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福音伝達者は神にならない  作者: ユーカリの木
一部:死を告げる天使
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第五章:暗雲を裂く 04

 列車墜落から数時間が経った。


 施術を利用して激流から脱出し、夜陰に紛れて移動した三人は、ようやくストラストの街に到着した。疲労困憊の身体を引きずり街角に入ったレセナは、愕然とした。


 街のあちこちに貼られた手配書には、見慣れた三つの顔が大きく印刷されている。街灯の乏しい明かりの下でも、その写真は鮮明に見て取れた。


「完璧に嵌められたな」


 ヴォルトが苦々しく呟く。手配書に記された罪状を見つめながら、彼の表情には疲労と呆れが混在していた。


「公務執行妨害、公安職員殺害、施術士法違反、果ては列車爆破と来たか」


 ヴォルトが項目を読み上げていく。


「これじゃよくて終身刑だな。テロ屋か俺らは」


 レセナが手配書から目を逸らす。自分の顔が指名手配犯として街中に晒されている現実が、まだ受け入れられずにいた。つい数日前まで、研究所を辞めて進路に悩む普通の元研究者だった。それが今や、国家を震撼させる事件の共犯者として追われる身になった。なんの冗談だ。


「これじゃあ、普通の手段じゃ帰れない」


 レセナの声が震える。


「もう街を普通に歩くこともできない……」


 恐怖と混乱が心を支配しかける。それでも、レセナは自分でも驚くほど冷静さを取り戻した。


 既に決意は胸に刺した。


 迷いはとうに捨て去った。


 どうする、考えろ。考えることこそ、世界と対峙する方法なのだから。


 レセナたちは人通りの少ない路地裏に身を隠した。煉瓦造りの古い建物に挟まれた狭い路地は、街灯の光は届かない。だが、漆黒が夜明けの色に塗り替えられつつあった。


 ロザリロンドが冷静に状況を分析する。


「駅には検問が敷かれている。表向きはゾルデ対策という名目だが、実際は我々を捕らえるための罠だ」


 レセナは状況を整理していく。諦念はもう消した。


「交通手段が断たれているなら、別の方法を考えるしかないね」


 ロザリロンドがレセナの変化を感じ取ったか、僅かに頷く。


「ああ、いずれにせよ、カルヴァリアに戻らなければならない」


 ロザリロンドが額を抑えた。彼女も限界が近いのだ。


「システィーナ猊下に事情を説明すれば、きっと理解していただける。福音伝達者の権限なら、この濡れ衣を晴らすことも可能だ」


「問題は、どうやって帰るかだ」


 ヴォルトが腕を組みながら呟く。アレラル王国の交通網は発達しているが、それは平時の話だ。指名手配犯となった今、すべての交通手段が敵となっている。


「列車は使えない。馬車も検問で止められる。徒歩で帰るには距離がありすぎる。手が無いぞ?」


「転移施術」


 レセナの呟きにロザリロンドが反応する。


「シャルルの転移施術を使おう。神天院に連絡を取り、カルヴァリアまで直接飛ぶ。それが最も確実で、最も早い」


 三人は廃屋となった建物を見つけ、そこに身を隠した。かつては商店だったであろうその建物は、今や窓ガラスが割れ、扉も朽ち果てている。


 薄汚れた壁と天井に囲まれた室内で、三人は次の行動を協議した。


 街の向こうから、査問法院の巡回馬車が石畳を叩く音が聞こえてくる。馬車に取り付けられたランタンの明かりが建物の隙間を縫って差し込み、三人は息を潜めて光が過ぎ去るのを待った。


「まずは電話」


 レセナの思考が状況を冷静に分析する。


「電信局を探そう。政府機関なら通信設備が整っているはずだよ」


 ロザリロンドが疲労混じりに小さく笑う。


「この状況でよく頭が回る。方針は決まった。急ぐぞ」


 三人は廃屋を後にし、人目を避けながら街外れへ向かった。




 ◇◆◇




 三人は街外れにある電信局を見つけた。煉瓦造りの質実剛健な建物で、夜間は無人になっているが、緊急用の電話回線は生きているはずだ。政府機関である電信局なら、通信設備も最新のものが整備されている。


 ロザリロンドが建物の裏手にある職員用入口の錠前を、糸を使って静かに開けた。金属の内部機構を精密に操作し、音も立てずに扉を開ける。


 薄暗い室内に足を踏み入れると、机の上に黒い電話機が置かれていた。受話器は重厚な作りで、いかにも公的機関の備品らしい頑丈さがある。


 ロザリロンドが受話器を手に取る。この電話機が唯一の希望だ。


 ロザリロンドが神天院の番号を回す。ダイヤルの回転音が、静寂に包まれた電信局に小さく響いた。呼び出し音が数回鳴った後、聞き慣れた声が応答する。


「こちらローザンヌ修道騎士会」


「シャルルか? 私だ」


 ロザリロンドの声がかすかに揺れる。


「会長! ご無事でしたか。こちらは大変な騒ぎになっています」


「詳しい話は後だ。状況は――」


 その時、電話が突然切れた。ツーツーという無機質な音が、部屋の静寂を破る。


 ロザリロンドが受話器を見つめる。


「盗聴されている」


 炎の修道女が受話器を置きながら呟く。


「中継局を押さえられたな。ストラスト外部への通話はすべてそこを経由する」


 レセナが立ち上がる。即座に代替方法を考え、到達。


「大丈夫、方法はあるよ」レセナはこんな時だからこそ笑ってみせた。「発信元を偽造すれば、査問法院を撹乱できる。秘蹟体系の応用で可能だよ」


 ヴォルトが目を丸くした。


「そんなことができるのか?」


「理論的には可能」


 レセナが手のひらに青白い光を灯す。秘蹟体系特有の、神々しくも美しい輝きだった。


「電話回線も一種の"道"だよ。その道筋を施術で曲げてしまえば、相手には別の場所から発信したように見える」


 ロザリロンドが感心したように頷く。


「その方法に賭ける。やってくれ」


 レセナの指先から伸びる青白い光が、電話機を包み込んでいく。秘蹟体系の精密な制御が、複雑な電話回線網に干渉していく。


「今度は街の東側から発信していることにするよ」


 ロザリロンドが再び受話器を取り上げる。今度はダイヤルを回す前に、レセナの施術が完了するのを待った。


「五分だ。五分以内でここを撤収する」


「準備完了」


 レセナが小さく頷く。額から流れる汗が目に染みた。高度な施術の連続使用は、想像以上に体力を消耗させる。


 ロザリロンドが番号を回す。通話が繋がる。


「シャルル、聞こえるか?」


「会長! 今度はどちらから?」


 シャルルの声にも緊張が滲んでいた。盗聴されていることは、向こうも理解しているようだ。


「詳しい話は後だ。転移施術を頼みたい。座標を――」


 だが、再び電話が切れる。相手も対応が早い。


「すぐに場所を変えるよ!」


 レセナが汗を拭いながら、発信元を別の場所に変更する。今度は街の西側だ。


 この作業を何度も繰り返した。東、西、南、北――レセナの施術により、発信元は目まぐるしく変わり続ける。その度にロザリロンドは短時間の通話を試み、断片的な情報を伝えていく。

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