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 一時間目のロングホームルームを終え、十分間の中休みに入る。

 ある程度時間を挟んで落ち着いた俺たちは、交流を深めるべく雑談を交わすことにした。この人数が圧倒的に少ないクラスで、仲が悪い相手がいるというのは、これから先に生活に響くのだ。相手がエキセントリックだろうがなんだろうが、そもそもこの学校で普通の友達が出来ることなど望めない。

「それで、その髪の毛はどうしてそうなっているんだ?」

 真っ先に康大が質問をする。人の機微を察することなく、ずけずけと踏み込んでくるのが康大の欠点だ。まぁ、普段はさっぱりしているからいいんだけど、機嫌が悪い時にこいつに会うと、無性に殴りたくなる。


「お洒落です!」


「「「(ガタンッ!)」」」


 そのきっぱりとした回答を聞いて、俺たち三人は椅子から落ちた。

「ちょっ、なんじゃそりゃっ!? 魔法かなんかの影響かと思ったらただのお洒落かよ!?」

 康大が目を剥いて稲宮に詰め寄る。

 そりゃあ、普通そう思うだろう。このクラスにおいてそんな変なのがいる場合、大体は魔法が理由だ。

「すっごいお洒落でしょう? 毎朝時間をかけてヘアカラーチョークで染めているです!」

 薄い胸を張って誇らしげに語る稲宮。その顔には満足感が漂う。

「ま、まさか……今日の遅刻してきた理由って、それ?」

 恐る恐るエレナが問いかける。


「そうですっ!」


「「「(ガタンッ!)」」」


 またもやさっぱりとしたその回答に、俺たちは椅子から落ちた。

「さっきから反応が大袈裟ですね。ここは魔法使いの学校であって、吉本新喜劇の舞台ではありませんですよ?」

「知っとるわ!」

 稲宮のとぼけた反応に、俺は椅子から立ち上がりながら突っ込む。お前のせいだお前の!

 そんなアホみたいなやり取りをしているうちに、二時間目を告げるチャイムが鳴った。


「それじゃあみなさん、魔法史の授業を始めます。年度の最初なので、去年の内容をさらりと復習していきましょう」

 黒板の前に夏村先生が立ち、チョークを持って、去年の教科書をかいつまんで読み上げていく。

 この学校の授業は、普通の学校と違い、そのクラスの担任がすべての教科を教える。教え方としては小学校みたいだ。

「魔法は、その力から、常に世界の裏に秘匿されてきました。それぞれの流派や家系が、それぞれの魔法を脈々と受け継ぎ、時の流れとともに進化させてきました」

 先生の言うとおり、魔法は『秘匿技術』だ。こうして山奥に魔法使いが集う学校をつくり、それを補うために小さな町をつくってしまうぐらいには、その重大性が読み取れる。当然この町には一般人も住んでいるが、それぞれがそれぞれの方法をもってして、それぞれの魔法を隠している。

「秘密を守るために脈々と受け継いできた魔法は、それぞれの誇りでもありました。一種閉塞的なその状態は、次第に他者の魔法を見下し、また自身の魔法をより進化させるべく、あらゆる手段をもってして奪おうとする人も現れました。これにより、数々の戦争の裏で、魔法使いたちもまた、それぞれのプライドと技術をかけて、大規模な戦争を起こしたのです」

 その戦争は、一言でいえば『凄惨』に尽きるらしい。

 かなり大昔だが、一般人も巻き込んだ大戦争になったそうだ。

 魔法を利用して一般人を恐怖と信心で動かし、まさに血で血を洗う大戦争になった。これによって人口は激減し、また魔法使いもその数を大きく減らした。

 その記録は、表向きは宗教戦争や英雄譚ということで巧みに隠されて現在まで受け継がれているが、それらの資料を覗けば、その凄惨さが分かるだろう。

「この戦争によって数々の魔法使いたちが死に、その分、貴重な魔法だったり、それに関する知識がこの世から消え去ることになりました。これによって魔法の技術はこの時大きく衰退し、半分以上の集団が滅びました。この魔法史上もっとも大きな出来事であった戦争は、そのまま『魔法大戦』と呼ばれています」

 科学技術ならば戦争によって大きく進化することが多い。悲しいことに、そんな理由があるから、人によっては戦争が必要悪だ、と思っていることもある。

 だが、この魔法戦争において、魔法は退化の一途をたどった。

 魔法は秘匿技術であり、同じ仲間にすら公開されないこともあった。また、科学と違って理論を組み立てても成功率は低く、開発に時間もかかったのだ。

 機密保持のために、魔法を書物などに記さなかったことが多かったこともあり、魔法の知識の大半は、少人数の記憶のみに記録された。

 その技術を記憶した魔法使いたちが数多く死んだため、魔法技術は退化したのだ。

「この魔法大戦における技術の大きな退化を嘆いた当時の力を持った魔法使いたちは、世界中の魔法使いたちを集め、契約を交わし合わせました。

 魔法使いたちが戦争する理由としては、より自分たちの魔法を進化させるべく、相手が隠している魔法を吸収したい、というのが最も大きいです。ですが、戦争によって多くの人が死に、むしろ技術は退化しました。本末転倒であるのは分かっていたものの、それ以上の進化を望む場合は、やはり他の技術を取り入れる必要がありました。

 戦わなければ技術は進まないが、戦うと技術が衰退する。

 このジレンマは当時の大きな課題であり、戦争の最大の原因でもありました。

 そこで当時の力を持った魔法使いたちは、協力して、とても強力な魔法を作り出したのです。

 それは今では『絶対契約魔法』と呼ばれるもので、その契約を交わした場合、子孫や弟子にすら、永遠にその契約が続いていくものでした」

 その契約は、今の俺たちにも続いている。今隣に座っているエレナも、昔は敵対組織だったが、こちらが勝利し、契約によってこちら側陣営に引き込んだ。

「その契約は――『戦争は各勢力の代表が行い、総力戦などの大規模な戦争はしない』、『負けた勢力は勝った勢力に与する』の二つだけでした。

 これによって一般人を巻き込んだ大規模な戦争もなく、各勢力の主だったメンバーのみが戦うことで、最悪の損失を免れることが出来ました。

 この契約は今の私たちにも残り――技術と、ある程度の平和を保つことができているのです」

 先生がそこまで説明したところで、ちょうどチャイムが鳴った。


 この出来事があり、今は大規模な戦争がなくなった。

 ただ、今でも『戦争』は続いている。

 たとえば昨夜の、黒服サングラスによる襲撃もそうだ。

 あれはおそらく、どこぞの組織の戦闘員――絶対契約魔法でいうところの『代表者』なのだろう。組織の数によって代表者の数はまちまちだし、場合によっては全員代表者、という訳が分からない勢力もいる。また、その代表者を全員抑えないとその勢力を取り込めないあたり、契約が意味をなしていない点もあったりする。よくまぁ、ルールの穴をついてくるものだ。

 俺たち魔法使いは、常に『戦争』の危機に晒されている。一気に滅亡、などということはないが、いつ死ぬかもわからない。


 魔法などという特殊な力は――得てして、争いを生むものだ。


                 ■


 初日から授業があったとはいえ、やはり初日は初日。学校は午前で終わった。たまたま寮の方向が同じであったため、俺達四人は並んで下校することにした。

 この学校は説明した通り全寮制だ。だが、普通の学校の寮と違い、それは町の各所に散らばっている。男女別で分かれていたりもせず、マンションだったり、アパートだったりといった団地に無造作に詰め込まれる。とはいえ一人一部屋与えられるため、住み心地はいいのだが。

 また、普通の寮なら寮食堂や寮長などがいてもよさそうなものだが、そういったものも存在しない。どちらかといえば、団地の一室を借りた一人暮らしに近い。

「それで、結局この四人は全員敵対関係ではなかった、てことか」

「安心したです。さすがに数少ないクラスメイトが敵対勢力だと今後が辛いですからね」

 稲宮もあの学校に転校してきた以上、絶対に魔法使いだ。となると、敵対勢力である可能性もあるのだ。その確認を帰り道の時間で確認したのだが、その心配は杞憂に終わった。

 それどころか、俺とエレナに至っては、稲宮が属する勢力は友好勢力――仲間だった。康大が属する勢力はどことも大きく関わらず、を貫いている硬派な組織だが、それでも仲は悪くない。

「おっと、俺は本家に呼ばれてるからこっちだな。じゃあまた明日!」

「わ、私も呼ばれているから……またね、龍君、稲宮さん」

 二人のその言葉で雑談はストップする。

 勢力である以上、当然その本部や支部は存在する。この町は基本的に学生の魔法使いが集まるため、それこそ学生だけの組織でもない限り、本部はない。

 二人がそれぞれ属する勢力は、どちらも本部がここからある程度近場にある。とはいえ往復で数時間かかる場所だが、午前授業であった今日ならば明日の登校には支障をきたさない。ちなみに、俺が属する組織もここから車で一時間ほどのところにある。

「そうか。じゃあまた明日な」

「またです」

 俺たちは次の十字路で分かれ、別れの挨拶を交わす。

 ちなみにここには電車もバスも通っていないが、代わりに魔法使いの慈善集団が運営する格安のタクシーがある。これでこの山奥から外へと移動するのだ。歩きだと相当時間がかかるため、二人もこの手段で移動するのだろう。

「さてと、歩きながらだと詳しい話はしにくいから、適当な公園にでも寄るか」

「そうですね。こればっかりはゆっくり話さないといけないです」

 真夜中にエレナと一緒にあの黒服と戦った公園に入る。今回話し合う内容とは、ずばりそのこと。稲宮が友好勢力の一員である以上、情報交換はしておくべきだからだ。

 移動しながらの話し合いだと落ち着かないし、思いもよらないほど長引くかもしれないから、こうして腰を落ち着ける場所が必要だ。

 二人で並んでベンチに座り、公園内の自動販売機で買ったジュースを飲んで一息つく。

「あ、ちょうどいいところにお店が出てるです! ちょっと買ってくるです!」

 一息ついて落ち着いた直後、稲宮が子供みたいに目を輝かせて、落ち着く暇もなくカラフルなワンボックスカーへと駆け出した。

 どうやら移動屋台らしい。暖簾を見る限り……ベルギーワッフルか。あの格子状の変わった形をしたワッフルだな。生地によっては飲み物がないと悲惨なことになるが、あれは中々美味しい。稲宮の反応から察するに、好物なのだろうか。

 店主は……うおっ! さわやかスマイルが似合いそうなイケメンだ! 売っているものがお洒落なだけに、店主もお洒落なようだ。髪の毛は長くて黒く、服はパン屋の店員らしい清潔なエプロンだ。まぁ、売っているのはベルギーワッフルだが。

「買ってきたです!」

 稲宮は満面の笑みを浮かべ、大きな紙袋に入った大量のベルギーワッフルを両腕に抱えて持ってきた。

「お、お前……それを、一人で食うのか?」

「……? そうですよ。なに不思議そうな顔しているです?」

 稲宮はきょとんとした表情で、子供っぽく首を傾げる。その動作は見た目も相まって可愛らしかったが、その異常性のせいでそれも吹き飛ぶ。

 魔法使いは性格が歪むが……そのせいか、様々な好みが偏ることがある。しかも、恐ろしく大胆に。稲宮の場合は、美的センスと好物が偏っているのだろう。

「まぁいいや。食いながらでいいから、夜のことをかいつまんで説明するよ」

 俺はとりあえずそれを無視して、説明に入ることにした。

「むぐむぐ……どうぞです……むぐむぐ……」

 緊張感のかけらもない。飲むようにして次々とベルギーワッフルを口に放り込んでいく。うわっ、しかもあの喉と口の中が渇く生地じゃねぇか!

「……昨日の夜、無性にアイスが食いたくなってコンビニに向かったんだけどな。その途中で、妙な魔力線が見えたんだ。どう考えてもそれは俺を狙っていたから、とっさに回避したんだよ。で、ついさっきまで俺の頭があった場所を火の玉が飛んで行ったわけ。それで、後ろを振り向いたらその黒服サングラスの男が杖を構えていたんだ」

「むぐむぐ……絶対にアイスの件は余計ですよね……むぐむぐ……それと、魔力線がそこまで鮮明に見えるだなんてのも驚きです……むぐむぐ……」

 俺の説明に、相変わらずベルギーワッフルを口に放り込みながら稲宮が突っ込んできた。確かにアイスの件はいらなかったな。

「そっから追いかけてきたから、俺はちょうど動きやすそうなこの公園に逃げ込んだんだ。魔力線が見えるのをいいことに逃げ回りながらエレナを携帯で呼んで、そっから二人で協力して戦ったんだけど、まぁ、お察しの通り逃げられた。これが事の顛末だ」

 話してみるとなかなか情けない。襲われた挙句、幼馴染に助けを呼んで、結局逃げられたのだから。

 まぁ、俺の魔法の都合上、そうなるのは仕方がない。ほとんど俺には魔法における戦闘力は、あの状態でなければ皆無に等しい。

「なるほど……むぐむぐ……どう考えても敵対勢力ですね……むぐ、あ、なくなっちゃいましたです」

 袋の中に手を突っ込んで放り込んだ直後、稲宮は残念そうに眉を下げて袋の中を覗き込んだ。

 早っ! ペースは異常だったが、それを加味しても早すぎる。たったあれだけの短い話なのに、もうあれだけのベルギーワッフルを完食したのかよ!

「ふぅ……さて、参りましたですね。杖を使って炎を操るだなんて、どう考えてもあれ系列です。特定はかなり面倒くさいですよ」

「だよなぁ。分派が多すぎるし、人数もアホみたいにいるしな……はぁ……」

 二人して景気悪く溜息を吐きながらぼやく。

 その時――


「稲宮、気をつけろ!」


 ――俺の視界に、『光の線』が映った。

 それは急激に公園を囲むようにして広がっていき、次第に一つの円になる。

決闘場結界コロシアム!? 襲撃です!?」

 稲宮にも光の線は見えていたようで、俺とほぼ同時に立ち上がってあたりを警戒しだした。

 魔法において、魔力は不可欠のものだ。

 魔力とは、生物の体内や空気中に存在し、魔法を使う際のエネルギーとなるもの。その魔力を使って何かをする際、用途に応じてその線を伸ばし、ある程度の指向性を持たせなければならない。

 その線こそが、魔力線だ。

 魔力線が見えることで、その魔法のある程度の効果や軌道が分かる。

 魔力や魔力線を感知する力は、魔法使いならば多かれ少なかれ持っている。だが、俺ほどまで見える人はそうそういないだろう。

 たいていの場合はなんとなく感じる、程度だが、俺はそれがはっきりと視認できるのだ。

 俺と稲宮の呼吸の音、風によって擦れる草葉の音しかあたりに響かなくなる。先ほどまで聞こえていた人の営みの音や車の音、カラスの鳴き声なども聞こえなくなる。いつの間にか、ベルギーワッフルの店主も車を置いてどこかに行っていた。

 今この寂れた公園を囲んでいるのは決闘場結界だ。魔法使い同士が争う場合、仕掛ける側が使用しなければならない魔法だ。その領域内にいる一般人や動物は本能的にそこから出てゆき、また外にいる人たちは、本能的に近づかない。魔法を一般人に見られたら困るため、こうすることが暗黙の了解なのだ。これは決闘場結界専用の道具があり、それに魔力を流して範囲を限定するだけで使える便利な魔法だったりする。

 ザリッ、と、公園の入り口から硬質な音が聞こえてくる。

 公園に踏み込んできたのは、黒服サングラスで中肉中背の男。その手には杖が握られている。

「夜の奴と同じだ。それなりにやるから気を付けてくれ」

「はいです。それにしても参りましたですね……私たち、お互いの魔法を知らないですよ」

 俺たちはそいつを睨みながら、小声でそんなやり取りを交わす。

 魔法使いの連携において、互いの魔法を知っておくことは一番重要なことだ。だが、俺たちはその確認をしそびれていた状態でこんなことになってしまった。

 しかも、俺たちは互いにほぼ初対面。さらにあの七組に所属している以上、分かりにくいか使いづらい魔法しか使えないだろう。

 組んでいる相手がエレナならまだしも、稲宮とのタッグは相当苦戦するだろう。

 こちらが身構えると、男も杖を構える。

 そして光の線が俺の胴体を通る軌道で駆け抜ける。

「よっ!」

 俺は反射的にそこから外れ、すぐに男に向かって走り出す。ついさっきまで俺がいた場所を火の玉が駆け抜け、背後の柵に激しく衝突する。

 男に向かって体当たりを食らわせようとするが、男は杖を小さく振る。それで俺の胴体に向かってまた魔力線が伸びてきたため、俺は避けるためにスピードを落とし、回避せざるを得ない。結果、男に移動する隙を与えてしまい、反撃できなかった。

「このやろっ!」

 俺は地面にあった小石を投げるが、それもあっさり叩き落され、また魔法で攻撃されてしまう。俺は魔力線を視認してそれを避けるが――しまった! 後ろに稲宮がいる!

 男はこれを狙っていたのか。見れば、男の口には薄い笑みが浮かんでいた。


「甘いですっ!」

 

 魔力線が稲宮に伸びる。稲宮はそれに対して手を横なぎ振った。その瞬間――魔力線が『曲がった』。そしてその曲がった軌道に乗って火の玉は飛んでいき――稲宮には当たらず、そのまま柵に当たる。

「「っ!?」」

 俺と男は、それを見て同時に驚愕する。

 今のは決して偶然などではないはずだ。稲宮の魔法は、『魔力線を曲げる効果』を持っているのだろう。しかも、稲宮は俺ほどじゃないにしても、魔力線をそれなりに視認していた。

(参ったな……)

 稲宮の魔法は、それなりに使い勝手はよさそうだ。実際、魔法が放たれる前に線を曲げてしまえば、当たらないのだから。

 けれどその能力となると……俺とすこぶる相性が悪い。何せ、稲宮の魔法はそれっきりであり、他の魔法のように応用が利かないから。それはつまり、攻撃手段がない、ということになる。

「稲宮、お前の魔法は、魔力線を曲げるのか?」

「そうです。そちらはどうなんですか?」

 男の火の玉をそれぞれ躱しながら情報交換をする。

「俺の魔法は役に立たねぇよ。なんせ、常時魔力線が鮮明に見える『だけ』だからな」

「はぁっ!?」

 俺が渋面を浮かべてそういうと、稲宮は端正な顔を思い切り歪め、声を裏返らせてそう叫んだ。

「クソの役にも立たないじゃないですか!? それでさっきから接近戦ばっかなんですね!?」

「そういうことだよクソッタレ!」

 稲宮と俺に魔力線が数本ずつ伸びてくる。どうやら連射するようだ。

 俺はその魔力線を躱し、稲宮は自分のいる場所に来るものだけを曲げる。が――その曲がった先は、俺が躱した先だ。

「うおっ!?」

 俺は半ば反射的に、転ぶようにしてそれもぎりぎり避ける。目の前を火の玉が通って行ったせいで目が痛い。

「おいこらっ! こっちに曲げるんじゃねぇ!」

「そっちがそんな方向に避けるから悪いんです!」

 火の玉が通ったせいで涙目になりながら稲宮に文句をつける。すると、稲宮はそんなことを言ってきた。

「んな無茶ぶりさせんな! お前が曲げる先まで予想しろってか!?」

「だったらこっちだって貴方が躱す方向なんてわからないです!」

 俺たちは口げんかしながら男の攻撃を回避していく。何回か俺が躱した方向に稲宮が曲げてしまい、それをぎりぎり躱す羽目になってしまう。

 思った以上に最悪だった。

 有効な攻撃手段を持たない仲間と組むと、決定打に欠ける。稲宮の能力を聞いたとき、それで俺は不利だと考えたのだが……想像の上を行く。

 俺と稲宮は即席で組んだだけのバラバラなタッグだ。互いの癖などもわからず、このようなすれ違いが生じる。

 男に近づくことすらままならないまま、俺たちは文句を言い合いながら避けることしかできない。ジリ貧どころの騒ぎじゃなかった。

 昔からひたすら鍛えた反射神経で耐えてはいたが……ついに、一方的にこちらが不利な拮抗が破れた。

 男の、サングラスの下の口角が吊り上る。

「稲宮、避けろ!」

「え?」

 俺が曲げられた魔力線を躱して尻もちをついてしまい、稲宮に文句を言おうと睨んだとき、俺は見た。


 稲宮の体を通過するようにして――『細い魔力線』が伸びていることを。


 稲宮は気づいていない。

 稲宮は魔力線を感知する力はそれなりにあるが、あそこまで細いとできないだろう。

 多分、仕掛けた本人か、魔力線に視認そのものが魔法である俺ぐらいしか感知できないだろう。

 魔力線の様子からして、力自体は弱いが……この後に、変化が起こる感じがする。輝きが、今までと違うのだ。

 恐らく――急に威力が増してくるのだろう。

 隠密性がある一方で、必殺の威力を秘めている。これがあの男の奥の手ってわけか。

 ポカン、と間抜け面でこちらを見ている稲宮に、俺は勢いよく立ちあがって駆け出す。

 俺が走り出すと同時、稲宮を貫く魔力線が太くなり、輝きが増した。

 俺が足をもつれさせながら手を伸ばすと同時、男の杖から火炎放射器のように炎が噴き出した。

 そんな光景をスローモーションで見ながら、俺は頭の冷静な部分で考える。

 このままだと、絶対に負ける。

 向こうは遠距離から攻撃してくるが、こちらには決定打がない。

 それに、俺と稲宮の相性も酷いものだ。とてもではないが、このまま勝てるとは思えない。

 けれどその一方で――今は、『あれ』になる絶好のチャンスでもある。そうすれば、十分に勝てる要素はあるはずだ。

(でも……あれ、かぁ……。嫌だなぁ……)

 思わず渋面をつくりながら、考える。

 けれどこのままだと、稲宮も俺も死にかねない。

 ならば……背に腹は代えられないか。

 あれを稲宮に見られるのは嫌だな……。

 スローモーションの中での思考は、ここで終わった。

 時間が一気に流れだし、迫りくる炎も、稲宮も、近くなる。

 ドスン、という音とともに俺は稲宮を突き飛ばす。あの細い体は、男子高校生である俺が突き飛ばせば、割と飛ぶのだ。

 稲宮はそのまま炎の軌道上から外れ――代わりに、俺がその上にいた。

 稲宮がこちらを唖然と見上げる中、炎は俺に容赦なく襲いかかる。

「神坂さん!?」

 稲宮の可愛らしい高い声が、俺の名前を呼んだ。稲宮の目からは、涙が溢れていた。

 灼熱に焼かれながら、俺は気づく。


 ああ……初めて名前で呼ばれたな……。


「あああああああっ!」

 全身が焼け付くように熱い。いや、実際に焼かれている。

 俺はその苦しみに悲鳴を上げながら、それとともに、全く別の感覚を覚えながら、頭に不安をよぎらせる。

 体の熱さとは別に、胸の奥の方が熱くなる感覚がわき出てくる。

 血液が速く流れているような、心臓が強く脈打つような、けれど、どちらとも違う感覚だ。

 力が――溜まっていく。

 気づけば、炎に焼かれる熱さも、今や熱い風呂に浸かっている程度まで和らいでいた。

 目の前を覆うほどだった炎も、その勢いを緩めている。

 炎の勢いが緩まり、熱さが和らぐほど……それに応じて、体の中に力が溜まっていく。

「「――っ!?」」

 その様子をはたから見ていた稲宮とさっきまでにたりと笑っていた男が驚愕に息をのむのが分かった。

「ふんっ!」

 俺は気合の声とともに両腕を大きく振り、小火レベルになった炎を振り払う。

 愕然としている男に向かって俺は――意思に関係なく、言い放る。


「お天道様が張り切るには、ちっとばかり逸り過ぎだぜ。それこそ季節外れのサンタクロースでもあるまいしよ」


 ヒューッ、と、沈黙の中、冷たい風が通り過ぎた。

 は、恥ずかしい! だからこの状態は嫌なんだ!

 俺は生まれながらの体質で、『魔力を吸収しやすい』。

 手の魔法に晒されたなら、その魔法にこもっている魔力を体に吸収してしまうほどに。

 しかし、そんな便利そうな体質も、俺には宝の持ち腐れだ。

 何せ、俺の魔法は、常時魔力線が鮮明に見えるだけ。魔法というよりも体質に近いもので、魔力なんか消費しない。

 だが、先ほどのようにそれなりの時間、それなりの魔力に晒された場合――俺の中に大量の魔力が溜まっていく。

 魔力は精神に作用し、時に魔法という非常識的な技術のエネルギーになっているだけあって……人の体にすら影響を及ぼす。

 そんな魔力を大量に吸収してしまった場合――体と精神に、大きな影響が出る。

 それが今の、『フルゲージ』状態だ。

 体の中に溜められる魔力が一定の量を超えると、魔力の影響でこうなってしまうのだ。

 精神に出てしまう作用は――

「そんなマッチにも使えねぇような小火で人と戦おうなんざ、それこそガキの火遊びだ。ケツに火ぃつけてやっから、とっとと急いで帰ってママのミルクでも飲んでな!」

 ――俺の意思を離れ、勝手にB級洋画の日本語訳のような、現実でしゃべるには寒い言葉が勝手に出てしまうことだ。

 この状態は恐ろしく恥ずかしい。映画のワンシーンで聞く分にはいいが、現実では絶対にしゃべりたくない言葉だ。

 けれど、このフルゲージ状態になると、俺の意思を離れてそんな言葉が出てしまう。

 俺がこの状態を拒んでいたのは、そのためだ。

「さてと、可愛らしいお人形さんみたいなお姫様が傷物になりかけたんだ。その罪は――閻魔様とよぉく相談して、鬼に見守られながらゆっくり贖いな!」

 俺の意思を離れて口が動く。けれど、内容は別として、言葉の意味としてはおおむね俺の意思は反映される。

 稲宮が殺されかけたんだ――友好勢力の大切なクラスメイトである以上、それは許すわけにはいかない。

「っ!」

 男は歯噛みし、火の玉を連射してくる。

「遅い遅い! 羽虫が止まりそうだぜ! 射線が丸裸だったらそんなのガキの球遊びとなんぼも変わらねぇよ!」

 俺はそれらの全てを、拳で迎え撃つ。本来なら大やけどするところだが、この状態になれば、魔力を一気に吸収してくれる。やけどする前に、炎はすべて消えるのだ。

 しかも相手がどう撃ってくるかは、魔力線が鮮明に見えるからバレバレだ。

「ほらショウタイムだ! てめぇから鳴らした戦闘太鼓のリズムに乗せて――そらっ、ワン、ツー、スリー、フォーッ!」

 意思に反して俺は不敵に口角を吊り上げ、カウントの終わりと同時に指をパチン、と鳴らす。

 バスバスバスッ! と激しい音が連続して鳴り、男が吹き飛ばされる。

 魔力が俺の体に及ぼす影響――それは、俺がこの状態でのみ使える魔法が生まれること。

「ヒョーッ! 普段は受難ばっかり下さるクソッタレなひげもじゃになった気分だぜ! アーメンハレルヤナムアミダブツ!」

 俺の意思に反して動く口は今日も絶好調だ。訳が分からないよ。

「さぁ、ダンスはまだまだ終わらねぇぞ! チップは何ドル貰えるかなぁ!」

 ここは日本だぞ、我が口よ。ドルじゃなくて円だ。

 俺は男に向けて人差し指を向けながら、それをちょいちょいと動かす。

 それとともに俺から魔力線が大量に伸びてゆき、その直後にまた男が吹き飛ばされる。

「さぁ、ようやくクライマックスでございます! ご来場の皆様はスタンディングオーベーション! アンコールの曲目は勝利だ!」

 俺が叫んで腕を振ると、男に向かって太い魔力線が伸びてゆく。男は吹き飛ばされた衝撃からか、動けない。

 そして最後に俺が指をもう一度鳴らすと――仰向けに倒れていた男の体が一瞬は跳ね上がり、そのまま動かなくなった。


この状態の主人公の台詞は、書く上で一番悩んだ部分だったりします。

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