聖夜の夜に
ちょっと短めで申し訳ないのですが、第一話です。
部屋に響く音は、パソコンの起動音と、エアコンの温風を吐き出す音。
時たま、姿勢を変えるために椅子がきしむ音がするが、それも一時間に一回程度。
外では一層寒さが厳しくなりだした夕方、その寒さに負けないほどの賑やかな雰囲気が町中にあふれている。クリスマスイブ、店には色とりどりのネオンが輝き、多くのカップルや団体客が遊ぶ場所を求めて練り歩いている。
そんな屋外の喧騒をすべてシャットアウトしようとしているかのごとく、部屋の主人、深田直人の耳にはイヤホンがはめ込まれ、画面に合わせたかわいい女の子の声があたかも目の前にいるかのごとき音量で流れていた。現在彼がプレイしているのはしっかりとR指定がついたギャルゲーである。直人はすでに十九歳であるため問題はないが、彼がその手のゲームに手を出し始めたのは十七歳のときから。一年早く大人の階段に足をかけ始めた彼は、そのまま三次元へと移行すれば健全な成長を遂げているといえるが、あいにくと彼は二次元に踏みとどまったままだった。
そんな現状を全く気にもせず、彼は画面の中の女の子が現実に存在しているかのごとく画面を操作し、話を進めていく。ゲーム内での彼自身、つまり主人公が指示通りの言葉を発し、女の子がその言葉に対して何とも刺激的な反応を示してくる。思わず鼻息が荒くなる直人。そんな直人の感情など全く表すことなく、ゲームの中の直人は相手に自然な感じを保ったまま言葉を投げかける。それに対して、さらに加速する女の子の反応。
「ああ~、葉月ちゃ~ん」
思わずこぼれる声。顔の筋肉は緩みっぱなしで、口はだらしなく横に開かれている。一般人が近くで聞いたら地の果てまでドン引きしそうな惨状だが、彼は全く気にしない。今日がキリストの誕生日だろうと、それに便乗してお祭り気分な一般人が何人いようと、彼にとっては露ほども関係なく、ただいつも通りの生活を送るだけだった。親の仕送りだけで生活し、大学にもいかず、部屋から出るのは近くのコンビニへ食事のインスタント食品を買いに行くときだけという、いつも通りの生活を彼は繰り返していた。
午前十二時半。それまでにニヤケ面で画面に張り付いていた直人の顔が不意に上がり、部屋の壁時計に注がれた。ゲームに夢中になるあまり、実はまだ夕食を取っていなかったりすることに気がついたのだ。この時間になると夜食となってしまうが、そんなことは関係ない。日々ギャルゲーをプレイし、アニメを見て、ライトノベルやかわいい女の子が出てくる漫画を読むだけの生活を送っている彼にとっては食事の時間がずれることなど日常茶飯事。それでも、毎日三食は欠かさず食事をとっているのは奇跡といえよう。とりあえずカップラーメンでも食べるかとイヤホンを耳から外し、パソコンをスリープモードにしたあとゆっくりと腰を上げて台所へと向かう。食べた後の後片付けはそれなりにしているため、カオスと表現するまでの状態には至っていないまでも、ゴミ袋がたまり、すでに台所の半分を埋め尽くそうとしていた。そろそろゴミ出しに出すかと考えながら、わずかに残った足場を器用に利用して、とりあえず冷蔵庫の中を確認してみる。冷凍食品はなし。次に買って来たインスタント食品を置いておく場所を見てみるが、そこには空になった容器が山のように積まれているだけ。どうやら食品を完全に切らしているらしい。冷蔵庫の中に飲み物すら一滴も入っていなかった。
(う~、面倒くさいけど、どうせ近いうちに出ていかなきゃいけなくなるし、今から行くか)
ちょうどゲームもひと段落したところだし、と頭の中で追加して、直人はいそいそと上着を着込む。オタクの例にもれず、羽織るのは地味なジャンパーだけ。ファッションセンスのファの字も知らないかのごとき格好で、直人はけだるげに家を出た。
直人の家は二階建ての安アパート。学生が一人暮らしをするときによく選ぶ会社のアパートだが、壁はそれほど薄くなく、隣の部屋の音がダダ漏れとなることはない。ちなみに部屋の位置はアパートの二階の一番端。直人のアパートは二階建てなので、一番すみに済んでいる形となる。
自室を出て階段を降り、寒風に耐えながら歩き出したとき、ようやく直人は自分の周りのところどころに輝いているネオンに気がついた。一週間以上自室を出ないことがざらな直人は、今日がクリスマスイヴだということに気が付いていなかったのだ。
(ま、僕にはあんまり関係のないことだけど)
女性どころか、人とのかかわり合いを極端に避けている直人にイヴの夜をともにすごす相手などいるはずもない。アパートの住人にしても、隣の部屋と、下の部屋の住人に引っ越してきたとき挨拶をして以来顔を合わせていない。もしかしたら、人とまともに会話したことなど引っ越しをしてきてからほぼないといってもいいかもしれないような状態なのだ。
そんな直人は、一人黙々と近くのコンビニへと向かう。アパートからは徒歩で二分ほどの距離だが、その間にすれ違ったカップルの数は三組。幸せそうな顔をしながら歩いていく者の中には、明らかに直人を侮蔑をこめた視線を投げかけていく組もいた。何だよ、こっち見るなよこのブス。僕の葉月ちゃんのほうが一億倍はかわいいね。そんなブス連れて歩くなんて男のほうもどうかしてる、と内心では毒つきながらも、もちろんそんなことは口に出さず、直人は逃げるように足を速めてコンビニへと急いだ。
コンビニの中もクリスマス一色で、直人は居心地が悪く、いつも以上に急いで目的のカップめんなどをまとめ買いした。こんな時間にも関わらず店内にはカップルが多くおり、なんとなく自分に向けられる視線が冷ややかなものに感じられ、直人は会計を終えると、足早に店を出た。いけどもいけども周りにはカップルばかり。そんな中地味なジャンパーで歩いている自分の姿はどんなふうに周りからみられているのだろうか。そんなことばかり考えながら歩いていたため、いつも以上に帰り道が長く感じられた。
やっとの思いで自分のアパートにたどりつき、直人は無意識のうちにため息をした後、手に持っているコンビニ袋を持ちなおして、自室へ向かうために二階への階段を上った。ここにきてようやく寒さを感じられるほど冷静になってきた直人は、早く暖かい部屋に入り、葉月ちゃんとのデートを心行くまで楽しもうと妄想を膨らませた。ゲームの中でもちょうどもうすぐクリスマスという季節になるので、自分はそちらの世界で存分にクリスマスを堪能しよう。
そんなことばかり考えてみたため、階段を登り切り、自室へ向かうために廊下を曲がりきったところで、自室の前にいる肌色の塊が何なのか判断するのに数秒を必要とした。




