報復者の苦悩
ミステリー?初挑戦。
どうか過度な期待はなさらず暇つぶし程度にお読みください。
本来の主に向けて自己主張でもするかのごとく張り巡らされた蜘蛛の糸のただ中にあって、
その人影は無言のままそこに横たわっているだけだった。
「これでもう4人目か・・・」
くたびれたコートに身を包んだ中年男性はそこへと近づくと、目を細め注意深く周囲の様子を窺う。
これといって特に変わったものは見受けられない、どこにでもあるような使われていない物置の中。
壁に立てかけられた農具や橋のほうにサビを浮かび上がらせた姿で放置された耕運機。
片田舎の農家の物置の内容物としてさしておかしい代物は見受けられない。
ただ一つ、建物中央に目を見開いて沈黙する男の死体がなければ、の話だが。
「小川原警部、全員分の事情聴取終わりました」
「『もう何回目だ!?』とか叫んでたろ、あのインテリ眼鏡。こっちまでまる聞こえだったぜ」
部下の報告に皮肉気に唇を歪めながらそう軽く返し、小川原と呼ばれた男は物置を後にした。
「えー皆さん、今回は誠に申し訳なく・・・」
「御託も謝罪ももう飽き飽きするほど聞かせてもらいましたよ、小川原刑部?」
一通りの聴取を終え居間に集まっていた遺族の前へ姿を現した小川原の言葉を遮るように、
眼鏡をかけた青年――この九条家の次期当主候補の一人 九条雄一が口を開いた。
あくまで冷静さを保とうとしているらしいその口調の端々には
だが隠しきれない怒りの感情の炎がチラチラと零れだしている。
「昴まで殺されて!もうこれで4人目ですよ?!警察は一体何をしてるんですか!?」
「ちょ、ちょっと兄さん少し落ち着いて・・・」
興奮気味に肩を上気させる長兄を後ろから押さえつけながら三男 九条歩は
必死に言葉を選び投げかける。
「刑部さんたちだってよくやってくれたてじゃないか。
昴兄さんが殺されたのは勝手に行動したからで・・・」
「そんなことが理由になっていいのかお前は?!確かにあいつが警察の支持を無視して
勝手に動き回ったのは間違いだったろうよ。だがだから殺されて仕方ないというのとは
全く話が違うだろう?!あいつはこいつらに・・・」
ビッ!と一直線に伸ばされた雄一の人差し指の先が向けられたのは小川原刑部、
そしてその後ろで心配げに経過を観察していた直属の部下たち数人。
「こいつら警察に見殺しにされたようなもんだ・・・!」
わなわなと拳を振るわせる雄一に、しかし警察の面々は誰も何も言い返さない。
吐き捨てるような口調とは対照的にその中身はほとんど正論なので誰も返すに返せないのだった。
警察、そして集まった8人の遺族たちもここからそれぞれどう反応したら良いのか
測りかねたような神妙な面持ちのまま固まる。
「××××××」
奇妙な音声がそんな静寂を破ったのは、音が消えてからきっかり26秒後のことだった。
「お、おじい様・・・?」
「××××、××××。××××?」
歩の言葉に対する返事なのかそうでないのか、どうにも聞き取れぬ奇妙な発音の言葉で
なにかの意思を紡ぎながら、車イスで現れた一人の老爺。
この九条家の現当主にして一切の財産の所有権を保持する人物 九条衛は
痺れたように細かく震え続ける皺だらけの細腕で懸命に自らが乗る椅子の車輪を回し続ける。
「ダメですよおじい様。事件のことが気になる気持ちは分かりますけど、
今は特に体調がすぐれないんでしょう?まだ休んでいた方が・・・」
「×××××!××××、××、×・×・×・×・×・×!」
「だからよぉ、標準語で喋ってくれっていつも言ってるだろ爺さん?
聞きとりづらくてしょうがないんだよ」
心配するような態度の弟とは対照的な雄一のセリフにしかし激昂するでも哀しむでもなく、
老人は俯くと無言のままくるりと器用に車イスを回転させ元来たように居間を出て行った。
一連のやりとりに呆気に取られような表情を浮かべている小川原たちに気付くと、
歩は小指でこめかみを掻きつつ「すいません・・・」とだけ短く告げた。
「おじい様は昔から訛りが酷くて・・・
家族でもまともに聞きとれるのは去年死んだ母さんだけだったくらいなんですよ」
「ま、あっちがこっちの言葉を聞きとれたからそれなりにコミュニケーションはとれたし、
筆談って手も使えたからな。もっとも?最近じゃあ
ロクにペンも握れないくらい色々とひどくなっちまって・・・」
「?ではどうやって会話を?」
「衣川さんが通訳してくれてたの。詳しくは聞いたことないけど、なんか同郷出身?らしかったし」
衣川、というのは今回の一連の連続不審死事件
――仮称『小川原刑部の人情事件手帳シリーズ4 北関東名門一族連続怪死事件』――の
最初の被害者となった使用人の女性だ。
3日前、広大な九条家の庭の一角にある池の中に頭から地面へと深くめり込むという
まんま犬○家状態で彼女の遺体が発見されたのを皮切りに、
九条兄弟の父親(=衛の息子)、母親、そしてつい先ほど物置の中で
小川原が見た九条三兄弟の二男 九条昴、と僅か72時間以内に家の人間が4人も、
しかもそれぞれ明らかな不審死を遂げているのだ。
「となると、今回の一連の事件についてあの人からだけは何も事情が聞けていない、
ということにならないか?」
横目で軽く睨みつけられた部下は申し訳なさそうに頭を下げた。
だが雄一はあくまで態度を変える気配も見せずただただ祖父が出て行った扉の方に目を向けるだけ。
「聞けたとしても捜査の進展なんてあるわきゃないですよ。
いや、むしろあの人が犯人だったりしてな?
自分の半生を注いでため込んだ財産が誰かにとられるくらいならいっそ、とか?」
凶悪な笑いが漏れるのを必死に堪えているように、雄一の頬の端が上下に細かい震えを見せた。
(はぁ・・・どこまでも厄介なことになったわい・・・)
誰にも聞きとってもらえない自身の言葉づかいを心底恨めしく思いながら、
九条衛は車椅子を器用に操り屋敷の裏庭をぶらぶらと散策していた。
小山をまるごと一つ内包した広大な屋敷の橋はとても見通せるほどではなく、
これが一人の人間が一代で築き上げた資本力の賜物とは普通は想像できないだろう。
(最初の衣川さんがあんなことにさえならなければ・・・
いや、死んだ相手に原因を押しつけようとするするなど無礼以外の何物でもないのう・・・)
はぁ、と億劫さを少しでも手放すように吐きだした吐息は鉛色の雲の下、
雨の気配を帯びて湿気を孕んできた大気に溶け込んでいった。
(しかし・・・これはどうにかしてさっさとカタをつけねば、また・・・)
「?おじい様、どうしてこんなところに?休んでいてくださいって伝えたばっかりじゃないですか?」
「?×××(?歩)」
肩から上だけで振り向いたその先にいた孫はなにか諦めたような苦笑を
その顔に張り付けながら衛のすぐ後ろまでやってくると、その車イスの取っ手を掴み押し始める。
「・・・無理だとは十分承知しているつもりですが、どうかあまりお気に病まないでください」
「・・・」
無言のまま、年老いた当主は実の孫の中でも一番可愛げのあるこの三男坊へと柔和な微笑みで返した。
自分としては分け隔てなく愛情を注いできたつもりだったが3人の孫のうち
長男の雄一は系列会社の幹部になったころから他の親族に感化されてか
鬱陶しがるような態度をとるようになってきた。物置で殺された昴は人当たりこそよいものの
とにかく金への執着心が常人の域ではなく、毎月のようにその無心の為だけに
わざわざ自宅から離れたこの隠居用の邸宅まで足を運ぶ程だった。
先ほど彼が覗いた居間に集められた兄弟以外の残りの6人もやはり
それぞれがそれぞれ思惑と利害、愛憎と金の糸にがんじ絡めにされた、
いわば衛にとっては厄介な親戚以外の何者でもないのだった。
(まぁ儂も昔はアコギな手段を使ったこともなかったわけではなし、
報いと考えればそれまでなのかもしれぬが・・・うぅむ、じゃがやはりこれは・・・)
「おじい様、実は一つ聞いていただきたいことが」
「×?(ん?)」
祖父の聞き返しの声に孫の青年は歩みを止めた。彼に押され動いていた車椅子の移動も同時に停止し、
二人は一人目の被害者――衣川が遺体で見つかった池の前にポツンと並んだ。
とっくの昔に遺体が回収された水面は澄み切り、水中を泳ぐ色とりどりの淡水魚たちを
見ているとよもやそんな血なまぐさい事実がつい先日起こったとは想像もできない。
「おじい様。おじい様は私と雄一兄さん、どちらがお好きでしょうか?」
「××?(はっ?)」
微塵の想像もしていなかった質問を切り出され、
訛りながらでもはっきり疑問と分かる表情と動作で衛は聞き返す。
「私はまだ社会人としては若輩者ですし、雄一兄さんと比べるまでもないのは分かっています。
ですがおじい様・・・」
そこで唐突に変わった優しい孫の目を、衛はこの先短いだろう人生の
全ての時間忘れないだろうと悟ってしまった。
「九条家の次期当主として・・・おじい様の遺されるものを管理する役目、私に頂けませんか?」
得物を眼光で竦ませる蛇のように邪悪に歪んだ双眸が老人の背筋に冷たい汗を流させた。
それと全く同時に、衛老人は自分が最後の希望のように末孫に抱いていた
幻想が砕け散る音を聞いた気がした。
(あぁ・・・結局こやつも他の者と同じじゃったのか・・・
儂ではなく、あくまで儂の遺す遺産に目がくらんで・・・)
今までにもう何回経験したか分からない失望の感情にだが枯れかけの古木のような体から
涙は流れてくれず、ただ「うっ・・・うっ・・・」という嗚咽の音だけが漏れていく。
「一応この通り、遺産手続きに関する書類は用意しているのですが・・・
皆がいる前では少し五月蠅いかもしれませんね。ちょうど朱肉もありますし、
よければ拇印押していただけませんか?」
そこまで一方的にまくしたてるや歩は背後から衛の腕を掴み取った。
抵抗するようにもがく衛だったが若者に力ではやはり勝てず、
無理やり朱肉を右親指に接触させられるとそのまま細々とした文字が
印刷された書類へと押しあてられる。この間、わずか5,6秒。
「ふぅ良かった、これで書類の方は問題なし。あとは・・・」
暴れた拍子に車椅子から転げ落ちてしまった祖父を一瞥する青年の瞳に、
もはや肉親へと向ける情の色は見て取れない。
「てっとり早くここで不審死してもらうだけですね。
あ、警察の方々の捜査なら気になさらないでください。
同じ家で続けざまに4人も殺されてるんです、警察も同一犯だと考えるのが自然の流れだと思いますし」
ギラリと鈍く陽光を跳ね返し青年のポケットから取り出されたのは・・・一本のナイフ。
大きさは柄の尻から刃の先まで全体で見てもせいぜい15センチ弱といったくらいの果物ナイフだ。
だがそんなありふれた代物だとしても、殺意をそこにのせれば
か弱い老人一人刺殺することくらい簡単な凶器に変貌することは十二分にできる。
「××××××!!!」
「ごめんなさいおじい様、命乞いなら聞いてあげられません。こんな無礼な孫をどうかお許しください」
そう淡々と告げながらナイフを胸へと滑り込ませつつある歩の顔には、もはや感情がなかった。
無表情というのを通り越しいっそ虚無ゆえの神聖さを纏ったかのようなその腕の中の白刃が
老人の薄い胸板を・・・
「ふぬおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
貫くことはなかった。
「へっ?」
素っ頓狂な声を上げる歩。その左胸には今深々とナイフが突き刺さり、
金属と肉の隙間からはとめどなく血液という名の命が流れ出し続けている。
「あ・・・れ・・・?どういうこ・・・とで、すか・・・?・・・お・・・じいさ・・・」
彼の意識が人生の最後の瞬間に捉えたのは、ただでさえシワだらけの顔を
泣きだす寸前の子供のようにくちゃくちゃにした祖父の姿だった。
「これで5人目・・・っくそ、どんだけアグレッシブな殺人鬼なんだ?
このまま一族郎党皆殺し、なんてオチになったら冗談じゃないぞ」
小川原が見るのは白い布で覆われた九条歩の遺体が運ばれて行くところだった。
葬式の参列者のように並んでその様子を静かに見守っている遺族の中、
二人の弟を喪った雄一だけが怨嗟の奇声を上げながら警官に掴みかかっている。
恐慌状態にあるらしい彼の様子を視線の端だけでとらえていた衛老人は、
遂にいたたまれなくなり目を伏せる。
その懐には小さく折りたたみしまい込まれた一枚の紙片、歩が持っていた遺産手続きの書類だ。
(許してくれ・・・許してくれみんな・・・儂は冷たい牢獄の中でなど死にたくないんじゃ・・・)
遺産絡みで命を狙ってきた親族たちを
反射的な正当防衛だけで(・・・・・・・・・・・)5人も殺めてしまった老人は
だが罪を誰に告白する為の言葉も度胸も今はなく、
ただただ鬱々とした表情でこれ以上自分を殺しに来てくれるな。と
これからもまだ襲い掛かってくるやもしれぬ哀れな加害者たちの命を案じていた。
「正当防衛なら何人殺してもいいのか?」という
疑問から出てきたお話でした。
まとめすぎてわけのわからない内容になってることものすごいですが
どうかご容赦ください。