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福音伝達者は神にならない  作者: ユーカリの木
一部:死を告げる天使
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第四章:奈落への転落 01

 部屋から出たロザリロンドは、通信室で電話をかけていた。相手は首都カルヴァリアにいるシャルルだ。


「情報部からはなにか出たか?」


「具体的にはまだ。いまはどこもお祭り騒ぎなようなものです。情報精査には時間がかかるでしょう」


「シャルルに懐いた子がいたろう? パスカルだったか。その子からはなにかなかったか?」


「さすがに昨日の今日ですよ。パスカルでも無理でしょう」


 そうか、とロザリロンドは息をつく。


「期待していたが、この状況下では贅沢か」


「と、思ったのですがね。実はいましがた連絡がありました」


「シャルル、ふざけている場合ではないのだが?」


 ロザリロンドが声を低くするも、受話器からはシャルルの笑みが返る。


「気分を紛らわせることも大事ですよ、会長」


 通常二人一組で動くローザンヌにおいて、シャルルはロザリロンドの相方である。彼女は実直すぎる性格ゆえ、気を緩めるということができない。その硬直しがちな性格を、彼が絶妙に補っているのだ。


 先達からたびたび注意されるロザリロンドにとっては、シャルルの言葉は胸に刺さる。


「分かっている。悪かった」


 よろしい、と笑うシャルルが続ける。


「まず、パスカルは情報部として現地に浸透しています。居場所は伝えていますから、詳細は彼からの接触を待ってください」


 パスカルが所属する情報部は、ローザンヌの右腕として政府筋では有名だ。今回の災害対策本部の招集リストには情報部の名があるが、パスカルの課は外されている。


 だが、神天院の長であるフィアラルが、パスカルの身分を偽装して意図的にねじ込んだのは明らかだった。相変わらず見た目に反してやり口が強引だと、ロザリロンドは呆れるしかなかった。


「了解した。それで?」


「公安が動いています」


「神官護衛騎士会を使っての攪乱もさすがに公安の目は逸らせまい。査問法院を騙せれば十分だ」


 ロザリロンドがレセナの家へ訪れる際、複数箇所で偽の事件情報を流したのだ。人員の少ない査問法院は、複数箇所への確認で人手が分散せざるを得ない。そして、国家非常事態により福音伝達者緊急召集の権限が発動されれば、査問法院はレセナの監視を継続できなくなる。


 偽装情報と法的権限の二段階で、査問法院には死角ができるのだ。


「公安がいくら動こうが、本事件と我々は繋がらない」


 いえ、とシャルルが否定する。ロザリロンドの眉があがる。


「察知されたようです。公安は我々が事件解決に乗り出した前提で動いています」


「なぜ気づかれた?」


「理由までは。ですが多少の人数を割いてでも会長を捜索するでしょう。気をつけてください。これは恐らく――」


「間諜がいるな」


「ええ、よもや我々の中にとは思いませんが」


「いれば猊下がお気づきになられる。福音伝達者の"感覚"を逃れる術などない。どちらにせよ我らの失策だ。そちらは厳戒態勢を崩すな。こちらはどうとでもする」


「猊下より、会長への御言葉を賜っております」


 シャルルの言葉に、ロザリロンドは戦慄した。システィーナからの直接の言葉――それは何にも代え難い恩寵である。


「気をつけて、と」


 しばし黙考したロザリロンドは、下がっていた顔を上げる。


「幸甚の至りです、と」


「ご武運を」


 受話器を下したロザリロンドが深く息をはき、瞑目する。


「神よ、我は敬虔にあらず、我らが主の剣であり、あらゆる罪を背負う者なり。なれど……」


 先の言葉が出ない。続ければ、それが背信になると分かっているからだ。


 ロザリロンドにとって、仰ぐべき対象は神ではない。神を仰ぐ福音伝達者こそが主である。システィーナこそが、彼女の真の信仰の対象なのだ。


 信仰は変わらない。それでも、己が道程の先に見えるものが、自身以外の理不尽であったとき、ロザリロンドの心は砕ける。それは、国民すべてを愛で包む福音伝達者の心に傷を入れるも同然だからだ。


 レセナへの厳しさも、結局はシスティーナへの愛ゆえなのである。


 奥歯を噛んだロザリロンドは、胸元に落ちた髪の房を掴むと、乱暴に払った。



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