聖夜のサンタの贈り物?
初めそれは、肌色の布団が縛ってあるものかと思った。しかし、それは遠目からみても縛ってあるというほど窮屈な印象を受けなかったうえに、自分はそんな布団を部屋の前に放置した覚えはない。他のアパートの住人が何かの目的で捨てていったかとも思ったが、そんな地味な嫌がらせをしていったい何の得になるだろうか。第一、そんな恨みを買うようなことは何もしていない。いくら壁が薄いといっても、直人の生活には音を立てることなど皆無と言っていい。めったに部屋から出ないため、迷惑をかけているとも思えない。ではいったい誰が何のために? と考えながらさらに近づいて行ってみると、それが布団ではないことに気がついた。
それは、真っ裸で丸まっている女の子であった。直人が十秒ほど無言で自室手前二メートルの位置で固まってしまった理由として、なぜこんなところにこんな恰好で女の子が? という疑問もあったが、それ以上にその女の子の美しさに目を奪われていたということも理由に挙げられる。全体的にほっそりとし、きれいな曲線を描くからだ。色の白い肌に月の光が静かに降り注いで、清楚な印象を生みだす。膝を抱くようにして丸まっているため、顔の全体像はうかがい知れないが、その横顔は少し見える部分だけをとっても、愛しの葉月ちゃんとかなりいい勝負をするのではないかと思われるほどだった。
存分に女の子の体を眺めまわした直人が我に返ったのは、女の子が「ん」と声をあげて少し身動きしたからだ。直人はびっくりして一瞬身をすくませるも、どうしていいかわからずその場に変に身構えたまま固まってしまう。すると、女の子がゆっくりと目を開き、しばらくボーッとしながら周りを見回し、やがてその視線が直人の位置でぴたりと止められた。「え、あ・・・」と口ごもる直人の思考は混乱を極める一方。何せ直人は三次元の女の子に免疫がほぼない。とにかく何とかしてこの場を離れるべきだろう、いや、その前に一言だけ裸を見たことを謝るべきか。でもここ自分の部屋の前だからとりあえずそこからどいてもらうべきか、と直人の思考が混乱で埋め尽くされていくなか、女の子が口を開いた。
「あの・・・」
「裸見てさっさと立ち去ってください!」
女の子が何か言いだした途端、直人はそう言って自分の部屋のカギを開け、高速で自室の中へと避難した。本当は「裸見てしまってごめんなさい。とりあえず僕の部屋の前から立ち去ってください」という旨を伝えたかったのだが、あまりの混乱ぶりに言葉が混ざってしまったのだ。そんなことに気を配っている余裕もなく、自室の入室最速記録をマークした直人は、玄関に背を預けて荒い息を繰り返していた。後ろ手に鍵をガチャリと閉め、数秒そのままの状態を続けると、ようやく息が戻ってきて、一息つくことができた。一体何だったのだろうと玄関に方に視線を向ける。そこには外界とこちら側得を隔てる扉が荘厳と立っていたが、その扉をそっと開けてしまったのは一種奇妙な興味が心の中に生まれたからというほかなかった。ガチャリと鍵を開け、そろそろと扉をあける。先ほどの女の子の姿は見えない。さらに開けてみる。やはり見えない。立ち去ったか、と直人が扉を全開にしたとき、
「あの、ここはいったいどこなのでしょう?」
いた。
扉の正面、扉を完全に開けなければ見えないような、扉の真正面。そこに、先ほどと同じように直視できないような姿のまま。直人は再度勢いよく扉を閉める。女の子のさらに呼びかける声が聞こえた気もしたが、もちろん無視。荒い息を再び繰り返したが、次は先ほどよりも短い時間で冷静になることができた。自室の前に真っ裸の女の子がいるという状況に慣れてきたこともあるが、先ほどの女の子の言葉を頭の中で反芻したからということも理由になるだろう。先ほどの言葉が真実であるとすれば、女の子はまるで自分の意思でここに来たのではなく、全く知らないうちにこの場に来てしまったような口調だった。だからと言ってどうすればいいのかわかるはずもなく、直人はどうするべきか戸惑うが、そのとき、隣の部屋の住人がなんだか身動きする音が聞こえた。玄関の部分だけが少し壁が薄いというのがこのアパートの欠点だが、隣人はどうやら出かけるために玄関で準備をしている様子。直人は混乱する頭の中で必死に考える。自室の前に、真っ裸の女の子。しかもその子は自室の前から動かず、まるで扉が開くのをじっと待っている様子。そんな様子を誰か他人に見られたら、間違いなく自分は通報され、クリスマスの夜空の下、多くのカップルの視線にさらされながら、クリスマスの雰囲気にうかされて馬鹿をやった変態野郎というレッテルをはられることになってしまう。そうなったら自室という楽園に帰ってくることもできず、むさい男どもと嫌というほど統制された刑務所という名の強制収容所で過ごさなくてはならなくなる。そんなことになっては人生破滅だ。葉月ちゃんと会えなくなってしまう!
もちろん、これまで直人が自室に隠れている間、階段を登りきったほかの住人に見られているという可能性もあり、まだ刑務所に入るということが確実でもなかったのだが、混乱する直人にとってそんなことを考える余裕はない。とにかく隣の住人に見られたら自分の人生は終わりだということしか考えられなかった。そうこうしている間に、隣の住人は玄関で靴を履き終えた模様。もう一刻の猶予も許されない。直人は意を決して扉を勢いよく開けた。
「あ、やっと出てこられました・・・」
「入って!」
電光石火、直人は女の子の手首をひっつかんで、目にもとまらぬ速さで自室へと入れる。そして自室の扉を閉じるのと、隣人が隣の部屋の扉をあけるのが同時であった。隣人は鍵を閉めると、別段こちらを気にした様子もなく、そのまま階段のほうへと歩いて行ってしまった。
なんとか危機を脱した直人は、本日三度目の荒い息を繰り返してから、ふと自分の目の前に女の子のおでこがあることに気がついた。見ると、自分が女の子を抱くような形になっていることに気がつく。
「あ、うわわわ・・・」
間抜けな声をあげながら、直人は女の子から急いで離れる際に足をからませて尻もちをつく。そんな直人の様子を女の子はきょとんとした様子で見つめている。自分が裸であるにもかかわらず、いろいろな部分を隠そうともしない。直人は再度その美しい体に目を奪われてしまった。部屋に入った今でも、その肌は月光のような淡い光を発しているように見える。先ほどしっかりと見ることができなかった顔は、横顔から予想できる通りの、美しいものだった。
数秒そのまま固まっていた直人は、女の子がわずかに震えていることにようやく気がついた。この寒空の下、そんな格好では無理もないことといえようが、直人はどうするべきか再三混乱する。とりあえず服を着せるべきか、それとも風呂に入れるべきか、あるいは温かい飲み物か。ゲームの中では選択肢を選ぶだけの簡単なクイズのはずなのに、なぜか現実では上手く行動を起こせない。どれが正解かが全く分からない。
「えっと、だいじょう・・・」
「服にしますか? お風呂にしますか? それとも飲み物ですか?」
女の子が言葉を発しようとしたことにびっくりして自分の口をついて出てきたのは、そんな言葉だった。
結局、彼女が何者なのかは聞きおおせることができなかった。混乱しながらも、とりあえず服を着せ(直人の物だったため、すこし大きかったが)、温かい飲み物を飲ませたところ、震えもとまり、そのままこたつの中で寝てしまったからである。そのままでは風邪をひくこと請け合いのため、直人は緊張しながらも彼女を部屋の隅の敷いてある自分の布団に寝かせ、ふう、と一息ついたのである、もちろん、彼女がわずかでも身動きするたびに直人は彼女から離れようとしたため、そこに至るまでに三十分以上の時間を要したのは言うまでもない。
(今夜は、徹夜かな)
女の子が寝ている部屋で寝る勇気など直人にはない。それどころか、今こうして自分の部屋に女の子がいるだけで失神しそうなほど緊張しているのだ。
サンタが届けたプレゼントにしては、大変なものを置いて行ってくれたな。と直人は一人窓の外の夜空を見上げるのだった。




