分けもされている。明らかに面倒だし、髪の毛は傷みそうだ。なのにあんな綺麗な髪してるんだもんな……俺の体質と同じように、宝の持ち腐れだ。
「あの子はおてんばなのに、仲良くしてくれているそうだね。昨日の夜帰ってきてから少し話を聞いたが、とても楽しそうだったよ」
優斗さんはにこにこと笑ってそういうと、そんな風に切り出してきた。
どう考えてもお世辞だ。戦っている最中にあそこまで反目しあうのだから、仲良くなんてしているわけない。
「それに、体を張ってあの子を守ってくれたんだ。親として、感謝しても感謝しきれないよ」
続けてそういって、優斗さんは頭を下げた。
「い、いえ。当たり前のことをしただけです。……結果的に勝つためには必要なことでしたしね」
恥をかくためには必要なかったことだが。きっと、俺の恥ずかしいあれやこれを颯希はこの人に話しているだろう。……あ、死にたくなってきた。
「ふふ、そうか。いい考え方だ」
優斗さんはにこり、と笑って、お茶を一口すすった。お茶はお茶でもミルクティだが。神社のわきにある家の洋室で、神主の格好を着た正真正銘の神主がミルクティをすすっているのは、少々あべこべだ。
それにしても……この穏やかな人が、知る人ぞ知る魔法使いなのか。
勢力としては決して大きくないこの稲宮神社を一人で守り続けた人物。優斗さんが生み出した結界は、今もこの家族の安息を守っているのだ。
「さて、では颯希にある程度説明したところまで、今のうちに君に話しておこうかな」
優斗さんはそう言って、紙束を机の上に置く。
それをカンペ代わりにしながら、優斗さんは話を進めていった。
「まず、道具からしてどう考えても、『近代西洋儀式魔法』系列だろうね」
優斗さんは顔をしかめる。おそらく俺も、同じような表情をしているはずだ。
近代西洋儀式魔法――俺たちが通う高校において、一組が属する分野だ。番号が若い順に人数が多くなるこの高校のクラス分けにおいて、一番。つまり、それだけ数が多いのだ。
しかもその人数たるや、ただの多い、どころの話ではおさまらない。
何せ、一学年の約半分が、一組にいるのだ。
つまり――単純計算で、魔法使いの中でも、近代西洋儀式魔法を扱う者が半分を占める、ということである。
そのせいで、この系列には組織の数が異常に多く、また、常に併合や滅亡を繰り返しているため、把握ができない。
七組に所属するような、俺たち爪弾き者の『魔術』とは大違いだ。
「杖に炎ですもんね。象徴武器でしょう」
近代西洋儀式魔法は、道具や象徴、役割立てを大事にする。
中でも、この世は火、水、風、地の四つの元素でできている四代元素論に基づいた道具立ては有名だ。
象徴武器とはつまるところ、それらの元素を象徴するもののことである。
水は杯、地は円盤、風は短剣――そして、火は杖、ということだ。
この道具立てや役割立てや象徴は、まさに『儀式魔法』の名前にふさわしいだろう。
「わかりやすいのはいいんですけど、そこから数が多すぎて絞り込めないんですよねぇ……」
俺は愚痴っぽい相槌を打って、続きを促す。
「そんなわけで、特定は困難だ。こちらでも捜索をしてみるけど、どうにも君たちを中心に狙っているみたいだから、常に気を緩めないようにね。……とまぁ、この程度しか言えないのが情けないところだけど。あとは、せいぜいここから少し離れた町で、最近魔力線をよく感じる、程度の不確定情報しか渡せないんだ」
優斗さんはそう言って、深いため息を吐いた。
さて、ここまでで三十分程度しかたっていない。残り半分、颯希がお洒落(笑)を終えるまでに、場が持つだろうか。
「君も颯希のおてんば具合には苦労しているだろう?」
颯希のことを考え始めた段階で、それを読んでいたわけではなかろうが、優斗さんがそんなことを言ってきた。
「あ、えっと……まぁ……。いや、でも魔法使いである以上変人とは関わるもんですし……」
少し迷って、素直に話すことにした。
「だろうねぇ。ちょっと、あの子には複雑な事情があって、ああなってしまったんだ。ひとえに僕が至らなかったが故だ。あの子のことは許してやってくれないかい?」
「い、いえいえそんな!」
優斗さんの言葉に、思わず畏まってしまう。
俺はここに来る前、親父からある程度稲宮神社についての情報を聞いていた。
その中には――颯希の事情についてもあった。
颯希は、七組に所属してしまうほどの異常な魔法しか使えない。この稲宮神社は、俺たち神坂一族と同じように、血族で結託している勢力だ。そのせいか、神道系の神話引用を扱う魔法使いばかりいる。その中で、まるで突然変異のように、颯希が産まれた。
その歪な魔法は、血族の間において蛇蝎のごとく嫌われてしまった。粛々と受け継いできた伝統を真っ向からぶち壊すようなその魔法は、受け入れられなかったのだ。
血族のほぼ全員が颯希と、颯希を産んだ両親を責めた。中には、捨ててしまえ、施設に預けろ――殺してしまえとまで言う人もいたらしい。
けれども、優斗さんと颯希の母親は、全力で拒んだ。
どんな事実があろうと、颯希は可愛い娘である、と。
結果的に最悪の事態は免れたようだが――成長して物心がついた颯希は、あれ以来孤立している両親を見て、それを自分のせいだと思った。
親戚が訪ねてくるたびに両親は嫌味を言われ、自分は詰るような目線を向けられる。
そんなことが続いていくたびに――ああなってしまったそうだ。
性格が歪んでしまうのは、魔力のせいだけではない。
魔法というものは、人の心を歪め――そこから、環境を歪め、また別の人の心を歪ませる。
誰が悪い――ということは、ないのだろう。
人道的に言えば親戚たちの方が間違っているが、親戚たちには親戚たちなりの理由があり、それが正しいことだと思っているはずだ。
(考えても、結論は出ないな)
一つ言えることとしたら、命は粗末にしちゃいけません、ぐらいだろう。
……ああ、でも結局フルゲージ状態が解けたら自殺願望が湧くのだろうが。
「『魔術師』は、颯希のことも含めて、何かしらの大きな苦労を負うことが多い。龍也君も、気を付けた方がいいよ。今回のこの襲撃――嫌な予感がするからね」
俺が命とは、プライドとは何か、という命題に対する思案に暮れていると、優斗さんが、唐突に鋭い目をして、忠告めいたことを言ってきた。
「それが杞憂になることを祈りますよ。神にも仏にも」
「せっかくだから、稲宮神社が祀っている四神獣様にも祈ってくれるとありがたいね」
そんな冗談を言い合いながら、俺たちはこれ以降時間を潰した。




