その来賓、軽薄につき
私の平穏な(?)監禁生活に、新たな嵐が訪れようとしていた。
「……隣国の、王子?」
私、リリアナ・シェフィールドは、侍女のソフィから聞いて首を傾げた。 顔にはいつもの鉄仮面(ヴェール付き)、首には皇子からの贈り物という完全装備だ。
「はい! アムール王国のレオン王子が、親善大使として来訪されたそうです!」
ソフィが目を輝かせる。 アムール王国といえば、「愛と芸術の国」として有名だ。 そこの王子様となれば、さぞかし煌びやかなのだろう。
「でも、私には関係ないわね」
私は「笑わない不気味な女」として隔離されている身だ。 華やかな外交の場になど、出る幕はない。
「それが……ヴァルダス殿下が『俺の目の届く範囲にいろ』と仰って……」
「え?」
「今夜の歓迎晩餐会、リリアナ様も同席するようにとのことです!」
まじですか。 私は戦慄した。 他国の要人の前で、もし私が不気味な顔をして空気を凍らせたら……。 今度こそ「国際問題」で処刑されるのでは?
◆
そして、晩餐会。 大広間には、豪華な料理と着飾った貴族たちが集まっていた。
私は、ヴァルダス殿下の斜め後ろ、影のような位置に立たされていた。 もちろん、黒いドレスにヴェール姿だ。 完全に「魔王に仕える闇の神官」みたいな見た目である。
「……リリアナ」
殿下が、ワイングラスを傾けながら小声で囁く。
「いいか。絶対に俺のそばを離れるな。そして、誰とも目を合わせるな」
「はい、殿下」
「特に、あの『金色のチャラついた害虫』には近づくな」
殿下の視線の先。 そこには、金髪をなびかせ、歯が浮くような笑顔を振りまく青年がいた。 アムール王国のレオン王子だ。
「やあやあ! ヴァルダス殿下! お招き感謝するよ!」
レオン王子が、軽やかなステップで近づいてくる。 その背後には、キラキラした薔薇のエフェクトが見える気がした。
「……ああ。歓迎する」
殿下の声は絶対零度だ。 握手を求めたレオン王子の手を、完全に無視している。
「つれないなぁ! 相変わらず『処刑皇子』の名に恥じぬクールさだね! そこがシビれる!」
レオン王子はめげない。 そして、殿下の背後にいる私に気づいた。
「おや? そちらの麗しい女性は?」
「……俺の所有物だ。気にするな」
殿下が私の前に立ち塞がる。 壁(物理)のような背中だ。
「所有物? ははは、またまたご冗談を! こんなに美しい方を、まるで『籠の鳥』のように閉じ込めるなんて!」
レオン王子が、殿下の隙間から私を覗き込む。
「初めまして、マドモアゼル。僕はレオン。……ヴェール越しでもわかるよ。君が悲しみに暮れていることが」
「(えっ? ただ緊張してるだけですけど……)」
「君のような花は、太陽の下で咲くべきだ。こんな『独裁者』の陰に隠れているべきじゃない」
レオン王子が、私の手を取ろうとした。
バチィッ!!
空気が爆ぜた。 殿下が、レオン王子の手首を掴んだのだ。 ギリギリと、骨が軋む音がする。
「……おい。誰の『所有物』に触れようとしている?」
殿下の瞳が、赤く発光している。 殺意の波動が、晩餐会の会場を揺らした。
「おっと! 怖い怖い!」
レオン王子は軽やかにバックステップで回避した。
「独占欲が強いのは愛の証……と言いたいけど、少し束縛が過ぎるんじゃないかな? 彼女が怯えているよ」
「(怯えてるのは、殿下が今にも戦争を始めそうだからです……!)」
私は心の中で叫んだ。
「ふん。……リリアナ、行くぞ」
殿下は私を抱き寄せ、その場を去ろうとした。 だが、レオン王子はニヤリと笑って言い放った。
「逃げるのかい? ヴァルダス殿下。……もし彼女が、君から『解放』されたがっているとしても?」
殿下の足が止まる。
「……なんだと?」
「僕は愛の国の王子だ。レディの心の声が聞こえるのさ。……彼女は泣いている。『助けて』とね」
(言ってない! 一言も言ってないわよ!?)
私の心の否定は届かない。 殿下はゆっくりと振り返った。
「……面白い。その減らず口、二度と開けなくしてやろうか?」
「おや、外交問題になっちゃうよ? ……どうだい、賭けをしないか?」
レオン王子が指を鳴らす。
「明日の正午、闘技場で決闘だ。僕が勝ったら、彼女を自由にしてもらう。……そして、そのヴェールを外して、僕に『最高の笑顔』を見せてもらうよ!」
会場がざわめく。 一国の王子同士の決闘。 しかも、賞品は私(の笑顔)!?
殿下は、しばらく沈黙した後、獰猛な笑みを浮かべた。
「いいだろう。……ただし、俺が勝ったら」
殿下が剣の柄に手をかける。
「貴様をミンチにして、我が国の肥料にする」
「えっ、重くない?」
「交渉成立だ」
殿下は私を引きずって会場を出て行った。 残されたレオン王子は、冷や汗を拭いながら呟いた。
「……冗談の通じない男だねぇ。でも、あの子を救うためなら、僕も本気を出そうか」
とんだ勘違いヒーローが現れてしまった。 私の平穏は、またしても粉砕された。




