初めての初詣
十二月三十日。世間はクリスマスから一週間もたっていないのに早くも年末モードに切り替わり、どことなくクリスマスとは違う高揚感と休息感という相反する雰囲気が混在していた。直人のケータイに電話がかかってきたのは、そんな町の雰囲気を全く無視して月乃と普段通りの生活を送っていた時だった。
「よう、直人か? どうだ、調子は?」
そんな光成の声がケータイから聞こえてきて、直人はしどろもどろになりながらも順調だ、というような内容の返事を返す。
「そりゃよかった。ところで、月乃さんとはまだ交流ある?」
交流あるどころか、今は隣でテレビを見てらっしゃいますよ、と答えたいところだが、そんなことできるはずもなく、直人はうん、とだけ返事をする。
「ならさ、明日の夜初詣行かねえか?」
そんな誘いを受けて、直人は何と答えていいかわからず一瞬言葉に詰まる。そんな直人の動揺を、光成は事情がわからないから何と答えてよいかわからない、と受け取ったらしい。
「あー、悪い悪い。いきなりすぎてなんて返事すりゃいいかわからないよな。順番にはなすわ」
そういって始まった光成の説明をまとめると、次のようになる。
光成とその彼女、理沙は今年、年末は夜初詣に行き一緒に夜を過ごそうという約束をクリスマスの時点ですでにしていたらしい。去年までは多くの友人たちと一緒に初詣に行っていたらしいのだが、県外の大学に入学した二人は今年は二人だけで初詣に行くことにしたそうだ。
そんな約束をしてすぐ、直人が月乃を連れて光成のバイト先であるコンビニへ行き、直人たちがこの近くに住んでいるということが分かったため、どうせなら直人たちも誘おうということになったらしい。
「で、も、その、二人、だけの、ほうが・・・」
「ん? 二人だけで過ごす予定とかもうあった?」
直人がいいかけた言葉に、光成がそう聞いてくる。直人は電話の前にもかかわらず首を勢いよく振り、「ち、ちがう・・・」と口にする。
「き、くちくんたち、が、ふたり、だけの、ほう、が・・・」
「ああ、俺たち? 別にいいよ。去年までだって他の友達と一緒に行ってたんだもん。人数は多いほうがいいしな。理沙もそういってたし」
ニシシシシシシ、と光成が電話の向こう側で笑う。直人は何と答えていいかわからず、口ごもってしまう。
正直なところ、初詣には行きたいし、月乃に外の世界を見せてやれるいい機会でもある。クリスマスの日に出会ってから、直人は月乃になんとか世間のことを教えてやろうとなるべく外に出るようにもしていたし、別に月乃と出かけることには不満はない。
しかし、光成と理沙が一緒という点に、なんというか、戸惑いを覚えてしまっていた。二人が嫌なわけでもないし、嫌いなわけでもない。しかし、そこはオタク特有の恥ずかしさというか、非社交的という性格が心にブレーキをかけ、素直にうなずけないのだ。
黙りこくったままの直人に、電話の向こうの光成は、「もしもーし」と声をかけてくる。「あ、はい」とあわてて返事をすると、光成は「大丈夫か?」と声をかけてくる。
「今すぐ答えれそうにない? あ、そうか。月乃さんにも話さなきゃいけないから答えられるわけねえか。悪いな」
「い、いや・・・」
直人は土盛りながらも、別に気にしていないということを言葉少なに伝える。
「んじゃ、一回月乃さんとも相談して決めてくれ。できたら明日の昼までに返事してくれると助かる」
「うん・・・。わ、かった」
「それじゃ、また電話くれ。月乃さんによろしくなー」
そう言って電話は切れた。しばらくぼんやりした表情で直人は自分のケータイを見つめていた。そんな様子の直人に、月乃が心配そうな視線を送ってきた。
「どうかしましたか?」
「あ、えっと。ちょっと、考え事」
クリスマスから今までの生活の中で、直人は月乃に対しては普通に会話ができるようになってきていた。毎日同じ部屋に寝泊まりしていればなれるということも当然だが、それ以上に直人自身がなんとか月乃とまともに話そうと努力した甲斐もあった。
同時に月乃は、世間の一般常識というものをいろいろと覚えてきていた。家の中のことならばわからないことはもうほとんどないし、外に行くにしても店や道路での振舞い方、決まりなどを大分身につけてきたため、事あるごとに直人に質問を浴びせるということもなくなってきていた。
「どなたからの電話だったんですか?」
だから、電話がどういうものか月乃は知っていたため、そういう問いかけが出てきもした。直人は、いや、と口ごもりながらケータイをたたんでポケットにしまう。
問題は、自分の中にあった。月乃に相談すれば、十中八九、月乃は行きたいと答えるだろう。だから、つまるところ、行くか行かないかということは自分次第ということになる。
しかし、直人は目の前の月乃が視線に入った瞬間、自分の考えに馬鹿らしく思えてきた。
ここで光成の誘いを受けることは、月乃にとっても、大きい喜びになるのではないか。もちろん、自分にとっては迷うところかもしれない。そんなとき、直人が選ぶべき選択とは、月乃が喜ぶべきほうなのではないのだろうか。自分のわがままだけで、月乃の意見も聞かずことを決めてしまうのはよくないことではないか。ならば、
「いま、菊池くんから、一緒に初詣に行かないかっていう誘いがあったんだ。月乃も一緒に」
「菊池さんて、あのコンビニで出会った方ですよね。その方と、初詣?」
「そう、正確には菊池君の彼女の、山本理沙さんっていう女の子も一緒なんだけど」
直人は補足説明も加える。女の子ですか、と月乃は目を輝かせながら勢い込んで訪ねてきた。そのあまりの勢いに、直人は一歩後ずさる。
「私、まだこちらの世界で女の方としっかりとお話しする機会がなかったので、ぜひその方とあってみたいです」
言われてみれば、確かに月乃は今まで他の女の子と交友関係を持っていない。それを言っては男性ともほとんど持っていないのだが、とりあえず自分という存在と、菊池という二人の男性とは面識がある。しかし、女性とふれあったことなど、連れていく店員とのやり取りくらいだった。それもあくまで職業的なもので、本当の交流とは言えない。
ならばなおのこと、直人が菊池の誘いを断るわけにはいかなくなったわけだ。多少の心臓の張り具合を意識しながらも、直人はそれじゃあ、と言ってケータイを取りだす。
「一緒に行くって、返事していいね?」
「あ、待ってください!」
しかし、月乃の口から出てきたのは静止の言葉。あれだけうれしそうな顔をしていたのに、いったいなんだろうかと直人が目を向けると、月乃は首をかしげてこういった。
「初詣って、なんですか?」