その密会、潜入につき
ターゲットは、ガストン男爵。 彼が滞在しているのは、王城の離れにある迎賓館だ。
「直接乗り込んで、証拠を見つけるしかないわね」
私、リリアナは、夜闇に紛れて迎賓館に忍び込んだ。 もちろん、不法侵入である。 見つかったら即、牢屋行きだ。 でも、ソフィのためなら、悪女にだってなってみせる。
私は庭木の陰に隠れ、ガストン男爵の部屋の窓を見上げた。 明かりがついている。 窓が開いている。
「(よし、あそこから覗けるかも)」
私はドレスの裾をまくり上げ、木に登った。 幼い頃、友達がいなくて木登りばかりしていた経験が役に立つとは。
枝の上に座り、部屋の中を覗き込む。 いた。 脂ぎった太った男、ガストン男爵だ。 彼は、机の上で何かを磨いている。
「(あれは……!)」
銀色の輝き。 間違いない。盗まれた『銀の燭台』だ。 彼はそれを布で磨きながら、ニタニタと笑っている。
「へっへっへ。こいつを闇ルートで売り払えば、借金なんてチャラだ。チョロいもんだぜ、この国の警備は」
決定的な証拠! しかも、自白まで聞けた。
「(やったわ! これであいつを捕まえられる!)」
私は興奮して身を乗り出した。 その時。
バキッ。
足元の枝が折れた。
「きゃっ!?」
私はバランスを崩し、窓の外に宙吊りになった。 なんとか窓枠にしがみつく。
「な、なんだぁ!?」
ガストン男爵が驚いて窓辺に駆け寄ってくる。 目が合う。 ヴェールが風でめくれ、私の顔(無表情)が露わになった。
「うわぁぁぁッ!? で、出たぁぁぁ! 呪いの鉄仮面女ぇぇぇ!?」
男爵が腰を抜かした。 まずい。見られた。 こうなったら、強行突破しかない。
私は窓枠を乗り越え、ドスンと部屋の中に着地した。 そして、男爵を見下ろす。
「……こんばんは、男爵」
私は(自分では)優雅に挨拶したつもりだった。 だが、極度の緊張で声が低くなり、顔は殺し屋のように強張っていた。
「ひぃぃぃ! 命だけはお助けをぉぉぉ!」
「騒がないで。……貴方が持っているそれ、返していただくわ」
私は燭台に手を伸ばした。
「そ、そうか! 貴様、これを目当てに来た強盗だな!?」
男爵が勘違いをして叫んだ。 そして、隠し持っていたナイフを取り出す。
「させるかよ! これは俺の金だ! 殺してやる!」
男爵がナイフを振りかざし、私に襲いかかってきた。
「危ないッ!」
私はとっさに身をかわす。 もみ合いになる。
「離して! 泥棒!」 「うるせぇ! 死ねぇ!」
部屋の中で、男と女が組み合い、ベッドの上に倒れ込む。 ……最悪のタイミングだった。
ドォォォォォォン!!!!
部屋のドアが、物理的に爆発した。
「――そこまでだ、虫ケラども」
地獄の底から響くような声。 粉塵の中から現れたのは、鬼の形相をしたヴァルダス殿下だった。 手には、処刑用の大剣を引きずっている。
「で、殿下!?」
私は目を丸くした。 男爵も動きを止める。
殿下の瞳は、私たちが重なり合っている(ように見える)ベッドに釘付けになっていた。
「(……なるほど。そういうことか)」
殿下の目から、光が消えた。
「夜這いとはな。……しかも、こんな脂ぎった豚相手に」
え? 夜這い?
「リリアナ。俺の城で、俺の目を盗んで、こんな男と密会を重ねていたとはな……」
「ち、違います殿下! これは……!」
「言い訳は不要だ」
殿下が剣を振り上げる。 その殺気は、部屋の空気を凍りつかせた。
「俺の女に手を出した罪。……万死に値する!!」
「ひぃぃぃぃッ!? 皇子だぁぁぁ!?」
男爵が悲鳴を上げる。 殿下は、完全に私たちが「不義密通」をしていると思い込んでいる。 しかも、相手を殺す気満々だ。
「待ってください殿下! 殺さないで!」
私は叫んだ。 ここで男爵を殺されたら、ソフィの無実を証明する証人がいなくなってしまう!
だが、その言葉が火に油を注いだ。
「……かばうのか? リリアナ」
殿下の顔が、悲しみと怒りで歪む。
「この俺を差し置いて、この豚の命を乞うというのか……!?」
「そ、そうじゃなくて!」
「許さん……許さんぞォォォォッ!!」
殿下が咆哮する。 もう、言葉は届かない。 暴走した処刑皇子を止める術は、今の私にはなかった。




